詩人よ、歌え。物語の第二幕を。












PLUS.39

決意と逡巡







whole truth






 高速飛空挺ラグナロクはようやくトラビアにたどりついていた。
 久しぶりの故郷は、しかし彼女に懐古させることはできなかった。それ以上の感情が今もなお彼女を取り巻いて離さなかったからだ。
「セルフィ」
 銀髪の妖精が小さな声で話しかける。
「ガーデンの代表として、お前が行かなければならないのだろう?」
 操縦席に座ったままで、彼女は頷く。
 だが、行くことが躊躇われた。この先にアーヴァインがいる。ただし、死体となって。それを見ることに耐えられるだろうか。自分は取り乱したりしないだろうか。
「……セフィロス」
「なんだ」
「ずっと、傍にいてくれる?」
 自分は誰かに縋らなければ生きられないような、弱い人間だっただろうか?
 セルフィは思う。だが、今は頼りたかった。目の前の青年に。
「怖いの。仲間が亡くなったっていうことが。またあたし、取り乱すかもしれないから」
「もちろんだ」
 セフィロスは素直に従う。目が覚めた時から、彼は彼女の忠実な部下、あるいは従者であった。セルフィにはその意識がないとしても、彼は少なからずそのような意識があった。そしてそれを悪いことだとは思っていなかった。
 自分を助けてくれた相手に、恩返しがしたい。そう考えていたのだ。
「行こう」
 セルフィは頷いて、立ち上がった。決意に満ちた瞳は、しかし春のそよ風にすら吹き飛ばされそうな、もろく弱いものであった。






 キロス、ウォードはモニカと共にラグナロクに残った。もはや叛乱は鎮圧されているとはいえ、まだ完全に治安が回復されているわけではない。モニカに万一のことがあってはならない。そこでモニカと護衛役としてキロス、ウォードが残ったのだ。
 ラグナはセルフィと合流した時、かすかに顔をくすませてからその頭を軽く撫でた。そして微笑む。その行動に彼女は涙しそうになったが、堪えた。
「よ〜し、それじゃ行くよ」
 彼女はラグナとセフィロスを伴ってトラビア・ガーデンに乗り込んだ。
 万一のことも考慮し、慎重にガーデン内を進んでいく。途中、顔見知りに会うが声をかけることは避けた。現在のバラムとトラビアの関係を悪化させることになりかねないからだ。
「お待ちしておりました」
 ガーデンの中心地までやってきたところで、アーヴァイン隊の副長だったヴァルツが彼女たちを出迎えた。
「状況は?」
 現在のところ、トラビアはほとんど火が消えたかのような静けさを保っていること、学生同盟の参加者は拘禁して一人ずつ別室に捕らえてあること、彼らに対する事情聴取はほぼ終えていること。そして──
「アーヴァインは?」
「アーヴァインさんは、その……」
 ヴァルツは言葉を濁した。彼らがアルティミシア戦を共に戦った仲間であることを慮ったのだろう。
「話はある程度聞いてるから大丈夫。死体はどこに保管されてるの?」
「……ないんです」
 セルフィは顔をしかめた。
「ないって、どういうこと?」
「……アーヴァインさんは、GFケツァクァトルを敵体内で発動」
 セルフィの二つの拳が強く握りしめられ、がくがくと震える。
「頭部のみ残っておりましたが、完全に焦げついていて面影はどこにも……」
「埋葬してあげて、手厚く」
「了解しました」
 自ら確認するべきであった。アーヴァインの死を、自分の目で。だが、できなかった。それを見たなら自分は必ず取り乱すと思ったから。
「セルフィ」
 セフィロスが近寄って、その肩に手を置く。その震えが見た目以上に激しく、彼の体にまで伝わってきた。
(大切な相手だったのだな)
 セルフィの心情を察するに、相当の痛手だったに違いない。あの明るい少女はもはやどこにもない。悲しみにうちひしがれながらも、その責任を果たそうとして歯をくいしばっている。
「では、異世界の人は」
 震える声でセルフィはそれだけを言った。
「ご案内します。こちらへ」
 ヴァルツが振り向いて歩きだす。そしてセルフィも後を追おうとした。が、セルフィの足は前に進まなかった。体が震えて、動けなかったのだ。
「ちょっと待ってくれ」
 セフィロスが声をかけた。
「何でしょう」
「セルフィは動揺しているようだ。少し休んでからにしてほしい」
「分かりました」
 ヴァルツは見ず知らずの青年に言われたことでも全く気にせず、その旨を了承した。
「この先に客室があります。そこでしばらく休んでいてください。一時間後にもう一度うかがいます」
 そう言い残して、先に行ってしまった。おそらく気を使ってくれたのだろう。
「セフィロス」
 セルフィの目端には既に涙が浮かんでいた。
「セルフィ、大丈夫か」
「あたし、歩けない」
 見ると、両足までがくがくと震えだし、本当に立っていることがやっと、という様子であった。
「失礼」
 セフィロスは彼女を抱き上げ、客室へと向かった。
「セフィロス……」
「今は何も考えるな。難しいことは後で考えればいい。だから今は」
「うん……うん……」
 セルフィはセフィロスにしがみついて、嗚咽を漏らした。
(アーヴィン……アーヴィン……アーヴィン……)






