「サイファー……」
「さいふぁー……」
「さい、ふぁ……」
「…………………」
 ──ユリアンは、背負った女性の最期の言葉を、しっかりと聞き届けた。












PLUS.22

崩壊、消滅、惨劇







keep a memory green






 デリングシティを襲った地震は街の混乱をさらに加速させた。
 先の魔女戦でガルバディアが被った被害は相当なものであったが、それでもガルバディアは着実に復興が進められていた。
 だがそれも、この大地震によって全てが水泡と帰してしまった。
「こいつはひでえな」
 倒壊したビル、ひび割れた地面、あちこちで燃え上がる炎。そして、夜の訪れとともにやってくる寒気。
「こんなことで、この街は大丈夫なのか?」
「知るかよ、そんなこと。俺たちにゃ関係ねえ」
 ユリアンが尋ねたが、サイファーはくだらないことだと言うように吐き捨てた。
「これからどうするんだ?」
「どうしようもねえな。ガルバディアを出るか、それとも」
「それとも?」
「いや、その手だけはなかったな」
 サイファーは自嘲気味に笑った。ユリアンは首を傾げたが、雷神も風神も無表情で何も答えなかった。
「にしても、軍事国家ガルバディアも首都が潰れたらこんなもんか。そうだな、いっそのことこの混乱に乗じてガルバディアを乗っ取るっていう手もあるな」
「おいおい、サイファー」
「ま、どうにしろ、これからは今日の飯すらありつけなくなるな。そこらへんから適当にかっぱらって、あとは辺境まで旅をするしかねえかな。鉄道が動けば別の街に移動するっていう手もあるが」
「ドールなら近いもんよ」
「そうだな。その手が一番楽か」
「サイファー! 見、彼方!」
 その時、雷神が叫んだ。その声に引かれるように、三人ともその方向へ目を向ける。すると──
「なんだ、ありゃあ」
「なんだろう。生き物みたいだけど……」
 空の彼方、都市の上空に一匹の巨大な竜のような生物が佇んでいる。
「邪龍族。古のリージョンに封印されていた、獰猛なる獣だ。といったところで君たちでは知るべくもなかろうが」
 声は、四人の背後から聞こえた。四人がはっと振り返ると、そこには一人の秀麗な青年が立っている。
(こんな傍に近寄られても、気配すら感じなかった)
 ユリアンは目の前にいる人物がただ者ではないと判断した。サイファーもとても不快な顔をしている。
「てめえ、何者だ」
「私はワグナス。異世界の者だ」
「異世界? ってことは、ユリアンの故郷から来たってことか」
 だがワグナスはくつくつと笑って「違う違う」と答えた。
「今、この世界に七つの世界が近づいてきている。そのユリアン君はその中の一つから来たのだろう。私はまた別の世界からやってきた」
「七つ?」
「そう、八ある世界が一つに重なる時、その八つの世界は崩壊を迎え、新しき時代が始まる。古い伝承だよ、もう誰も、そう、あのハオラーンですら語ることをしなくなった伝承」
「ハオラーン?」
 ユリアンはその名前を聞き返した。
「この名前に聞き覚えがあるかね? ああ、君たちの世界にもハオラーンは訪れていたのだな」
「吟遊詩人のハオラーンのことか?」
「そう、そのハオラーンだ。なるほど、奴の正体は知らないというわけだな」
「正体?」
「そうだ。奴は神。古き伝承を語り継ぎ、新しき伝説を歌う、神々の中でも唯一永遠の生を与えられた追放された神。そして奴の、ハオラーンの知る伝承通り、ついに約束の時はやってきた。新しき時代を生きるための新しき命を手にしない限り、我々が生き延びることはできない」
「何だかよく分からねえな。つまりどういうことだ、詳しく説明しな」
「ハオラーンには注意することだ。そして、あの少年にもな」
「少年?」
「ほう、そちらの方が詳しいと見えるな。色々と話したいこともあるが、残念だがここまでだ。どうやら、邪龍が活動を始める」
 見上げると、龍はゆっくりと、その長く巨大な体を空いっぱいに敷きつめるかのように動き出していた。
「なんだ、ありゃあ」
「生き延びたければ逃げることだ。もっとも、いつまで逃げきれるかは分からないがな。では、生きていればいつかまた会うこともあるだろう」
