あの人。
 似てる。
 もう、かすかにしか覚えてないけど。
 それでも、やっぱり。
 あれは。
 私の……。












PLUS.6

月の影







The day before when war starts






「それじゃ、行くよ。バラム・ガーデン、出発!」
 ニーダの号令と共に、巨大なバラムガーデンはついに再び飛び立つ時を得た。
 それをバラムの町から眺めていた二人は、少し寂しげな表情を浮かべていた。
「行っちゃったね〜」
 アーヴァインが感慨深げに言う。
「ああ。まあまた会えるに決まってるけどな」
 ゼルもまた、希望と期待をこめて言った。
 今度の事件がどれほど厳しいものになるのかは、まだ分からない。だが、もし戦闘になるのであればきっと先日の、アルティミシアの時のような死戦になることは避けられないだろう。
 この間は運よく全員が生き残ることができた。
 だが、今度はそううまくいくだろうか。
 ガーデンのメンバーは、誰もがその思いを胸に抱いていた。だが、決して口にはしない。口にすることでそれが現実のものになってしまうのではないかという不安があったからだ。
「ゼルは出発、何時?」
「一時間後、昼過ぎにはつくな。お前は?」
「僕は三時間後。到着は明日になるな〜」
「トラビアか。まだ雪が残ってるかもな」
「そうだね。ガルバディアはどうなんだろう、復興が進んでるかな」
「そういや、あそこじゃいろいろあったからなあ」
 しばし、想いを巡らせる二人であった。
 ガルバディアでの戦い、トラビアでかわした誓い。そして、長い戦いの末、ようやく手にした平和。
 この平和を覆させるわけにはいかなかった。
「じゃあな、アーヴァイン。俺はもう行くぜ」
「うん、気をつけてね」
「お前もな。生きてまた会おうぜ」
「絶対に」
 二人は握手をかわした。
 こうして、二人はしばしの、あるいは永久の別れをすませた。
 また生きて会える保証など、どこにもありはしなかった。






 船は無事、翌日にイデアの家に到着していた。かなり大きな船だ。そして、船員たちはみな一様に白いスーツを着込んでいた。
(まるで海軍の軍服だな)
 ふと、故郷の海を思い出すカインであった。そして、船の代表者が降りてきてイデアに向かって風変わりな敬礼をする。
「お久しぶりです、まま先生」
 イデアは微笑をたたえた。
「久しぶりね、ルーザ。早速ですが、話があるのです」
「もしかすると、異世界からの客人のことではないですか?」
 先に言われ、イデアは少々驚いていた。
「あなたのところにも?」
「はい。こちらにも異世界からの客人がおりまして。人を探しているということらしいのですが」
「そう。それじゃ、話は早いわね。彼らをF・Hまで連れていってほしいの」
 イデアのすぐ後ろにはカインとエアリス、それにレノとイリーナが控えていた。
「ええ、了解しました。はじめまして。私はSeeD船の船長を務めておりますルーザと申します。船でのことは私にお尋ねください。よろしくお願いします」
「こちらこそ、よろしく頼む」
 カインもならって敬礼で返した。こちらはバロン国陸海空軍、共通で使われているものだ。それを見てルーザは笑った。
「あなたは軍人ですか?」
「前の世界では国家に仕えていた」
「そうですか──いえ、すみません。我々SeeDの敬礼、少し風変わりでしょう?」
 イデアが苦笑を漏らした。
「これはまま先生の発案なんです」
 まま先生=イデアという方式がようやく頭の中で成り立った。
「もっとも、気に入ってますけどね、私たちは」
「慣れるとそうかもしれないな。俺も最初は堅苦しい敬礼が苦手だった」
 何故か、初対面のこの男に自然と馴染んでいるようだった。こういうことはカインにとっては滅多にないことだった。
 と、その時である。SeeD船から一人の女性が降りてくるのが見えた。紫色の髪を肩でそろえた壮麗の女剣士である。その雰囲気、気配からかなりの使い手だということが分かった。
「どうですか?」
 最初にルーザがその女性に話しかけたが、女性は首を振って、明らかに落胆の色を示していた。
 いったい、何だというのだろう。
「私はカタリナといいます。主人のモニカ様を探すためにこの世界へとやってきました」
 するとその女性から話し掛けてきた。自分たちが異世界人であるということは彼女には伝わっているようだ。
「主人というと、君は──」
「はい。私の世界の、ロアーヌという国の姫様に仕える従者です」
「なるほど。では姫君を追ってこの世界へ」
「はい」
 強い意思を持った瞳だ。よほど彼女がモニカという姫に対して忠誠を捧げているのが分かる。
(自分では、こうはいかないな)
 自虐的な笑みを一瞬浮かべ、またもとの真面目な表情に戻る。
「自分はカイン。言うまでもないとは思うが異世界からやってきた」
「私はエアリス。よろしくね、カタリナ」
「私はイリーナです。よろしくお願いします」
 だが、やはり最後の一人はくだらなさそうに黙って立っているだけだった。
「先輩。先輩もきちんと挨拶してください」
「面倒だぞ、と」
「すみません。この人は私の先輩で、レノっていいます。よろしくお願いします」
 結局イリーナがかわりに紹介することとなって、ひとまず自己紹介は終わった。そして、もっとも気になっていることをカインは尋ねた。
「ルーザ。今後の航海予定を教えてほしいのだが」
「はい。今日はとりあえずここで一泊し、明朝出港します。F・Hに着くのは七日後、ということになります」
「七日か」
 カインはまだここに来て今日で二日だ。このように次から次へと状況が変わっていくのに、なかなか着いていけないところがある。七日の船旅というのは、この状況を整理するのにはちょうどいい時間なのかもしれない。






