ザア………ザザア……。
(海、か)
海の音は嫌いじゃない。
もう今では思い出すこともできないほどの過去。まだ、セシルにもローザにも出会っていなかったほどの昔。
たった一人、海を見ていた自分。
海の傍で。
来もしない人を求めて。
(俺は、何故……)
あの頃から、自分はずっと、誰かを求めていた。
求めて、そして。
その『誰か』が、決して自分の手に入らないということを知った。
(あの海に……帰ってきたのか……?)
カインは既に意識を失いかけていた。漂流してから、もうどれだけの時間が過ぎただろうか。
ザア……ザザア……
カインは、自分が陸にたどり着いていることに、気がついてはいなかった。
PLUS.12
運命の邂逅
fateful encounter
ティナは、セルフィの言った通り、ガーデンの外へ出ていた。
何かに導かれているかのように、自分の血がざわめくままに、ひたすら海岸へと向かって歩いていた。
この先に、何かがある。そう感じさせるものがあったのだ。
「月……」
この世界で見る月も、自分の世界で見る月も、何も変わるところはない。別に不思議がないようにも思えるが、考えてみればこれほどおかしなこともない。星の配置も、大陸の地図も、何もかもが違うのに、月だけが同じだなど。
(みんな、元気かな)
一緒に旅をした仲間たち。平和な時間が流れているモブリズの村のみんな。
置いてくるには、あまりにも大きすぎるものであった。ましてや、自分はこの世界に望んで来たわけではない。
帰りたい。
みんなに会いたい。
だが、帰るわけにはいかない。自分は世界の『代表者』なのだ。自分が帰ってしまえば、自分がいた世界すら滅んでしまいかねない。
別にガーデンの居心地が悪いというわけではない。スコールは優しくしてくれる。セルフィとは友達だ。キスティスは面倒を見てくれるし、リノアと話しているのは楽しい。
いざ自分の世界へ戻るということになった時、自分はきっとこの新しい仲間たちを離れることを厭うに違いない。でも、自分がいる場所、それは『ここ』ではない。
モブリズの子供たちの声が、耳の奥に残っている。自分を呼ぶ声が聞こえてくる。
私のいるべき場所は、あの、時が止まったような村モブリズ。
ザア……ザザア……。
波の音が聞こえてくる。そう、モブリズも夜になると遠くから波の音が聞こえてきた。
ちょうど、こんなふうに。
そして、ティナはゆっくりと海岸へ向かって歩みを進めた。今だけは、そうして故郷を一人で忍びたかった。
海──暗い海。自分が飲み込まれていく。大きな海の中に、溶けて消えてなくなっていく。そんな感じがする。
海は通路。この道を通って、別の世界へ行くことができる。私の生まれ故郷、幻獣界へ。でも、私はもう戻らないと決めた。人間の世界で暮らしていくことに決めた。私は人間。半分、幻獣の血は引いているけれど、私は人間として生きる。
でも、私は人間として生きられるのだろうか?
母は、幻獣界に住む父と結ばれて子を生んだ。
では私は? 私は誰かと結ばれることができるのだろうか?
私は架け橋。人間と幻獣とを結ぶ架け橋。でも、私は、誰かを好きになるということが分からない。
子供は可愛い。守りたくなる。自分も子供が生みたい。でも、いったい誰の子供を生めばいいんだろう。
私にも、誰かを愛することができるのだろうか。
私を愛してくれる人。私が愛する人。
あなたは誰?
あなたは、今どこにいるの?
いつ、私と巡りあうの?
本当に、会うことができるの?