 ワグナスは言葉と共に消え去った。
「何だ、いったい」
「サイファー、龍が!」
 そして、ついに邪龍が活動を開始した。巨大な口が開かれ、炎の息がガルバディア・シティに向かって降り注ぐ。
「なっ!」
「まずい、どこか物陰に隠れないと!」
 ブレスは市庁舎に直撃した。まず辺りが純白の光で包まれた。その光が消えた時、既に高熱によって市庁舎は気化してしまっていた。そしてその余波がユリアンたちに向かって疾走してくる。
「くうっ」
「サイファー、こっちだ!」
 ユリアンはサイファーの手を引き、物陰に隠れた。直撃を回避したとはいえ、すぐに周りがとてつもない熱気に包まれた。さっきまでの寒さが嘘のようであった。
「あれだけ離れているのに、この熱さじゃ」
「助からねえだろうな、中心部にいた連中は」
 突然──あまりにも突然の出来事であった。地震といい、あの龍の攻撃といい。
「サイファー」
「なんだ?」
「変だ、何かが」
「そんなことは分かってる」
「違う、そうじゃなくて。囲まれている、みたいだ」
「囲まれてるだと?」
 だが、四人が辺りを見回しても別に誰の影も見当たらない。
「気のせいじゃねえのか」
「そうかもしれないけど」
「だいたい──」
「サイファーッ!」
 風神が、サイファーに飛び掛かった──ように見えた。
「なっ」
 その風神の背に、三本のナイフが突き刺さった。
「まずい、建物を背に!」
 ユリアンの指示どおり、サイファーは風神を抱えて建物の傍まで駆けよった。雷神もそれに続く。
「風神、風神っ!」
 サイファーが叫ぶ。風神は弱々しい笑みを浮かべて、答えた。
「サイファー……無事?」
「ああ、お前のおかげだ」
「良……」
 がくり、と力がぬけた。
「風神っ!」
「大丈夫、気を失っただけだ」
 ユリアンが冷静に答える。だが、このままでは風神を手当てするどころかここから移動することもままならない。だがとにかく止血をすることが先だ。
「誰だっ! 姿を見せろっ!」
 サイファーが周りに向かって叫ぶ。だが、気配は四方にあるもののまるで反応はなかった。
「ちくしょう、よくも風神を!」
「許さないもんよ」
 サイファーと雷神は怒りの形相で四方に目を這わせた。
「ユリアン、風神を頼む」
「サイファー、待てっ」
 だが、制止の言葉は遅かった。サイファーは駆けだすと倒壊した建物に向かって手に持つガンブレードを一閃した。その建物が破壊される寸前に、幾つかの影が飛び出す。
(あれは)
 その中の一つには、確かに見覚えがあった。
 だが、信じられなかった。
「お前、ハリード!」
「……」
 だが、ハリードは何も答えなかった。ユリアンの発言がきっかけとなったのか、後ろに控えていたリーダーらしき人物が指を鳴らすと、影たちは一斉に引き上げていく。
「まちやがれっ!」
 サイファーは追おうとしたが、無理であった。一瞬で、彼らは既に影も形もなくなってしまっていた。
(何故ハリードが俺を?)
 ユリアンは目の前で起こっていることがまるで理解できなかった。だが、すぐに我に返った。それは、サイファーの声のためであった。
「雷神!」
 見ると、雷神がばったりと倒れている。背には傷らしきものはなかったが、地面にはおびただしい量の血が流れている。
「ちくしょう、あいつらっ!」
「サイファー、怒るのは後だ。とにかく、二人をどこか治療をしてもらえるところに連れていかないと」
「そんなところが今のガルバディアにあるか!」
 サイファーはユリアンを怒鳴りつけた。が、すぐに表情を一変させた。少し悩むような仕種をしてから「いや、ある。ユリアン、風神をかつげ。俺は雷神を運ぶ」と言った。
「どこだい?」
 ユリアンは止血を終えた風神を背負いながら聞いた。
「ガルバディア・ガーデンというところがある。歩けば半日だ」
「半日」
「急げば、四時間でつく」
「急ごう」
「当然だ」
 サイファーは雷神の大きな体を抱き上げると早足で動き始めた。その後ろをユリアンは追いかけた。
 間に合うだろうか。
 不安を頭を振って払い、ユリアンは足を動かしつづけた。






