また戦わなければならないのか。
 自分と友を危険にさらしてまで。
 そして、俺はみんなの命を預かる者。
 ……俺の判断でみんなの運命が変わる。
 ……そんなことが、俺に許されているのだろうか……。












PLUS.8

邪悪なる龍







evil dragon






「スコール!」
 廊下を歩いている時に呼び止めてきたのはリノアだった。駆け足で近づいてくると、スコールの横に並んで歩きだす。
「……どうかしたか」
「どうかしないとキミの隣に並んで歩いたらだめなの?」
 思いもかけない言葉であった。特にそういう反応を期待していたわけではなかった。
「そうは言わないが……」
「ねえ、スコール。また戦いになるのかな……」
「それは分からない。いったい何が起こっているのか、その原因さえ分かってしまえば解決策も見つかるだろう。大体、何で戦いになるなんて思ったんだ?」
「……なんか、嫌な予感がするの。あたし、こういう予感って当たるんだ」
「気の迷いだよ。あんまり気にするな」
「……うん、そうだね。ありがとうスコール」
 リノアは微笑むとスコールの前に回って、下から覗きこんだ。
「──?」
「……昨日、ティナと仲良さそーにしてたよね、スコール?」
 昨日──と考え、夜にテラスで会ったことを思い出す。
「ああ、あれか」
「否定しないんだ」
「別に否定しなければならないようなことはしていない」
「どうだかなあ」
 かなり疑われている。やれやれ、とスコールは内心毒づく。
「お前が好きだ、リノア」
「…………」
 不意をついたスコールの攻撃に、リノアはかあっと一気に顔が火照った。
「本当だ。お前に恥じるようなことは何もない」
「ば……バカ!」
 リノアは大声で怒鳴ると廊下の向こうの方へ走っていった。スコールは何か悪いことを言ってしまったのだろうか、と少し不安だった。






 スコールがガーデンの雑務を行っている時、扉が開いて1人の女性が中に入ってきた。
「おはよう、スコール」
「ああ」
 学園長室に入ってきたのはシュウだった。シュウはまだ20歳と若くして教官になった人物である。その意味ではキスティスの方がずっと若いのだが、SEEDとしてのキャリアからも、教官としての人望からも、スコールはこの人物にガーデン内のことを頼むことが多い。
 スコールからしてみると、何かと自分のことを構うキスティスやリノア、セルフィたちよりも、ある意味距離を隔てた関係であるシュウと一緒にいる時の方が不思議と安心できるのだった。もちろん、そんなことをリノアに言ったら烈火のように怒るのだろうが。
「……どうかしたのか?」
 シュウがスコールをにやにやしながら見ていたので、スコールは尋ねずにはいられなかった。
「朝、リノアと口げんかしてたでしょ?」
「ああ……見てたのか。別にたいしたことじゃない」
 スコールは頭をかきながら答えた。
 こういうことを言いながらも、シュウは決して私人としての立場をこえてくることはない。そういうところもスコールからすれば安心できる点だったのかもしれない。
「まあお姉さんからの忠告としては、リーダーとしての責任を果たすのもいいけど、たまにはリノアもかまってやりなさい。女っていうのは、好きな人にかまってもらえないことが一番苦しいんだから」
「……ああ、分かった」
 シュウはにっこりと笑うと自分の席について雑務をこなしていった。スコールもとにかく報告書に目を通していく。
(リノアか……)
 最近、リノアに対する気持ちが自分の中で定まらないことをスコールは自覚していた。
 先の戦いで自分のために尽くしてくれたリノア。そして自分もまた、彼女のために自分の命と世界の運命とを投げ捨て、彼女を取り戻した。
 自分がリノアのことを好きだから。
(……そうなんだがな……)
 何とも説明のしがたい思いに捕らわれ、スコールは大きくため息をつく。それを見ていたシュウがくすりと笑った。
 気を取り直し、改めてスコールは目にしていた報告書を頭にたたきこんでいく。ふと、気になることがあったのでスコールはシュウに声をかけた。
「シュウ、この──」
 ちょうど話しかけた時、学園長室にキスティスが走りこんできた。
「キスティス、そんなに慌てて──」
「非常事態よ、スコール」
「非常事態?」
「正体不明の非行物体がこちらに近づいてくるの。見た感じではドラゴンに近いような感じなんだけど……」
「……戦闘体制をとった方がいい、ということか?」
「とにかく上に行ってみましょう、スコール」
 シュウに促され、スコールも立ち上がった。



