最初は、許せなかった。
 母親を殺した男。そして、自分たちを苦しめた男。
 でも、少しずつ許せるようになった。
 彼もまた、苦しんでいるから。
 彼の苦しみが、よく見えるから……。












PLUS.18

変化の兆し







Be cursed






 緑色の髪。
 緑色のローブ。
 それはカインの見知った女性であった。まさか、こんなところで、こんな形で出会うとは思いもよらなかった。
 相手も、自分に気づいたようであった。兜を外した姿は滅多に見ていないはずだが、1回も見せたことがないというわけでもない。相手もはっきりと覚えていたのであろう。その事実に驚愕していた。目を見開いて、まっすぐに自分を見つめている。
「カ、カイン」
「リディア……か」
 まさかリディアが来ているとは思ってもいなかった。いや、考えれば当然の帰結であったのかもしれない。世界が収縮し、接近している今、自分たちの世界からの来訪者が自分1人であるはずがない。自分は代表者ではなく他の誰かが代表者であるというのであれば、セシルやローザ、リディアらがその代表者となっている可能性だってあるのだから。
「驚いた……本当に、カイン、なの?」
「ああ。久しぶりだな、リディア」
 久しぶりの再会。ゼロムス以後、一度も会ったことがない2人であった。だが、その関係はどこかぎくしゃくとしていた。それも無理はなかった。カインがあの頃の仲間でもっとも苦手意識を持っていたのがリディアであり、リディアもまたカインのことをどこか拒否しているところがあった。
 その理由は、はっきりとしているのだが。
「知り合いだったのか?」
 レノが口を挟む。リディアが何故か、気まずそうに俯いた。
「え、ええ、まあ」
「ということは、同じ世界の?」
「ああ。そういうことだ」
 さらに続くエアリスからの質問をカインが答えた。だが、2人の関係が仲間としてではなく、どこかぎくしゃくしたものであるということが、カタリナも含めたその場にいる誰もが分かっていた。
 何故、リディアなのか。
 ある意味、セシルやローザなどよりずっと苦手な、会いたくない相手であった。それも、全て自分の中にある罪、それが原因だ。
 あれはあの冒険の始まり……いや、今となってはもう何が始まりなのかも分からないが、カインとセシルはある任務を与えられた。ミストという村に、ボムの指輪を届けること。それだけの任務であるはずだった。だが、その過程で倒したミストドラゴンがリディアの母親が変身した姿であった。つまり、リディアにとっては、カインは親の仇に他ならないのだ。
 それだけでいえばセシルも仇といえそうなものなのだが、不思議とリディアはセシルに懐いていた。おそらくはその後しばらくリディアと冒険し、守っていたことがその理由なのだろう。憎しみに捕らわれ、仲間を裏切った自分とはあまりにも違う。セシルは成すべきことを成し、自分はその足を引っ張った。リディアに嫌われる、拒否されるのも当然のことであった。
「リディア」
「……なに?」
「1つ、聞きたいことがある」
「うん」
「お前は、バロン国王の結婚式に出たのか?」
「うん、行ったよ」
「花嫁は、幸せそうだったか?」
「うん、とても。見ていて羨ましかった」
「そうか」
 カインは大きく息を吐く。
「それなら、いい」
 母親の件については、既に前の戦いの時に謝罪している。何度も言う必要はない。
 だが、何か2人の間に流れる雰囲気が険悪とは言わないまでも、気まずいものであったことには変わりない。だからというわけでもないが、以前から気になっていたことを尋ねて和ませようとしたのだ。
 自分の気持ちを。そして相手の気持ちも。
 リディアにしてみればそれだけで少しは安心できたようであった。カインに近づいて、その小さな手を差し出した。
「本当に、久しぶり」
「そうだな」
 カインもその手をとった。
 自分の手で、この少女の母親を殺した。
 殺した。
 殺した。
(すまない……)
 殺した。
(すまない……)
 殺した。
(すまない……)
 何度謝ったところで、許されるものではない。
 この手の温もりが、自分を断罪する。
 吐き気がする。
(何故、俺はこんなにも罪深いのだ?)
 カインの顔が歪んでいく。
(呪われろ)
(呪われろ)
(自分の全てが呪われて、魂を地獄へと落としてしまえばいい)
 リディアとの再会。
 それは、彼にとっていったい何をもたらすものであったのだろうか……。






