どうして、私には相談してくれなかったの?
 どうして、隠してたの?
 私、みんなの仲間じゃなかったの?
 それとも、私がそう思い込んでただけなの?
 答えてよ。
 答えてよ、スコール!












PLUS.15

一番、大切な







The maiden who carries agitation






 F・Hに到着するよりも早く、その放送はバラム・ガーデンを流れた。当然混乱は生じたものの、スコールの説明がきわめて理にかなっており、分かりやすいものだったので、混乱は極力抑えることができていた。波風が立たないということはありえないので、それが小さいのであれば最上の結果であったといえたであろう。
「なるほどね、最近どうも3人の様子がおかしいと思ったら、そういうことだったんだ」
 皮肉を言うのはリノアであった。もっとも彼女はSEEDであるどころか正式なガーデンのメンバーですらない。だから普段はスコールやキスティスに対しては仲間として意見を言うことはあっても、ガーデンの運営に対しては自ら一線を引いている。だが今回はさすがに相談もしてくれなかったということが彼女の気に障っていたようだ。
「すまない」
「心がこもってな〜い」
「……すまない」
「言い方変えたからって、許さないんだからね」
 スコールはほとほと困っていた。考えてみればリノアに相談する必要などないことはすぐに分かることである。それなのに相談しなかったということがスコールにとって罪悪感を覚えるものであった。つまり、それだけリノアのことを必要としているということの裏返しでもあるのだが、2人は共にそのことに気づいてはいなかったのだ。
「悩んだんだ、リノアのこと。相談しようとは思ったんだが、今回は結論が早く出てしまっていたし、キスティスとシュウの2人と意見をまとめるだけでいいと思ったから」
「ま、たしかに相談相手には私よりもキスティスやシュウさんの方がずっといいもんね。いいよ、別に。スコールがそう決めたんでしょ」
「リノア、リノア」
「もうっ、いいわよ、分かったからっ。許してあげるからとりあえず1人にしておいて」
「リノア、すまない」
「分かってるから、スコール。とにかく、お願い」
「ああ」
 リノアが小走りに去って、スコールはため息をつく。
 いったいリノアが何を考えているのか、まったくといっていいほど分からなかった。許すとか許さないとか、1人にしてくれだとか言われてもどうすることもできない。何を考え、何を感じているのか、それだけでも言ってくれれば自分も言葉にすることができるのに。
「スコールさん?」
 そんなことを考えながら歩いていると、後ろから声をかけられて立ち止まる。
「ティナ。どうかしたか?」
「いえ、見かけたので声をかけただけですが、迷惑でしたか?」
「いや」
 正直、この少女を前にすると強気になれない自分がいることにスコールは気づいていた。
 セルフィやゼルなら簡単にあしらうのに、ティナになると何も言葉が出てこない。
 言葉に詰まっていると、逆にティナの方から声をかけられた。
「恋人さんと、喧嘩でも?」
 どうして分かったのだろうと不思議がっていると、ティナはくすっと笑って「顔に出ていますよ」と言った。
「正直、羨ましいです」
「恋人がいることがか?」
「いえ、そうではなく」
 ティナは儚げに俯き、物憂げな瞳で窓の外を見つめた。
「人を好きになることができる、ということが」
 スコールは顔をしかめた。自分はそうではなかった。人を好きになるということは考えたこともなかった。気がついた時、自分の傍にはリノアがいた。エルオーネは姉として慕っていたにすぎないから、まさしくスコールにとってリノアは初恋の相手といってよかった。恋することそのものに憧れたことなど、今までなかったことだ。
「前の世界に、そういう人とかはいなかったのか?」
 訊ねてから、何故自分はこんなことを聞いているのだろうと不思議に思っていた。
 他人がどうであろうと、自分はどうでもよかったのではないのか?
 他人との関係を築く必要を今まで自分は感じていなかったのではなかったのか?
 本当に、不思議なことだった。
「私は、人を好きになるということが分からないんです。いえ、好意そのものは知っています。でも、それだけではない、たった1人の男性を恋する、愛するということはよく分かりません」
「俺も別に分かっているわけではないが」
 そもそも、気がつけばそういう状態だった。
 リノアを目の前で失って。
 どうすれば助けられるかだけが頭にあって。
 自分が恋をしていた、しているという実感すらなかった。ただリノアが大事で、傍にいてほしい。それだけしか考えられない。
 それを恋というのだろうか。
「なんていうんだろう、俺にも説明することができないんだが……」
 必死に答を探していると、ティナがそれを見てくすりと笑った。
「食堂にでも、行きませんか?」
 スコールは突然聞かれて戸惑った。
「食堂に?」
「はい。この時間なら誰もいませんし。それに聞きたいです、スコールさんのお話」
「すまないが」
「そう……ですか。ごめんなさい、無理を言ってしまって」
「いや。こっちこそすまない」
「それでは」
 居づらくなったのだろうか、ティナが慌てて立ち去ろうとした。スコールは「ティナ」と思わず呼び止めていた。「はい?」と振り向いて見せたティナの笑顔が、少し眩しかった。
「あとでよければ、上で話をしないか?」
「上?」
「園長室。コーヒーくらいならいれる」
「……よろしいのですか?」
「ああ。今は少し忙しいが、後でなら時間がとれる」
 実際にはトラビアの対応、シュウから渡されている書類の山、やることは少なくはなかったのだが。
「それでは、お邪魔します」
 だが、不思議とこのティナという少女と一緒にいると安心を覚えるようであった。常に相手の機嫌をうかがわなければならないリノアと違い、そういう気遣いが必要ないということが、スコールにそういう気を起こさせているのかもしれなかった。






