戦いは、嫌い。
 血と炎、赤く染まった大地。
 動くことをやめた躯が横たわる場所。
 私は戦場で育った。
 思考することを封じられ、戦うことだけを課せられた。
 戦いは、嫌い。
 私から、大事なものを奪っていくから──












PLUS.27

静寂の宴







battle to the death






 ふっ、とその姿がかき消えた。
「ティナ!」
 カインはティナを抱いて飛びすさった。その場所を、死神の鎌が通りすぎる。
「大丈夫か」
「ええ、私は平気」
 意外にも、といったら失礼であろうか、ティナは毅然としていた。戦士の顔つきであった。厳しく、そして鋭くリッチを睨み付けている。
「アルテマウェポン!」
 そして叫ぶ。その右手にこうこうと輝く霊剣が現れた。
「ぬう?」
 その剣を見て、リッチが若干雰囲気を改める。どうやら、その剣はリッチに対して何らかの効果を発揮するらしい。
「その剣は?」
 カインが神槍グングニルを構えながら尋ねる。
「前の戦いで手に入れたもの。私は魔導戦士。自らの生命力と魔力をもって、剣となす。それがこの、アルテマウェポン」
 ティナの表情は厳しいが、二人を見るリッチもまた様子がおかしかった。
「さすがに、代表者に変革者よ。それほどの武具を備えているとはな」
 二人は視線をかわすと、動いた。
「マディン!」
 ティナが父親の名を叫ぶ。すると、無属性の攻撃魔法を唱える召還獣マディンが現れ、閃光をリッチに放つ。
「くうっ」
 目眩ましになったのかどうかはともかく、カインはその援護を受けて大きく飛んだ。もはやここはガーデンの中ではなく、広大な空間と変わっている。どれだけ高く飛んでも問題はなかった。
「はっ!」
 だが、その空中からの攻撃をリッチは紙一重で避けた。だがそこに、マディンを放ったティナが詰めている。
「覚悟!」
 アルテマウェポンを振るう。だが、リッチはこれもなんとか回避すると体勢をたてなおした。
「“負の波動”」
 リッチの右腕から発する黒い波動を、カインは大きく飛んでかわし、ティナはアルテマウェポンで斬りさいた。
 強いな、とカインは判断した。紙一重で回避しているが、それは余裕をもってのことだ。確実にあてるまでにはかなりの隔たりがある。
 ティナも同じように考えているようであった。このままではダメージをあてるどころではない。何とかまずは攻撃を与える方法を見つけなければならない。
 ならば、危険は大きいが正面からいくか。
 カインは突撃した。無論、用心は充分にしている。どういう攻撃が来ても必ず回避してみせる。
「ふっ」
 だが、それをリッチは鼻で笑った。直後、カインの足元が爆発し、その衝撃に巻き込まれて体が宙に舞う。
「くああああっ」
「カインさんっ!」
 すかさず、リッチは間合いをつめると空中で必殺の一撃をカインに繰り出した。
「甘いな」
 その言葉を発したのはリッチではなく、カインであった。器用に空中で回転すると、万全の体勢でリッチの隙をついてグングニルでなぎ払った。
 ──風を知り、風を制御することこそ、竜騎士の本質──
 手応えが、あった。
「くおおおおっ!」
 だが、リッチも既に攻撃の体勢に入っていた。その腕が伸び、痛恨の一撃がカインの左肩に直撃する。鉄の棒で叩かれたような衝撃が走った。
「ぐうっ」
 さすがにバランスを崩したが、それでもなんとか受け身を取りながら地面に落ちる。
「はっ!」
 その攻防の隙をついてティナがリッチに斬りかかっていた。敵もまたバランスを崩していた。ティナが手にするアルテマウェポンはこの時最大の長さで発現していた。
 光の剣は、見事にリッチの右肩に落ちた。
「ぐうううっ」
 だがリッチはそれを受けつつも、左手をのばして“負の波動”を放った。攻撃を放った直後のティナには回避することができず、直撃を受ける。
「きゃあああああっ!」
 後方に吹き飛び、受け身もとれずに大地に転がる。一瞬意識が飛び、手中のアルテマウェポンがかき消える。
「死者は一人でいい」
 リッチもまたかなりのダメージを受けているようであったが、この機会を逃すべく、一気に間合いをつめた。
「一人が死ねば、全てが終わる」
「ティナ!」
 その爪が鋭く伸びて、ティナの心臓に突き刺さろうとする。
「!」
 ティナは目を見開いた。だが、体が動かない。先ほどの衝撃で、体が麻痺しているようだった。
 本人の目には非常にゆっくりと、その爪が伸びてくるのが分かった。
 死ぬ。

