「なんだよ、やる気か?」
 赤紫色の髪をした青年が一人。
 それを囲んでいる男たちは、いずれも体格のいいものばかりであった。その数は7人。
「全く、ここの世界のやつらときたら」
 青年は腰の長剣には手もかけずに身構える。
「言っておくけどな、俺は強いぜ」
 そして、乱闘が始まった。












PLUS.10

物騒な来訪者







the man who has the long violet hairs






「……カインを追ってください!」
 エアリスがルーザに駆け寄るが、ルーザは厳しくそれを拒否した。
「海に落ちた我々の同志を救出する方が先です」
「じゃあその後で、カインさんを助けに向かってくれるんですね?」
 イリーナもエアリスに続いて詰め寄るが、しかし結局ルーザはそれをも拒否した。
「ウェポンは我々の目の届かない場所まで逃げていきました。もう追いつくことはできません。カインさんを救出することは不可能です」
「そんな……」
 エアリスはがっくりとうなだれ、それでも一縷の望みをたくすかのようにシドとイデアを見た。しかし、その答はエアリスの望むようなものではなかった。
「すいません、この船においては、私よりもルーザの方に指導権があるのです」
 イデアはすまなさそうに顔を伏せた。
「……ボート、貸して」
 突然イリーナが言いだした。
「ボートを一艘貸して下さい! それでカインを探しに行くから」
「遭難するのがおちです。許可できません」
「やれやれ、仕方がないな、と」
 レノは本当に仕方なさそうに、ゆっくりとルーザの方に近寄った。すると、一瞬でその背後に回り、首筋にナイフをつきつけていた。
「レノさん!」
「……これは、何のまねですか?」
 だが、ルーザは冷静だった。レノも相手が動じるとは思っていなかったのだろう、平然とした口調で脅迫する。
「カインとかいう男は好きじゃないぞ、と。だが、あいつはこの船を救ったんだな。あいつを探さないのは、礼儀に反してるんじゃないかな、と」
「……脅迫、ですか……」
「悪いとは思ってるぞ、と」
「お前たち! こいつらを捕まえて牢屋に入れろ!」
 ルーザの声に、何人かはぴくりと反応したが、レノに鋭く睨まれて行動を遮られる。
「……俺は、本気だぞ、と」
「……やれやれ、部下の教育を誤ったな。船長の命を盾にされたくらいで行動ができなくなるとは……情けない」
「ごちゃごちゃうるさいぞ──」
『と』という口癖をレノは言うことができなかった。レノの体に電撃が流れ、そのショックで気を失ってしまったからだ。
「自分に、そのような脅迫が通じると思ったのが間違いです」
 ルーザは改めて指示した。
「この3人を牢屋へ入れておけ。ただし、まま先生の客人だ。丁重にな」
「そんな、じゃあカインさんはどうなるんですか」
「諦めてください。それからあなたたちはF・Hまではお連れいたしますが、そこで強制的に降りていただきます」
「そんな、カインさんが……このまま死ぬなんて……イヤだっ!」
 イリーナは自分の腕を掴んでいたSEEDを振りほどくと、船長室を出て艦板へと向かった。
「逃げても無駄です。この船内のどこに逃げようとも──」
 はっ、とルーザは『あること』に気づいた。
「まて、その娘を捕まえろ!」
 イリーナは船のへりに背を預けて振り返り、勢いよく舌を出した。
「べーだ、もう遅いよーだ。エアリス、レノ先輩をお願い!」
 そして。
 エアリスやルーザたちの見ている前で、イリーナは勢いよく海へと飛び込んだ。
「馬鹿な、自殺行為だ。早くひきあげろ!」
「もしもあたしが死んだら、絶対に化けて出てやるから!」
 イリーナは艦橋にいるルーザに向かって叫ぶと、ウェポンの去った方角へと向かって泳ぎだした。
 とてもではないが、泳いでおいつけるはずもない。彼女の行動は単なる自殺行為に過ぎない。
 それを、冷やかな目で見ていたのは、この騒乱にただ一人加わらなかったカタリナである。
「……無茶、するわね」






