戦いか……。
 前の戦いから、どれだけたったのだろう。
 前の罪を、いつになれば償いきれるのだろう。
 前の仲間たちと、どうすれば再会することができるのだろう。
 いや……。
 俺に、再会が許されているのだろうか……。
 友はきっと俺のことを待っているだろう。
 だが俺は、そこに帰る資格をもたない。
 罪を償うまでは。
 ……この戦いで。
 この戦いを通じて、俺は罪を償うことが、できるのだろうか……?












PLUS.9

海竜、襲来







the Weapon which is SeaDragon






 翌日、朝。日の出と共に船は出港した。カインは珍しくなかなか寝つけなかったので、やや睡眠不足ぎみではあった。だが船に乗ってしまえば完全に目が覚めていた。そういうところはさすがに戦士である。
「……ところで、どうしてシドさんとイデアさんまで来てるんですか?」
 カインは控えめに聞き、シドは別段それを気にするふうでもなく、大声で笑った。
「なあに、私はこう見えても顔が広いから、何か役に立てるのではないかと思ってね」
 笑う理由がカインには分からなかったが、とにかく自分たちのために来てくれるというのは間違いないようであった。
「申し訳ありません」
「いえいえ……それに、この事件においてはもう1つのSEEDたちに救援を頼むことになるかもしれませんから」
「……もう1つのSEED?」
 カインは聞き返したが、シドは「いずれわかりますよ」と言っただけで何も答えなかった。結局カインは情報を入手することができず、いったい何だというのかと気をやくことになる。
「うわー、速いですねー。こんな速い船、私乗ったことないですよー」
 イリーナはといえば始終カインの傍にくっついている。よほどカインという存在が気にいったのだろうか。
「ああ、たしかにいい船だな。内燃機関を入れているだけのことはある」
 と、ちょうどその時ルーザと呼ばれていたた船長がやってきて、船の話題をしていた2人に声をかけてきた。
「どうですか、カインさん。この船は」
「いい船だな。我が国の海軍にも、これほどの船はないかもしれない」
 海軍、という言葉に引かれたのか、ルーザはさらに尋ねてくる。
「……なるほど、あなたは国家に仕えていたのですね?」
「ああ。もっともうちは海軍よりも空軍の方が充実していたがな」
 故郷のバロンは世界最強の飛空艇部隊『赤い翼』を要している。そのため、陸軍や海軍よりもまず空軍の整備に力が入れられていた。
「カインさんは海軍に?」
「いや陸軍だ。まあ。地に足をつけて戦う方が、俺には性にあっているようだ」
 ただ、友人の関係もあって空軍にもよく顔を出していた。自分のようなイレギュラーはあまり軍の中ではいい顔をされなかっただろう。
 自分が空軍に入らなかったのは、空軍を率いている男の部下になりたくなかったからだ。もちろんそれは嫉妬などではない。自分が陸軍を率いる立場になれば、友人である空軍の長と対等の立場になることができる。もちろん陸軍であれば自分の特性をいかすことができるというのも大きな理由ではあったが、一番の理由は彼の友人との関係を崩したくなかった、それにつきる。
「まあ、船を操るのも悪くないと思うが。ただ俺はどうも槍を握ると自分の手で戦いたくなってくる。これはどうしようもないな」
 カインが苦笑すると、ルーザもまた大きく頷いた。
「なるほど、その気持ちは分かります。私も他に船長になれる人材がいたなら、代わりたいくらいですから」
 何となく2人は共通するものを感じ、しばしの沈黙を楽しんでいた。やがて、カインの方から話しかける。
「今日はいい天気だな」
「そうですね。風向きもいいみたいだし、この調子だと7日といわず5〜6日でF・Hまで行けるかもしれません」
「そういえばルーザ、お前たちはイデアさんとはどういう関係なんだ?」
「まま先生ですか?」
 まま先生、という呼ばれ方をイデアが受けていることは知っていた。ただ、それがいったい何故かは分からなかったが。
「僕たちは、みんな孤児なんです」
「……ほう」
 カインも孤児である。同じ境遇にある者たちなのだと聞き、カインの中に同族意識が芽生えた。
「僕たちを引き取ってくれたのがイデア──まま先生です。僕たちはみんなまま先生と呼んでます」
「そうか、それじゃあこの船にいる者はみなイデアさんの子供たちということか……」
「そう──ですね。そういえるでしょう」
「何だか、不思議な気持ちだ。俺も孤児だった。同じように孤児だった男と同じ主君に拾われて、そのまま軍に入ったのだ……懐かしい思い出だ」
「──そうですか」
 ルーザにも、カインに対する同族意識が芽生えていたのかもしれない。やがて、ルーザを呼ぶ声が聞こえると「それでは失礼します」と言って船内へと消えていった。
「……カインさんって、孤児だったんだんですね」
 2人の傍でじっと話を聞いていたイリーナが、小さい声で話し掛けてきた。
「ああ。別に隠すようなことじゃない」
「だったら、昨日そうやって言ってくれればいいじゃないですかー。何か、自分ばっかり誰もいないみたいな感じになってたし……」
 どうやら、それを負い目に感じてしまったようである。もちろんカインはイリーナに対してそのような気分にさせたかったわけではない。
「俺には、同じ義父の下で育った男がいる。兄弟のようなものだ。それを考えれば俺は1人というわけではない。別に間違いではないだろう」
「……でも、今は2人とも、1人──なんですよね……」
 たしかに、ある意味ではそうだ。自分の過去を知っている者がいない世界。それはなんと孤独で、寂しいものであろうか。
「お前には愛しの先輩がいるだろう」
「やめてくださいよー。レノさんは私なんかの手におえる人じゃありませんって。でも、そうですね。私はこの世界に来るときもレノさんが一緒だったけど、カインさんは……」
「別に気にすることもないさ。俺は前の世界でも1人だった。別に孤独は慣れている」
 そう、自分は孤独というものに慣れすぎている。だから、イリーナやエアリスのように自分に積極的に関わろうとする人間に対しては、戸惑いを覚えてしまうのだろう。
「それじゃあ、私が妹になってあげますよ」
 あげます、とは何だとカインは思ったが、その心遣いはそれなりに嬉しかった。もちろん、言葉に出してはこう言うのだが。
「けっこうだ」