「……この感じ……」
 ブルーは出入り禁止のはずのテラスに出て、はるかかなたから迫り来る『異形』の姿を捉えていた。
 まだ遠いのでその姿を正確に理解することはかなわないが、灰色の身体に巨大な翼をそなえたウィングドラゴン……確かに古文書で見た姿と一致していた。
「……邪龍族……」
 故郷の古い文献に、その記述は確かにあった。リージョンを破壊するだけの力を持つ一族、それが邪龍族。かつての龍魔大戦において、ヴァジュイールやオルロワージュらの妖魔たちによって完全に封印されたはずであった。
 そしてその封印を解くことができるのは、自分か、自分と同等の魔法能力を持つものだけ。
「……いったい、誰が……?」
 ブルーは邪龍族の姿を視界にとらえ、きっと睨み付けた。
 邪龍族の恐ろしさを知る人間や妖魔たちがあれの封印を解くとは考えがたい。だとすれば……。
(……馬鹿な。そんなはずがない)
 1人だけ、思い当たる人物がいた。だがそれはありえないことであった。
 彼はもう、死んだのだから。



 ブリッジに上ったスコールは、そこに恐ろしいまでに巨大で禍々しい姿の異生物を発見した。たしかに形状はドラゴンに似ている。翼もあるし、鱗もついている。だが、それが放つ強大な邪気。とてもドラゴンの範疇におさまるものとは思えなかった。当然のことながら、友好的であるはずもなかった。
「……なるほど、あれは異形だ」
 スコールは感心する暇をあまり多くは与えられなかった。キスティスから「どうする」と尋ねられ、しばし迷った末にキスティスとシュウに指示する。
「第一種戦闘体勢。ガーデン内にいる民間人、および幼年組は所定の位置に避難。セルフィはラグナロクに搭乗、ティナとブルーもそこに誘導すること。それから……ニーダ、『異形』はこっちへ向かってきているか?」
「うん、まっすぐね。このままじゃぶつかる」
「では進路を左に45°修正。砲撃班は所定の位置につくこと。それから……」
「放送は誰が?」
「シュウ先生、お願いします。キスティスはリノアと共にガーディアンフォースを装着して屋上へ。危険だが、頼む」
「分かったわ」
(……もう1人……)
 スコールは苦しいところであった。
(ゼル……アーヴァイン……。誰かあと1人、いれば……)
 だが、あれを倒すには現有戦力をもってするしかない。指示を出し終えたら自分も前線に出なければならないだろう。
 人が足りない。常に最前線を行くゼルと、後方支援に徹するアーヴァイン。彼らの抜けた穴がこれほど大きいとは、スコールは予想だにしていなかった。



「ティナ、急いで!」
 セルフィはティナをラグナロクへと誘導していた。
「いったい何があったの? セルフィ」
「分からないけど、敵が攻めてきたみたい?」
「敵? 敵って、誰?」
「それは分からないけど、とにかく早く!」
 シュウから指示を受けて、何とかティナは確保したものの、ブルーの姿が見当たらず、セルフィはかなり焦っていた。いずれにせよ、自分はこのティナを守らなければならないのだ、という使命感に燃えていた。
(ラグナロクで待機っていうことは……)
 最悪の場合、このガーデンが崩壊する前に脱出しろということだ。そして、それほどまでガーデンが大変だという時に、自分はラグナロクを操縦しなければならないという立場から戦闘に出向かうことができないでいる。
(スコール、みんな……なんとか、がんばって……)



