まったく、最近何もかもどうでもよくなってきた。
 世界を救うなどというご大層な名目はあるが、別に俺がそんなことに関わる必要はないはずだ。
 ガーデンのリーダーだって、別に好きでやっているわけじゃない。前の戦いで必要があったからそのまま引き続いてやっているだけにすぎない。
 なんで、こんなことになったのか。
 もともと俺は他人と関わる事が好きではなかったはずだ。
 こんなこと、している必要はどこにもないはずだ。
 俺をこんなふうに変えてしまった原因は──リノア。
 そのリノアと一緒にいても、最近はどこか息苦しい。相手の気持ちばかり先に考えてしまって、自分が自分でいられなくなってしまう。
 ここしばらく、自分の気持ちが落ちついたことがあっただろうか。常に何か問題が生じていて、ゆっくりとしている時間がなかったような気がする。
 いや、なかったわけではない。












PLUS.21

落ち着ける場所







twist






「トラビアから、また通信分が送られてきたわよ」
「3度目か。内容は?」
「バラム・ガーデンは我々トラビア・ガーデンのことなど意に介していないということが、今回の事件への対応からよく分かった。かくなる上は、我々トラビア・ガーデンはバラムからの独立を正式に宣言し、今後独自の活動を行うものとする。代表者、アーヴァイン・キニアス」
「いよいよ、問題が深刻化してきたみたいね」
 シュウが通信を読み上げ、キスティスがそれに冷静に答えた。スコールは頭を悩ませるばかりだ。
「独立したいというならそうすればいい。だがその場合は、バラムから派遣している人材は全てバラムに帰ってきてもらわないとな」
「そうね。トラビアとガルバディアの人員の半分はバラムからの派遣だもの。それでトラビアはたちゆきがいかなくなるでしょう。でも」
「分かっている。それをあいつらトラビアの連中がのむわけがない。バラムの人材は貴重だ。トラビアを運営するうえでも、バラムに対する人質としても」
「やっぱり、トラビアに誰か派遣した方がいいんじゃない?」
「そんな余裕はないと昨日議論したはずだが?」
「状況は時間を追って悪くなっているわ。こちらから何か働きかけないと、もしかしたら手遅れになるかもしれない」
「手遅れ、とは何を意味している?」
 スコールの追求にキスティスはたじろいだ。
「アーヴァインの命がかかっていることは分かっている。だが、あいつはそんな簡単にやられるタマじゃない。それに、トラビアが独立したいというならそうさせてやればいい。俺たちは別にトラビアを必要としているわけではないし、今はガーデン内の問題よりも世界を救う方が先だ」
「世界を救うためなら、ガーデンは分裂してもかまわない?」
「ガーデンを救って世界が滅びたら結果は同じどころかなお悪い」
 随分と正論を言っているな、自分は。こんなくだらない議論をするような人間ではなかったはずなのに。
「それに、ここはF・Hで手元にはラグナロクもない。こちらから人員を派遣するとしても、その方法がない」
「1つ、あるわよ」
 シュウが勝ち誇ったように笑った。
「ラグナロクのセルフィと交信して、トラビアに行ってもらうのよ」
「セルフィか。だが、ここ数日、セルフィたちとは連絡が取れていない」
「ラグナロク内部じゃないと、ガーデンからは交信できないしね。結局セルフィの連絡待ち、ということにはなるけど。でも考慮してくれてもいいんじゃない?」
「そうだな。少し考えてみる。いずれにしてもセルフィから連絡があればの場合だ」
 がたり、と立ち上がった。キスティスが「どこに行くの?」と尋ねてくる。
「……別に……」
 スコールは何と答えるでもなく、ぼそりと呟いて部屋を出ていった。
「なんか、スコール機嫌悪そうだね」
 シュウの言葉に、キスティスは顔をしかめて否定した。
「なに?」
「あれは……あのスコールは、一昔前のスコールよ。人を寄せつけず、世界を斜めから見る。最近、そんなところは全くなかったのに」






 苛々する。
 最近、アルティミシアとの戦いが終わってからずっとこうだ。何が自分の気に障っているのかは分からないが、人という人、事象という事象の全てが目障りだ。
 トラビア・ガーデンが独立しようが、俺の知ったことではない。それこそ、代表者でもない俺は世界の危機に対して行動しなければならない義務があるわけでもない。いや、代表者だとしても、それは自分が決めるべきことであって、やりたくもないことを無理にやらされる必要はないはずだ。
 苛々する──自分に。こんな考え方、最低だ。それは分かっているのに、何も彼もが嫌になって、どうでもいいと全てを投げ出したくなっていく。
 どこか、落ちつけるところに行きたい。1人で、全ての問題から逃避して、のんびりしていたい……。
 テラス、そう、テラスなら、ゆっくりできるだろうか。






