セルフィは、僕のことどう思ってくれてるのかな。
 僕はセルフィのこと、好きなんだけどな。
 ずっと小さいころから、僕は元気なセルフィだけを見ていた。
 でもセルフィは、僕のことすら忘れてしまっていた。
 仕方のないことだとは思うよ。
 でも、僕は寂しかった。
 だから、僕は君にたくさんの愛情をあげることにしたんだ。
 でもそれは、間違いだったのかなあ……。












PLUS.28

勇者の心







the hope






 目の前でGFを使ったところを見せられ、アーヴァインは仰天した。
 確かに使えるとは言った。だが、それを信じていたわけじゃなかった。
 しかも、アーヴァインの知らないGFをだ。
「驚いたようだな」
 ファリスは得意気であった。こうして小馬鹿にされても、彼の場合はそれが厭味になっていないから許される。
「正直、驚いた。まさかこんなにすごいGFが使えるなんて」
「だから、こっちではその、ガーディアンなんとかって言わないんだよ。召還獣。この、シルドラはさ」
 少しだけ、ファリスが遠くせつなげな目をした。
「小さいころからずっと一緒に育ってきた兄弟みたいなもんでさ。旅の途中に、俺を助けて死んだんだ。でも、死んでもずっと俺の傍にいてくれる。ずっと俺の傍に」
「ファリス」
 アーヴァインは意外な視線を送った。
「な、なんだよ」
「ファリス。きみって、けっこう人情深いんだね」
「ばかやろう」
 口が悪くなったのは、照れている証拠だろう。アーヴァインは少し嬉しくなった。
「お二人とも」
 控えていた、トラビア班の副リーダー、ヴァルツが声をかけた。
「いつまでもそうして話されているのはかまわないんですけど、そろそろ向こうもやってくると思うんですけど」
「なあに、そうなったら叩きのめすだけさ。だいたい、最初からそのつもりだったんだろうが」
「ま、ファリスの言う通りだね。むやみに中に入っていくより、ここで応戦した方が広いし、いろいろ都合がいいし」
 はあ、とヴァルツは気力なく頷く。
「いっそのこと、建物ごとふっとばせたら楽なんだけどなあ」
「それは駄目だって。一応、こっちの仲間もどこかに捕らえられてるはずなんだから」
「ま、そういうことなら仕方ないよな。って、ようやくやってきたか」
 ばらばら、と敵の姿がようやく見えだした。
「それじゃ、援護するね」
 アーヴァインはスナイパーライフルを構えると、やってくるトラビア学生の右肩ばかりを、次々に撃ち抜いていった。
「おいおい、俺の獲物も残してくれよな」
「私の分も、です」
 アーヴァインの正確な射撃に、剣士二人からクレームがつく。
「まあまあ。いずれ、嫌でも出番は来るからさ」
 その出番はそう遠くもなかった。自分たちはホールにすら入っていなかったのだが、自分たちを囲むようにしてトラビア学生が後ろから現れたのである。
「おやおや」
「どこかに逃げ道でもあるんでしょうね」
「けっこう抜け道は調べ上げてあったんだけどな」
「まあいいでしょう。アーヴァインさん、正面はお任せしてよろしかったですか?」
「ん、今のところはね。それじゃ後ろはお願い」
「了解」
 ファリスとヴァルツの持っている武器は単なる鋼の剣であったが、それでも十分であった。敵はそれよりもやや高価な武器を使っているようであったが、結局このあたりだと使い手の力量が問われているらしい。ほとんど苦もなく、次々に敵を打ち倒していく。
「さすがにSeeDっていうのは凄い連中なんだな」
 余裕を見せて、ファリスはヴァルツに話しかける。
「そうですか?」
「ああ。アーヴァインがSeeDを馬鹿にするべきじゃないって言った理由がよく分かるよ。これだけの精鋭が揃っていれば、一国を征服するのも楽だろうな」
「そんなつもりは毛頭ありませんよ。でも、不可能ではないでしょうね」
「そういうのがいっぱいいるところに、俺は連れていかれるわけか」
「でも、我々よりずっとあなたの方が強いですよ、ファリスさん」
 ファリスは笑って答えた。
「当然だな」
 最後の一人を打ちのめした時には、アーヴァインの方も打ち方を終えていた。
「おつかれさま」
「暴れ足りないぜ」
「まだまだ、これからだよ」
 アーヴァインは楽しそうに言うと、中へと入っていった。二人は後に続いた。