 死ぬ。
 死んでしまう。
 自分のことを、誰も知らないこの土地で。
 タッタヒトリデ。
 嫌だ。
 死にたくない。
 死にたくない──

 爪が伸びてくるのは、こんなにも長く感じられたのに。
「カイン!」
 カインがティナをかばって間に割り込んだのはほんの一瞬の出来事だった。
 無論、槍で爪を打ち落としている時間などない。
 爪は、彼の腹部を完全に貫いていた。
「ぬう?」
 リッチが一瞬驚きを見せたが、すぐに落ち着いた様子に戻る。
「カイーンっ!」
 ティナが叫ぶ。そして、カインの口から血が零れた。
「ふむ。対象は変わったが、問題はあるまい。変革者よ、お前の死により、八つの世界は崩壊を免れることはあるまい」
「寝言は寝て言え」
 カインの目が、光った。そしてグングニルを持った手に力をこめ、勢いよく振り上げる。
「なっ」
 腹部を貫かれながらも、カインはその槍を上段から一気に振り下ろした。
「ばかな──」
 リッチの口が動き、何かを言おうとしたがそれで終わりだった。
 グングニルは、リッチの体を左右、きれいに両断していた。






「突然呼び出しがあったようだけど、どうかしたのか?」
 ブルーは着くなりスコールに話しかけた。
「ああ。どうやら、ガルバディアに向かったゼルが異世界の住人を発見したらしい」
「それは吉報」
 ブルーの表情は変わらない。ただ一度、弟との戦いの時に苦笑している。それをリノアは見ていた。
 この人は感情がないわけじゃない。ただ単に、それを感じる場所が根本的に異なっている。
「ではどうするんだ? その人間をつれてこっちに帰ってきてもらうのか?」
「多分そうなると思う。どうやらその人物は詳しい話を知らないみたいだから、ティナのように無理やりこの世界に連れてこられたようだけど」
「代表者かどうか、まずはそれをたしかめないと」
 と、その時。緊急連絡が入ってシュウが電話に出た。
「はい──あ、カドワキ先生、どうなさいました? はい、はい、分かりました。スコール、ちょっと」
「どうした?」
「その、カインさんが大怪我をした、って」
 スコールとブルーの表情が変わった。
「何故?」
「詳しいことを話したいから医務室まで来てほしいって、ティナが言っているって」
「ティナが?」
 スコールが少し顔をしかめた。いったい何がおきているのか、理解できなかったからだ。
「それから、カインさん、重傷で、相当──まずい、みたい」
「命の危険が?」
「カドワキ先生は、手はつくした、あとは本人次第、って言ってるけど」
「分かった。すぐに行く。シュウとキスティスは残っていてくれ。ブルー、リノア。一緒に来てくれ」






 どうしてこんなことになってしまったのか。
 あの爪が鋭く伸びた時、自分の命もこれまでなのだと思った。体は動かず、回避する術はなかった。
 だが、あのたくましい背中が突然目の前に出てきて。そして、自分の命は助かった。
 それは喜べることなどではない。
「カインさん」
 ティナはずっとカインの手を握りしめていた。顔には血の気はまるでなく、ずっと握りしめているというのに、その手は冷たく生気のかけらもない。
 まだ呼吸は止まっていないが、微弱であまりにも力ない。
「死なないで」
 涙があふれだし、体が震えだす。
 自分にはこの人が必要なのだ。
 失うことは許されないのだ。
「ティナ」
 ようやく、三人がその場に駆けつけた。
 そして硬直した。ティナの泣き顔と、既に死相が現れているカインの土気色の顔に。
「カドワキ先生」
 スコールが視線を走らせる。だが、こちらも渋い顔であった。
「まだ決まったわけじゃない。とりあえず、話があるならそっちでやりな。けが人に迷惑だからね」
 ティナはそれでも手を離そうとはしなかったが、カドワキに「ここはあたしが見ておくからさ」と言われて、渋々手を離した。そして、保健室のテーブルを四人で囲んだ。
「いったい、何が?」
 ブルーが静かに尋ねると、ティナもようやく、少しずつ話し始めた。
 土のカオス、リッチの突然の襲撃。そして戦い。さらにそこで交わされた会話──八人の代表者と、三人の変革者。誰か一人死ねば、全ては終わる──について。
「それで、カインの処置は」
 その場でティナができうる限りの白魔法で応急処置を行い、抱き上げて保健室まで運んだということだ。だが、魔法で一度治療してしまったために、カドワキにもそれ以上の治療が限定されてしまったらしい。もっとも、血はもう止まっているし、増血剤をうつくらいしかカドワキにできることはなかったのだが。
「八人の代表者と、三人の変革者か」
 ブルーはきわめて冷静に言葉を続けた。
「カインもまた、世界を救うためにこの世界に呼ばれた人物だった、というわけか」
「ブルー、今は」
 リノアが言うと、ブルーも「すまない」とだけ言った。今は、カインの無事を確かめる方が先だ、というのだ。
「スコールさん」
「なんだ、ティナ」
「その、エアリスさんとリディアさんを、こちらに呼んでいただけないでしょうか」
「何故?」
「その、カインさんにとって、大切な人たちだと思うから」
 スコールはしばらく考えてから「分かった」と答えてキスティスに連絡をとった。そして、ガーデン内に緊急放送が入る。
『連絡します。リディアさん及びエアリスさんは、至急、保健室まで来てください。繰り返します』
 それが終わると、場はいっさいの物音を立てなくなった。
 誰も何も言わず、ただ待ち続けた。
 そして、二人がやってくるより早く、カドワキが奥のベッドからこちらへやってきた。
「どうですか」
 スコールが緊張して尋ねる。カドワキは渋い顔で、答えた。












「今、息を引き取ったよ」






28.勇者の心

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