僕は戦うためにここへ来た。
故郷と、仲間と、恋人と、全てのものを投げ捨てて。
たった一人で。
だから、
戦うことに、ためらいなどない。
PLUS.7
刺客・剣士
Assassin from the another world
「本当に、お世話になりました、ラグナさん」
そう言って頭を下げるジェラールに、ラグナは困ったように頭をかいた。
「何を他人行儀なこと言ってんだよ。気にすんなよ」
ジェラールの身体は何とか回復していた。まだ体力的に完全とはいえないものの、普通に日常生活を送るにはほとんど問題はない。だが当然のこと、旅や戦闘などできる状態ではなかった。まだあと数日は休まなければならないだろう。
さいわい、今のところこちら側でやることはなかった。うまくすればスコールたちがここへかけつけるまで、ラグナロクなら一日、ガーデンならば五日といったところか。ラグナロクを緊急用に残すのだとすれば、ガーデンごと移動してくることになる。その間にジェラールは完全に回復できるはずだ。
「本当に気にすることはない、ジェラール君。むしろ、もっとラグナ君に迷惑をかけてやった方がいい」
「は、はあ」
キロスの台詞は冗談なのか本気なのか、未だに区別がつかないところがあり、ジェラールも彼と話すのが苦手であった。もちろん彼個人が苦手というわけではないのだが。
「それにしてもあいつら、本当に来てくれるかなあ」
「うーん、大丈夫だと思うんだけど」
エルオーネは少し不安げに答えたが、発言した本人が実は一番安心していたりもした。
「ま、いよいよになったらこっちから出向くって手もあるしな」
「とりあえずは、もうしばらくここにいることだな。ジェラール君の体力が回復するのを待たなければならないし」
「申し訳ありません」
ジェラールの怪我の原因は空から落ちてきたときのものではなかった。むしろ彼に怪我はほとんどない。それよりも問題だったのは著しい体力の消耗の方だったのである。
その原因はおそらく世界を渡った時にジェラールの身体に過負荷がかかったのではないかと推測された。彼をこの世界へ運んだのはオアイーブと名乗る占い師。ジェラールを何度も救ってくれた人物であった。
自分の身体に問題があったのか、オアイーブの術に問題があったのか、そこまでは分からないものの他にジェラールの体力が落ちている原因は見つからなかった。
「だから気にすんなって。ああ、そうだエル、あれ、どうした?」
「あ、ごめん。今持ってくるね」
ラグナの指示でエルオーネが2階へと何かを取りに行った。そしてすぐに降りてくると、一つの紋章をジェラールに差し出した。
金色のメダル。中心に輝くのは大鷲をモチーフにした守り神。
「それは、僕の!」
思わず奪うようにジェラールはエルオーネから受け取っていた。
「おいおい、せっかく保管しておいたのにそれはないんじゃないか?」
言われて気がついたようである。ジェラールはまたしても「すみません」と謝ることになってしまった。
「父親の、形見ですから」
「へえ。それにしても、なんだかずいぶん高価そうな紋章だな。実は、どこかの偉い王様とかだったりして」
あながち間違いではない。若干のニュアンスの違いがあるだけである。
「なあ、よかったら喋ってくれないか?」
「分かりました。僕は……いえ」
ジェラールは背筋を伸ばし、威厳のある顔つきで語った。
「余はバレンヌ帝国皇帝、ジェラールである。我が世界を守らんがため、この世界へとやってきた。エスタ大統領殿、何とぞ、協力を要請する」
そう言って、再びジェラールは肩を落とした。
「何て言っても、誰も証明してくれる人なんていませんけどね」
ジェラールはバレンヌ帝国の第二皇子であった。文官としての才能しかなかったジェラールは、毎日のように父である皇帝に連れられて地方領のモンスター退治を繰り返していた。正直戦うことは苦手なジェラールであったが、尊敬すべき父と敬愛すべき兄の役に立ちたいというのが彼の希望でもあった。
その日もいつものようにモンスター退治へとでかけた。そしてそれを無事に果たして帰ってきた時のことである。皇都が攻撃されていたのだ。幸い街の被害は最小限ですんだが、その戦いで皇都を守っていた兄は帰らぬ人となった。
