それにしても、ここは床が固くて寝ずらいぞ、と。
こんなところでも熟睡できるエアリスは多分とんでもない大物だと思うぞ、と。
仕事ならどんな場所でも気にならないが、何もできずにこんなところに閉じ込められるとさすがに気が滅入るぞ、と。
そろそろ着くはずだが……早く自由の身になりたいんだぞ、と。
PLUS.17
重なる再会
Would you pray for me?
それから、3日。
ブリッジには主要メンバーが既に勢ぞろいしていた。スコールをはじめとするガーデンのメンバー、シュウ、キスティス、リノア、ニーダ、エルオーネ。そして異世界の住人であるブルー、ジェラール。
「カインさん」
「ジェラール」
カインはこのジェラールという人物と仲良くなっていた。前の世界では皇帝だったというが、それらしい威厳は微塵も感じられない人物であった。だが人を惹きつける力があるらしく、ブルーやスコールも、このジェラールという人物に感化されていたようだ。
実際、個人プレイに走りがちなこのメンバーでジェラールという人物はその緩衝剤となるべく自分に役割を課していたようであった。誰とでも積極的に会話を繰り返し、二者の中間に入って理解をうながす。ジェラールがいてくれたおかげで、嫌いなスコール、苦手なブルーともなんとか一緒にやっていけたのである。
そのブルーに、カインは話しかけた。
「F・Hが見えたということだが?」
「ああ。あれだ」
「意外に小さいな。海上都市ということだから、もう少し大きい規模のものかと思っていた」
「そうだな。僕も最初はそう思ったが、これくらいが限界なのだろう」
「なるほど。これほど科学が発展していても、ということか」
「ああ。だがそれでもその技術には目を見張るものがある」
「そうだな。俺のいた世界ではそもそもここまでの科学というものは存在しない。ぜひ教わりたいものだ」
ブルーは苦手であったものの、もっとも話の分かる人物であった。ブルーは常に正論を吐く。およそ感情の混じった意見というものを言うことがない。ここまで徹底的にはカインにはなれなかった。そのあたりが苦手に思う原因であったのだろう。
「1時間後に到着だ。すぐにもう1つのSEEDと連絡を取る。その使者にキスティスと、カイン。頼めるか」
「無論だ。何よりも俺が行った方が都合がいいだろう」
「助かる。後で俺が3人を連れていく」
「分かった。到着後すぐに出る」
「2人乗りの車両がある。キスティスが運転していくから、同乗してくれ」
「ああ」
一方、白いSEEDの船。
船がF・Hに到着するのとガーデンが到着するのとはほとんど変わらなかった。さすがにガーデンほどの大きさのものが移動していれば、遠くからでも目につく。
「スコールたちが来ているのですね」
「そのようですね」
イデアの問いにルーザが答える。
「客人はどうすればいいでしょうか」
「スコールたちに引き合わせてあげてください。多分、その方がいいでしょう」
「はい」
イデアは言って、自ら船倉へと降りていく。
──エアリスという少女が自分たちの目の前に現れたときは、正直驚いた。
彼女は突然、花畑の真ん中に忽然と現れたのだ。光に包まれて。
子供のない私たちに、神が与えてくれたのかとも思った。
だが、それは勝手な感傷にすぎない。
彼女たちがこの世界へやってきたということには、大切な意味があるのだ。
それを自分たちの感傷で邪魔をするわけにはいかない。
イデアは鍵を外し、扉を開く。
「イデアおばさま」
エアリスが立ち上がる。レノは座って、壁に背を預けたままだ。
「もうすぐ、F・Hにつきます」
「はい」
「あなたたちはそこで、もう一つのSEEDと出会っていただきます」
「もう一つのSEED」
「ええ。彼らと話をすれば、あなたがこの世界に来た理由も分かるかもしれません」
「ちょっと待ってくれ、と」
レノが体勢を変えずに口を挟む。
「それより先に、会ってほしいやつがいるんだぞ、と」
「会ってほしい人?」
「忘れたとは言わせないぞ、と。F・Hにエアリスを待っている奴がいる。そいつのところに連れていくのが、俺の仕事だぞ、と」
「その方はどこに?」
「駅長の家に今は身を寄せているはずだぞ、と」
「では、その方も一緒にもう一つのSEEDと会うよう、お願いいたします」
レノの目が細まる。
「世界の危機──もう一つのSEEDならば、それに立ち向かうこともできるはずです。それに、あなたの言う『代表者』たち。その集う場となることもできるでしょう」
「そんなのは俺の知ったことじゃないぞ、と。俺たちはタークスだ。タークスは与えられた仕事をこなすだけだぞ、と」
「レノ。いいよ、私、どっちにも会うから」
エアリスが困ったように場を取り繕う。
