ねえ、今も幸せ?
ちゃんと、無事でいる?
私、まだ、生きてるよ。
だから、ねえ、こっちを見て。
私を、見て……。
PLUS.14
追憶への道標
go to recollection & reminiscence
カインは与えられた一室で疲れを癒していた。つまりベッドで横になっていた。昨日、遅くまでスコール他数名と話し込み、そのまま明け方までかかっていたのだ。そしてガーデンの出発と同時に、ぐっすりと寝込んでいた。
互いの話から、だいたいの状況が推測された。イデアがF・Hに向かっていて、代表者であるエアリスが同乗していること。ティナ、ブルー、ジェラールという代表者が既にバラム・ガーデンには集まっているということ。その2つの事実からスコールたちの行動予定に、結果として影響を与えなかったといえど、明確な目的を与えることとなったことは大きかった。
カインにしてもF・Hに連れていってもらえるということでありがたかった。とはいえ、自分がこの先いったい何をすればいいのか、理解はできていなかった。
世界を救うために行動しているといえば聞こえはいいが、それに自分が関わらなければならない理由はない。自分は『代表者』ではなく、その意味では、もうこれ以上自分がやることなどないようにも思える。だからといって自分たちの世界が危険に晒されていると知って、無視することができるはずもない。
自分の大切な友人のために戦う。
それを持って贖罪となるわけではないだろう。しかしそれでも今のカインにとっては自分をそう追い込まなければ精神的な安定が得られなかったのかもしれない。
「う……」
次第に、汗の量が増える。
呼吸も乱れてきた。
「はあ、はあ」
目を閉じたまま、苦痛に顔を歪める。
「セシル」
そして、ゆっくりと目を開いた。
一瞬、この場所がどこなのかがわからずに回りを見る。
(ここは?)
そうだ、昨日自分は長い航海を終えて、このガーデンにたどりついたのだった。
ふう、と一息つく。
「夢、か」
カインは立ち上がった。ひどく寝汗をかいていたのにようやく気付く。
「つくづく救われない男だな、お前は」
カインはそう言うと、部屋に備え付けられているシャワー室へと向かった。
そこでざっと汗を流す。金色の髪が水分を含んで、肌にまとわりつく。
ずいぶんと体が冷えていたことにもようやく気付いた。少しずつ体が温かさを取り戻していく。
「本当に救われないな」
自嘲し、蛇口を閉める。タオルで水をふき取り、いつもの服を身につけていく。
鎧はこのガーデンでは目立って仕方がない。ただでさえその体格と容姿とで人を惹きつけるのだ。カインは槍だけを背負うことにした。
こういうときは風でも浴びるのが一番だ。
テラスにでも行ってみよう、とカインは部屋を出ることにした。
「頼むぞ」
「ああ、任せておきな。ばっちり仕事してくっからよ」
スコールは不機嫌であった。この男に出会うとどうしても不機嫌にならざるをえなかった。それが何故なのかは理解できている。このひょうきんな男の血が自分にも流れていて、自分にもそういう一面があるということが分かっていることだ。
それは遅まきながらも反抗期であったのかもしれない。まま先生ことイデア、孤児院での姉エルオーネによって育てられたスコールにとっては、反抗する父親というものが存在しなかった。それを不遇に思ったことなど一度もなかった。
ところがいざ出会ってみると、
『こんな男が俺の父親なのか!』
と反感を覚えざるをえなかった。基本的にスコールはラグナのことを嫌って、いや、苦手に思っていた。
ふざけているのか真面目なのか分からない。緊張すると足がつるような情けない男。それなのに人を惹きつける力は世界でおそらく一番──これは過大評価ではあるまい。
とにかく、その全てが苦手だった。もしかすると、スコールは見知らぬ父親に対して、グリーヴァのような気高く強い男をイメージしていたのかもしれない。今となっては自分にも分からないことであったが。
