息が苦しい。
 手が、足が、体中が見えない糸に縛られているように締めつけられている。
 それは、俺の罪。
 それは、俺の罰。
 俺にはもう逃げる場所はない。
 永遠に、この苦しみと戦わなければならない。
(……セフィ、ロス……)
 ……やめろ……。
(セフィロス)
 俺を呼ぶな。
 逃げられない、俺を逃がさない、声。
 俺を呼ぶ、声……。
 お前は、誰だ?
 俺を苦しめるのは、お前か?












PLUS.26









crystal






「セフィロス」
 名前を呼ばれて、ゆっくりと目を開ける。体中が冷えきっているのは寝汗のせいであろう。だが、この激しい疲労と脱力感は、いったい何のせいなのか。
「……お前か?」
「え?」
「いや、なんでもない」
 セフィロスは起き上がった。セルフィがタオルを手渡してくれたので、それで汗を拭う。温かいタオルが心地よい。
「大丈夫?」
「ああ、すまない。迷惑をかける」
「気にしないでいいよ〜。あたし、こうやって人の面倒見るの好きなんだ〜」
 つい、嘘が口をついた。本当は部屋の中でじっと誰かの看病をしているなど、セルフィの好みではなかった。外で元気に走り回っている方がずっと楽しい。
 だが、セフィロスの看病をしているのは悪い気はしない。それどころか率先してやろうとしていることに、自分でも驚いているほどだ。
「さっきの、なに?」
「さっき?」
「ほら『お前か』って聞いたでしょ?」
「何でもない。どうも夢見が悪かったようだ」
「どういうこと?」
「夢の中で、俺を呼ぶ声が聞こえた。誰の声か、全く分からないのだが」
「それって、記憶喪失と関係アリ?」
「かもしれない」
「そっかぁ……セフィロスは記憶、取り戻したい?」
「そうだな。何も分からない、何も知らない。自分のいるべき場所、帰るべき場所が分からないという不安。あまり、こういう状況は続いてほしくはないな」
「セフィロス、苦しそうだよ」
 セルフィはその瞳を覗き込んだ。不思議な、蒼い瞳。深い海の底にたゆとう水のような、綺麗で、少し怖い色。
「記憶がないから、不安なだけなのだろう」
 セフィロスは自嘲するように吐き捨てた。その言葉を自分自身信じているわけではなかったのだ。
(これは、俺の罰)
 何故か、その言葉が頭に浮かぶ。
(苦しむことが、課された罰なのだから)
「ね、セフィロス。立てる?」
 自分の世界に入りかけた時、セルフィはそれを見抜いたかのように話しかけてきた。
「ああ、なんとか」
「それじゃ、官邸を案内してあげる。行こ?」
 セルフィはにこにこと笑って手をのばしてきた。
(何故、俺にかまう?)
 このセルフィという人物。目が覚めてからほとんどずっと自分に付き添っている。
 見たところ、看護婦というわけでもなさそうだ。自分を治療したということだが、それが本当なのかどうかは判断ができない。
(ただ……)
 今の、自分にとって。
「そうだな、案内してもらおう」
「やたっ。それじゃ……う〜ん、その恰好はちょっとマズいから、着替えてくれる?」
「ああ、分かった」
 不安を消してくれる存在である、ということは間違いないことだ。