「やあ。来たよ、レッド」
 アーヴァインは笑って話しかけた。だが対照的に、学生同盟の実質的リーダーであるレッドは顔をひきつらせていた。
「な、あな、な、なん」
「言葉になってねえぜ。なんだよこいつ。ほんとにこの間のやつと同一人物か?」
 ファリスの言葉に思わず苦笑する。
「さて、言ったよね。僕は敵対するものには容赦しないって。それが分かってくれたかな。ま、分かったかどうかはもう問題じゃないんだけどさ」
「だ、黙れ」
 レッドは周りを見回す。学生たちは仕方なく武器を構える。
「やれやれ、もうほとんどケリついてるだろうに」
「黙れ! かかれ!」
 あっさりと。そう、大人と子供の喧嘩のようにあっさりと、そこにいた学生たちは打ち倒された。
 銃を持っているアーヴァインはほとんど何もしていない。人数は実質二人に対して、学生たちは十人強。それがごく短時間で全員床にはいつくばっているのだ。
「さて、SeeDの強さくらいは分かってくれたみたいだね」
 レッドは腰をぬかしている。まあ、やむをえないだろう。
「どうだろう。せめて僕らがバラムにいたからSeeDになれたっていう言葉だけは取り消してくれないかなあ」
 アーヴァインはにこやかに言った。思わずヴァルツが苦笑する。
「そんなことを言っている場合なんですか?」
「だって、悔しくない? 僕はさ、その言葉だけは絶対許せなかったんだ。とりあえずこいつは僕の中で死刑決定なんだけど、その言葉さえ取り消すんだったらせめて終身刑くらいにしてあげてもいいかなって」
 けっこう辛辣なことを笑顔で言うあたり、いい性格をしている。ファリスがげんなりとした顔で「俺、お前のこと少し嫌いになったよ」と呟く。
「ふ、ふふ、ふははははは!」
 だがレッドは降伏するどころか、あきらかに様子が変わって哄笑した。
「忘れてるようだな、俺たちはバラムに対して人質がいるってことをな!」
「はい、ヴァルツ」
「はい。今の言葉、しっかりと録音させていただきました」
 懐からテープレコーダーを取り出す。それを見てレッドは完全に顔色を変えた。
「ま、これで学生同盟ってのがとんでもない組織だっていうことが表明できるでしょう」
「お疲れさま。それ持ちながら戦うの大変だっただろ」
「いえいえ」
 ヴァルツは剣の腕と体術についてはSeeDでもトップクラスである。それこそ、アーヴァインなどよりはずっと長けている。
「ええい、動くな! 人質の命が惜しかったならな!」
「残念でした、ってバラしちゃってもいいのかな」
 アーヴァインはすたすたと放送施設に歩みよると、スイッチをオンにした。
『アーヴァインさん、人質は無事救出しました』
「ご苦労さん。学生同盟の他のメンバーは?」
『はい、指示どおり全員とらえてあります』
「ってところなんだけど、どう?」
 レッドは目を全開に見開き、歯を食いしばり、がくがくと震えた。
「うううううううあああああああああああっ!」
「ご苦労さん」
 キレて、突進してきたレッドに膝うちと手刀で昏睡させる。
「なんだ、最後はあっけなかったな」
 ファリスが軽い気持ちで言うと、ヴァルツも「まったくですね」と答えてレッドを縛り上げた。
「そりゃそうさ。学生同盟なんて、僕らにしてみれば子供も同然だからね。本当に大変なのはこれから」
「これから?」
「そう。後始末、ってやつ」
「げーっ」
 ファリスが本気で嫌そうな顔をしたので、アーヴァインは思わずくすくす笑った。
 だが、その笑顔の裏で、二人には語らなかった本当の『大変』に思いを寄せていた。
「ま、考えていても始まらない。まずは学生同盟の反乱が鎮圧したことをスコールたちに知らせないとね。長距離通信設備はどうなってる?」