「あなたは、誰?」
ティナは、海岸に倒れている男性の頬に、そっと手をあてた。
息はある。ただ、強度に疲労している。右手にしっかりと握られている槍。尋常ならざる人間であることだけは明らかだ。
「さあ、起きる時間です」
ティナは、癒しの魔法を唱えた。
死ぬことは、何も怖いことではない。一番怖いことは、もっとも大切な仲間をこの手で殺すこと。自分が死ぬことよりも、はるかに恐ろしい。
俺は友人をこの手にかけようとした。操られていたにすぎないというのは、言い訳にすぎない。自分はたしかに、心の奥底であいつ──セシルを妬んでいたのだから。
もちろんそれは小さな、ほんの小さなものだ。友人としての気持ちに比べればないにも等しい。
だが、ない、わけではない。
今だってそうだ。あいつは今、国王として政務に奔走しているのだろう。だが、あいつの隣には、常に──そう、常にローザがいる。
比べて俺はどうだ。いつも一人だった。もちろん自分で選んだ道だということもある。だが、俺には誰もいない。いや、望んだのはたった一人だけ。
俺はいったい、何なのだろう。
いつか、一人前になったらセシルとローザのもとへ帰る。そう考えていた。だが、本当に帰る日が来るのだろうか。二人の傍にいれば、また自分の心は乱れるのではないだろうか。
死ぬことは何も怖いことではない。二人を裏切ることに比べれば。
そう、俺は帰るべきではないのかもしれない。戻ればまた裏切るかもしれない。それならばいっそのこと、このままこの世界で朽ち果てた方がいいのかもしれない。
このまま。
『あなたは、誰?』
このまま。
『さあ、起きる時間です』
目覚めると、不思議と自分の体から疲労がすっかり抜けていることに気がついた。とはいえ、空腹はさすがに満たされていなかったが。
(リディア……?)
目の前の女性は、美しい緑色の髪をしていた。それは、どこか昔の仲間の面影を思いおこさせるものであった。
「目が覚めましたか?」
「ああ、すまない。ここは──いや、いい。何でもない」
立ち上がろうとして、よろめく。疲労が抜けたとはいえ、それは完全なものではない。あのウェポンとの戦いは、魔法では完全に回復しきれなかったようだ。
「すぐに動かない方がいいと思いますけど」
「いや、大丈夫だ。助けてくれてありがとう。君が魔法を?」
「はい」
「重ねて礼を言う。ありがとう、助かった」
「いえ、そんな」
目の前の女性が目を伏せて首を振る。
その隙に、カインは周りの状況を確認した。浜辺。どうやら随分と流されたようだが、いったいここはどこだろう。
ここまで来てしまうと、もはやSeeDの船が自分を助けにここまで来てくれることはないだろう。だとすれば、自分も一人で行動するしかない。
F・Hに行ってエアリスたちと合流するか? だが、だとすればどうやって?
とりあえずは、体を休めることが先か。
カインは改めて自分の体調を確認する。やはり、相当まいっている。数日の間飲まず食わずで漂流していたのだ。五体満足であることだけでも感謝しなければなるまい。
「この辺りに村はあるだろうか? 一晩の宿がほしいのだが」
「近くに、ウィンヒルという村があります。もしよろしければ、どうしてこのような所に倒れていたか、説明していただけますか?」
カインは迷った。まさか馬鹿正直に全部を話しても信用してもらえるはずがない。
「F・Hに行く船に乗っていたのだが、嵐に巻き込まれて海に投げ出されてしまったんだ」
概要だけを話すことにしたが、女性は大層驚いたようであった。
「F・H?」
「ああ。何か?」
「ええ、その……」
何か、言葉にするのを躊躇っているようであった。いったい、どうしたというのか。
「何か不都合でも?」
「いえ、そうではないんです。その」
どうやら、何かを話すか話さないか、迷っているようであった。辛抱強く待つしかないだろうか、と思った時のこと。
「実は、私たちもF・Hへ行くところなんです」
そう、女性が答えた。
「私──たち?」
「はい。そうですね、よろしければ私たちのところへいらしてください。食事と宿、それからF・Hまでご案内することくらいはできると思います」
「それはありがたいですが、何もお礼ができません」
「何も結構です。ただ、ある人の許可がなければならないのですが」
「許可?」
「はい、リーダーの」
何やら複雑な事情があるようだとは察したが、あえて何も聞かないことにした。あまり尋ねては失礼というものだろう。
「申し遅れました。私はカインといいます」
「私はティナです。よろしくお願いします。こちらです」
「ありがたい」
連れて行かれた場所は、この目で見ても到底信じられるものではなかった。
それはまさに空中要塞。城ほどもある大きさの建物。それが村のすぐ傍に待機している。
「これは、要塞?」
「いえ、違います。私も最近ここにお世話になったのでよく分かっているわけではないのですが、ここは学園です」
「学園?」
「はい。傭兵SeeDを育てる組織、ガーデン」
「SeeD!?」
その言葉でさらに驚く。
SeeDとは、あの、白い服を着た船に乗っている者たちのことではないのか?