「ラグナ様♪」
 セルフィはにこにこしながら大統領室へ入っていった。後ろからはセフィロスも続いている。中には笑顔をたやさないラグナと、いつも無表情のキロス、そして大男のウォードがいる。
「よ、回復したみてえだな」
 ラグナは気さくに話しかけた。セフィロスは戸惑ったが「あ、ああ」ととりあえず答える。
「まだ記憶戻ってないんだってな。だがな、そんなのは大丈夫だ。すぐに戻るから、あんまり心配するな」
 ラグナは自分と同じか、もう少しだけ背の高い美形の人物の肩を叩いた。
「ラグナ君。あまり、無神経で無責任な台詞は控えた方がいいと思う」
「そうか? ま、あまり気にしても仕方ないことは気にするなってことさ。はっはっは」
 何が面白かったのか、セフィロスには全く分からない。だが、セルフィは面白そうにくすくすと笑っている。
「ああ、そうだセルフィ。あとでスコールと連絡とってくれねえかなあ」
「いいけど、どうかしたんですか?」
「ああ。見つかったんだよ。ようやく」
「ホントですか!? どこ、どこにいるんですか?」
「ルナサイドベースにな」
「ルナサイドベース?」
「ああ。後で行ってみようと思うから、ラグナロクの運転、頼むな」
「りょ〜かいです! あ、でも……」
「ん、どうかしたか?」
「あ、いえ。セフィロスをどうしようかなーって」
「一緒に連れていけばいいじゃないか」
「いいんですか?」
「ああ。別に問題ねえだろ」
 キロスは何だか言いたそうであったが、セルフィはにこにこして「ありがとうございます!」と答えた。
「それじゃ、セフィロス、行こ! ラグナロクに案内してあげる!」
「ああ」
 何だか、惹きつけられる人物だった。
 一見していい加減そうに見えるが、芯のしっかりした人物に見えた。それにどんな時でも希望を捨てない、真っ直ぐな心の持ち主でもあるようであった。
「どうだった?」
 セルフィは部屋を出ると、わくわくしながらセフィロスに尋ねた。
「凄い人だ」
「そうだね。私たちも、前の戦いの時はラグナ様にすごく勇気づけられたもん」
「そうだな。人をまとめることができる力がある。カリスマというのとは少し違う気がするが」
「人柄、かな」
「それもあるな。だが、それよりもあれは、生きる力、だ。それがあまりにも強い。それに感化される」
「へ……え」
 セルフィはまじまじとセフィロスを見つめた。
「なんだ?」
「人を見る目が凄くあるんだね」
「そうだろうか」
「うん。ラグナ様のことをそこまで冷静に分析できる人って少ないと思うよ。みんなあの性格にほだされちゃうから」
「そうだろうな」
 そこでその話は終わりになったが、セフィロスにとってはラグナとの出会いが自分に少なからず影響していることを自覚していた。
 自分が持っていないものを、彼は持っている。そう思えて仕方がないのだ。
 それは、自分に生きる力がないということなのだろうか。
 自分は、いったいどういう人物だったのだろうか。
「こっち、セフィロス」
 セルフィはラグナロクのあるドックへと向かった。
「これが」
「そう。高速飛空艇ラグナロク」
「話に聞くよりも迫力があるものだな」
「でしょ? これをあたしが運転してるんだよ」
「それは凄い」
 感情がこもっていないように聞こえたかもしれないが、セフィロスは思ったままを言った。案の定セルフィは「感情がこもってな〜い」と文句を言ってきたが。
「なにか」
 それを見ていると何かが、頭の中をよぎった。
 それは、一瞬のことにすぎなかったが……。
「どうかした?」
「いや、何でもない」
 セフィロスは、再び何かを思い出しかけないだろうかとじっくりと見つめたが、もう何も思い出すものは何もなかった。