「……すごい、おっきーい」
 リノアが風に髪をなびかせながら、こっちに迫り来る『異形』の姿を確認した。もちろんこのガーデンほど大きいわけではないが、控えめにみてもその1割大の大きさであっただろう。あんなものと衝突したら、このガーデンは間違いなく航行不能に陥るだろう。
 しかも、もし機関部に衝突したら……?
 結果は、明白であった。そんなことをさせるわけにはいかない。
「……止めなきゃね……」
 キスティスの言葉に、リノアはしっかりと頷いた。
 ようやく手に入れた平和──先の戦いからまだ1ヶ月も経っていない。せっかく手に入れた平和を、みんなで暮らせる場所を、奪われるわけにはいかなかった。
 みんなで、ここで。
 それがリノアの一番の願いであった。
「……最初からGFで行くわよ」
「うん、キスティス」
 2人はGF発動の体勢に入った。



「……砲撃、準備」
「砲撃準備!」
 スコールの指示を、シュウが放送で流す。しっかりと距離を量り、タイミングを見計らう。それは、おそろしく緊張をしいられる作業であった。
「大丈夫? スコール」
「ああ」
 瞬き1つせず、スコールは『異形』を見つめる。
(射程距離圏内まで、あと100……50……今だ!)
「発射!」
「発射!」
 スコールの命令をシュウが復唱する。同時にガーデンから『異形』に向かって砲撃がなされる。半分ほどは命中したものの、『異形』はその進行スピードを全く変化させずに突入してくる。
「通じてないわね」
 シュウの呟きに頷きながら、スコールは続いて命令を繰り返す。
「第2撃、用意!……発射!」
「発射!」
 続けざまに、『異形』に向かって砲撃が繰り返される。しかし『異形』は何らダメージを受けた様子はない。
 このままでは、衝突は必至だ。
「……しかたがないな」
 スコールはシュウに振り向いて言った。
「ここはまかせる。直接あの『異形』を止めてみる」
「分かったわ。でも、無理しないでねスコール」
「分かっている。衝突が避けられないようだったら、ラグナロクのセルフィに連絡を」
「了解」
 簡単に言葉を交わすと、2人はそれぞれの持ち場へと移動した。
「さあ、全弾うち尽くすまで攻撃を続行! 『異形』もダメージを受けているわよ!」
 肉眼ではとうていそうは見えなかったが、シュウはそうやって砲撃手たちを鼓舞するしかなかった。とにかく、今の自分にはこれしかすることがないのだ。
「……これじゃ、かわしきれません、シュウ先生」
 ニーダは必死にガーデンを操っていたが、進路を変えても結局『異形』がこちらへ向かってくることにはかわりなかった。
「なんとかしなさいっ!」
「そ、そんな無茶な〜」
 ニーダはやむなく、さらに進路を左に向けた。