 カインはテラスに出て空を見上げた。
 風が心地よい。この風に身をまかせていつものように跳ぶことができたら、どんなに幸福感が得られるだろうかとも思う。
 風は、竜騎士にとってなくてはならない親友であり、竜騎士の体の一部のようなものだ。
 風と心を通わせ、その力を借りて常人には発揮できないほどの跳躍力を得る。
 風を知ることが、竜騎士になる第一歩であり、竜騎士の最終的な目標でもある。
 だからこそ、こうして風に吹かれたままでいるというのは竜騎士にとって何よりの喜びである。
 風を感じ、その風に抱かれることで、竜騎士の力は高まる。そしてそのこと自体が戦士としての竜騎士の幸福でもある。
 だが、カインはその幸福に酔いしれることはできなかった。
(故郷の風と、何らかわることはないというのにな)
 いつ、いかなる場合であっても、カインは自分の罪から逃げることは、解放されることはできなかった。
 嫉妬。
 憎悪。
 そして、裏切り。
 それがたとえ、操られていたことであったとしても。
 彼にとって、そうした感情が決してなかったわけではないのだ。
 そのことは、自分が一番よく知っているのだ。
(セシル)
 いつの日か、帰る。
 そう己に誓いをたてた。
 だが、自分は……。
「カインさん?」
 不意に声がかかる。振り返ると、自分の原罪を思い返す緑色の髪が目に映った。
 胸が、痛んだ。
「ティナ、だったな」
 だが、それを決して表に出したりはしない。カインは努めて冷静に言葉を返す。
「はい。テラスは出入り禁止だそうですよ。ガーデンが動いている間は危険だからということらしくて」
「そうか。ありがとう、教えてくれて」
「いえ私も最初注意されたんです、スコールさんに」
「スコールか」
 カインはスコールが苦手に思っていた。いや、むしろ嫌ってさえいた。
 嫌うべき要素などどこにもなかった。それなのに、どうして一目見たあの瞬間からここまで嫌えるのか、どう考えても分からなかった。
「ティナはどうしてここに?」
「いえ、その、ここが好きなんです」
「テラスが?」
「はい。何故か落ちつくんです。建物の中にいるはずなのに、部分的に外に突出している……そういう場所が、何故か」
「そうか」
「カインさんは、何故ここに?」
「俺は風が好きなだけだ」
「風?」
「そうだ。竜騎士は常に風と共にある。風を感じることができないものは竜騎士とはなれない」
「風を、感じる」
「ああ。だから天気予報なんかもできる」
 ティナはきょとんとしたが、すぐにくすくすと笑い始めた。
「おもしろいです」
「本当のことだ。俺の国では、飛空挺団の一軍ごとに必ず一人の竜騎士が同行する。なまじ風水士などより的中するものだから便利ということになる」
「どうすれば、風を感じることができるのですか?」
 不思議なことを聞く女性だ、と心からカインは思った。普通の人間が風を感じることと竜騎士が風を感じること、基本的な差はない。単に、その風から何を読み取るか、それを考えるだけのことだ。
「難しそうですね」
「そうでもない。ただ、竜騎士になるにはこの風を読む力というのは必需だ。だから、一日に数時間、最低でも1時間はこうして風を受けていないと、一週間もしないうちに体が風を忘れてしまう」
 それは竜騎士にとって致命的ともいえる現象である。もちろん、しばらく風を浴びていれば次第に思い出すが、元に戻るまでには膨大な時間がかかる。
「なんだか、寂しいですね」
 はっとなって、カインは聞き返した。
「寂しい?」
「ええ、まるで、友人と離れ離れになってしまうかのようです」
