夢を見ることができるのです。
あなたに傍にさえ、いられるのなら。
『俺は、どこにも行きはしません』
いいえ、あなたは私のところまで来ることはできません。
だから、私があなたのところまで行きます。
『そのような』
ですから、私を連れて逃げてください、ユリアン。
ＰＬＵＳ．３８
禁断の軌跡
they go separate ways
「モニカ？」
はっ、と顔を上げる。中年の伊達男がこちらを覗き込んでいた。
「考え事かい？」
「あ、はい。すみません」
「いや、何も謝ることじゃねえさ」
どっこいしょ、とラグナはその隣に腰かけた。
「それより、悪いな。こっちの都合で知り合いのところにすぐ連れて行けなくて」
「いえ……こうして連れていっていただけるだけでも感謝に耐えませんのに、それ以上を望んでは罰があたります」
「悪いな」
繰り返して謝る。ラグナが謝る筋のことでもないが、とにかく一言でも声をかけておきたかったというのがこの男の本音であろう。
「何を考えてたんだい？」
「え？」
何でもないことだというのに、モニカは顔を赤くしていた。それだけで、この男にとってはほとんど質問の解答を得ていたようなものであった。
「彼氏、かい？」
「え、いえ、あの」
「別に恥ずかしがることはないさ。俺にだって好きな人はいた。うん。人を好きになるってのはいいことさ」
それは自らの体験談だろうか、それとも一般論だろうか。だがいずれにしてもモニカの気持ちを祝福してくれていることには変わりなさそうだ。
「はい。ありがとうございます」
本当に心から感謝しているかのような笑顔を浮かべるので、逆にラグナの方が戸惑ってしまった。
「いや〜ははは、そう素直にこたえられっとな〜」
「あら、申し訳ありません」
「いや謝ることはねえさ」
不思議な人物であった。
元大統領。国王のような立場らしい、ということであったが、少しもそのような格式張ったところがない、どこにでもいるような市井の男性だ。
まじまじと見つめていると、ラグナの方でも照れたように顔をにやけた。
「何だ？」
「いえ、不思議な方だと思いまして」
「偉そうに見えないってか？」
「くすっ。そんなところです」
とても自分の兄と比べると、偉そうだとか凄そうだとかいうものを全く感じられない。
だが、何故だろう。
兄と違って、この人物の方がはるかに惹きつけられる──惹きよせられる。
「地位なんてのは方便だったのさ」
「方便？」
「ま、いろいろとやんなきゃなんねえことがあったからよ。なっといた方が便利だっただけさ」
モニカは目を丸くした。
「……は？」
「だから、成り行きだよ。俺が大統領なんてもんになったのはな」
「それにしては、随分と信頼されていたようですけど」
「ん〜？ どうしてだろうな？」
（この人は）
モニカは信じられないものを見ていた。もしくは彼女にとって予想もつかないものを目の当たりにしていた。
（真の、王者……）
兄ミカエルですらとうとうかなわなかった、存在。
生まれながらにして人を惹きよせる能力を身につけている人物。
ぞくり、と体が震えた。
（私は……）
もしかすると今、自分はとんでもない化け物と会話を交わしているのではないだろうか。
全く害意のない、最大級の化け物と。
「ま、あんたのいい人が無事であることを祈るよ」
本人は全くといっていいほど無害な人物なのだが。
「はい。ありがとうございます」
ユリアン。
モニカは右手を胸の前で握りしめた。
（早く……早く、会いたい……）
「セルフィにはトラビアへ向かうように言ったんだな？」
戻るなり、報告を受け取ってスコールは素早く頭を巡らせる。
「余計なことだった？」
「いや、トラビア叛乱がおさまった今なら問題は何もないだろう。それでいい。ゼルの方はどうなっている？」
「ユリアンという異世界の少年を連れてこっちに向かう旨の連絡を受信しているわ。１６：００にもう１度連絡を取る予定だけど」
「サイファーは？」
「同行者としては数えられていなかったみたいだけど」
