何だろう、この感じは。
 もし、僕の考えていることが間違っていなければ。
 この感じは──あいつだ。
 生きていたのか。
 確実に、この手で殺したはずだったのに。
 何故。
 僕の力は、今でも完全だ。
 あいつが生きているはずがない。
 もう一人の僕。
 ──ルージュ。












PLUS.24

紅と碧







grudge fight 1






 はるか、遠く。邪龍の咆哮を、ブルーは聞いた気がした。
 どこかで、邪龍はその猛威をふるったに違いない。そう確信させられるものが、彼の中に生じていた。
「何か、感じる」
 同時に、もう一つの不思議な感触も、ブルーは逃さなかった。それは、かつて1度だけ感じたことがある、自分と同質にして異質なる魔力であった。
 ガーデンの屋上。北にも南にも水平線が伸び、太陽は輝き……あの時、前に対峙した時とは全然違う景色につつまれ、二人は再び対峙した。
「ルージュ、お前か」
「久しぶり、ブルー兄さん」
 同じ顔。
 違う瞳。
 二人の差は、単にその瞳の色のみ。それ以外は何もかもが全く同じであった。
 運命の双子。
「何故、生きている?」
「生きている。そう、魔力を失ってなお僕は生きている。兄さんに魔力の全てを明け渡し、それでいてなお、僕は生き続けている」
「ルージュ」
「哀れまないでよ、兄さん。気にすることはないんだ。何故なら、僕は兄さんから魔力を返してもらうつもりなんだから」
 呪われし双子。マジック・キングダムに災いを生じさせる双子。
『生き残りたければ、自らの片割れを殺せ』
 二人はマジック・キングダムで育てられたものの、一度も顔を合わせることも、その存在を知ることもなかった。そしてある日、ある時、二人は同じ時、違う場所で、似て非なる命令を受けた。
 ブルーには、ルージュを殺すこと。
 ルージュには、ブルーを殺すこと。
 そして二人は極限まで高めあった魔力をぶつけあい、ほんのわずか、何が差になったのかは分からないが、そのわずかな差によって、ブルーがルージュを吸収した。
 ブルーは生き残り、ルージュは死んだ。はずであった。
「お前が、僕から魔力を取り戻すことが、本当にできると思っているのか?」
 ルージュを吸収したブルーは、史上最高の術者となった。あらゆる魔法を使いこなし、あらゆる知識を手に入れた。陰と陽、聖と魔、水と炎、あらゆる相反する魔法の全てを用いることができるのは、ブルー以外の誰もかなわなかった。
 それは、自分が使えない魔法を全てルージュが使えるようになっていたから。まさに自分と相反するように、ルージュは魔法を修めていたのだ。
 二人揃った時に、全ての魔法を使えることができるように。
 そして、完全な個体となったブルーにもはや術士としての弱点は存在しない。そして生き残ったとはいえ、魔力の全てをブルーに吸収されたルージュは、もはや一かけらの魔力すら残されていないはずであった。
「できるよ。僕は、そう、兄さんから全てを取り返し、そしてそれ以上になることを願った。空っぽになってしまった僕には、いや空っぽになったからこそ、僕はその技を習得することができた」
 鬼気、とでもいおうか。その危険なオーラがルージュから立ちのぼった時、ブルーは素早く戦闘体勢に移行した。
「相手の能力を奪い、我がものとする力を!」
 ルージュの動きはあまりにも速かった。体術には自信のあるブルーであったが、その突進を回避することができなかった。体当たりの重い衝撃と同時に、後方へはじきとばされる。
「ブルー兄さん。あなたの力を、手に入れる」
「ルージュ、そうは、させない」
 さらに襲いかかってくるルージュに向かって、ブルーはマジック・チェーンの魔法を唱えてその動きを封じようとした。
「兄さん」
「ルージュ、一つだけ聞いておきたい。僕たちの世界で封印されていた邪龍族を解き放ったのはお前か」
 古のリージョンに封印されていた邪龍。あれを解き放つことができる人間は多くない。
「僕だよ。分かってるじゃないか、そんなことができる人間が、他の誰にできる? アセルス? ヒューズ? リュート? エミリア? クーン? 誰にもできないよ、僕たち二人以外の、誰にもね」
「何故!」
「僕が力を手に入れるために必要だったからさ!」
 ルージュは二つの手のひらを重ねて、ブルーに突き出した。
「ブレス!」
「!」
 その手から発せられた炎は、ブルーの魔力の鎖にからみついて粉々に砕き、そのままブルー本体を狙ってつきすすむ。
「ちっ」
 それをなんとか回避する。が、すぐにルージュが襲いかかってきた。左足が側頭部を狙ってくる。ブルーは屈んで回避して、足を払った。しかしルージュは軽やかに跳んで回避すると、空中に浮いたままブルーの顎を蹴り上げる。
