お前の資質はよく知っているつもりだ。
誰もがお前のことならば信頼できた。そう、信頼されることこそリーダーにとって最大の資質。
俺には、ない。
俺にあるのは、裏切り者という過去の汚名と、今も胸の奥に潜む嫉妬と絶望。
そんな人間が信頼されるはずがない。
誰も、俺を信頼しない。
だが、それでいい。
俺は、俺の望むまま、役割を果たすことができればそれでいい。
PLUS.41
責任ある立場
the leader
「カイン、話がある」
保健室に横たわっていた彼のもとに尋ねてきた人物はブルーであった。
「どうした」
「重大な話だ」
「ほう」
今ここにいたのはエアリスであった。昨夜はティナ、今朝はエアリスと、どちらかが常に自分の傍にいる。自分が信用ならないのか、それともただ単に心配なだけなのか。
「エアリスがいてはできない話か?」
「できなくはないが、できれば」
目配せすると、エアリスは保健室を出ていった。
「好かれているようだな」
「そのようだな」
「気のない返事だ」
ブルーが言うが、カインは肩を竦めるだけで何も言わなかった。
エアリスが自分に好意をもっていることはとうに告げられている。
だが、カインにはエアリスの気持ちにこたえることはできない。自分の心はもう、かなわない想いに捧げてしまっている。
「それで?」
気をきりかえて尋ねた。
「スコールがいなくなった」
「ほう」
目が覚めてからはまだ彼とは会っていなかった。いったい何があったのか、カインには今一つ理解できなかった。
「それは、このガーデンから出ていったということか?」
「そうだ。逃亡だ」
逃亡とはまた面白い表現をする。つまり、職務放棄ということか。
年若いリーダーのことを思い浮かべる。彼はたしかにリーダーという地位に相応しいようには思えなかった。それは職務をおろそかにするとかそういう意味ではない。ましてや信頼がないとかいうわけでもない。
彼は、リーダーという地位を望んでいなかった。そうカインには感じられた。
自然にリーダーという地位にいたセシルとは明らかに違っていた。
「なるほど、それで?」
要するに、今後のことを話し合うために来たということなのだろう。
自分とブルー、ジェラール、ティナ、エアリス、リディア、カタリナ。自分たちがこれからどうすればいいのか。それを考えなければならない。
「そこで、君に僕たちのリーダーを頼みたい」
カインは目を細めた。
「俺が?」
リーダー?
ブルーの突拍子もない提案にまず驚き、次に苦笑した。
この自分が、リーダー。
およそ、自分ほどリーダーという地位から遠い存在もないだろうに、ブルーもとんでもない人選をしたものだと思う。
「本気か」
「もちろんだ。8人の代表者と3人の変革者。君が戦ったリッチとやらが言った、この世界を救う者たちだ。そのリーダーとなってほしい。多分、君が適任だ」
冗談ではない、とカインは首を振った。
自分のような罪深い人間に、平気で仲間を裏切るような人間に、そんな大それたことができるはずがない。
「悪いが、俺には無理だ」
「ジェラールは君と仲がいい。エアリスもティナも君に惚れている。リディアは君と同郷だろう。現在のところ、僕たち6人の中では君が中心にいる」
とんでもない、とカインは思うがブルーに逃がすつもりはないようだった。
「お前はどうなんだ?」
「僕?」
カインは挑発するように言う。
「そうだ。お前は言葉ほどに俺のことを信用していないだろう」
今度は挑発的に微笑むのはブルーの番であった。
「僕に命令するのが怖いのかい?」
この青年は滅多に微笑まないが、美形なだけに、その微笑みは見る者を魅了する。
「僕は誰がリーダーだろうとかまわないよ。だいたい、僕はリーダーなんていう柄じゃない。誰かの参謀の方があっているのさ。魔法使いっていうのはそもそも、そういう役割じゃないか」
「竜騎士がリーダーであるという話は聞いたことがないが」
「じゃあこれが最初の例になるということでかまわないじゃないか」
彼にしては随分と押しが強い。どうあっても自分にリーダーを押しつけたいらしい。
「スコールがいなくなった途端、乗り換えるわけか」
「人聞きが悪いな。だいたい、最初からスコールに頼むつもりはなかった」
「そうだったのか?」
「彼は代表者ではなかった。その意味では君にも同じことが言える。だから困っていた」
「なるほど、理にかなっているな。俺が変革者などというものだと判明したからリーダー役を頼むことにしたということか……」
自分が、リーダーとなる。
その様子を考えて、思わず笑いがこみあげてきた。
この俺が。
誰よりも信用ならない男が、リーダーとなる。
(セシル。お前はいったい、どういう気持ちでみんなを率いていた……?)