「あなたが、エアリスさん、ですね?」
「エアリス、でいいです。あなたが私を呼んだ──」
「リディアです。よろしく」
 カインとの再会ほど、彼女たちの出会いは気まずいものではなかった──当然だが。エアリスは初対面の相手でも物怖じしない性格だし、リディアも召喚士としての実力が本人に自信を与え、外交的な性格になっている。
 2人の関係は最初から和やかな雰囲気であった。
「よろしく。それで、私を呼んだ理由は、いったい何なの?」
「もう、ある程度の事情はご存じだと思います」
 エアリスは頷いた。そして、リディアは1枚の紙を机に広げる。
「見てください。これが『世界』地図です」
 それは、単に小さな円をいくつも散りばめたものにすぎなかった。その円それぞれの中心に小さく数字がふられている。
「幻獣界を中心にして、16の世界が不規則に展開されています。2次元で説明するのに一番分かりやすくして、このような感じです。世界間の関係は基本的に5次元で説明されるので正確な理解はできないと思いますけど」
「かまわない。分かりやすく説明してくれるならな」
 カインが言うと、リディアは「うん」と頷いた。
「この地図の上の部分に固まっているのが、今集まりつつある8つの世界。この右上にあるのが私とカインの世界。右下の方にあるのがエアリスとレノさんの世界」
 その8つは非常に密集していた。その全てが各所で重なりあっている。そして8つの中で、他の7つ全てとどこかしら重なる部分がある世界が、たった1つだけある。
「この中心にある円が、この世界というわけか」
「うん。5次元軸で8つの世界が結びつこうとしているの。もしもそんなことが起こったら」
「どうなる?」
「世界が崩壊する」
 それは聞いていたことだ。全員の表情が険しくなる。
「止める方法は?」
「それぞれの世界の『代表者』が『定められた場所』でそれぞれの世界の『独自性』をたもつために『約束の行為』をすること」
「それだけではよく分からないが」
「私も、それだけしか分からないの。ごめんなさい」
「いや、リディアを責めているわけじゃない。それより、俺たちの世界の『代表者』というのはやはり」
「うん、私」
 リディアはにっこりと笑った。
「そうか。これで5人だな」
「5人?」
「ああ、説明する。俺が身を寄せているガーデンという場所の話だ」






 カインが話を終えると、なるほどと全員が頷く。とにかく情報が整理されるということは誰にとってもこの場合はありがたかった。
 ブルー、ティナ、ジェラール、エアリス、そしてリディア。これで『代表者』が5人。それぞれの世界から『代表者』が選ばれるということは、残りは3人。
「カタリナさんは、この中に知っている人は」
「いません。ですが『代表者』には心当たりがあります」
「心当たり?」
「はい。私の主君、モニカ姫様がこの世界に強制的に連れて来られたのです」
「そのモニカ姫が『代表者』である、と?」
「可能性はあります。もしくは、あと数名の候補者が上がるかと思います。モニカ姫と一緒に消えていなくなったユリアン、私たちの世界での戦いの後から姿を見かけない少女サラ、そして私たちと一緒に戦った『少年』。このあたりでしょうか」
「その少年というのは?」
「名前は知らないのです。私たちは単に『少年』と呼んでいました」
 どちらにしろ、カタリナの世界の『代表者』はまだ分からない、不明のままだということだ。だがそうなるとカタリナという情報源がある以上、見つかる可能性も高くなるということがいえるのではないだろうか。
 もちろん、それは安易な期待にすぎない。それでも今の彼らにはそのような期待でもないよりははるかにましというものであった。
 世界の危機。
 いったいいつ起こるのか、本当に防ぐことができるのか、全てが謎のままだ。だが、確実に世界は崩壊に向かって進んでいることだけは、明らかなのだ。考えれば考えるほど、冷静さを失う。
「とにかく、今は世界の危機についての情報を集めることが先ではないのか?」
 声は、下から聞こえてきた。
「ブルー。早かったな」
「ああ、俺たち3人とスコールの4人で来た──なるほど『代表者』だな」
「はじめまして、私は」
「いや、自己紹介は後にしよう。全員が集まってからの方がいい。一度ですむ」
 エアリスは途中で遮られてむすっとした。とはいえ、それは一瞬のことであった。すぐに残りの3人が到着したので、そちらへ気が移ってしまったからだ。
「自分が『代表者』たちを支援しているバラム・ガーデンのリーダー、スコールだ」
 最初に挨拶したのは『代表者』たちの誰でもなく、スコールが行った。その方が話を進めやすいからだろう。
「こっちがブルー、こっちはジェラール、女性の方がティナ。分かるとは思うが、それぞれの世界の『代表者』になっている」
 それを受けて、カインが後を続けた。
「ではこちらも。この緑色の髪の女性はリディア、茶色の方がエアリス、紫色のはカタリナ。それから男の方はレノ。リディアとエアリスが『代表者』で、あとは協力者だ」
 これでは自己紹介というよりは単なる顔見せだな、と自分で紹介しておきながらカインはそんなことを思った。
「とにかく場所を移動しないか。ガーデンでゆっくりと話した方がいいと思うが」
「そうだな。俺もそう思う。リディアはそれでかまわないか?」
「うん、そうだね。多分、お互いいろいろと話すことがあると思うから」
 だがリディアの表情は晴れなかった。カインが気遣うような素振りを見せるが、彼女は笑って「大丈夫」と答えた。






19.足りない心

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