 その様子を見て、足を止めたのはラグナであった。
(……辛いよなあ……)
 ラグナはセルフィをセフィロスに任せて、一人ガーデンの中へと出向いた。
 彼女の傍にいて力づけるのは彼で十分だろう。
 今は自分にもできることをしておかなければならない。その街を直接見ておくことは有用だろう。それは彼の信念でもある。
 街を見ろ。全ての矛盾は現場にある。
 何度そう言いつづけてきたことか。そしてどれだけ実践してきたことか。
「それにしても」
 街はひどい有り様であった。
 ガルバディアからのミサイル砲撃を受けて一度崩壊した後、かなり復興が進んでいると聞いていたが、それもあまり信用のおける情報ではなかったようだ。
 至る所に瓦礫の山が積まれている。叛乱は街の復興にも崩壊にもベクトルを与えなかったようだが、復興が遅れたことには違いないだろう。
 そして長引く復興活動に嫌気がさしたのか、ガーデン自体に人数が減っているようだ。おそらくはそうした現象も手伝って、今回の仕儀となったのだろう。
(エスタから資材持ってこさせるか。いや、無理か、エスタも復興中だからなあ。バラムの方から人材も資材も出てるはずなのにな。それでも現地に人がいなきゃ無理ってことか)
 もしかすると今回の事件でトラビアへの援助が打ち切られるかもしれない。まさかスコールがそうするとは思えないが、ガーデン間に上下関係がある以上、今後トラビアの地位が下がることはあっても上がることはありえないだろう。
(ふむ)
 ラグナはこの街を見て、思った。
 この街はどうにかしなければならない、と。






 一時間後。セルフィはセフィロスと共に、異世界の青年と対面した。
「ファリスだ。アーヴァインのことは、すまなかった」
 深く頭を垂れる。レッドに取りついた存在が、ファリスを狙ったものだという話は聞いている。アーヴァインを殺した者ではないにせよ、そのきっかけとなったことには違いない。死神とは言われずとも、疫病神くらいには思われても仕方がなかった。
「アーヴァインは自分の役目を果たしただけです。お気になさらず」
 セルフィにはファリスを恨む気持ちがなかったわけではない。ただ戸惑っていた。恨むことが筋違いだということも理解しているが、きっかけとなっていることには違いないのだ。
「俺は……」
 ファリスは拳を握りしめて目線を逸らした。
「俺のせいで仲間を死なせたくなかった。俺は絶対にあいつを許さない」
 セルフィとヴァルツが、不可思議な表情を浮かべた。
「エクスデス、あいつはまだ生きている」
「そんな」
「まさか」
 二人が同時に声をあげる。
「必ず生きている。あいつは精神体なんだ。前はレッドの体に入り込んでいた。また誰かの体に入り込むに決まっている」
「じゃあ……」
 アーヴァインの死は、いったい何だったの?
「俺はあいつに助けてもらった命を無駄にしたりはしない!」
 考えを見透かされたかのようにファリスの言葉が続き、セルフィの体が跳ねた。
「絶対に殺す。今度こそ殺す。エクスデスは生かしておかない。何があっても消滅させる。だから、俺を連れていってくれ」
 セルフィは頷いた。
「協力してくれますか」
「当たり前だ。アーヴァインの仇は必ず取る」
「分かった」
 セルフィは右手を差し出した。
「これから、よろしく」
「ああ、こちらこそ」
 この青年の真っ直ぐな心情が、セルフィのわだかまりを完全に解いていた。
 アーヴァインを失って悔いているのが自分だけではないということが分かったからかもしれない。






 舞台は再び、バラム・ガーデンへ。
 出発の全ての準備が整い、明朝の出発を待つばかりとなった。
「エルオーネが?」
 リノアが持ってきた一枚の手紙を、キスティスとシュウは驚愕とともに読み、読んでからため息をついた。
「……これはスコールに言うのがためらわれるわね」
 キスティスの言葉に二人とも同意する。
「どうする?」
「どうするもこうするも、いつまでも隠しておけるものではないわ。でも、そうね。明日出発してからの方がいいかもしれない。さもないとあのシスコン、追いかけるって言いだしかねないわ」
 シスコン。その言葉を聞いてシュウもリノアも吹き出していた。
「スコールならやりかねないわね」
「そう。だから、出発してからなら問題ないでしょう」
 だが、彼女たちはもう少し声を潜めて話し合うべきだった。
 執務室の外に、スコールがいることを知らなかったのだ。
(エル姉ちゃんが)
 レノと一緒に、ガーデンを出た。
 何故?
(エル姉ちゃんも、俺を置いていくのか)
 スコールは足音を立てないようにして、その場を立ち去った。
(どうする?)
 スコールが悩んでいるのは、エルオーネを追うかどうかという問題ではなかった。
 ガーデンを立ち去るかどうか、そういう問題であった。
(辛いな)
 このまま指揮を取り続けることが。
『仲間として』
『みんなスコールのことが』
『リーダーなら』
(……辛い、な)
 そう期待されることが。
 仲間として期待されることも、リーダーとして期待されることも、自分には重い。
『未来なんか欲しくない。今が……ずっと続いていて欲しい』
(そんなこともあったよな)
 もしも自分がリノアから離れたら、リノアは自分をどう思うだろうか。キスティスは。ゼルは。セルフィは。
 ……アーヴァインは。
『逃げることも、勇気だと思いますよ。でも、後悔しないように……』
 このままここに留まること。
 全てを捨てて逃げだすこと。
(どうする?)
 時間は、今夜いっぱい。
 それを過ぎたらもう、引き返すことはできなくなる。
(……どうする?)






40.分岐点

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