 その指摘はきわめて正確なものであった。カイン自身、常日頃そう思っていた。風は竜騎士にとって最大の友、それを忘れてしまうということは、友人を失うことと近い。
 そう、セシルやローザと二度と会えなくなってしまうような、今のこの感じとも近い。
「的確な表現だ」
「ありがとうございます」
 改めて、カインはティナを見つめた。不思議な少女であった。自分よりも随分年下のようだ。緑色の髪が最初は懐かしい仲間を思い起こさせたが、よく見るとその色も若干違う。仲間よりも薄く、黄色がかっている。それに顔だちなど全然違う──当たり前だが。内に哀しみと優しさを秘めた瞳が、何より印象的だ。抱きしめると折れてしまいそうなほどに線が細いが、これで本人は一流の魔法戦士だというのだから驚く。
 本当に、不思議な少女だ。
「ティナも自発的にこの世界に来たわけではなかったんだな」
「はい。ブルーさんもジェラールさんも自発的に来たそうなのですが、私は別です。でも世界を救いたいという気持ちは同じです」
「それは俺も同じだ。前の世界には大切な友人がいる。世界の危機を前にして無視はできない」
「そうですね。私も、大好きなみんなを守るために戦いたいと思います。ですが……」
 だが。何だというのだろう、そこでティナの言葉は止まった。
 奇妙な沈黙が続いた。カインは話を促すことはしなかったし、ティナもそれ以上発言することをためらっているようであった。二人の中に焦燥が高まり、とにかく何か口にしなければと思って同時に口を開けた。
『あ』
 声が重なる。そのことに二人が戸惑い、言葉を失う。
(……何をしているんだ、俺は)
 こんなことで何を動揺しているのだろう、と首をかしげる。
「ティナは故郷に、大切な人がいるのか?」
 我ながら、いったい何を訊いているのだろうといってから思った。ティナはクスリと笑う。
「どうしたんですか、急に」
「いや。故郷に随分と思い入れがあるようだったからな」
「思い入れはありますけど、そういう人はいませんね。というより、私は、分からないんです」
「分からない?」
「はい。好き、という感情がどういうものなのか……子供を愛しく思う気持ちは分かっても、男性を好きになるということは、まだ」
 愛する、という気持ち。
 それが分からないというのであれば、それは幸せなことなのかもしれない。
「そうか」
「カインさんはどうなんですか?」
 カインは顔をしかめる。
「俺は?」
「はい。故郷に、大切な人がいるんですか?」
 カインの頭の中に、金色の髪の女性が浮かんだ。
 だが、同時にカインの顔に苦痛の表情が浮かんだ。
「……カイン、さん?」
 ティナが不安げに声をかける。
「聞いてはいけないことでしたか?」
「気にしないでくれ。たいしたことじゃない」
「ですが」
 と、そのとき。
「ちょっと、そこの二人!」
 ガーデンの中から叱責の声がかかった。
「そこ、移動中は出入り禁止よ──あら、ティナに、カイン、だったわね」
 キスティスであった。昨日、スコールとの会話に途中から参加してきたので、当然顔は覚えている。
「ああ、すまなかった。以後気をつける」
「ま、分かってくれるならいいけどね。ティナ、あなたもよ」
「はい、すいませんでした」
 カインは先にガーデンへと戻った。その少し後ろを、ティナがつづいた。
 奇妙に、二人の間は離れていた。






16.銀色の妖精

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