攻撃をしたのは、世界を救うといわれていた七英雄の一人、クジンシー。ジェラールは父と共に仇を討ちにいったが逆に返り討ちにあい、父親もまた帰らぬ人となる。
だが、占い師オアイーブが授けた『継承法』により、ジェラールは父の力と、クジンシーの得意技の回避法を受け継ぎ、部下たちの協力を得て再びクジンシーの討伐に挑む。
戦いは苛烈を極めた。クジンシー配下のモンスター軍団に対し、味方の約三割が死亡、クジンシーに直接戦いを挑んだ仲間四人のうち二人が死亡。まさに死闘であった。だが、その結果としてクジンシーを倒し、アバロン領に仮の平和をもたらしたのである。
戦いの傷痕は深く、七英雄と戦うにはまだ長い年月が必要であった。そして、優秀な部下たちにめぐまれていたジェラールは、国の全てを任せて自分は単身、世界を救うべくこの世界へとやってきたのである。
たった一人で。
「へえー、やっぱりお偉いさんだったんだな。どことなく気品はあるような気がしたんだが、ふーん、皇帝ねえ」
ラグナはしきりに感心している。本当に信じているのか、その態度からは疑問であった。
「ちょっと年若いみたいだけど、まあ俺でもできるんだからジェラールくらい真面目だったら十分なんだろうな」
「ラグナ君、失礼だぞ」
一応キロスが窘めるが、ジェラールは「気にしないでください」と続けた。
「それから他にも聞きたいことがあるんだけど──」
と、ラグナが久々にジャーナリストらしくジェラールに興味を持っていたのだが その質問は突如起こった轟音と震動によってかきけされた。
「な、何だ?」
ラグナが家を飛び出していく。キロスとウォードもそれにつづき、ジェラールも二人と一緒に出た。
「エルは留守番を頼むぜ!」
「ええ、ちょ、ちょっとぉ!」
なんで私はいっつも留守番なのよ、というエルオーネの言葉を聞き流し、ラグナはそのまま走りだしていった。
「おいおい、何だこりゃ?」
隕石、だろうか。ウォードの体よりも大きな岩がどうやら降ってきたようである。そのまわりが小さなクレーターになっているところを見ると、隕石とみるのが正しいようにも思われる。
「いや、何か出てくるみたいだが」
岩だと思われたそれの一部がぱっくりと開き、そこから一人の男が現れた。背に剣を負った、長身の若く見える男。颯爽とした感じと、禍々しい感じを同時に放出していた。
「あれは……まさか!」
ジェラールはその人物に駆け寄っていった。ラグナたちも慌ててその後を追う。
「貴様、七英雄のノエルだな?」
ジェラールは剣を構えながら尋ねる。すると、男はニヒルな笑みを浮かべ、やはり背中の剣を抜いた。
「バレンヌ帝国皇帝ジェラール。まさかこれほどすぐに出会えるとはな」
「僕を、殺しに来たのか?」
「まあ、そんなところだ。この世界を消滅させるには、貴様の存在は邪魔なのでな」
「他の七英雄もこっちに来たのか?」
「知りたいか?」
肯定とも否定ともとれないその表情にジェラールは圧迫されていた。もしも自分が万全の体調であったならば、ノエルとも互角に戦えるはずだ。だが、今の自分は万全というには程遠い。
「ジェラール君、下がっていたまえ」
ジェラールとノエルの間に割って入ったのはキロスだった。そしてその両隣にラグナとウォード。
「お前はまだ体力が戻ってないからな。俺たちに任せとけ」
「待ってください、そいつは」
ジェラールが止めるより早くラグナたちは行動に移っていた。まず先手をうったのはウォードであった。巨大な銛を投げつけると、ノエルは不意をつかれたらしく、バランスを崩してそれを回避する。
「キロス!」
「分かっている」
バランスの崩れたノエルに向かってラグナがライフルを放つ。そしてキロスが一気にノエルと間合いをつめ、いつの間にか両腕に装備されていたカタールで攻撃する。
「甘いな」
しかし、ノエルはすぐに体勢を建て直すと、キロスの攻撃をしっかりと剣で受け止め、力でもってはじき飛ばした。その間にウォードが銛を広い、ノエルに攻撃を加える。だがそれもやはりノエルは片手剣でウォードの怪力を押さえ込む。