 マイクに向かって話しかけると、また別の場所から連絡がはいった。
『駄目ですね、これは』
「駄目って、どう?」
『破壊されてます。完全に復旧するまでには時間がかかりますね』
「ああ、やっぱり」
 アーヴァインは苦笑した。
「やっぱり、ですか。アーヴァインさんは予想していたんですか?」
「まあね。アルティミシア戦ではいろいろと考えさせられたから、その分視野が広いんだと思うよ」
「では何故、連中は通信設備を壊したんでしょうか」
「問題はさ、こいつらじゃないんだ」
 アーヴァインは縛り上げた男たちを見ながら言った。
「というと?」
「今、この世界に何が起こっているかは説明したね」
 アーヴァインはなおも言う。
「つ、つまりそれは」
「そう。誰かがこいつらをそそのかして、僕たちを足止めすると同時に、連絡を防ごうとしたんだ」
「それはいったい」
 誰が、と言おうとしたヴァルツをアーヴァインは手で制した。
「さあ。それは分からないんだけどさ。でもここまではほとんど敵の思惑通りに僕らは動いてる。ま、この後敵がどう行動するかは簡単に推測がつくんだけどさ」
「といいますと」
「決まってるだろ? 僕らをここに閉じ込めて、脱出不可能にするんだ」
「ここ──まさか、鉄道を?」
 トラビアから移動するには、鉄道を利用するしかない。あとはラグナロクという手はあるが、それはこちらから連絡を送らなければ迎えてきてもらうことはできない。
「うん。朝のうちに確認しておいた。もう爆破された後だったよ。丁寧なことに、車両まで全部爆破されていたね。鉄道をなおしても車両がなかったらこちらからは身動きがとれない。困った困った」
「おい、アーヴァイン」
「なんだ、ファリス」
「それでもちろん、何か打開策はあるんだろうな」
「うん、まあ。通信施設をなんとか復旧すれば、向こうから迎えにきてくれるからね。それしかもう今は手がないんだ」
「やれやれだな」
「だから一刻も早くここを占拠したかった。そして復旧作業に入りたかった。取り返しのつかないことになる前でよかったよ」
 アーヴァインは落ちつき払っていた。それがこの時、ヴァルツやファリスにとっては、多少は安心できる材料になっていた。
「お前、けっこう神経太いな」
「そうかな。そうでもないと思ってたよ。プレッシャーに弱いし、すぐ逃げだしがちだったしね」
「ま、お前がそう言うんだったら大丈夫なんだろうさ。期待してるぜ」
「そいつはどうも」
 アーヴァインは笑顔で応えた。
 が、その笑顔は途中で凍りつく。その場に突如あふれる兄弟で不気味な気配。三人は自然と身構えていた。
 見ると、先程まで完全に沈黙していたレッドが、びく、びく、と震えている。
「なんだ?」
 ヴァルツもファリスも、立ち上がって剣を構えた。その様子が明らかにおかしい。
「く、くく、くかかかっ、かかっ、ごごかっ」
 拘束していた縄が、音を立てて切れる。ゆらり、とレッドは立ち上がった。
「そこまで、思いを馳せているとはな。なかなかだ、なかなか……」
「そいつはどうも」
 アーヴァインも銃をかまえて答える。
「それで、あなたの名前を教えていただけると嬉しいのですが?」
「忘れてはいないだろう? お前の敵だよ、ファリス」
 背筋に悪寒が走った。自分の名を呼ばれ、一瞬でその悪寒の正体を見極める。
「お前、エクスデス!」
 アーヴァインは素早く視線を走らせる。ファリスの驚愕の表情、そしてレッドの不気味な笑い。エクスデス、と呼ばれた存在がレッドにとりついているということはすぐに分かった。