「シュウ。明朝にバラムへ戻る旨の連絡を、１８：００に行ってくれ」
「バラムに？」
「ガルバディアからならバラムの方が近い。ゼルにはそのように伝えてくれ。それからセルフィにもだ」
「了解」
「ちょっと、スコール」
また、キスティスが眉間に皺をよせて近寄ってきた。
「今度はなんだ？」
「……ふう」
キスティスはため息をつくと、意外な行動に出た。
なんと、スコールの耳を引っ張り上げたのだ。これにはシュウも、そしてその場に残っていたブルーも目を丸くした。
「ちょっと来なさい」
「キスティス」
「いいから」
そのままキスティスはスコールを引っ張って廊下まで出ていった。
「何の真似だ」
「それはこっちの台詞よ」
キスティスは強気であった。
このところ、このスコールをサポートする役割をそつなくこなしていた彼女であったが、彼女にも限界が来ていた。
「何故１人で勝手に決めるの？」
「何故？」
「私たちに何の相談もなしに。いいえ、私やシュウじゃなくてもいい。リノアや他のみんなに、一言でも相談をしたの？」
「いいや」
キスティスはかっとなった。が、かろうじて自制した。
「スコール。あなたにとって、私は何なの？」
「どういう意味だ？」
「私はあなたの仲間？ それとも部下？」
「仲間だ。それ以外に何がある」
「じゃあ仲間らしいことを、少しでもしてくれたらどう？」
スコールは髪をかきあげてため息をついた。
（何で俺がこんなことを言われなければならないんだ？）
リノアは言った。スコールのためにその命令には従うと。
（……言ってることが違うじゃないか）
だがそれをキスティスに言うつもりはない。リノアにはリノアの考えがあり、キスティスにはキスティスの考えがある。そんなことは分かっているのだから。
「スコール……もう１つだけ聞くわ」
「ああ」
「私たちはスコールが少しでも楽になるように、あなたのために必死になっているわ。でも、あなたは私たちのことを少しでも考えてくれているの？」
２人の思考は完全に食い違っていた。そのことに２人とも気づいてはいなかった。
キスティスは、自分がスコールのために動くかわりに、スコールからも仲間として思われていたいという気持ちがある。
だがスコールには、そもそも仲間を作ろうという意識がない。回りから勝手に思われ、勝手に仲間意識を植えつけられた。仕方なしに仲間として考えようとはしていたが、実質的には言葉通りの態度をしめしていたとは言えないだろう。
「ああ」
だからスコールは素直に頷いた。仲間として思おうと努力している。それだけで十分なのだろうと無意識で考えていたから。
「……信じていいのね」
それをキスティスは誤解した。やむをえないといえばそうなのだが、信じようとしてもそれは土台無理であっただろう。既に現れた不信感を打ち消すことは、どちらかの意識が変化しないかぎりは不可能であった。
「では約束して。どんなことでも１人では決めない、必ず誰かと相談すると」
「何故だ？」
「だって、仲間でしょう？」
（仲間だと、何でも話さなければ駄目なのか？）
だいたい、この先ガーデンがどう行動するかというのは、リーダーとして任命された自分が考えることだ。それを誰かに任せるということは任務放棄になるではないか。
そのような考え方をしているからこそ、２人の間の溝は深まるばかりであったのだ。
「……考えておく」
「約束よ」
スコールは答えず、執務室に戻った。
キスティスはわなわなと震えて、床を蹴り付けた。
レノは不機嫌であった。
無理もない。気儘な一人旅だと思っていたのが、何の前触れもなくこの女によってそれを阻害されたのだ。
「ねえねえ、レノ。あれ買ってあれ♪」
頭痛がした。
エルオーネが指をさしたのは冷凍ミカンであった。
（こんなものが売っているとは思ってもみなかったぞ、と）
故郷で一度だけ見た冷凍ミカンが、途中の駅で売っていたのだ。
「俺もあまり持ち合わせがないぞ、と」
「え〜、だってだって、旅の醍醐味はやっぱり冷凍ミカンでしょう？」
