私は何を追いかけていたんだろう。
 子供のころからずっと憧れていた男性。
 でも、あの人は私を見てくれることはない。
 私の思いは、どこへ行くのだろう。
 どこか、たどりつくところがあるのだろうか……。












PLUS.31

微かな綻び







vanish into the darkness






「もしも〜し? バラム・ガーデン、応答せよっ!」
 セルフィは通信画面に向かって何度も呼びかけていたが、なかなか受信してくれないので苛立ちを覚えていた。
 1時間たったら連絡しろと言ったのは向こうなのに、何故応答しないのか。もしかしたら何か不測の事態でも起きているのか、それとも単に忘れているだけなのか。
 いずれにしても、セルフィは不機嫌であった。
「も〜、いったいどうなってるのよ!」
 諦めて立ち上がりかけたとき、ようやく、ピピッ、と反応が起こった。
『ごめんなさい、セルフィ』
 シュウの声だ。ようやく応答があったことにセルフィはほっとする。
「どうしたの? 随分応答に時間があったけど」
『ちょっとね。今、スコールがいないんだけど、私とキスティスで話し合った結果を伝えるから、そのように行動してちょうだい』
「いいけど」
 何か、様子がおかしい。
 こんなに歯切れの悪いシュウも珍しい。それに、何か自分に隠しているような、そんな感じがする。
「何かあったの?」
『ええ。セルフィ、あなた、何を聞いても冷静でいられる自信、ある?』
 先に念を押された。
 何か、相当ひどいことが起こっている。
「……ちょっと自信ないかも」
『じゃあ、一度ガーデンに帰ってきてくれるかしら』
「その方がみんなにとっては都合が悪いの?」
 シュウの言い回しから、セルフィはそう判断していた。
 おそらく、ガーデンではラグナロクを有効に使うための方策をいろいろ考えているのだろう。
 できればエスタから直接向かった方が便利な場所に行ってほしいのだ。
 だが、それを行うということは、ガーデンがかかえている秘密を自分に伝えるということになる。
 そのとき、自分は平静ではいられなくなる──?
(何が……あったの?)
 セルフィの顔色が少し変化したところで、シュウは声をかけた。
『できれば事情を説明して、ちょっと回り道をしてきてほしかったんだけど』
「いいよ。大丈夫。何があっても、驚かないとはいえないけど、取り乱したりはしないから」
 言っていて自ら不安になった。
 シュウがそれほどに念を押すことなど、今までに一度もなかった。
『……そう。それじゃ、心して聞いてね』
「あ、ちょっと待って」
 セルフィはこの後かけられる言葉に耐えることがもしかしたらできないのではないかと思い始めた。
 そこで一旦画面から離れるとラグナロクの外まで出た。
「セフィロス」
 銀髪の妖精は振り返ってセルフィに近づく。
「……どうかしたのか」
 セルフィの様子がおかしいことに気づいたのか、セフィロスは心配そうに尋ねてくる。
「うん……どうかしてるみたい。もし、あたしが取り乱したら、取り押さえてくれる?」
 セフィロスは無表情で頷いた。それを見て、再びラグナロクへと入っていく。
 通信席に腰掛けて、ゆっくりと息を吐いた。
「いいよ、シュウ」
 セルフィの左手は、セフィロスの右手をしっかりと握っていた。
『……トラビア・ガーデンで学生たちが叛乱をおこしたの』
「叛乱?」
 信じられない言葉だった。
 自分の知り合いたちに、そんなことをしようだなんて考えている人物がいるとは、夢にも思わなかった。
「どうして?」
『SEED受験資格を求めて、よ』
 これもまたセルフィには受け入れられない事実であった。
 何故バラムにSEEDを集中させているのか。それはガルバディアやトラビアが上層部の命令を無視して独断で行動することを避けるためだ。それを許可してしまうと、最悪の場合1つの戦場でSEED同士が相討つことになるかもしれない。ひいてはそれは、ガーデン同士の結束を鈍らせるかもしれない。
 それくらいのことは、簡単に推測できるのに。だから自分は単身バラムに乗り込んだというのに。
「誰が?」
 そんな馬鹿なことをするのはいったい誰なのだろうか。
『レッド・リューオス。名前に聞き覚えはある?』
「ある、けど」
 直接話したことはない。上昇思考が強く、そのくせさほど実力をもたない人物だったと記憶している。GFのせいか、あまり詳しくは思い出せないが。
「それで、どうなったの?」
『当地に派遣されていたアーヴァイン他、SEEDたちの尽力により、叛乱は淘汰され、人質は無事に解放』
 ならば思ったほど最悪の事態ではない。トラビア、故郷でそのようなことが起こったということで自分の身を案じてくれたということか。
 セルフィがほっと一息ついた。だが、もちろん話はそれで終わりではなかった。
『……セルフィ、まだ話は終わってないわよ』
 だが、先に念を押された。
「……何があったの?」
 そのただごとならぬ様子に、思わず左手に力がこもる。
 シュウは、しばし目を閉じた。そして目を開くと、一語ずつ、ゆっくりと言った。
『アーヴァインが、首班と相討つ形で、死亡』
 セルフィの体が硬直した。
 死亡。
 その言葉だけが、やけに重く響いた。
「……うそ……」
『事実よ』
「うそっ!」
 セルフィは立ち上がった。だが、その手をしっかりとセフィロスに握られていて、それ以上動くことができなかった。
「離して!」
 セフィロスは命令に従わなかった。否、純粋な意味で命令に従っていた。
 先程、取り乱すようなことがあった押さえつけてくれと言われたばかりだ。冷静さを失っているセルフィの言葉をきいたりは、セフィロスはしなかった。
「……セルフィ」
「いやだっ、アーヴィンが、そんな……」
「セルフィ、落ちつけ」
 セフィロスは左手で彼女の左手を捕まえ、背後から行動を束縛した。
 両手首を押さえられる格好になっても、セルフィはなおもセフィロスを振り払おうとしてもがく。
「いやだ、離して!」
「落ちつくんだ」
「落ちついてなんか、いられないよ! なんでアーヴィンが……」
 セルフィは涙をあふれさせた。セフィロスが後ろにいるおかげで、その姿を見られずにすんだ。
「どうして……どうして!」
 優しかったアーヴァイン。
 何かと自分のことを気にかけてくれていた。自分が無鉄砲に飛び出していった時は、必ず影でサポートしてくれた。支えてくれると分かっていたから、怖がらずに前に飛び出すことができた。
 でも、もう。
「いやだっ!」
 強引にセフィロスの縛から逃れようとするが、しっかりと押さえられていてかなわない。
「離して!」
 セフィロスは、セルフィの手を離した。え、とセルフィが何が起きたか分からないでいると、さらに動揺することが起きた。
 セフィロスはそのままセルフィを強引に後ろから抱きしめていた。
 背丈が随分違うこともあって、セルフィの体はすっぽりとセフィロスの腕の中におさまる。
「……そんなに、苦しまないでくれ。君が苦しんでいるのを見るのは、辛い」
 その言葉で、次第にセルフィの体から力が抜けていった。
 そして、嗚咽がもれる。
 必死に泣き叫ぶのを我慢している。
 セフィロスは黙って、その背中を抱きしめていた。
 静かな時間が流れていた。