いや、違う。
『いえいえ。それに、この事件においてはもう一つのSeeDたちに救援を頼むことになるかもしれませんから』
そうだ。シドがそう言っていた。もう一つのSeeD。まさか、ここにいるのが、そうなのか?
二人がガーデンへと入っていくと、スコールとセルフィがティナの下へと走り寄ってきた。
「ティナ!」
二人は息を切らせていた。どうやら、ティナがいなくなってからあちこちを走り回って探していたようだ。
「すいません、勝手に行動してしまって」
「ティナ。分かっているなら──」
スコールは厳しく叱責しようとする。だが、ティナの悲しそうな瞳を見るとスコールは何も言えなくなってしまった。
もともと、こういうことは得意な方ではなかった。それを思い知らされる格好となった。
「……まあいい。今後、こういう行動は控えてくれ」
「はい」
「うわー、スコールやっさし〜。どうしてティナにだけはそう甘いのかな〜?」
スコールはセルフィの言葉にはかまわず、ティナの隣に立つ男を見つめる。
若干、スコールよりも背が高い。やつれてはいるようだが、かなり腕のたつ戦士だということが一目で分かった。
(何者だ?)
凡人でないことは明らかだ。それに、手にしている槍、あれは神槍グングニル。
「こちらは?」
スコールは慎重に尋ねる。
「はい。カインさんという方で──」
「船が嵐に巻き込まれてしまって、海に投げ出されたんだ」
ティナの言葉を遮って、カインは自分で説明を始めた。
「そして海岸に流れついたところをこの方に助けてもらった。F・Hに行くと言ったら──あなたたちも目的地が同じだというから、リーダーの許可があれば連れていっていただけるというので、ここまで来てみた」
「なるほど」
スコールは自分より数歳年上の男を素早く検分した。体はしっかりと鍛え上げられている。根っからの戦士だ。それに目つきが厳しい。
信用、できるのか?
今はガーデンも微妙な時期だ。前の戦いが終わり、そして次の戦いへと既に歩き出している。その戦いに関係のないものを迎えるわけには──いや。
スコールは考えを改める。
この人物は、ガーデンで保護した方がいい。
「自分はこのバラム・ガーデンのリーダー、スコールだ」
「君が?」
逆に今度はカインがスコールを検分する番であった。
知的で他者を寄せつけまいとする雰囲気が体から溢れている。だが、それはポーズだけで、本当のところは他者に依存しようとしている自分を抑えつけているかのようだ。とはいえ、その体つきは充分戦士のものだし、冷静な判断力も備わっているようであった。ただ、幾分年若いが。
「それは失礼した。自分はカイン。F・Hに行きたいのだが、かなうなら、同行をお許し願いたい」
「F・Hに向かう目的は?」
「仲間がF・Hに向かっている。無論、遭難していなければだが」
「なるほど、理にはかなっているな。だが気になることがいくらかある。まず、その槍だが──」
「これは父の形見だ」
「形見にしては随分と物騒だな。それはオーディンが持つ神槍グングニルだろう」
「詳しいな。その通りだ」
「何故それを?」
「父がオーディンから授かったものだ。その父ももういない。これは形見だ」
「なるほど」
スコールは目を細めて、尋ねた。
「何者だ?」
「何者、とは?」
「この世界の住人ではないだろう」
『なっ』
セルフィとティナが声を上げた。
「そんな、はんちょ、いくらなんでもそれはないよ〜」
「そうです。それに、この方からは『代表者』の気は感じられません」
カインが目を細めた。
「──まて、今『代表者』と言ったのか?」
「え?」
奇妙な沈黙が四人の間に流れた。その沈黙を破ったのは、リーダーのスコールであった。
「いろいろと、話を聞かせてもらいたいのだが、かまわないだろうか?」
お互い、いろいろと情報交換が必要らしい。そう判断したのだ。そしてそれはカインも同様であった。
「ああ。俺も、いろいろと聞かせてほしいことがある」
スコールとカインはにらみ合った。
敵ではない。それは互いに感じられていたのだが、不思議な嫌悪感がその間に漂っていた。それはティナやセルフィの目から見ても明らかであった。
13.未来に植える種
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