「私が何をするためにここにいるのか、これから何をすればいいのか、いろんな人に話を聞いておいた方がいいと思うから」
イデアは頷いて、懐から宝石を取り出す。
「エアリス。これを持っていきなさい」
「おばさま」
「この世界ではこの方が役に立つでしょう。これくらいのことしかできなくて、申し訳ないのだけど」
「でも」
「いいから、お持ちなさい。私が持っていても仕方のないものですから」
イデアは優しく微笑むと、エアリスの頭を抱いた。
「決して、無理はしないように。いいですね」
「はい」
「あなた、変わってるわね」
移動中、突然キスティスからそんなことを言われてカインは戸惑ったが「何のことだ?」と冷静に問い返した。
「苦手な相手と、どうしてそんな普通に話すことができるのかと思うとね」
「スコールのことか?」
「ブルーも、ね」
「よく見ているな」
「ま、これでも一応元教官でね。人を見る目はあるつもり」
「あんたには嫌いな奴はいないのか?」
「もちろんいるわよ。でもさいわい、今の仲間にはいないわね」
「スコールに惚れているのとは少し違うようだが」
「ま、確かに違うわね。それに、スコールにはリノアがいるし」
「リノア、か」
「あら、彼女みたいな子が好み?」
「いや、正直俺の好みとはかけ離れているな」
「じゃあ、どんな人が好きなのかしら」
「そうだな……」
カインは少し悩んでから、こう答えた。
「髪は優しい亜麻色で、小柄な体つき。笑顔が綺麗なんだが、どこか憂いがある。人を愛したら一途。気の弱いところもあるが、大切なところでは自分をしっかりと主張できて、何より──そう、仲間のためになら命をも投げ出すことができる勇気と優しさを持った、そんな女性だ」
「随分、具体的じゃない」
「まあな」
「前の世界にいる彼女?」
「いや、違う」
「じゃあ失恋したクチか」
「失恋、というのかな。まあ恋していたことには違いないから失恋かもしれないが」
「あらあら、残念ね」
「そういうあんたは、どうなんだ」
「そうね、私は私のことを、そのままで認めてくれる人、かな」
「難しそうだな」
「ええ。分かってはいるんだけどね。でも、恋っていうのはそういうものじゃないでしょう?」
「まあ、そうだな」
例え奪ってでも、友を裏切ってでも手に入れたいと思うことがある。それほど、恋慕という感情は、醜い。
「不思議だな。あんたとは素直に話すことができる」
「そうね、私もよ」
「こんな話をしたのは初めてだ」
「私も、そうかな。また今度、話しましょう?」
「そうだな。機会があれば」
カインたちが港に到着したのとほぼ同時に、白いSEEDの船も港に着いていた。
「今さらだけど、まさかあなたが白いSEEDの船に乗っていたとはね。驚いたわ」
「同じことだ。俺もまさか、もう一つのSEEDとやらに出会えるとは思っていなかった」
「早く仲間に会いたい?」
カインは複雑そうに顔を歪める。
エアリスもイリーナも心配しているだろう。それを考えれば会いたいという気持ちは確かにある。
だが。
カインは答にならないもやもやを抱え、キスティスの後をついていった。
(……実際、俺は何をしているんだろうな)
ここ数日、自分の存在意義が分からなくなっている。
何のためにこの世界へ来て、何をすることが求められているのか。
自分から進んでこの世界へ来たわけでもない。
ここで自分は、何をすればいいのだろうか。
そうした疑問が頭から離れなかったのだ。
キスティスが手続きを取り、イデアとシドに対面する。イデアは明らかに嬉しそうな表情を浮かべてカインに近づいてきた。
「無事だったのですね、カインさん。よかった、本当に──」
「ご心配をおかけしました。それで、エアリスたちは」
表情が歪む。それを見たカインの目も険しくなった。
「ええ、ここにいます。ですが……」
「何か問題が?」
「あなたがウェポンという怪物に連れていかれたのを見て、レノさんがルーザを人質にとって追うように脅迫したのです」
「レノが?」
まさかレノが自分のことを心配して、ということはないだろうが、いったいどういう風の吹き回しだったのだろうか。
「ええ。ですが逆に捕らえられ、レノさんとエアリスさんは、今軟禁中です。でもすぐにここへ連れてきてもらいます」
なるほど、と頷きながら聞き返す。
「イリーナは?」
「イリーナさんは……」
イデアの表情が曇った。何かよくないことがあったというのははっきりと分かった。
「イリーナはどうした?」
「カインさんを追って、海へ飛び込みました。船ではもう追うこともできず、行方不明です」
「……」
言葉を返すことができなかった。
いったい何故、そのような無茶をするのか。自分を追って? バカな、あのウェポンにしがみついて水平線まで連れていかれたのに、泳いで追いかけるつもりだったというのか?