「げえっ」
その光景を目にしたラグナは思わず呻いていた。あの馬鹿力のウォードを片手で押さえ込む力である。華奢な体の割に、随分な力の持ち主のようであった。
「だから、あいつは強いんです」
「そういうことは早く言ってほしい」
キロスが立ち上がりながら言う。そして再び構えると、ノエルに突入するタイミングを見計らう。
「僕も行きます。ラグナさん、その面白い武器で援護をお願いします」
「面白いって」
ジェラールの故郷は剣と術の世界である。ライフルや銃といったものは存在していないのだ。
「とにかく、行くぞっ!」
ラグナの第二撃に呼応して、キロスとジェラールはノエルに突進した。ウォードも一旦間合いをとり、二人と連動してノエルに攻撃を加える。
「ちいっ」
ノエルは回避行動をとるが、ラグナのライフルによって行動範囲を狭められ、加えて三方向からの攻撃を回避し続けるのは至難の技のようであった。たまらず、ラグナとの距離を保とうと後方へ引く。そこに、ジェラールの『術』が飛んだ。
「ファイアー・ボール!」
それは見事ノエルに命中したが、ラグナたちは一瞬それを見て驚いていた。自分たちの知識にない魔法を使い、しかもガーディアンフォースを装備していない状態で魔法を使ったのだ。いったい、この少年は何者なのか、という疑問が三人の中によぎっていた。
ノエルはその隙を逃さなかった。
「水鳥剣!」
剣を振りかざし、空高く舞い上がる。
そして急降下する──ラグナに向かって。
「やべっ」
ラグナは慌てて回避行動を取ろうとするが、それよりもノエルの剣が速かった。大剣がラグナの頭上に落ちる。
「うああああああっ!」
叫んだのはジェラールだった。強引ともいえる方法、すなわち体当たりでラグナをはじきとばし、その剣を避けたのだ。
「ふいぃ、助かった、ぜ!」
ラグナは倒れたままライフルをノエルに向かって放つ。同時に左右からキロスとウォードが迫った。
「ここまでだな」
ノエルは呟くと、後方に退いた。この四人を相手にはさすがに勝ち目はないと悟ったのだろう、「この勝負、預ける」と言い残し、街の外へと逃げ去っていった。
後を追いかけることは、誰もできなかった。
「とんでもねえやつだな」
ラグナの言葉の対象は誰であっただろう。ノエルだろうか、それともジェラールだろうか。
「あいつは僕のいた世界を支配しようとしていた者の一人です」
「七英雄、とか言っていたが」
「はい。一人は倒しているので、ノエルを含めてあと六人いるはずです」
「六人全員こっちに来てるっていう可能性は?」
「なくはないですが、向こうの世界を放っておいて、全員がこちらに来るとも思えません」
実際、何故わざわざノエルが自分を殺しにここまでやってきたのかが分からない。世界の消滅のために、と言っていたが、世界が消滅すれば自分たちも消滅してしまうではないか。いったい、ノエルは、そして七英雄は何を考えて自分を狙ってきたのだろう。
(そして……いったい、何人来るつもりなんだ?)
リーダーのワグナス。
剣士ノエル。
その妹、魅惑のロックブーケ。
暴れ者ダンターグ。
海の王者、狡猾なスービエ。
人形使いのボクオーン。
(トレースを放り出してまで全員が来るとは思えない)
最初のクジンシーですら、勝つために自分は父と兄を犠牲に捧げなければならなかった。それがもし、六人とも来ているとなると。
(急がなければならない。世界を救うだけではなく、七英雄を倒すことを)
心でそう誓っていると、気楽そうなラグナの声が聞こえてきた。
「とにかく、ひとまずは危機は去ったみたいだな。一旦戻ってメシにしようぜ」
拍子抜けするほど、気楽な言葉であった。一瞬ジェラールは唖然としたが、この男の笑顔を見ていると、不思議と自分の心が和んでいく。
(大統領、か。僕よりはるかにリーダーとして優れているのかもしれない)
ラグナの気楽さが、今のジェラールには有り難かった。
8.邪悪なる龍
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