「がはっ」
 さすがに回避することもできず、ブルーは仰向けに倒れた。すぐに起き上がろうとしたのだが、目の前に突きつけられたナイフを見た時、全ての行動を停止してルージュを睨み付けた。
「どう、邪龍の力。すごいだろ。魔法も体術も、どっちも兄さんを凌駕している。これなら、兄さんが持っている力は、いらないかな」
「ルージュ。お前は、まだ甘い」
「負け惜しみかい?」
 ルージュは勝ち誇った。しかし、ブルーはそれに屈する様子を少しも見せなかった。
「僕の魔力の鎖が、本当にあの程度で千切れていると思ったのか?」
「なにを──っ、がっ!」
 ルージュの体に、プラズマが走る。
 発生源は、左足首。そこに紐のように、いや、糸よりもはるかに細い魔力の線が1本だけ絡まっていた。その魔力の線が電撃を発したのだ。
「ば、ばか……な……」
 がくりと、とその場に片膝をついた。その隙を見計らって間合いを取り、右手に灼熱の炎を生む。
「とどめだ、クリムゾン──」
 その、時。
 ちょうど二人の横手に一人の女性が現れた。ブルーはほんの一瞬だけその人物に気を取られた。その女性は二人を見て目を丸くして驚いている。
「あ、ブルー……ブルーが、二人?」
 その一瞬の隙を、ルージュもまた見逃したりはしなかった。跳躍し、その女性の背後に回ると両手を封じ、ぴたりと首筋にナイフをあてる。
「ルージュ、お前……」
「動かないで、兄さん。この女性の命が惜しかったら、ね」
 やってきたのはリノアであった。何故ここにいるのかは分からない。だが、その存在のおかげでルージュを再び殺す機会を奪われたということは間違いなかった。
「ブ、ブルー?」
 リノアは動揺した声をあげる。だがその様子をまるで無視するかのように、ルージュはブルーを睨みつけた。
「僕はブルーじゃないよ。君の位置からじゃ見えないと思うけど、僕の瞳は紅い色をしている。兄さんの碧眼とは全く別物さ。ま、双子で瞳の色が違うっていうのも、おかしな話だとは思うけどね」
「双子」
 突然の事態で、リノアの表情には完全に動揺が表れていた。だが、殺されそうになっているということは理解しており、緊張した表情のままブルーを見つめる。
「ルージュ、そこまでにしておけ。お前は僕の魔力の鎖で力を奪われている。そうして立っているだけでも限界を超えているはずだ」
「そう、そう思う、兄さん? 邪龍の力、そんなに見くびらないでもらえるかなあ」
 ルージュは見て分かるほどに脂汗を流し、呼吸も整っていなかった。だが、たしかにあれほどの跳躍をして、リノアを人質にとることができるというのはありえないことであった。
(だが、ルージュに屈するわけにはいかない)
 生まれた時から、戦うべき宿命を人の手で負わされた自分の分身。恨みもしていないし、憎んでもいないが、お互いにはっきりと分かっている。
 目の前の人物を倒さなければ、自分に未来はないのだということを。決して共存することができる相手ではないのだということを。
 屈してはならない。負けてはならない。ルージュにだけは。
「兄さん。そのまま、後ろを向いてよ」
「できないな。お前は俺を殺すつもりだろう」
「そうだよ。でも、そうしなかったらこの女性は、死ぬよ」
「……」
 当然の交渉、であった。リノアを人質にした以上、こちらが手を出すことは不可能に近い。
 負けてはならない。屈してはならない。
 ルージュにだけは──!
「……分かった」
 ブルーは、ゆっくりと後ろを向いた。
「あきらめがいいね、兄さん」
「無論、彼女に手を出すつもりはないだろうな」
「兄さんだったら、この人を殺す意味があるの?」
 そう。
 結局、自分たちはどうにかしてお互いを殺すことができればそれで充分なのだ。
 そのために相手の弱みにつけこもうと、どれほど卑怯な手を使おうと、かまいはしない。
(僕も、そうだな)
 ブルーは目を閉じた。
 こんな終わり方をする予定ではなかった。
 ルージュに殺される──自分が考えうる死に方の中でも、最も望まない、最も許せない、そして、最も納得のいく死に方。
(結局、僕には、お前に殺されることしか考えられないということかな)
 許せるはずがない。
 自分が知る中で、誰よりも殺されたくない相手。
 そして、自分が殺されるのだとしたら、この人物しかいないと思わせる相手。
 納得できない、はずがない。
「兄さん──いくよ」
 ルージュは背を向けたブルーに向かって、ゆっくりと左手を伸ばした。






25.休戦

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