これは、夢?
 現実?
 なに?
 すべてが、しろく、そまっていく。
 どうして……!












PLUS.29

少女たちの祈り







restore his soul






 ルナサイドベース。
 月に魔女アデルを封印したあの時の施設がここにはそのまま残っている。既に博物館的な意味合いも強くなっているが、今でも宇宙学の研究は怠っていない。
 ラグナたち三人と、セルフィ、セフィロス。彼らは目的の人物に会うためにここまでやってきた。
「お待たせしました、ラグナ様」
 職員がその人物を連れてきたのは、彼らが到着して間もなくのことであった。
「君が」
 小柄な女性であった。とても戦いとか、そういうことに向いているようには見えない。むしろお姫様とでもいった様子である。
「エスタ大統領様、お初にお目にかかります。モニカ、と申します」
 金色の髪。線の細い体。そして、意志の強い瞳。
 ラグナほどではないにせよ、間違いなく彼女の内には威厳と呼ばれるものがこもっていた。
「あ、いやあ、大統領なんてのは単なる肩書だからあんまり気にしなくてもいいぜ。俺はラグナ。こいつはキロス、こっちはウォード。それからそっちの二人は、セルフィにセフィロス。ああ、いっぺんに言ったってわかんねえか」
 はっはっは、とまた笑う。セフィロスは相変わらず、この王様が何故笑うのかが分からない。
(妙な男だ)
 セフィロスの記憶は相変わらず戻っていない。とりあえずセルフィたちと行動しながら考えてはいるのだが、考えただけで記憶が戻るようならこの世に記憶喪失者はいないだろう。
 そのセフィロスが一番興味を持っている存在。それは間違いなくラグナであった。
 彼の傍にいると、何故か安心できた。
 いつもヘラヘラしていて頼りないことこの上ないというのに、何故この人物にこれほど惹かれるところがあるのだろうか。
 ぼんやりとそんなことを考えながら、セフィロスは行動を続けている。
「それであんたは、異世界の人間なんだってな」
 モニカは哀しげに「はい」と頷いた。
「ま、そういう連中が向こうにはたくさん集まってるはずだからよ、これからちょっとばかり俺たちと一緒に行動してくんないかな」
「もちろんです。私は一刻も早く、会わなければならない人がいるのです」
「恋人さんかい?」
「い、いえ」
 モニカは顔を赤らめた。おそらく、かなうならば会いたい、といったところだろう。だが彼女の目を見ていればそうではないことは明らかだ。彼女は、自分の目的を達成するためにここにいる。他になさねばならないことがある。
 彼女はまぎれもなく、自分の意思でこの世界に来ているのだ。
「分かった。それじゃ、早速連絡取るから待っててくれないか」
 思ったよりも早く話が進んでいく。セルフィは慌ててラグナロクへと戻った。






『セルフィ! あなた、いったい何でいつまでたっても連絡をよこさないの!』
 数日振りに連絡を入れた瞬間、セルフィはキスティスから怒鳴りつけられていた。
『あなたから連絡がこなくて、こっちは大変だったのよ!』
 ごめんなさい、と繰り返し謝るがキスティスの機嫌は変わらない。とにかく話題を逸らすのが先決だとセルフィは判断した。
「どういうこと、何があったの?」
『いいから、とりあえず先にそっちの状況を教えて』
 セルフィがこれこれこうと説明する。すると、しばらく返答がなかった。
『セルフィ、その、モニカさん? カタリナっていう名前に心当たりがないかどうか尋ねてみて。その女性ならこちらにいるから、とも付け加えて』
「カタリナさんね、了解」
『それから、そうね一時間してからもう一度連絡を頂戴。ちょっとこっちも、少し困った事態がおこっていて』
「困った?」
『スコールが今いないのよ』
「いない? どういうこと?」
 何か不足の事態が起こったのだろうか、と不安になる。が、すぐにキスティスの声が帰ってきた。
『ああ、別にどこかに行ったっていうわけじゃなくて、今ここにいないだけなんだけどね。とりあえずスコールと相談してから、状況を説明するから、今はとりあえずその女性をこちらに向かわせるように手配して』
「うん。それについてはラグナ様が急ピッチで進めてる。もうすぐ出られるよ」
『ちょっと待って』
「はい?」
『すぐには出発しないで、少し待機していて。それから、一時間後に連絡を頂戴』
「分かった。一時間後ね」






