死ぬのは、嫌だ。
誰も、どうして、俺の前からいなくなっていく。
もう二度と会えない。
過去に、思い出の中にだけ存在する者。
……過去形で、語られる者。
嫌だ。
死にたくない。
誰も、死んでほしくない。
PLUS.30
縛られた身体
people of other days
『スコール? セルフィから連絡があったの。一度こっちに戻ってきてくれる?』
上からの連絡に、了解、と答えると、スコールは一人上に戻った。ブルーとリノアにはその場に残ってもらった。何かあった時に対応できるようにするために。
(俺は無力だ)
こんな時に、何もすることができない。
リーダーという地位。
世界を救ったという実績。
それらは何の役にも立たない。
人の死という、現実の前には。
(……助かってくれ)
自分がこんなにも弱い人間だとは思わなかった。
たった1人の死が、これほどに自分をうちのめすとは。
(そういえば)
サイファーが死んだと聞いた時も、自分は動揺していた。
仲間というわけでもない、好きだったわけでもない、ただの付き合いの長い知り合いにすぎない相手。
そんな相手でも、その死に自分は動揺を覚えた。
(過去系で語られるのは嫌だ)
そう言って、自分は動揺を隠せずに飛び出した。
(……過去系で語るのも、嫌いだ)
それがどんなに気に入らない相手でも。
「よう」
不意に、声がかけられた。
振り返るとつい最近見知った顔がそこにあった。
「レノ」
「何だかしけたつらしてるぞ、と」
そんなにも自分は動揺を隠せていなかっただろうか、と少し反省する。
「ちょっと話があるんだぞ、と」
「今、急いでいるんだが」
「そんなに難しい話じゃない。そろそろおいとまするから、一言知らせておこうと思っただけのことだぞ、と」
スコールは顔中に疑問符を浮かべた。
「……ガーデンを、出る?」
レノは肩をすくめて肯定する。
「何故?」
「そんなに難しいことじゃないぞ、と。俺はリディアの依頼でエアリスを探しに行っただけだ。依頼は達成した。どこへ行こうと俺の自由だ。違うか?」
違わない。
だが、異世界から来た人物は全てガーデンに集めると考えていたスコールには、到底その意見は受け入れられないものであった。
「どこか、行く宛は」
「そんなものはどこにもないぞ、と。ただ、出来の悪い部下が行方不明だから探しに行こうとは思っている」
その話はうかがっている。たしか、イリーナとかいう人物で、カインを追って海に飛び込んだという勇気のある女性、悪くいえば後先考えない無謀な女性のことだ。
「それは」
「もう決めたことだ」
何か言う前に、先に否定されてしまった。
「……分かった」
スコールは不承不承頷く。
正直、それが望ましくないということは分かっている。だが、レノのにやけた笑いの奥に仲間を思いやる気持ちが見えたのだ。
「そういえば、イリーナはカインを気に入っていたな」
レノは苦笑して言った。
「また会いに来るかもしれない」
だが、その言葉がスコールには重くのしかかった。
レノが再会を約束してくれている。それは嬉しい。だが、それ以上にその理由として、レノは冗談で言ったつもりなのだろうが、彼の名前が出てきたということ。それが苦しい。
「ああ、待っている」
力を振り絞って、それだけ答えた。レノは少しだけ不審そうに見返したが、何も言わずに去っていった。
(逃げることも、勇気だと思いますよ?)