「……もう、大丈夫」
 しばらくたってから、セルフィがようやく呟いた。
「落ちついたか?」
「うん。迷惑かけて、ごめん」
 まだ顔は見せない。泣いたところを、セフィロスに見られたくはなかったから。
「シュウ?」
『セルフィ、落ちついた?』
「うん。突然いなくなったりして、ごめん」
『仕方のないことだから』
 セルフィは頷いた。
「それで、どうすればいいの?」
『トラビアに向かったアーヴァインの部下たち、それから異世界の住人を迎えにいってほしいの。鉄道が爆破されて、陸路が使えないから』
「了解」
 短く答えて、通信を切った。
 そしてしばらく、俯いたままでいた。
「……ねえ、セフィロス」
 何だ、と返事が戻ってくる。
「なぐさめてくれて、ありがと……でも、少しだけ、一人にしておいてくれる?」
 分かった、と答えてセフィロスは出ていった。
 靴音が聞こえなくなってから、ようやくセルフィは声を上げて泣いた。






「さーて、どうするかな……っと」
 レノは一人、F・Hの駅にいた。
 あてがあるわけではない。気儘な、一人旅。
「ま、たまにはこういうのも悪くないぞ……っとお?」
 語尾が不自然につり上がった。
 目の前に、見知った顔が現れたからだ。
「こんにちは、レノ」
「……エルオーネ?」
 この間、何故か自分のところに酒を飲みに来た女だった。
「何でこんなところにいるんだぞっと」
「一緒に行こうかなと思って」
 耳を疑った。
「何考えてるんだぞっと」
「あ、勘違いしないでね。別にレノのことが気に入ったとかそういうのじゃないから」
 別にそんなことは考えていないぞっと、と心の中で思う。
「ちょっと、距離を置きたくなったから」
「距離?」
 好きな男がどうとか言っていたが、そのことだろうか。
「だから、レノなら紳士的だし強そうだし、危険なこととかあっても守ってもらえそうだし」
「俺は番犬か、っと」
「そんなトコ」
 エルオーネは笑った。
「それで、どこへ行くの?」
「まだついてくることを認めたわけじゃないぞっと」
「別にかまわないでしょ? 一人で旅するより、ずっと楽しいじゃない」
「……スコールの許可は取ってあるのか?」
 だが、エルオーネはぺろっと舌を出した。
「抜け出してきちゃった」
「ガーデンが混乱するぞっと」
「置き手紙はしてきたから、大丈夫」
 頭痛がした。
 こんな女と一緒に行動することは、御免こうむりたかった。
「あ、来たみたい」
 プラットホームに、電車が入ってくる。ガルバディア方面行きのものだ。
「さ、行こ?」
 レノは頭を抱えた。だが、言って聞くような相手ではないことは明らかだった。
「どうなっても知らないぞっと」
 エルオーネを無視するように、先に電車に入っていく。
「あ、待ってよレノ!」
 それを楽しそうに、エルオーネは追いかけていった。






32.還魂の法

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