 そして、エクスデスがファリスの敵であるということも。
「忘れていなかったようだな。そう、エクスデス、お前の敵だ」
「馬鹿な、お前は死んだはず」
「そう。自分の魂のほとんどはあの木に吸収された。だが、この憎しみは消えぬ! お前たちを倒さなければ消えぬ」
 レッド=エクスデスはゆらり、と動いて近づく。
「まずはお前からだ、ファリス。お前から」
 エクスデスが、消えた。
 ファリスは身を翻して剣を振るう。が、衝撃と同時にその剣が折れた。
「弱い」
 エクスデスの拳がファリスの頬に入った。後ろの壁まで吹き飛ばされ、意識を失う。
「馬鹿な」
 ヴァルツが攻撃するが、エクスデスは意にかいさない。腹部に一撃をみまうと、ヴァルツは崩れ落ちた。
 が、その間にアーヴァインはエクスデスの背後をとって、ライフルを構えていた。
「そこまでだよ、エクスデスさん」
「お前も、邪魔をするか」
「まあね。ファリスを殺させるわけにはいかないから」
「相手をしてやろう」
 言葉とともに、エクスデスは消えた。
(右?)
 アーヴァインはしゃがんでエクスデスの攻撃をかわすと、右手をつきだして魔法を放った。
「ブリザガ!」
 さすがにここで火や電撃の魔法を放つわけにはいかない。これならば、と放った魔法であったが、さほど効果があったようではなかった。いとも簡単に魔法を振り払うと、エクスデスは無表情で腕を伸ばしてきた。
「くっ」
 スナイパーライフルを奪い取られ、接近される。まずい、と思ったが遅かった。
 ぼぐ、と鈍い音がした。胸を強打された。
 骨が折れたのが分かった。
「ま、ずいなあ……」
 ごふっ、と咳き込む。口から血が出ている。折れた肋骨が肺に刺さったのは間違いない。
「これじゃ、助からないじゃないか」
 手当てをしてくれる人がいれば別だが、この状況ではそれを求めるわけにもいかない。
(やっぱり、トラビアじゃなくてガルバディアにしておくんだったな)
 エクスデスが近づいてくる。
 アーヴァインは、笑った。
「ファリスを殺させるわけには、いかない」
 ごふっ、と咳き込みながらアーヴァインは立ち上がる。
「静かにしていれば、まだ助かるものを」
「仕方ないだろ? 性分なんだからさ」
 この相手を倒すことはできない。
 わずかな攻防でそれを悟ったアーヴァインであった。今まで自分はこうして一対一の戦いをしたことはない。常に誰かのサポート役、それで十分だと思っていた。
(仕方、ないか)
 アーヴァインは目を見開くと、エクスデスに組みついた。ぬう、とうなっている間にも精神を集中させる。
(ごめん、セルフィ。ごめん、スコール。ごめん、ファリス。ごめん、みんな──)
 ごふっ、と血を吐いた。それが最後だった。
「ケツァクァトル!」
 エクスデスの体内で、GFが召還される。それがどういう結果を生むか、当然アーヴァインは分かっていた。






 僕は寂しかった。
 でも、もういいよ。
 せめて、キミだけは幸せに──






 巨大な爆発が、その場で生じた。






 ファリスは目覚めると、何が起こったのか、大体の状況を察した。
 もうエクスデスの姿はなかった。
 そして、五体がバラバラになった──
「アーヴァイン」
 首だけが、こちらを向いていた。
 その顔は、こげついていて表情というものが全く分からなかった。
「すまない。すまない──」
 ファリスは、その首を抱きしめると、ぼろぼろと涙を零した。






29.少女たちの祈り

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