この苦しみから逃げることなどできない。
この苦しみを知ってしまったから。
「スコール」
執務室に戻ったスコールをキスティスとシュウが出迎えた。カタリナもやってきていて、いつになく穏やかな笑顔を浮かべている。
「どうした?」
「セルフィが連絡をくれたのよ。一人、見つかったって」
「そうか」
だが、その報にまるで喜色を示さないスコールを見て、キスティスもさすがに顔をしかめた。
「そんなに、ひどかったの?」
スコールは目を伏せた。
「たった今」
それだけで、二人には状況を察することができたようだ。
「だが今、リディアさんが還魂の法、というものを行っている。もしかしたら助かるかもしれない」
「本当に?」
「まだ分からない。儀式は今も続いているからな。状況が変化しだい、ブルーかリノアが連絡をくれるだろう」
スコールは話しながら少しだけ気分を落ちつかせていた。
そう、まだ完全に失われたというわけではない。
リディアはまだ助かると言った。ならば、それを信じて今は待ってみようではないか。
「それで、名前は」
「モニカ姫。私の主人です」
話を戻そうとした時、カタリナが口を割って入ってきた。
「なるほど。ではなおのこと、早く帰ってきてもらわないとな」
こういうリップサービスはスコールにしては珍しい。少しは精神に余裕が出てきたこともあるのだろうが、そう言葉を使っていくことで不安を紛らわせていたのかもしれない。
「それからもう一つ。こちらはトラビアの件」
「何があった?」
「あまりよくない知らせね。鉄道が爆破されて、陸路は完全に使えなくなったわ」
キスティスの言葉に今度こそスコールは言葉を失った。
「どうする? アーヴァインとは未だに連絡もつかないし」
「セルフィが戻ってきたら、その足でトラビアに向かってもらおう。多分、それが一番堅実だ」
「そうね。だけど、一人で行かせるわけには」
たしかに。なにしろセルフィはトラビアの出身だ。激情した時にどうなるか、分かったものではない。目付役というわけではないが、誰か一緒についていく人物が、せめて二人は必要だろう。
「キスティス。もしそうなった時は、リノアと一緒に行ってくれるか?」
「いいわよ。でも、いいの?」
「ああ。キスティスの業務はシュウに変わってもらう」
「そうじゃなくて、リノアのこと」
「ん? ああ」
リノアのことが全く頭から抜けていたことを、スコールは全く不思議に思えていなかった。そのこと自体が不思議に思えた。
(リノア、か)
最近、彼女といることが少し煩わしい。
以前は彼女が自分に見せてくれていた笑顔や言葉がすごくいとおしいと思っていた。だが、今はそうではない。何かと自分を言い聞かせようとする態度が煩わしくて、自分が落ちつかなくなっている。
(俺の安らげる場所は)
スコールは頭を振った。
「かまわない。連れていってくれ」
少しリノアと距離を置く必要があるのかもしれない。傍にいなくなることで、その存在の貴重さが分かるのかもしれない。
「分かった。それじゃあ──」
その時。
長距離通信機の受信ランプが点灯し、シュウが応対に出た。
「こちら、バラム・ガーデン──ヴァルツ!?」
その名前を聞いて、スコールとキスティスはシュウに近づく。
「なに、ちょっと待って。スクリーンに出すから」
シュウがコンソールを操作すると、正面の表示パネルに人の顔が映った。トラビア班の副班長としてアーヴァインに同行したSEEDヴァルツである。
「よく無事で」
シュウが声をかけるが、ヴァルツの表情はやけに暗かった。
『……現状を報告します』
その声も、はっきりと暗く、重かった。
(なに、か)
その様子に既視感を覚えた。
そう、ごく最近に──
『……アーヴァイン班長の指示で、トラビア学生同盟に参加した学生は、全て捕らえました。ただ1人、首班のレッドだけはアーヴァインさんが……』
「……殺したのか?」
だが、頷かない。いったい何があったというのか……。
『……レッドには、異世界の魔王がとりついていました。我々は何とか抵抗したのですが、最後は……アーヴァインさんが……』
震えた。
その先の言葉が、分かったような気がした。
聞きたくはなかった。
過去系で話される言葉など。
『アーヴァインさんが、GFケツァクァトルを……敵の体内で発動』
誰かが唾を飲み込む音がはっきりと聞こえた。
『……二人とも、死体も残りませんでした……』
膝が笑う。
力がぬけて、よろめき、尻餅をつく。
がくがくと、震える。
歯の根が噛み合わず、必死に押さえようと右手で口を押さえる。
(アー……ヴァイン……)
ニヒルな笑顔。
相手をからかうような口調。
少しだけ臆病な心。
大切なもののために戦う態度。
「うそだ……」
思わず口にしていた。
あの男が、自分の見知らぬところで死ぬなどということがあるはずがなかった。
アルティミシアと戦った仲間たち。たった六人で立ち向かった最強の敵。
あの戦いからも生き残ったのに。
こんなところで。
こんな形で。
こんなにも早く死ぬことなど。
「嘘だっ!」
スコールは飛び出していた。
キスティスもシュウも、それを止めることができなかった。止めようとするだけの心の余裕がなくなっていた。
