人を好きになるっていうこと。別にSEEDになることよりも憧れていたわけじゃないけど、やっぱり、すてきな恋をしたいとは思ったよ。
 アーヴァインのこと好きだなとは思うけど。でも、それ以上じゃない。よくいう、ドキドキするっていうのかな、そういうのがないんだ。
 ラグナ様見てるとドキドキはするんだけど、なんていうのかな、アイドルって感じで好きっていうのとはまた違う。
 本当に、心から惹かれるっていうこと……あるのかな、あたしにも。
 もしそんなことがあるとしたら──すごく、すごく楽しみ。












PLUS.16

銀色の妖精







A strange scar






 大統領、帰還す。その報はエスタを狂喜させたが、当の大統領本人はそれほど喜んでいたわけではなかった(もっとも、何をしていても喜んでいるように見えるのはこの男の特性というべきであっただろう)。
 エスタにとっては、かつて魔女アデルを封印し、崩壊したエスタを建て直したという、まさに歴史に名を残した大統領である。当然国民の人気も高いし、かつての部下たちは文字通り狂喜した──少なくとも、その姿を見た時点においては。
「とにかくだ、一刻も早く探してくれないかなぁ。エスタは俺がきちんと戸籍整備したはずなんだから、国民以外の人間なんか簡単にリストアップできるはずだろ?」
「で、ですが、エスタ全土に渡ってとなると1か月でようやく主要都市を調べ終えることができるかどうかといったくらいで」
「他のどんな作業を犠牲にしたってかまわない。この作業を最優先にしてくれねえか」
「それは、大統領の言うことに間違いがあるとは思っておりませんが」
 ラグナの嘆願は、部下たちを混乱の渦に突き落とした。
 エスタ国にいる全ての人間の素性を調査し、エスタ国民以外の人間を洗い出してほしい。
 それがどれだけ大変な作業かは言わずと知れたことであった。しかもエスタは現在、ルナティックパンドラの出現による被害から完全に復旧できているわけではない。モンスターの影こそなくなったものの、都市の復興にはまだ時間が必要であった。
 だがそのような状況においても、ラグナの命令を実行しようとするエスタの官僚たちは立派であった。それだけ彼のことを、エスタという国全体が評価しているということの証でもあった。
 一方セルフィはラグナやキロス、ウォードが働いている姿を見て、やはり偉い人なんだなぁとつくづく惚れ直したのであった。
(やっぱりラグナ様ってかっこいい〜♪)
 もちろん、セルフィもぼんやりとラグナの傍にいたわけではない。さまざまな局面において人手が決定的に不足していたのだ。エスタ自体の人口が激減していたこともあるし、高級官僚にも前の戦いで死者が続発していた。
 そこへラグナが帰ってきて爆弾を落としたのだから、現在まさに右往左往という状態なのである。
 そこへセルフィは特に人材が不足していた医療機関の復興に関する部署に自ら志願し現場に出てみた。医者もまた不足していた。それに反比例して怪我人、病人は急激に増えていた。セルフィのように回復魔法が使える人材はあまりに貴重であったのだ。
 たった2日で、セルフィは下町のアイドルと化した。
 1日2か所、計4か所の診療所に赴き、気力の続く限り怪我人を治療していった。もちろんリップサービスも忘れない。
「まみむめも〜♪ みんな、セルフィをよろしくね〜♪ あ、あとラグナ様もね〜♪」
 笑顔を絶やさず、誰にでも優しく接するセルフィは『女神のごとき』人物としてエスタ国内にたちまち噂が広まっていった。
 そして3日目。セルフィが5か所目の診療所で今日も怪我人の治療に専念していた時のことである。
「急患だ! 先生、先生っ!」
 今朝からセルフィは何故か『先生』と呼称されていた。たしかに医療を行う身ではあるが、この年で先生と呼ばれるとは思ってもいなかったのでいささかむずがゆい気もするが、相変わらずの口調で「仕方ないな〜」と周りを笑わせていたものである。
「ごめん、みんな。先にその人見ちゃうね」
 もちろん急患を前にして誰も文句を言うはずもない。それにセルフィの言うことに対して逆らう者はいなかった。それほどセルフィには民衆からの支持があったのだ。
 急患は、担架で運ばれてきた。
「ひどい」
 全身に大小の裂傷。おそらくは刀傷。何故こんな傷を負わなければならなかったのだろうか。さらに頬がこけて、あまりにやせ細っている。おそらく、ここしばらく満足な食事をとっていなかったのだろう。見た目で分かるほどの栄養不足だ。
「とにかくベッドに寝かせて! 増血剤と栄養剤! おじさん、この人の服を脱がせて!」
 服を脱がせてみると、さらに大量の裂傷をその目にすることとなった。これではもはや助からないかもしれない、とセルフィは覚悟を決めなければならなかった。
(それにしても)
 怪我の様子がおかしかった。割と新しいもの──それこそ昨日今日ついたと思われるもの、そして1か月からそれよりも前につけられたものと思われる傷痕、それが同じ傷の延長でつながっているのだ。
 具体的にはこの左肩から右脇腹にかけての一番大きな傷。左肩の方はついさっき斬られたのかと思えるくらい新しく、まだ傷口が完全に塞がっておらず、血が乾ききっていない。だがそこから傷口にそって徐々に塞がっていき、右脇腹に達したころには傷痕にしかなっていないのだ。
 こんなことは常識的にありうることではない。いったい、この人物にどういう作用が働いているのか。少なくとも科学的な力ではない、魔法的な力によるものだ。
「先生?」
 既に準備が終わっているのになかなか動こうとしないセルフィを見て、周りが声をかけてくる。その声に我に帰り、セルフィは精神を集中させた。
「……ケアルガ!」
 おおっ、と周りがどよめく。セルフィの手のひらから緑白色の光が生まれて怪我人に降り注ぐ。そしてみるみるうちに傷口が癒えていき、あっというまに傷痕だけになってしまったのだ。
「増血剤と栄養剤──ありがと」
 本来、科学治療と魔法治療を同時に行うことは望ましくない。魔法で人の体を治すことは一見して便利に見えるものの、人間が本来備えもっている自己治癒能力を阻害してしまうので、体内で不可思議な変化が生じる。ここに薬品を投与した場合、思いもかけない変化が時として起こりうる。
 顕著な例がインシュリン投与である。魔法で治療された糖尿体質のものがいつものようにインシュリン投与してしまった場合、インシュリン過多となる傾向が見られる。この場合は体内で糖分が足りなくなり強い発熱──最悪の場合は死──が生じる。おそらくは魔法治療によって一時的に体内インシュリン量が常人と変わらない量にまで引き戻され、その結果として過多となるのではないかと考えられている。
 今回もその危険は強かった。とはいえ明らかな栄養不足と血液不足が生じているのだし、また増血剤と栄養剤を魔法治療と平行して使うことによって害が生じたという例は、いまのところなかったということもあった。そこでセルフィは同時治療を行うことにしたのだ。だが万一のことを考えると、少なくとも一晩はつききりで様子を見なければ危険な状態といえただろう。
 それにしても──
(綺麗な髪)
 銀色の、長い髪。
 血の一滴もついていなかったというわけではないが、それでもその美しさは少しも損なわれてはいなかった。そしてその端正な顔だち。頬がこけているとはいえ、元通りになれば間違いなく絶世の美形であっただろう。
(なん、だろ)
 胸が、どくん、と鳴った。
(変だ、あたし)
 何がセルフィをとらえたのか、それは分からない。その不思議さ、異様さということもあったかもしれない。その美しさだったのかもしれない。ただ、このときセルフィが思ったことは1つであった。
(この人は、あたしが助けなきゃ)
 この国でこれだけの怪我を負った人間を助けることができるのは間違いなく自分だけであった。そして怪我が治っているとはいえ、その後遺症が出ないともかぎらない。このままできれば推移を見守りたい。どこか、静かで落ちつける場所で。
 だが、立場がそれを許してはくれなかった。セルフィを必要としている人間が、ここにはゴマンといるのだ。少なくとも、ここに集まってきている人たちだけでも診てしまわないとセルフィには行動の自由はなかったのだ。
「この人はこのまま寝かせておいて。後で誰かに王宮に運んでもらうから。その間に、みんなを先に見ちゃうね」
 セルフィは表情だけは笑顔であったが、心の中はこの美青年のことでいっぱいであった。治療で手を抜くようなことはしなかったが、効率は前2日に比べて悪くなっていたのはやむをえなかっただろう。とにかく、この日は午前中で診療を切上げ、すぐに王宮に引きこもった。
 状況は、予断を許さなかったのだ。