(何を考えてるんだ……)
胸が苦しい。
自分でも理解できない気持ちが胸の中にあふれる。
『それじゃあ、妹になってあげますよ』
初めて意識した家族。大切な妹。たとえ口では否定していても、自分はイリーナを大切に思っていた。その、イリーナが……。
「では、助かる見込みは薄いな」
「そういうことになります。申し訳ありません、彼女が飛び込むのを止めることができていれば」
「いや、あいつの意思なんだろう。それなら俺には何も言うことはできない。とにかく、ルーザに会わせてくれ。レノとエアリスはこちらで引き取る」
「状況はキスティスから聞きました。後のことはスコールたちに任せます」
「では、早速」
すぐに手配され、まずルーザがやってきた。入ってくるなり、ルーザはその場に土下座した。これにはさすがにカインも驚いていた。
「申し訳ありません。船の恩人を見捨てるような行動をしてしまったこと、イリーナさんを助けることができなかったこと、全ては船長である自分の責任です」
「気にするな。俺にしろ、イリーナにしろ、全て自分で選んだ行動だ。あいつも後のことを考えていたわけでもないだろう。それよりレノとエアリスを引き取るから、こちらへ連れてきてくれないか」
「分かりました」
そして、2人が連れて来られた。
エアリスはその扉を開けた向こうに、信じられないものを見た。
海の向こうへ連れていかれた、自分と同じ異邦人。
たった一人の、心許せる相手。
それが何故か、目の前にいた。
「どう、して……」
目を大きく見開いて、振るえながら一歩、踏み出す。
カインもゆっくりと近づいて、エアリスの頭を優しく撫でる。
エアリスの瞳に、涙が浮かぶ。
そしてゆっくりと、その胸に顔をうずめた。
「エアリス」
「心配、したよ……すっごく」
「ああ、すまない。心配をかけた」
エアリスの肩に手を回し、ぽんぽんとなだめる。エアリスが嗚咽をもらしたので、カインはそのままの体勢でレノに視線を移した。
ルーザを脅迫したというだけのことはあって、レノの回りには何人かの護衛がついていた。だが本人はいたって気にせず、無表情で自分を見つめている。さすがに驚いたのだろうか。
「すまないな。弁護をしてくれたと聞いた」
「ま、道義に反することは好きじゃないぞ、と」
相変わらずの口調に思わず口許が綻ぶ。この男もどこか不思議な、というか面白い男だ。だが、スコールのように嫌っているのとは違う。レノとのやりとりはどこか駆け引きのようなところがあって面白いのだ。
「私も、今後同行させていただきます」
さらにもう1人、レノの後ろから紫色の髪を持つ女性が現れ、カインとキスティスに挨拶をした。
「カタリナ、といいます。主人を探すために別の世界から来ました。ガーデンの方が都合がよいと、ルーザ船長から勧めていただきましたので」
「ということだそうだが、キスティス」
「かまわないんじゃない? 異世界人は1人でも多くガーデンに集まっていた方がこっちも都合いいでしょうし」
「それはともかく俺はお前たちをある人のところに連れていくことが仕事なんだぞ、と」
そういえばそんなことを最初に言っていたな、とカインは思い返した。エアリスをある人のところに連れていく。それが任務だと。
「俺たち全員で行った方がいいのか?」
「ああ。それが一番賢明だと思うぞ、と」
「具体的な場所は?」
「駅長の家だぞ、と」
駅長。それがF・Hの実質的な支配者であることは既に勉強済である。カインは「分かった」と頷いてキスティスを振り返った。
「キスティスは一度ガーデンへ戻ってくれ。俺はレノ、エアリス、カタリナと一緒に駅長の家へ行く」
「分かったわ。それじゃあ後から私たちも駅長の家へ行かせてもらうことにするわ」
「ああ。報告、頼む」
「ええ、それじゃあ私はこれで」
キスティスは急いで船を後にした。
「それでは、行こうか」
「ああ。少し急ぐぞ、と」
駅長の家は、他の家に比べると少しは大きい、という程度のものでしかなかった。実際には駅長だからということであまり大きな特権があるわけではないらしい。
「邪魔するぞ、と」
レノはノックもせずに玄関の戸を開けて入っていった。ドープ駅長、フロー駅長ともに驚いたようであったが、レノの姿を見て「お帰り」とだけ言った。
「上、行かせてもらうぞ、と」
レノがずんずん先に行くので、カインたちも後からついていくだけだ。とりあえずエアリスだけが「お邪魔します」と礼儀正しいことを言ったようであるが、カインもカタリナも礼をしただけにとどまった。
そして、レノが2階に上がって「連れてきたぞ、と」と言った。上からは「ありがとうございます。待っていました」と女性の声が聞こえてくる。
女性か、と思いながら階段を上り、その姿を見て──カインの目が驚愕で見開かれた。
「……リディア?」
18.変化の兆し
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