「うわー、すっかり夜になっちまったぜ」
 ゼルは単身、ガルバディアへとやってきていた。ガーデンには自分のかわりになる人物を残し、自分は一人情報を集めにやってきていたのだ。このあたり、やはり行動派というべきか。だが考えなしに行動するところはアルティミシア戦のときからあまり変化はないようであった。
「さて、どーすっかなー」
 情報を集めるといっても、ゼルにはどうすればいいのか全く分からない。やはりこういうことは専門の連中に任せた方がよかったと、既に後悔していた。
「ま、いいか」
 ゼルは適当に近くの酒場に入っていった。カラン、と音がなって店内の様子がゼルの目に映る。
 と、どこかで見た顔触れが、その中にあった。
 白いガウン。
 金色のちりちり頭。
 凶悪な人相。
 間違いない。こいつは、この男は。
「あ、あああああっ! さ、さ、さ、サイファーッ!」
「あー? なんだー?」
 そこには既に酔っぱらっているサイファーと他三名が今日もテーブル席についていたのだ。一人はゼルの見知らぬ青年であったが、この際それは問題ではない。
「知り合いかい?」
 ユリアンは雷神に尋ねた。サイファーに尋ねなかったところを見ると、どうやらこういう場合には話し掛けない方が利口だということをこの二日間で学んだらしい。
「まあ、知り合いといえば間違いじゃないもんよ」
 雷神が答える間にサイファーは立ち上がってゼルの方へ向かっていた。
「おう、久しぶりじゃねーか、チキン野郎」
 ゼルは既にファイティングポーズをとっている。サイファーも丸腰の相手に剣を使う気はないようだが、いつでも殴りかかれる体勢だ。
(仲、悪いの?)
(そりゃもう、最悪だもんよ)
 小声で話し合うユリアンと雷神。一人風神だけが酒を手酌で注いでいる。見た目どおりというか、やはり酒には強かったらしい。
「お、おめえ、何でこんなとこにいやがるんだ?」
「あー? 俺がここにいてなんか文句あるのかよ」
 実のところ、彼らは特別他に行くあてがあるわけでもなかった。仕方なしにこの飲み屋で時間を潰しているのだ。もちろん、昼の間は雷神や風神、ユリアンがバイトをして金を稼いでいたのだが(ちなみにその間サイファーは近くの川まで釣りに行っていた)。
「それよりてめえこそ、何でこんなとこにきやがったんだ? てめーはガーデンであいつと一緒に仲良くやってたんじゃなかったのか?」
(あいつ? ガーデン?)
 知らない単語が出てきてユリアンの耳に入る。
 そういえばこの世界のことはまだあまり教えてもらっていない。自分の話ばっかりで、あまりサイファーたちの話を聞いていなかったのだ。どういうことなのか、後で聞いてみようと思いながら場の成り行きを見守る。
「う、うるせえっ! こっちにも仕事っつーもんがあるんだよ。いつまでも平和ボケしていられるか」
「ほう、するってことは、何かまた問題が生じてるってことだな?」
 う、とゼルは詰まった。いっそのこと、サイファーに打ち明けて協力を頼もうかと、ほんの一瞬思わないでもなかったのだが、こうして口論が始まってしまうとそんな気持ちは遠い彼方へと追いやられていたのだ。
「うるせえな! とにかく、こっちは忙しいんだ。じゃあな!」
 ゼルは入ってきたばかりだというのに、すぐに酒場を出ていった。
「ち、いやなもん見ちまったぜ」
 サイファーは再び席につくと、ビールを一気に飲み込む。
「いいのか? あいつ、行っちゃったけど」
「あー? ほっとけよ。どうせ一人じゃ何もできないチキン野郎だ」
「……」
 ユリアンは仕方ないのでそのままサイファーに付き合ってビールを飲んだ。
 ゼルは当初の目的を後一歩で達成するところだったのだが、それに気付くのはまだ先のことのようであった。