 ガーデンに来客している美女の数が少しずつ多くなるにつれて、ティナの周りは少しずつ静かになっていった。
 ほとんどティナ親衛隊と化している一部をのぞき、男子学生のほとんどがエアリスやリディア、カタリナらに鞍替えしていた。また女子学生にしても、ブルーやジェラール、カイン、レノといった美男子が多く入ってきていることもあって、さながらガーデンはアイドルと親衛隊の巣窟と化してしまっていた。
 もともとトゥリープ親衛隊などというものがあったくらいだ。その素地があったということなのだろう。
 ティナにしてみると、一時期のティナブームが過ぎ去ってほっとしていたというのが正直なところである。人のいない時間帯を見計らってテラスへと出掛けるということをしなくてすむようになって、本当に助かっている。
 今日も今日で、ようやくゆっくりとガーデンの中をゆっくりと散策していた。途中、自分の顔を覚えてくれた学生から挨拶され、自分も会釈して返す。
 不思議なところだと思う。
 全員が、リーダーのスコールの決定に逆らわずに、自分の成すべきことを成している。一時期混乱はあったが、それも今ではほとんどおさまっている。状況が完全に把握できているから、トラビア・ガーデンの声明に対しても全員が客観的に判断している。
 ここで行われていることは、意思の統一ではない。意識の統一だということがよく分かる。そしてそれだけここにいるメンバーに教育が施されている。
 どうすればこんな組織ができあがるのだろう。
 それだけの人間的な魅力があのスコールという人物にあるのだろうか。確かにないとはいえないが、それだけではこの組織が運営されることはないだろう。
「ティナ?」
 ようやく最近聞き慣れてきた声がして振り返る。そこには、あの、優しげで寂しげな瞳をした竜騎士の姿があった。
「あ……」
 一瞬、テラスでのことが頭をよぎる。あの綺麗な女性、自分よりも年上で、女性としての魅力を兼ね備えている人のことが。
「ど、どうも」
 振り返ってしまったことをティナは後悔した。振り返ってしまっては逃げることができない。相手は近づいてくる。自分は逃げられない。
「どうした?」
 カインはティナの様子がおかしいことに当然気づいていた。いつもの微笑ではなく、どこか憂いを帯びた表情。
「いえ、なんでもありません」
 なんでもないという表情ではなかったが、自分に話したくないというのであれば仕方ないだろう、とカインは諦めた。
 なんとなく気まずい沈黙が続いた。カインは相手に遠慮して何も言葉が出てこなかったし、ティナも聞きたいことはあるがそれが聞けないでもどかしい気持ちになっていた。
「あ、あの」
 勇気を持って、ようやくティナが話しかけようとした時のことである。
「待て、ティナ」
 カインは相手の発言を抑え、周りに素早く目を走らせる。
 おかしい。
 先程までいた学生たちがどこにもいなくなっている。
 遠くで聞こえていたはずの喧騒も聞こえない。
「カインさん?」
「ティナ、こちらへ」
 ティナもようやく事態が把握できたのか、表情を変えてカインに近づく。そして背を合わせた。互いに、周りの気配を読み取ろうと集中する。
「なんでしょう」
「分からない」
 だが、雰囲気がおかしいことは明らかであった。
 何が生じているのかは分からない。だが、異変が生じていることは明らかだ。
 徐々に景色がぼやけ、白い空間の中へ取り込まれていく。
 だが、2人はそれでも動揺せずに事態の成り行きを見守った。
「……8人の代表者……」
 声は、直接頭の中に響いた。
「……そして、3人の変革者……」
 2人の前に、それは姿を現した。
 それは死者。高位の骸骨。
「何者だ?」
 カインは慎重に尋ねる。ティナもまたカインの少し後ろで身構えた。
「我は混乱を司るもの。全てのものを混乱に戻すもの。その僕。この大地に眠る核を破壊するべく遣わされたもの」
 大地に眠る核?
 カインはそれを聞いて思い浮かぶものがあった。ただ、今はそれについて検討している場合ではない。明らかに目の前の骸骨は、こちらに敵意を向けている。
「我が名はリッチ。土のカオス」
「まさか、8つの世界を破壊しようとしている張本人か?」
「いかにも」
 どうやら、彼らにとっての本当の敵の登場、ということのようであった。2人ともさすがに緊張を走らせる。
「何故、俺たちの前に現れた?」
「簡単なこと。殺せるうちに殺しておいた方が都合がいいからだ」
 戦慄が走った。
 リッチは、自分たちを殺すことを苦と思っていない。赤子の首をひねることと同じだと考えている。
 そして、それを実行しようとしている。
「1人でいい」
 リッチは続けて言った。
「誰か1人が死ねば、それで全ては終わる」






27.静寂の宴

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