 1人、テラスでぼんやりと何も考えずにいることは、あまり有意義ではない時間の使い方かもしれないが、スコールにとってはこの時間がありがたかった。考えることを放棄し、ただ海を見ているだけということがこれほど心が落ちつくということを、今まで知らなかったのだ。
 とはいえ、ただ眺めているだけでも頭の中はそれなりに動く。現在のトラビアの問題やリノアとの最近のつきあいなどのやっかいなことはできるだけ考えないように努めていたが、それ以外の、例えばアルティミシアとの戦いを巡る一連の行動についていろいろと思い返してみたり、さらにもっと別の、最近よく聞いている音楽や図書館に入った新刊のことなど、全然関係のないようなことにまで想いを馳せていた。
 実際、そういった関係のないことの方が気が楽になった。難しい問題を何も今考える必要はなかった。どうせ、後で嫌というほど考えるのだから。
「スコール、さん?」
 と、その時後ろから声をかけられたので振り返った。あまり人には会いたくないが、という意識は途中でなくなった。
(リディア、だったな)
 先ほど出会ったばかりの相手。
 それは言い換えると、別に気兼ねする必要もない相手ともいえた。
「どうかしたのか」
 緑色の髪。優しげな瞳。
 最初に、このガーデンで出会った少女と印象が重なる。
「いえ、テラスへ海を見に。スコールさんはどうしたんですか」
「俺も、海を見に来ただけだ」
 スコールは苦笑して再び水平線を眺めた。かもめが何羽か、羽ばたいているのが見えた。
「どこへ向かって、飛んでいるのでしょう」
「さあな。俺は鳥じゃない」
「それはそうですね。では、スコールさんなら、どこへ飛んで行きたいですか?」
「俺なら?」
「ええ。スコールさんなら」
 頭の中で、ぼんやりと考えてみる。あまり具体的な場所は浮かんで来なかった。ただ、落ちつく場所がほしかった。それだけが今のスコールの望みであった。
「落ちつける場所に行きたい。静かで、平和で、俺のことを知っている奴がいないところに行きたい」
 言葉は自然とでてきた。
(そうか……)
 言葉にすることで、はっきりと実感がともなってきた。
(俺は、今の立場が鬱陶しかったんだ……逃げだしたかったんだ)
 もちろんそれが可能なことだとは思えない。ガーデンを捨てる。それは非常に魅力的な考えだ。だが、今は誰もがスコールに頼って行動している。リーダーであるスコールに。みんなの期待を裏切ることはできない。
「そうですか」
 リディアは何も聞いてはこなかった。自分の思いを知ってのことかどうかは分からなかったが、詮索されないというのはスコールにとってありがたかった。
「リディアは、どこへ行きたいんだ?」
「私ですか?」
「ああ」
「気になりますか?」
 そう尋ねられると、そんなことはないと言いそうになる。だが、この時は不思議と素直に頷くことができた。
「ああ、気になる」
「そうですか。私は……」
 リディアは物憂げな表情で、空のかもめたちを見上げた。
「どこへ行きたいのか……それを探しているのかもしれません」
「探す?」
「自分が何故ここにいるのか。自分が本当にいるべき場所はどこなのか。ずっと運命に流されるまま生きてきた私にとっては、自分の存在意義を見つけることができなくなっているんです」
 そう言って苦笑した。
「故郷はそうではないのか?」
「母は、随分前になくなりました。私のことを好きになってくれた人もいましたけど……」
 リディアは言葉をつぐんだ。リディアの気持ちがその相手に向かなかったのか、それとも他の原因で戻ることができないのか、スコールには判断がつかなかった。
「どちらかといえば、幻獣界の方が私の故郷なのかも。あそこには大切な友達がたくさんいますから。最後に帰る場所は、きっと幻獣界なんだと思います」
「故郷より、別の土地を選ぶというのか」
「運命──という事場を使えば非常に楽にはなれるのですが。でもそうではないんです。私は故郷より幻獣界を選んだ。それだけのことなんです」
「人が嫌いなのか?」
「まさか。だとしたら、今ここにはいません」
「では、何故」
「分かりません。でも、幻獣界も、私が本当にいる場所ではないということは分かっているんです。あそこでは私は永遠に『客』としてしか扱われない。人間である以上、幻獣たちを召喚する存在である以上、それは絶対に変化しないんです。私は本来人間界にいるべき存在。分かってはいます。ですが……」
 そこでリディアの言葉は途切れた。スコールはしばらくその続きを待っていたが、リディアはにこりと笑った。
「私、部屋に戻ります」
「そうか」
「お話できてよかったです。なんだか、落ちつきました」
「俺もだ」
「だとしたら嬉しいです。スコールさん」
「なんだ?」
「私は、結局逃げることができませんでした。逃げるだけの勇気がなかったから……でも、逃げることも、勇気だと思いますよ」
「逃げることも、勇気」
「でも、逃げると後で後悔するかもしれません。だから、じっくりと考えることが必要だと思います。捨てたものに未練があると、絶対に後悔するから」
「未練か」
「でも私は、スコールさんがいなくなったら寂しいと思います。まだ出会ったばかりなのに、不思議ですね」
「……」
「それじゃあ」
 リディアの後ろ姿を見送って、スコールは大きく息をはいた。
「逃げることも勇気、か……」
 自分は本当に逃げたいのだろうか?
 今、一時期だけ面倒事が重なっているから、一時的に逃避したいだけなのではないだろうか?
 それとも、ガーデンのリーダーなんていう地位にいることは、俺にとっては苦痛でしかないのだろうか?
 分からない。
 自分が何をしたいのか……。
 でも。
 リディアと話していて何だか、気が晴れた。
 話し相手がいるということが、こんなにも気が紛れるとは思わなかった。
 何でもない会話。何でもない時間。
 それが、こんなにも気を楽にしてくれる。
 落ちつくことができる。
 すごく、不思議だ。