『申し訳ありません』
主のいなくなった執務室に向かって、ヴァルツが連絡を続けた。
『アーヴァインさんではなく、自分が代わりに死んでいたなら』
「ヴァルツ。冗談でもそういうことを言うのはやめて。スコールやキスティスにとってはアーヴァインはかけがえのない仲間だったかもしれないけど、あなたのことをそう思っている人だっているのだから」
ヴァルツは俯いて答える。
『分かってはいるのです。ただ、この世界のためにも、アーヴァインさんが亡くなることは望ましくなかった。アーヴァインさんが生きていてくれたなら、この世界のために行動してくれたでしょうに、自分にはその能力は』
「ヴァルツ!」
シュウは口調を強めた。
「……そちらの状況を、教えてちょうだい」
ヴァルツも気を取り直したのか、厳しい表情で答えた。
『はい。人質は全員解放しました。今はトラビア・ガーデンも平穏を取り戻しつつあります。ただ、鉄道が爆破されてしまって身動きがとれません。こちらまで迎えに来てくださると助かるのですが』
「それは了解したわ。ラグナロクをそちらに行かせるから、それに乗って戻ってきてちょうだい」
『了解しました。それから、紹介したい人がいます』
「紹介?」
『はい。こちらで見つけた、異世界の住人です』
キスティスとシュウは目を見合わせた。
そうしている間にもヴァルツは場所を譲って、紫色の髪をした人物がパネルに現れる。
『ファリスだ。アーヴァインのことは、すまない』
深く頭を下げるファリスに対し、キスティスは「いいえ」と答えた。
「あなたが謝ることじゃないわ」
『違うんだ。あいつ──レッドに取りついていた奴は、俺を狙ってこの世界に来ていたんだ。だから、アーヴァインは俺の身代わりになって、俺を助けて死んでいったんだ。あいつが死んだのは俺のせいなんだ、だから』
「もう、いいから」
シュウは優しくその人物に話しかけた。
「亡くなったアーヴァインのためにも今は、私たちのところに来て?」
ファリスは頷いた。言葉にすることは、あまりにも辛かった。
「すぐにというわけにもいかないけど、できるだけ早くラグナロクを向かわせるわ。詳しい情報は、ファイルで送って」
『了解しました』
ヴァルツが画面に戻って、やり取りをかわして通信が切れた。
「アーヴァインが……」
そうしてようやく、キスティスが声にした。
(ショック、よね)
キスティスたちの話はシュウも聞いている。ずっと子供の頃に一緒に孤児院で育った仲。そして、アルティミシアと戦った頼れる仲間。
それを失ったショックは、自分には分からない。
『シュウ先生はもう少し余裕を持った方がいいんじゃないかな〜』
いつだったか、そんなことを彼から言われた気がする。
ガルバディアの生徒だった彼とは、当然ながらあまり話す機会はなかった。会議とかを除けば、一対一で話したのはあのとき一回だけではなかっただろうか。
『そうかしら。私は普通にしているつもりだけど』
『無理はしてないだろうね。でも、疲れてはいるみたいだ』
『アーヴァイン。仕事の邪魔をするつもり?』
『そう。そのつもり』
そう言って、アーヴァインはシュウの手からファイルを取り上げた。
『ちょっ──』
『キスティに頼まれてね。シュウを引っ張りまわしてやってくれって』
あれは、いつのことだっただろうか。
結局その日、アーヴァインにあちこち引っ張りまわされたのだ。
最初は仕事が気になって仕方なかったが、次第に忘れて遊ぶことに没頭していった。
一日が終わるころには、すっかりリラックスできた自分がいたことに驚いた。
そして、アーヴァインがしっかりと人を見ているのだということを知った。
優しい人だ。
他人のために心をくばることができる人なのだ。
私の中で、アーヴァインとはそういう人だとインプットされた。
でもそれはもう、過去のこととなってしまった。
アーヴァインとは、他人のために心をくばることができる人『だった』。
私の中で、そう定義づけが変わった。
(あれ……?)
不意に、涙が零れた。
(私、どうして……)
シュウは、後からあふれてくる涙を堪えきることができなかった。
苦しい。
どこにも、逃げられない。
重い。
辛い。
風神、雷神。
カイン。
アーヴァイン。
こんなにも短時間に、自分は多くの知己を失ってしまった。
(何故こんなことに)
全ては終わったと思っていたのに。
これからは平和で幸せな時代が来ると思っていたのに。
(俺は)
気がつくと、テラスまで来ていた。
主のいないその場所は、ひどく閑散としていてスコールの心を蝕んでいく。
(安らげる……場所)
今は、そんな気分にはなれない。
ただ辛くて、どうにもならない想いから逃れたくて。
「うぐっ」
強烈な吐き気を催し、テラスから顔を突き出す。
(アーヴァイン)
あの戦いで最も頼りにしていた男だ、といったら不思議がられるだろうか。
弱さと強さをその身に同居させた男。だからこそ、自分にとっては頼りになる、信頼のおける存在であった。
「どうして、こんなことに……っ」
31.微かな綻び
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