「カタリナが!」
 憂いを帯びていたモニカの表情に、ぱっと赤みがさした。
「知り合いかい?」
「はい。私の身の回りの世話をしてくれていた女性です」
「身の回りの世話、というと」
「私は向こうの世界ではロアールという国の、王妹、だったのです」
「王妹? にしては、随分若いんじゃないか?」
「兄上はまだ二十七です。私はこれでももう、十九ですが」
「へえ、見た目はもっと──」
「ラグナくん、それくらいにしておきたまえ」
 キロスからたしなめられ、おっと、とラグナは自分の口を塞ぐ。
「それで、向こうは一時間後だって?」
 セルフィに向き直って尋ねる。それも話題そらしの一つだろう。
「はい。そう言われましたけど」
「ふうん、何があったのかねえ」
 ラグナは気楽な様子で言った。
 そのガーデンで、一人の人間が死んでいたことなど、知るよしもなく。






 ティナは完全に正気を保てずにいた。
 カインの死を告げられ、がくりと床に崩れ落ち、そのままぴくりとも動かない。
 目は開いているから、意識が無いというわけではないようだ。
 顔面は蒼白になっている。かすかに体が震えている。
 衝撃を受けたとき、絶望に包まれたとき。
 人は、こんなにも世界を『拒絶』してしまうのだろうか。
 話し掛けても、揺すっても、ティナは全く反応を見せない。
 ともかくこのままにしておくわけにもいかず、何とか椅子に座らせ、リノアが隣に腰掛けてティナの頭を優しく抱く。
 嗚咽すらもらさず、涙すら流さず、彼女は泣いていた。
「かなりショックだったようだな」
 ブルーはカインの『死顔』を見つめながらスコールに問い掛けた。
「ティナのことか?」
 スコールはそう尋ね返す。ブルーは「ああ」と受け流して、じっとスコールを見つめた。
(そうじゃない)
 ブルーが言っているのは、スコールのことだ。
 必死に動揺を隠そうとしているが、スコールもまたカインの突然の死に驚愕を隠せず、うろたえてしまっていた。
 改めて、カインの死顔を見る。相当苦しんだだろうに、それを微塵も感じさせない無表情さであった。
「まさか、カインが死ぬとはな。こういう男は最後の最後まで生き続けるものだと思っていたが」
 ブルーは冷静に言う。スコールは生返事で「そうだな」と答えた。
「おい、スコール」
 ブルーは鋭い視線をおくる。
「何だ?」
「いつまでも、何を惚けている。まさか人が死んだのを見ることが初めてというわけでもあるまい?」
 スコールは黙り込んだ。それを見て、逆にブルーの方が驚いた。
「そういうところばかりまだ子供か」
「すまない。ショックを受けているのはどうやら俺の方だったようだ」
 それは分かっている、とはブルーは言わない。ただ、ブルーが思っていたよりも、スコールのショックは大きかったようだった。うろたえ、戸惑い、他に何も考えられなくなっている。
 無様だ。
 これが、ガーデンのリーダーなのか。
「気に入らなかった奴でも、死ねばそれなりにショックか」
「そうだな」
「今はいい。僕はそういうことを気にしない。ただ、ここから出ていく時は少しでもその衝撃を表情に出さないようにするんだ。リーダーがショックを受けていると、全体の雰囲気が悪くなる」
「分かった」
 ようやくやって来たのは、エアリスの方であった。至急、それも保健室ということで、何が起こったのかと全力で走ってきたらしい。呼吸が乱れて、汗まみれだ。
「いったい、なにが、あったんですか」
 エアリスは、そこにいたカドワキ先生の暗い表情、正気を失ってしまったティナと、それに付き添って泣いているリノアの様子を見て、相当のことが起こったということが分かった。
「こっちだ、エアリス」
 ブルーの重い声が聞こえてくる。エアリスはゆっくりと、おそるおそる近づいていった。
「あ、あ、ああ」
 その、ベッドに眠っている人物は。
「ど、どうして!」
 エアリスは一気にその距離を縮めると、カインに飛びつき、その両頬に手を添えた。
「じょ、冗談でしょ、カイン。ねえ、カイン、目を開けてよ、ねえ」
 だが、カインはもう応えない。少しずつ冷たく、固くなっていく。
「いやだ。いやだ、こんなのは──」