「ねえ、カイン。ちょっといいかな」
 イリーナのいない隙を見計らったのか、ちょうどカインが1人でいる時にエアリスが話しかけてきた。
「どうした」
「ちょっと話、したくて」
 船首に座っていたカインの隣に、ちょこん、とエアリスは座った。そういえば、出港してからというもの、こうして2人で話すのは初めてだったような気もする。
「…………」
「…………」
 しかし、2人は互いに見つめあったまま何も言葉を交わすことがなかった。いったい、エアリスは何を話そうとして来たのか、カインには全く理解できない。
「そういえば、カインって故郷に彼女とかいないの?」
 いきなり嫌な質問をしてくるな、とカインは心の中で思った。
「お前はどうなんだ」
「私? うーん、私は……多分ふられちゃってるだろうから」
 そう、だろうか。
 イリーナが言っていた。エアリスは自分の世界では死んだことになっている、と。それはつまり、もうエアリスのことを待っていてくれる人はいないということなのではないだろうか。
「エアリスは、元の世界に戻ったらどうするんだ?」
 ふと気になって、カインは尋ねた。するとエアリスは「うーん」と悩んだ。
「どうしよう」
「どうしようって……」
「だって、帰っても私のこと待っててくれる人、いないし」
 ……それはエアリスの本音であっただろう。それが分かるだけに、カインも同情した。
「そうか……」
「うん……多分」
 きっと、エアリスが帰ったらみんな大喜びすることは間違いないだろう。ただ、今ではクラウドはもうティファと幸せに暮らしているだろう。だとしたら今自分が帰っても、迷惑をかけてしまうだけだ。
「カインは? カインは帰ったらあなたのこと待っててくれる人、いる?」
「俺は……」
 セシルは、きっと喜ぶだろう。ローザも、喜んでくれるに違いない。
 だが……。
 彼らが自分を待っていてくれるのは分かる。だが、何よりもそれを自分が望んでいない。
 自分はそんなに価値のある人間じゃない……むしろ、嫌われ、憎まれ、蔑まれなければならない。
「俺も、待っててくれるやつがいない人間だな」
 待っている人はいる。だが、待っているのは罪を犯した自分ではない。罪を贖い、彼らの下に胸をはって帰ることができる自分だ。
 だから今は、自分のことを待っていてくれる人はいない。カインは、そう自分に言い聞かせていた。
「そうなんだ」
 そしてまた、しばらく2人は無言のまま海を見つめていた。天気もよく、風も順調に吹いている。
 そのような静かで穏やかな昼下がりは、唐突に幕切れを迎えた。2人が見つめる水平線に、巨大な水柱が立ったのだ。
「……あれ、は……」
 2人は立ち上がると、よく目を凝らした。
「あれ、ウェポン!」
「ウェポン? ウェポンというと、この前のやつか?」
「ううん、別のやつ……だと思う」
「とにかく、ルーザに知らせに行こう。まだあの距離なら時間があるはずだ」
 船は、すぐに戦闘体制がとられた。状況を知るや、ルーザは的確な指示を行って、人員を配置する。そして、カイン、エアリス、レノ、イリーナ、カタリナといったメンバーは艦橋でウェポンの到来を待った。
「……大きい……」
「でも、ミッドガルに襲いかかってきたやつよりは、小さいですよね先輩」
「多分な」
 それでも大きいことには変わりなかった。おそらくは、こちらの船と同等の大きさであろう。まともにぶつかったらひとたまりもない。