「ティナ?」
 スコールはテラスにいたティナに声をかけた。宵闇の中、ティナはもちろん普段着に戻っていたが、昨日の綺麗な姿を思い浮かべ、思わず顔が明らんでしまっていた。
「スコールさん」
「ここは危険だ。移動中はテラスに出てはいけない」
「はい、すいません。風が心地よかったので、つい」
 ティナは風に流される髪を押さえて椅子から立ち上がった。その非幻想的ともいえる姿は、昨日の女神の姿に重なる。
「まあ、少しの間なら構わないが」
 視線を逸らして言う。あまりの美しさにスコールは赤くなっていた。
「はい」
 そして、ティナはくすりと笑った。スコールが顔をかすかにしかめ、いったいどうしたのかと言葉にせずに問いかけた。
「こういうふうに、二人になったのは初めてですね」
 首をかしげる。
「そうだったかな」
「いいんですか? 恋人さんに疑われちゃいますよ」
 一瞬、言葉に詰まった。リノアのことを言っているのは間違いない。
「大丈夫だ……と思う」
 さすがのスコールも断言できないあたり、こうやって二人でいるという状況に戸惑いを感じたのかもしれない。
 だが、そんなことにはかまわないように、ティナはテラスから暗い海を眺めた。
「私、すごく、嬉しかったんです」
 スコールに顔が見えないように、ティナは手すりにつかまってじっと遠くを見つめる。
「スコールさんはぶっきらぼうに見えるけど、本当に私のことを心配してくれてたから。感謝してます」
「別にあんたのためというわけじゃない」
 さすがにこれは虚勢であった、といえる。ティナにくすっと笑われてしまい、スコールは赤面してしまった。
「ティナは、元の世界に戻りたいのか?」
 ふと、気になっていた疑問が口に出てしまった。後悔した時にはもう遅かった。
「すまない、愚問だったな」
「ううん、気にしないで。それに、ここにはいい人が多いから、帰りたくなくなっちゃうかもしれませんし」
 それが嘘であるということは明らかであった。だが、真実でないというわけでもなかったらしい。
「あっちとこっちを行き来できればいいんですけどね」
 その、思いもよらない考え方にスコールは一瞬我を忘れた。
(世界を、行き来する)
 確かにそんなことができれば、ティナといつでも会うことができる。
「そうだな」
 スコールは相槌を打って、空を見上げた。
 今日は綺麗な満月が地上を照らしていた。






 同じ月を見上げ、物思いにふける者は他にもいた。
「月か」
 月にはいくらかの思い入れもある。実際にそこまで行って戦ったくらいだ。ないわけがなかった。
 故郷の月と、ここの月とは別のもののはずだ、とカインは思う。それに、故郷にはかつては月が二つあったはずである。自分のよく知っている月と、故郷に今も浮かぶ月と、そして今ここから見える月とは、全て違うもののはずであった。それなのに、自分はあの月にあの戦いを思い浮かべてしまう。
「あいつらは今頃どうしているかな」
 セシル。エッジ。リディア。そして──ローザ。
 月で共にゼロムスと戦った仲間たち。自分に生きる場所を与えてくれた仲間たち。
(俺は、帰ることができるのか?)
 この世界に来てからというもの、そればかりが頭をちらつく──もう一つの思いと共に。
(俺は……俺は、帰ることが……)

 カエルコトガユルサレルノカ?