「……いくわよ、リノア」
「了解!」
 2人は同時にガーディアンフォースを召還した。キスティスはイフリートを、リノアはパンデモニウムをそれぞれ召還する。そして、イフリートの炎とパンデモニウムの風とがあわさって『異形』へと突き進む。
 次の瞬間には『異形』が紅蓮の炎に包まれるのを、確かに2人は見た。
「やった?」
 リノアが尋ねる。だが、キスティスは答えない。爆炎の向こうを、じっと見つめている。
 そして、その爆炎を突き抜けて『異形』はなおも突進してきた。
「……冗談、でしょ?」
 炎を振り切り、向かい風の影響をもろともせずに突進してくる『異形』の姿にリノアは恐怖を感じた。これは、抵抗するとかいう問題ではない、圧倒的な力の差を見せつけられ、どうすることもできないという無力感におそわれていたのだ。
 その時である。
「……マジック・チェーン!」
 2人の後ろから何者かの声が聞こえ、魔力の光線が『異形』へと向かって伸びていった。それが『異形』に達した時、わずかにではあるが『異形』は進行速度を緩めたように、リノアには感じられた。
「ブルー! どうしてここに──」
 キスティスが叫ぶが、ブルーはそんなことにはかまわずに指示を出す。
「水だ! 奴には、水の攻撃が有効なはずだ!」
 2人は瞬間的に目を見合わせる。
『ウォータ!』
 水の魔法を『異形』へと放つ。
『ギィアアアアアアアアッ!』
 邪龍が、吠えた。確かに、その魔法は的確にダメージを与えたように見えた。だがそれでもなお邪龍は突進をやめず、ガーデンへ向かってくる。もはやこの距離では激突を避けることはできないかのように思われた。
「……スコール……ッ!」
 リノアは愛しい者の名を叫んでいた。
「リヴァイアサン!」
 その願いが届いたかのようにスコールは颯爽と屋上に到着し、リヴァイアサンを召還した。
 GFリヴァイアサンは海水を吹き上げて『異形』に攻撃を加える。『異形』はさすがにこの攻撃を突破するほどの力はなく、ギエエエエエエッ、という悲鳴を上げて、1度上空へと退避した。
(なんとか……なったのか?)
 スコールは上空へと逃れていく邪龍を、険しい眼差しで見つめていた。



「……『異形』、上空へ移動しました!」
 連絡を受け取り、ニーダもシュウもひとまずは安心した。しかし、まだ終わったわけではない。上空には未だ『異形』がこちらの様子を伺っている。
「ニーダ、進路を再び元に戻して。機関部は今のうちに弾薬の補充、急いで!」
「了解!」
 ニーダの声が、ひときわ高く響いた。



「……あれは、何者だ?」
 スコールはともかくも『異形』の第1次攻撃を免れたことで一安心し、その間にブルーに『異形』について尋ねた。
「詳しくは僕も知らない。ただあれがなにかということならば、よく知っている」
「つまり?」
「邪龍族。もともとは僕等の世界に封印されていた者たちだ。彼らは一体で僕等のリージョン、分かりやすく言えば、街を1つ消滅させることも可能だ」
「……それは、また」
 ガルバディアのミサイル攻撃などより、はるかに危険な存在なのだとスコールたちは空恐ろしくなった。
「でも、おそらく奴は一旦引くはずだ」
「どうして分かる?」
「どうやら今の突撃で体力を使い果たしたみたいだ。この距離なら突入するのにもパワーが足りないだろう。今はまだ上空を旋回しているけど、じきに離れていくはずだ」
 4人が邪龍を見つめていると、やがてブルーの言う通り徐々に遠ざかっていき、消えていった。
「シュウ、第一種警戒体制を解除してくれ」
 屋上のマイクで操縦室のシュウと連絡をとり、スコールはようやく息をついた。
「あれは、何故このガーデンを狙ってきたのだろう」
「分からない。だが、もしかしたら僕がいるからかもしれない。奴らは僕を、そしてティナを狙ってきたに違いない」
「『代表者』を狙って?」
「多分。はっきりとしたことはいえないけど。でもそれ以外に考えがつかない。特にあの邪龍は僕の世界で生み出されたモノだ。僕を狙って来たというのが一番説明がつく」
 ブルーの言うことはいちいち理にかなっている。だが、それでも納得がいかないことがあった。
「ねえ、1つ聞きたいんだけど」
 口を挟んできたのはキスティスであった。
「どうして、あなたが狙われるの? 『代表者』を殺して何かメリットがあるというの?」
「メリット?」
「だって、そうでしょう? このまま何もしなければ、8つの世界は全部崩壊してしまうんでしょう。あの邪龍だって居る場所を失うんじゃないかしら」
「それは、そうだな」
 スコールは納得がいったように頷く。
「……言われてみれば、確かにそうだ。僕を狙っているのは──分かるとしても、何故僕を狙ってくるんだろう」
 ブルーもそれを疑問に思ったことはなかったようだ。
 ただいずれにせよ、ひとまずバラムガーデンは敵の侵略を防いだということである。




9.海竜、襲来

もどる