 一方、トラビアガーデンで情報を集めていたアーヴァインであったが、その成果はさっぱりであった。
「う〜ん、調査班の精鋭を揃えたんだけどな〜」
 アーヴァインのぼやきは誰にも聞こえなかった。もっとも、トラビアガーデンは前の戦いの時に破壊されていて、まだ再建がなされていなかったのだ。生徒たちはなんとか自分たちでガーデンを再興しようとしていたが、さすがにそれも限界があるようだった。どこかで資金を調達しなければ、トラビアガーデンの再建というのは難しいらしい。
「しかも集まってくる情報といえば……」
 曰く、数日前から見たことのない人間が寝泊まりするようになった。曰く、一月前から街の隅に乞食が住み着いている。曰く、正体不明の男が街をうろついている。
「……苦情処理班じゃないんだけどな〜」
 もっとも、これらの中の誰かが異世界からの客人である可能性がないわけではない。ただ、アーヴァインはブルーにティナという、絶世の美形を二人も見てしまったために、異世界からの客というのは間違いなく美形だという観念ができあがってしまっていたのだろう。仕方のないことだといえば、そうなのかもしれないが。
「アーヴァインさん」
 そしてまた、副長のヴァルツが情報を持ってやってくる。
「今度は何?」
「何でも、見たことのない青年がトラビアガーデンの生徒と喧嘩になっているそうですけど、どうしましょうか」
「僕らは警察でもなんでもないんだよ〜」
「それが……その青年は『全くここの世界のやつらときたら』と呟いていたそうです」
「ふ〜ん、それはなかなか、興味深い発言だね」
 アーヴァインはようやく何やら重要そうな情報を得たようだと判断して、さらに詳しくその話を聞くことにした。
「それで、その青年は今どこにいるの?」
「実は、こちらの……その……取調室に連れてきております」
「取調室に? そんなひどいことをしたの?」
「ガーデンの生徒を全治2か月の重症に追い込んだそうです」
「あらあら」
「本人はかなり反抗的な態度を見せていて、取調べに応じようとはしていません」
「沈黙しているわけじゃないんだね?」
「お前らなんかに言うことは何もない、と繰り返しているそうです」
「なるほど。とりあえず会ってみようか」
 アーヴァインはゆっくりと腰を上げた。






 アーヴァインは取調室に入り、騒ぎを起こしたという人物と会った。青年は、紫か、もう少しピンクかかった色の髪をした、どこかうす汚れた感じのする若者であった。
「えーと、ファリス、だったね。聞きたいことがあるんだけど、いいかな」
「喋ることなんか、何もないぜ」
 透き通った声が返ってくる。声が綺麗なのに口調が雑なので、ひどい違和感があった。
「まあ、そう言わずに。実は僕、君がこの世界の人間じゃないっていうふうに聞いただけど、それは事実なんだろうか?」
「へーえ? それじゃあ俺はいったい何なんだよ。この世界の人間じゃなかったら、別の世界の人間だとでもいうつもりか?」
 おおげさに肩を竦めるファリス。アーヴァインは苦笑して頷いた。
「うん、そう言うつもりだけど」
「あんた、バカじゃないの?」
 うーん、これは失敗だったかな、とアーヴァインは思った。
「僕はちょっと事情ありで、異世界から来たっていう人を探してるんだ。君がそうだっていう話を聞いたから、わざわざ来てみたんだけど、無駄足だったかな?」
「……もし俺がそうだとしたら、どうするつもりだよ」
「うーん、とりあえず会わせたい人がいるから、そこへ連れていくことになると思うけど」
「ふうん、それなら俺、そのナントカっていうのになってやってもいいぜ」
 アーヴァインは苦笑を漏らした。どうやら、その仕種がファリスの勘に触ったようだった。
「何笑ってんだよ!」
「ごめんごめん、ただ、君のことを連れだそうとするなら、一応それなりの手続きが必要だし、そもそも越権行為になるからあんまりそういうことはできないことになっている。君が本当に異世界からの客人だというなら仕方ないからそうするけど、違うんだったらそこまでしてあげる必要はないんだ」
「……分かったよ」
 ファリスはむっつりとして、黙り込んだ。どうやら、無駄骨だったな、と思ってアーヴァインが立ち上がろうとした時、ファリスは小さな声で言った。
「第5世界アルトゥール……」
 ぴくり、とアーヴァインの表情が変化した。
「……何でもねえよっ!」
 ファリスは大声で怒鳴った。だが、アーヴァインは一度聞こえたものを頭の中から削除するわけにはいかなかった。
「何でもなくないじゃないか。そういう言い回しを知ってるってことは、やっぱり君は異世界からの客人なんだね?」
「だって、自分がこの世界の人間じゃないって言ったら、誰も彼も馬鹿にしやがるから!」
「少なくとも、僕はそんなことしないよ。だって、そういうことがあるって知ってるし、そういう人物に実際に会ってきたから。君に会わせたい人物っていうのは、そういう人物なんだ」
 ぱっ、とファリスの顔が輝く──美形だった。身なりこそ薄汚れてはいるものの、間違いなくブルーやティナと同じくらいの美形。
「じゃあ、俺と同じ世界から来てるのか?」
「違う──と、思う。何でも今、8つの世界が密接に絡み合ってて、いろんな世界の人間がここにやってきているみたいだから」
「そっか。でも、まあいいや。それなら俺を出してくれよ。何でも教えるからさ」
「まあ、そういうことならね、分かった。何とかしてみるよ。でも、もう少し、ここにいてくれないかな。あと1日か、2日は君を出してあげるのに時間がかかると思うから」
「そんなにかかるのかよ」
「仕方ないだろう。君は相手を全治2か月の重症を負わせたんだから」
「先に仕掛けてきたのは向こうなんだからな! 喧嘩に負けたのは弱いのが悪いんだ!」
 うーん、とあまり喧嘩に強くないアーヴァインは唸ってしまった。
「とにかく、もうしばらく待っててくれ」






11.父と子

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