「シュウ、通信を頼む」
 戻ってくるなり、スコールはシュウにそう言った。
「それはかまわないけど、何て?」
「ガルバディア・ガーデンに対して。今回の件について、バラム・ガーデンはトラビアと徹底的に事を構えるつもりで対処する予定である、トラビアに正当な秩序が回復されないかぎり、バラム・ガーデンは戦いをやめない所存である。ガルバディア・ガーデンにおかれては、くれぐれも軽挙妄動しないように注意されたし」
「本気、なの。スコール」
「俺は本気だ、キスティス」
 スコールの目は真剣であった。
「それからゼルにも。トラビアの件で苦労はしていると思うが、可能なかぎりトラビアの件はこちらで対処するから、引き続き調査を頼む、と」
「OK」
「ちょっと、スコール! シュウまで!」
「なんだ、さっきから」
「そんな大事なこと、私たちに相談もしないで、どうして1人で勝手に決めたりするの。どうしてトラビアと突然事を構える気になったの。納得できる理由を教えてちょうだい」
「誰も、トラビアと事を構えるつもりはない」
「なんですって」
「このまま事態を放っておけば、ガルバディアが相乗りして独立を宣言するかもしれない。そうなったら厄介だから、先に手を打つだけのことだ。トラビアは引き続き、静観する。しばらくたって事態に変化がないようだったら、セルフィを呼び戻してこちらからSEEDの精鋭を向かわせる」
 キスティスはため息をついて、自分の席に戻った。何を言っても無駄だと諦めたのだろうか。
「スコール、私からも質問、いい?」
「なんだ、シュウ?」
「スコール、さっきとは全然雰囲気が違うけど、何かいいことでもあった?」
「いいこと?」
「そう。例えば、リノアちゃんにキスでもしてもらったとか」
「リノアとは会っていない」
 何の抑揚もなく答えられたので、それ以上シュウはからかうことができなくなってしまった。
「じゃ、何があったのさ」
「別に……ただ」
「ただ?」
「落ちつく場所が、たまたまあっただけのことだ」
「落ちつく場所……ね」
 シュウはいぶかしげに見ていたが、スコールの言葉と同時に入ってきた通信に目を向けた。
「……!」
 その顔がみるみるうちに青ざめていくのを、近くにいたスコールとキスティスにははっきりと分かった。
「どうした?」
「スコール、これを……」
 スコールとキスティスが同時にプリントアウトされた文書をのぞきこむ。
 それは、ガルバディアガーデンから、ゼルの通信だった。
「なっ……」
「そんな」
 二人とも、言葉を失う。
 予想外の事件だった。いや、事件というにはこれは突飛すぎた。
 何の冗談か、と思わず問い返したくなるような内容だ。
 だが、状況を伝えるその文書が、少しの間違いもないものだということは三人は確かに理解していた。












『風神、雷神。死亡』






22.崩壊、消滅、惨劇

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