（初めて聞く話だぞ、と）
レノは頭を押さえながらポケットから小銭を取り出してエルオーネに手渡した。
「ありがと、レノ」
小走りに、エルオーネはそれを買いにいく。
「俺も甘いぞ、と……」
甘いどころか、大甘の極致であっただろう。
それにしても、この女の考えが分からない。
深く考えているようでもあり、何も考えていないようでもある。
いったい何故自分についてくるなどと言ったのか。
（…………）
思いなおして苦笑する。
初めに言ったではないか。少し距離を置きたい、と。だから何かを目的として行動しているわけではない。ただ好きなようにしているだけなのだ。
（ものすごくたちが悪いぞ、と）
冷や汗が出た。仕方あるまい。
はたしてエルオーネはいったいいつまで自分についてくるつもりなのか。
だいたいにして、自分はこれからどうするつもりなのか。
（なかなか、困ったことになったぞ、と）
思いながらレノは次の列車の発車時刻を確認した。
ドール方面、深夜特急。２０：３０発。
（まだ３時間はあるぞ……と）
その間どうするべきか。
「レノ〜♪」
考えているとエルオーネが小走りでまた戻ってきた。
「買ってきたよ。一緒に食べよう」
レノはひきつった笑いを浮かべて、やむをえず頷いた。
「準備はできたか？」
ゼルは異世界の住人であるユリアンのもとへとやってきていた。一時の混乱がおさまり、二人の埋葬も済み、一息ついたところである。
「うん。よろしく頼むよ」
ユリアンはゼルからの話を聞いて、バラム・ガーデンへ行くことを了承していた。
そこにいけば異世界からの人間が集まってくるという。それならば、モニカ姫も来ることになるかもしれない。まだ姫は現れていないようだが、この先現れる可能性は非常に高い。
「ところで、サイファーは」
ゼルは眉をしかめて言葉を詰まらせた。
「まだ墓の前にいるぜ」
「先に一言挨拶してきてもいいかな」
「ああ。好きにしろよ」
ゼルが言うと、ユリアンは礼をして立ち去った。
この世界で初めての友人に、別れを告げるために。
（ここか）
サイファーは二人の墓の前で呆然としてただ座っていた。
彼が何を考えているのか、ユリアンには分からない。彼と二人との関係がどれほど緊密なものだったのかも、出会って数日の自分には全く分からない。
ただ、彼にとって、二人が何よりもかけがえのない大切なものだということだけは分かる。
（自分にとって……）
もしも自分がモニカ姫を失ったならこうなるだろうか。
「サイファー」
だが、彼は反応しない。
じっと二人の墓を見つめている。
「サイファー」
ユリアンは彼の肩に手を置いた。
「ああ、何だ？」
声だけはいつもどおりだ。だが、その心境がいつもどおりであるはずがない。
「もうすぐ出発なんだ」
「そうか」
「サイファーは行かないのか？」
答えは先程も聞いている。だがあえてユリアンは尋ねた。
知らない人間たちの間に飛び込んでいくことが少し怖かったのかもしれない。
「行かねえ。行く理由もねえしな」
「……じゃあ、ここでお別れだな」
「ああ」
淡々としたやり取り。今まで一緒に旅してきたことも、会話したことも、何も彼もなかったかのような。
「……サイファー」
「ユリアン」
話しかけたが遮られる。
「いや、何でもない」
だが、彼は何も言わなかった。
ユリアンはいろいろと話したいことも聞きたいこともあった。だが、これでよかったのかもしれない。自分などが何を聞く資格もないのならば。
「いろいろと、ありがとう」
「気にするな」
「忘れないよ」
「好きにしろ」
短いやりとり。サイファーは自分のことを見てくれているのだろうか、それともどうでもいいと思っているのだろうか。
ユリアンは深く頭を下げると、ゆっくりと離れた。
（またいつか、会える日もあるだろう）
話をするのはその時になってからでも遅くはない。
だから今は、しばしの別れを。
３９．決意と逡巡
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