 突然の死に、気が動転して感情が爆発し、涙となってカインの肌を濡らしていく。先程まで汗に濡れていたその体は、既に乾燥してしまっていた。
 せっかく、会えたのに。
 もう二度と手に入ることはないと思っていたもの。安らげる場所。自分が一番、ほしかったもの。
 命をかけて愛せる相手。
 それなのに。
 今度は、自分よりも先にいなくなってしまった。
 いやだ。
 こんな、こんなことは──
「嘘だと言ってよ!!」
 エアリスはカインの胸倉を掴んだ。
「エアリス!」
 ブルーが止めに入るが、エアリスは完全に我を忘れていた。
「いやよ! カイン、カインが死ぬなんて、絶対に嫌!」
 はじめは、あまりにもそっくりな登場の仕方に彼の姿を重ねていただけだった。
 でも、今はもう違う。
 彼の心の奥にある闇。それが自分にもおぼろげながらに見えてきていた。それを振り払ってあげたかった。彼の心に光を射してあげたかった。
 それなのに、もう彼の心に光は届かなくなってしまった。
「うそ、うそでしょ、カイン」
 そのまま、エアリスはブルーの胸に顔を埋めた。
 ブルーはさすがに戸惑っていたが、カドワキから鋭い目でにらまれ、仕方なくその背を優しくなでる。
 その横を、すっととおりすぎる緑色の影があった。
 無表情でその死顔を見つめる女性。
「カイン」
 リディアであった。ブルーもスコールも、エアリスの悲痛な叫びに彼女が入ってきたことに気がついていなかった。
「……」
 リディアは近づいて、そっとカインの右手に触れる。
「……」
 ショックを受けているのか、何も話さない。仕方のないことかもしれない、もとの世界からたった二人だけしか、この世界には──
「大丈夫、まだ助かる」
 三人が一斉にリディアを見つめた。
「今、なんて」
「大丈夫です。まだ間に合います。カインを蘇らせることができる可能性があります」
 エアリスよりも過大、過敏に反応したのが、隣の部屋にいたティナであった。向こうの部屋からリディアに飛びついて、その肩をがっしりと掴んだ。
「ほ、本当に」
「大丈夫です。大丈夫ですから」
 リディアは優しくティナの頭をなでる。その目から、ぼろぼろと、ぼろぼろと涙が零れおちた。
「本当に──」
「可能性は、あります」
 リディアはティナをなだめると、ゆっくりと立ち上がった。
「でも、心臓は止まっているのにどうするつもりなんだい?」
 ブルーが冷静に尋ねる。再びティナとエアリスの体が大きく震えるが、リディアは「大丈夫です」と繰り返し言った。
「私がカインさんの魂を取り返してきます」
 スコールは顔をしかめた。
「そんなことができるのか」
「はい。亡くなった状況にもよるのですが、体は完全に治癒されているのであれば、活力さえ与えれば再び精神は戻り、肉体は動きだします。ただ」
 ただ。その次の言葉を一同は待った。
「私では、カインさんの魂には届かないかもしれない。彼を引き戻す、彼の魂に直接触れられる人でなければ」
「魂に、直接」
 エアリスは呟いた。それはまさか、エアリスに少しだけ話してくれた女性のことではないだろうか。
 だとしたら。
「それは、カインさんの故郷でないと」
 エアリスはおずおずと尋ねる。リディアは少し驚いた様子で、頷く。
「そうなんです」
 ローザ。
 彼女なら、きっと彼を連れ戻してくれるに違いない。
 でも、彼女はここにはいない。
「ティナさん、エアリスさん。カインさんの手に触れていてください」
 リディアはそう指示してから、ベッドの隣に膝をついた。
 手で、額の髪を払う。一つ、ゆっくりと呼吸をした。
「そして、彼のことを念じてください。彼に、帰ってきてほしいと願ってください」
 リディアは腹式呼吸を行い、精神を統一する。その間に、エアリスはカインの左手を、ティナはカインの右手を取る。
『χζαεσ……』
 聞き慣れない言葉をリディアは発すると、ゆっくりとカインに近づいた。
「還魂」
 ゆっくりとその唇が触れ合い、リディアの魂もまた幽界へと旅立っていった。
(大丈夫、なのか?)
 スコールは、ただじっとその状況を見つめていた。






30.縛られた身体

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