「ゼルさん、資料届きました」
「ああ、見せてくれ」
 ガルバディアの中心部の映像が、ようやくガーデンに届いたのは数時間経過してからのことであった。だが、その記録はゼルが予想していたものよりもはるかに悲惨であった。
「こりゃあ、ひでえ」
 体が震えていた。かつて栄華を誇ったガルバディアの面影はもはやどこにもなかった。閃光が直撃した場所はクレーターとなってしまっていて、その外側に建物の残骸が『わずかに』残っているにすぎなかった。他はすべて、気化してしまったようである。
「これじゃあ、生き残った人は……」
「……」
 そんなものがいるはずもない。それは、映像を見れば明らかであった。
「どうします?」
 ゼルはしばらく放心状態であったが、ここの責任者であることを思い出すと、必死にとりあえずの対応策をうつことにした。
「とにかく救助活動が先だ。中心部はもうダメだろうが、外辺部の連中はまだ生きているやつがいてもおかしくはねえ。特に建物の下敷きになってたりして救助を待っているやつが必ずいるはずだ。ガルバディア・ガーデンの人間は全員、シティの救助活動に参加しろ。ああ、もちろん、必要最低限の人数はここに残してな」
「分かりました」
「それから水と食べ物をどうにか確保してくれ。生き残った人間に食べさせてやるものがなければどうしようもないからな」
「分かりました」
「にしても、こりゃとんでもねえぜ」
 ガルバディアを襲った閃光。その正体は全く不明であったが、今回の事件──世界の崩壊に関係する可能性は高い、とゼルは考えていた。そうでなければ、こんなタイミングでこのような不自然な事件が起こるはずはない。
「医療班はどうします?」
「全員出してかまわねえ。ガーデンで必要が生じたら、俺が直接回復魔法かけてやるから、気にするな」
「分かりました」
 ゼルも先の戦闘で回復魔法を勉強してはいた──使う機会は稀であったが。それに、ここで万が一のことを考えて医者を何人か残すよりも、今必要としている場所に全員向かわせた方がいい、そう考えたのだ。
 その決定をくだした直後であった。
「ゼルさん」
「どうした、今度はなんだ?」
「客です」
「客? こんなときにか? 面倒だ、無視しろ」
「それが」
「なんだ、いったい」
「サイファーさん、なんです」
「サイファー!?」
 ゼルが飛び跳ねて驚く。
「それも、怪我人を二人抱えています」
「そうか、あいつもガルバディアにいたんだったっけな。二人ってことは雷神と風神か。怪我したんだな、あの閃光で」
「だと思います」
「医療班を一つこっちへ回してくれ。目の前にいる怪我人を無視するのは性にあわねえ」
「分かりました。すぐに」
 そしてただちに医療班とゼルが直接サイファーのもとへかけつけた。ガーデン入口で佇んでいる二つの人影と、地面に横たわっている二つの人影。間違いなく雷神と風神、それにサイファーであった。もう一人は、見慣れない顔であったが。
「サイファー!」
「よお、チキン野郎」
 サイファーの声はかぎりなく沈んでいた。ゼルはすぐに医療班に「治療、急げ!」と指示する。
「助けてやってくれよ」
 サイファーは、涙声であった。ゼルはそのようなサイファーを目にしたのは当然初めてであった。
「サイファー、お前」
「……今さらこんなことを言える立場じゃねえってのは分かってる……けど……こいつらだけは、俺がどんなになってもついてきてくれたこいつらだけは、助けてやってくれ。頼む……っ!」
 あの、サイファーが。
 あのサイファーが、俺に向かって頭をさげている。
「目の前の怪我人を放っておけるかよ」
 ゼルはそれでもむきになって、あくまで敵対意識を弱めることはしなかった。だが、サイファーはそのままもう一度頭を下げて、繰り返しゼルに頼んだ。
「あ、あの」
 その時、サイファーの後ろにいた緑色の髪をした男が、小声で話しかけてくる。
「……」
 だが、何か話しづらそうにしている。ゼルは苛々したがその続きを待った。
 と、
「ゼル、さん……」
 医療班の一人から声をかけられ、ゼルは青年を無視してそちらに聞き返した。
「どうした?」
 医療班は言いづらそうに、ゼルから視線を逸らした。
「死んで、います」
 ゼルは、二度、目を瞬かせた。
「二人とも、もう死んでいます。硬直が始まっています」
「嘘だろ?」
「本当、なんだ」
 答えたのは緑色の髪の青年であった。
「ここに着く前に、二人はもう」
「死んでねえって言ってんだろ!」
 サイファーは、突如人が変わったように青年の胸ぐらを掴みあげた。
「こいつらは死んでねえっ! 気を失ってるだけだっ!」
「サイファー」
「助けろよ……助けてくれよ、こいつらをっ!」
 サイファーはさらにゼルに詰め寄った。だが、ゼルも目の前の現実に対応できていなかった。
「死んでねえ。風神も、雷神も、死んじゃいねえっ!」
 サイファーはその場に崩れ落ちた。石畳についた手が震え、ぽたり、とその間に雫が落ちた。
「頼む……っ!」
 だが、どうすることもできなかった。
 人の死。その現実。
 ゼルは、サイファーにかける言葉を持ちえなかった。






23.罪の証

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