「……風、か……」
 カインは風向きと風力とを肌で感じると、ウェポンまでの距離を確認して、一路マストへと向かった。
「カインさん、どうするつもりですか?」
 イリーナが尋ねてくるが、説明している時間はなかった。ウェポンがこの船にたどり着くまでには、もうあまり時間がない。カインは全力でマストを登った。そして、その上にたつと、目標と距離を計る。
「あいつ、何する気だ?」
「……まさか……」
 エアリスは、ここにいたってようやくカインがしようとしていることに気がついた。以前の戦闘でも、カインは似たようにウェポンに攻撃を加えたのだ。
「やめてーっ! カインッ!」
 だが、カインは止まらなかった。
 これは償いなのだ。
 自分が、エアリスを、イリーナを、みんなを助けるのだ。
「よし、行くぞッ」
 カインは、渾身の力を込めて、大きく飛んだ。竜騎士としての跳躍力は、常人をはるかに上回る。風をとらえ、その力を借りて常人の何倍も高く飛び上がることができるのだ。そしてこのままならば目算どおり、船から距離70のところでウェポンに攻撃を加えられるはずだ。
 一方、艦橋では弓矢と砲撃による攻撃がウェポンに放たれていたが、ミッドガルの時と同様、さほどのダメージを与えたようではなかった。そもそもミッドガルの時は都市エネルギーの全てを放出したのに対し、今回はこの船に積んである弾薬だけである。ウェポンにかなうはずがなかった。
「カイーンッ!」
 エアリスの叫びが戦場に響いた時、カインはまさしくウェポンをとらえていた。上空から一気に降下を始め、ウェポンの背に神槍グングニルを突き立てる。
「ギィィィアアアアアアァァァッ!」
 ウェポンは叫び、跳ね上がった。そしてカインを振りほどこうともがき暴れる。そのため、海面に大波がたち、白いSEEDの船が大きく揺れた。
「キャアッ」
「大丈夫か」
 エアリスはカタリナに助けられたものの、そのカタリナとても絶対的にバランスを保っているというわけでもなかった。船員の何名かはその衝撃で海に突き落とされていた。ルーザはすぐに救助するように指示したが、こう海面が揺れていては、救助のしようもない。
 一方のカインは、ウェポンから振りほどかれないようにするために一苦労であった。海水で手がすべり、危うくグングニルを手放しそうになるものの、それでも必死にウェポンに突き刺さっているグングニルにしがみついている。グングニルを抜こうとするものの、あまりに深く刺さっているため足場の悪いこの場所では簡単に引き抜くことはできない。
 しかし、カインの奮闘あって、ウェポンは何とか白いSEEDの船から遠ざかっていった。みるみるうちに、ウェポンは船から遠ざかる。
 やがてカインの目に船が見えなくなったころ、ウェポンは海中に潜行していこうとした。
「おいおい」
 カインは何とか力をこめてグングニルを引き抜くと、不安定な足場ながら何とかジャンプしてウェポンから離れた海面へと落ちた。ウェポンが沈んで行くのを、カインはグングニルにしがみつきながら見ていた。グングニルは浮くのである。
「しかし……まいったな」
 もはや、カインの目の届く場所に、白いSEEDの船は見当たらなかった。どうすることもできず、カインは波に任されるままにグングニルにしがみついていた。






10.物騒な来訪者

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