もっとも、現在の不機嫌の理由はそのような個人的なものばかりではなかったのだが。
「セルフィ、エスタまでは安全運転で頼む」
「了解!」
「居眠り運転はしないでくれよ」
「もう、スコールったら変なこと言わないでよ〜」
飛空艇ラグナロクは4人を乗せて旅立とうとしていた。ゼル、アーヴァインがそれぞれガルバディアとトラビアへ向かい、今またセルフィがエスタへ向かおうとしている。共に戦ってきた仲間たちがこうもばらばらになるというのは、見送るスコールやキスティスにしても幾分寂しさがあった。
「また、お会いできますよね」
そして、ティナが最後にセルフィに語りかけた。ティナにとって、この世界で初めての友人であるセルフィがいなくなるということは、極度のストレスをもたらすであろうことは分かっていたが、ラグナロクを動かせる人材が他にいないというのであればどうすることもできない。
「うん、すぐだよ。びゅーっと行って、まみむめも〜って帰ってくるから」
セルフィは甘えん坊のティナをぎゅっと抱きしめた。セルフィだけを頼っているようなこの少女と離れることはセルフィにとっても不安の種だったろう。
一方、エルオーネも大好きな、おそらくは異性として、ラグナとの別れを前に涙を隠しきれなかった。
「もう、泣くなよエル」
「子供扱いしないでって言ってるでしょ」
「お前はまだまだ子供さ。でもまあ、あともう少しすればレインみたく綺麗になるだろうさ。そうすればお前に男どもがわんさか群がるだろうさ」
はっはっは、と笑うラグナの後ろで「鈍感」とキロスが呟いたが、それは傍にいるウォードが頷いたくらいで他の誰にも聞こえなかった。
「じゃ、行ってくるね」
そして、ラグナロクは旅立った。エスタへ向かって。
見送るスコール、キスティス、シュウの3人は明らかともいえるほど苦渋に満ちた表情であった。そしてそれがセルフィやラグナとの別れによるものではないということが、すぐ傍にいたリノアには何となく分かっていた。
その正体が何か、というところまでは掴めなかったのだが。
トラビアの事件はバラム・ガーデンでも知っている者は少なかった。これについては情報を統括しているシュウ、そしてリーダーのスコール、副リーダーのキスティス、現在この3人だけで対策をたてている状態である。
ブルーやティナたち、他の世界の人間たちにこのことを教える必要はいまのところ全くといっていいほどない。さらにニーダやリノアといった首脳部のメンバーにすらその情報を統制し、完全にこの件について情報を封鎖した形となっている。特にセルフィには教えられなかった。故郷トラビアでそんなことになっていると知ったなら、任務に影響が出ることは間違いない。だから知らせないままエスタに向かわせた。後でこのことを知ったら、きっとセルフィは怒るだろう。だが、今は仕方がなかった。
何よりも問題は、今アーヴァインがどうしているかということであった。学生同盟とやらの盟主にまつりあげられているが、それはおそらく名前だけを利用されたに違いない。監禁、拷問されている可能性は充分にある。最悪の場合──それ以上は考えたくないが、その可能性も否定はできなかった。
「本当、こんな時に困ったものね」
「そうだな。アーヴァインを行かせるべきではなかったのかもしれない。こんなことになるくらいなら」
「でも、どうするのスコール? このまま放っておくこともできないし、だからといって余計に人員を割くこともできないわよ」
シュウが尋ね、スコールも悩んだが、リーダーとして出すべき答は1つしかなかった。
「学生同盟の主張を入れることはできない。SEEDはバラムに集中していなければ意味がない」
「それは正しいわ。でも、じゃあアーヴァインはどうするの?」
「今は放っておくしかない。あいつもバカじゃないし、SEEDが10人もいるんだ。よほど不意をつかれないかぎりは無事でいるだろう」
「仕方ないわね。たしかに、私たちでは手が出せないものね」
「それから、この件についての情報封鎖を解く」