「あれがセルフィの連れてきた奴か?」
 夜になってから、ラグナが様子を見にきた。何とか一段落ついたのだろう。
 銀髪の妖精は、ガラスを一枚隔てた向こうの集中治療室で横たわっている。もはや危険な状態は脱したということであったが、セルフィは何故か離れる気にならず、彼のことをじっと見守っていた。
「戸籍登録はなかったらしいな」
 セルフィは頷いて答える。
「異世界の人である可能性は強いと思います」
 戸籍整備が進んでいるこのエスタ国内においては、全国民が掌紋を登録し、必要があれば裁判所の許可の下で国はデータを引き出せるようになっている。
 というわけでこの3日間、エスタでは全国民の掌紋を一斉に行っていたのであるが──青年の掌紋は戸籍に引っかからなかったのである。
 つまり、彼はエスタ国民ではない、ということになる。だがエスタはご存知の通り、閉鎖された国で旅人が迷いこめるような場所ではない。
 では彼はいったいどこからこの国へと入ってきたのか?
 それは異世界ではないか、という推測が成り立つのである。
「ま、なんとか無事みたいだし、早く見つかるにこしたことはねえしな」
「そうですね。でも」
 いつもの明るさが、セルフィにはなかった。
 青年のことを真剣に心配していることが、傍にいるラグナにはよく分かった。
「ま、セルフィも付き添いで倒れたなんてことにならないようにしてくれよな」
「はい。大丈夫です。あたしはいつでも元気ですから」
「その調子その調子」
 ラグナは言って、部屋を出ていく。本当に忙しいところを様子見にきてくれたようだった。セルフィはその背中に向かって頭を下げる。
 青年は、ただじっと目を瞑っている。
 彼が起き上がるまでに、まだいくばくかの時間が必要であった。






17.重なる再会

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