 頭を強く振る。何を馬鹿なことを考えているのだろう、と自分を叱咤する。
(いつか父を超える竜騎士となった時にはセシルの元に戻ろうと決心しただろう)
 その決心は今も変わっていない。そして、未だに父を超えたという確信をつかめないままでいる。
 客観的に見て、自分が既に父をはるかに凌駕しているのは分かっていた。あのゼロムスと戦って生き延びた。それだけでも世界で一、二を争う槍の使い手であることは間違いない。だが、カインの考えることはそうした力だけの問題ではない。
 心の強さだ。
 それが自分にはない。
「あ、こんなところにいたんですねー」
 と、愛くるしい声が聞こえてきた。誰だと思って振り返ると、レモン色の髪が暗闇でもよく映えているのが目についた。
「イリーナ?」
 何故、イリーナがここに。
 カインがそう疑問に思うのも無理はない。カインはエアリスの仲間のようなものと彼らには認識されていただろうし、イリーナはレノの部下、そしてレノとエアリスは決して仲が良かったというわけではないようなのを見れば、イリーナが接触してくるというのは少し考えずらい。
「どうしたんですか? 夕食の後いなくなっちゃったから、みんな心配してましたよ」
「そうか」
 相手の真意をはかりかね、カインは素っ気ない態度で答える。
「隣、いーですか?」
 答を言う前にイリーナはよっこいしょ、とカインの隣に腰を下ろす。何か話があるのだろうか。レノには話すことができない、エアリスでは話相手として役不足な。
「何か用か?」
「ここのかとおか、なーんちゃって、ははははは……は……」
 カインの冷たい目線に、徐々に小さくなっていくイリーナであった。
「用がなきゃ、いちゃいけませんか?」
 少し真面目に戻るイリーナ。
「そうは言ってない。だが、意味もなくここに来る必要はないだろう」
「うーん、そうですかねー」
 イリーナは右手に顎を乗せて、首を捻る。
「不安、ですか?」
「何がだ?」
「その、一人で別の世界に来ていることが?」
 カインは別にそうは思ってはいなかったが、そういう話をされるとまんざら考えないでもない。
「さあな。お前は寂しいのか?」
「いえいえいえ、まさか! 私は故郷に家族もいないし、好きな人にも先に死なれちゃいましたし……あはははは」
 笑いが乾いている。無理しているのは明らかであった。
「そうか、すまなかったな」
「いえ、いーんですよ。もう一年も前のことです」
「じゃあ、あのレノとかいう奴と付き合ってるわけじゃなかったのか」
「レノさんと? まーさかあ!」
 冗談はやめてくださいと、本気で反論してくる。
「あの人はただの先輩ですよー。あれ、でも確かレノさんって、エアリスのこと気に入ってたんじゃなかったかな」
 とてもそうは見えなかったが、とカインは頭を押さえる。
「そういえば、お前たちはいったいどういう関係なんだ? 知り合いではあるみたいだが、エアリスは以前敵対していたと言っていたが」
「まあ、そうですね。2年前には敵対していましたから。もー、エアリスがまだ生きてるって聞いた時にはホントにびっくりしましたけど」
「……?」
 何か、そこに聞き逃すことができない言葉が混じっていた。
「まだ、生きて?」
 イリーナはこくりと頷く。
「エアリスは、私たちの世界で死んだことになってるんです。どういうわけか、こっちの世界に呼ばれて生き返ったのか何なのかよくわかんないんですけど、五体満足で無事だっていうから。私たちもびっくりしちゃって」
「エアリスが、死んだ?」
「死んでいるはずなんです。本当は。でも、生きている。不思議ですよね」
 それはいったいどういうことなのか。本人に聞いてもいいことなのだろうか。
(一度死んだ身だから、か。それとも、故郷に帰りたくない理由でもあるのか?)
 昨日のエアリスの態度を思い出す。何故あそこまで戦うことにこだわったのか。そこまで責任を背負おうとするのは何故なのか。
(不思議なやつだな)
 エアリスという存在が、少しずつカインの中に入ってくる。あの花の匂いの中、はじめに見た女性の笑顔が、まだ目に焼きついている。
「そういえば、カインさんの故郷ってどんなところなんですか?」
 突然話が変わった。本当に、特別な用事で来たというわけではなさそうだった。
「別に、普通のところだ」
「それじゃわかんないですよー。せっかくだから、教えてください」
「……」
 カインはため息をついた。いったい、何だって自分はつきまとわれなければならないんだ、と毒づきたくもなる。
「あ、どうして私がカインさんにつきまとってるんだ、って思ってるでしょ?」
 図星であったが、カインは特別答えなかった。
「教えてほしいですか」
「お前が言いたいんだろう。さっさと言え」
「うう、カインさん、冷たいです」
 イリーナは気を取り直して両手を胸の前で組んだ。
「カインさんって、私のお兄さんに似てるんです」
「兄?」
「ええ。やっぱり死んじゃってるんですけど、なんかカインさん見てたら兄を思い出しちゃって。迷惑でしたか?」
「いや」
 実はこの上なく迷惑だったが、そう言われると正直に言えないカインであった。
(兄、か)
 それで、イリーナは自分と話したかったというわけか。
「なるほどな」
「はい?」
「いや、なんでもない」
 カインは立ち上がった。
「そろそろ戻るか」
「え? もうですか? 私まだ来たばっかりなんですけど」
「だったら一人でいればいい」
「あ、わ、待ってくださいよー」
 カインが小屋に戻ると、その後をぴったりとイリーナがついてきた。
(妹か)
 こういうのも悪くない、と心の片隅で思うカインであった。






 そして、日は昇る。
 船出と、
 戦いの一日が始まる。






7.刺客・剣士

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