「ええっ!?」
「ちょ、スコール、それはまずいわ」
「何故だ? キスティス」
「だって、ガーデンが混乱に陥るわよ」
「遅かれ早かれそうなる。トラビアがこちらに向かって発信を続ければいつかは誰かが気づく。そうなってからでは遅い。予め事態とこちらの対応を決めておいて、ガーデン全員にそのことを知っておいてもらう。幸い、アーヴァインがトラビアに向かっていることは伏せられているし、アーヴァインの名前は単に利用されただけだということは明らかだ。全てを公表してしまおう。この場合は伏せていた時の方があとあと非難の対象になりやすい」
「分かったわ。それならそうしましょう」
「キスティス、文章を作ってくれないか。俺はこういうのは苦手だ」
「いいわよ、お望みなら」
「起きたか」
エアリスが目を覚ますと、すぐ隣にレノが座っていた。寝ているところをずっと見られていたのだろうか。少し恥ずかしかった。
「うん。まだ、F・Hには着かないのね」
「ああ。あと3日くらいだと思うぞ、と」
そこで、2人の会話は止まってしまった。2人が考えていることが何か、聞かずとも互いに分かっていた。そして決まって先に口にするのはエアリスの方であった。
「2人とも、無事かな」
「多分な」
日増しに2人の口数は少なくなっていく。お互いに何か発言することで、互いの逆鱗に触れないように努めているのだ。
待遇が悪かったというわけではない。船長を人質にとったということから考えれば優遇されていると言ってさえ過言ではなかった。だからといって一切の情報を与えられず、1つ部屋に軟禁されていては気がたってしまうのは仕方がない。
そしてその上、2人には共通の悩みがあった。それがなによりも重大な問題であったのだが。
(2人とも、生きていて。お願い……)
『ガーデンのみんな。スコールだ。
もうみんな知っていると思うが、俺たちはこれからF・Hに向かう。そこにいけば異世界から来たというブルーやティナたちのことが少しは分かるみたいなんだ。
この間の巨大な竜のこと、まだよく記憶に残っていると思う。どうやら俺たちはまた戦わなければならないらしい。
今度戦う相手は魔女じゃない。だからこれは俺たちSEEDの本当の戦いというわけじゃない。
でも、この戦いに勝利しなければもしかしたらこの世界そのものが消えてなくなってしまうかもしれない。
だから俺たちは戦わなければならない。
俺たちが生きているこの世界を守るために。
……それから、もう一つみんなに聞いておいてほしいことがある。
先日、トラビアから通信があった。トラビア学生同盟という連中が、SEED選考試験をトラビアでもできるように要請してきたものだった。
もしこちらが聞き入れないというのであれば、トラビアはバラムから独立して独自の道を歩むということも付け加えられている。
少なくとも俺たち首脳部の意見は一致している。この要求を呑むことはできない。SEEDは一箇所に集まっていなければならないと判断したからだ。
そうでなくてもこの間みたいに、マスター派だの学園長派だのといういざこざがあったばかりだ。枝分かれすれば最悪、SEEDが分裂することになりかねない。
もし俺たちの考えに反対するのなら、直接俺たちに言ってくれてかまわない。またガーデンスクエアで議論してくれてもいい。
俺たちはみんなの知らないところで勝手に話を進めるつもりはない。いつでもみんなの了解のもとに動いていたい。
それに今は世界の存亡がかかっている大事なときだ。ガーデンのことにかまけて世界を危険な目にあわせるわけにはいかない。トラビアの要求を呑むにせよ蹴るにせよ、今すぐ対処できる問題じゃない。
だから、この戦いが終わるまでにみんな考えておいてほしいんだ。これからのガーデンのことを。
俺たち首脳部の考えをみんなに押し付けるつもりはないから。
……以上だ。これよりバラム・ガーデンはF・Hに向かう。30分後だ。全員準備に入ってくれ』
15.一番、大切な
もどる