セシルには不思議と引き寄せられる何かがあった。
ローザも、リディアも、エッジも、みんなが彼を信頼していた。
そして無論、この自分も。
(俺にはセシルのようなことはできない)
はっきりとそれが分かる。
だが、リーダーはすなわちセシルでなければならないというわけでないことも分かる。
それにしても。まさか、この自分が。
『幸せに……』
(幸せ、か)
幸せとはいったいなんだろうか。
自分の幸せは、例え奪ってでもローザと共にいることだと思っていた。
そして、それ以外の幸せなど全く思い浮かばない。
だが。
ローザが望むのなら。
ローザが自分に幸せを望むのなら。
自分はそのとおりに、努力してもいいのかもしれない。
(幸せになる努力……)
今まで自分は運命から逃げ続けてきた。
現実から目を背け、課せられる運命の重さから逃げ続けてきた。
そろそろ、正面から立ち向かってもいいころなのかもしれない。
リーダーとなって、自分の罪を償う。
そして、それを務めあげることができたならば。
(お前のところに帰ってもいいだろうか、セシル)
そう、自分が罪を償うことができれば、胸を張って二人の元に帰ることができる。
そのためにも、この大任はしっかりと果たさなければならない。
「引き受けてくれるだろうか」
考えがまとまったところでブルーが尋ねてきた。どうやら自分が考えている間、ずっと待っていてくれたようだ。
「仮、ということでなら引き受けよう」
「仮?」
ブルーは表情には出さなかったが、明らかに不審な様子を示した。
「例えば、お前は目が見えなくなった時にリーダー役を進められて引き受けることができるか?」
「目が見えない?」
腰を浮かしかけたブルーを慌てて手で制する。
「すまない。例えばの話だ。だが、今の俺はまさにそういう状態だ」
「昨日のことが原因か?」
「ああ。体の調子がよくない。というよりは、竜騎士の体ではなくなってしまった。これを元に戻さない限り、俺には竜騎士である資格はおろか、戦士である資格すらない。無論リーダーなど務めあげることなどできない。自信のない人間がそんな責任の重いことはできないからな」
偽らざる本心であった。そして、一時の動揺が過ぎ去った時、カインは前向きに考えることにした。
もう一度、竜騎士の体を取り戻せばいい。忘れただけなら、思い出すことだってできるはずだ、と。
だがブルーはそのようなことにはこだわらなかった。カインがリーダーを引き受ける。それで彼にとっては充分だったのだ。
「いいだろう。どのみち、取りまとめるという役以外には他にやることも今のところないだろう。だから、まずはバラムに着いてから得られる新しい仲間との折衝を頼む。もちろん、僕や他のメンバーがサポートする」
「助かる。身にあまる責任だが、果たすように努力しよう」
「君ならそう言ってくれると思っていた。最悪の場合は僕がやらなければならないと思っていたのだけれど、僕にも他にいろいろやることがあるから」
他に?
だが、カインは聞き返さなかった。ブルーの最後の言葉が自分に向けられたものではないということが分かったからだ。
(それぞれに、それぞれの悩みがある、というところかな)
スコールはガーデンを去った。自分は竜騎士としての力を失った。
皆がそれぞれに悩んでいる。自分だけが生きることを苦痛に思っているとは思わない方がいいだろう。
(リーダーとしては)
ブルーの悩みを聞いてやるべきなのか。
(セシルならどうしたかな)
そう考えるとすぐに答は出た。カインは意を決してその口を開いた。
「よければ、その内容を教えてもらえないか」
ブルーはわずかにその顔を歪ませた。
「これは僕の問題だから」
「とはいっても、お前が突然個人プレーに走るとしたら、こちらもお前を信じて行動することができなくなる。お前が何を悩み、何をしようとしているのか、それは教えてもらわないと困る。特に、お前が俺をリーダーだと思っているのなら、なおさらだ」
「ふむ」
ブルーが悩んだのはわずかな時間であった。どのみち、リノアやレノは──二人とも既にこのガーデンにはいないが──知っているのだ。誰に知られていても問題があるわけではない。最終的には自分とルージュ、二人の問題なのだから。
「いいだろう。簡単にだが説明する」
そしてブルーは語った。自分とルージュの関係。そして、いつしか行われるであろう、決着。
「了解した」
「本当に?」
「ああ。お前の中ではそのルージュとの決着をつけることが、世界を救うことと等しいかそれよりも重いものなのだろう」
ブルーは頭をかいた。
「なるほど、本当に理解しているようだ」
「決着をつけたいというのならば、そうすればいい。止めることは俺にはできない。だが、約束しろ」
「何だ?」
「勝て。必ずだ」
今度こそ、表情を変化させた。
「君、意外に話の分かる奴だったんだな」
「誰も、一度話してみなければその本質は分からないものだ。俺もお前のことは最初、嫌っていたよ」
「僕もだ」
「なかなか気が合うな」
二人は苦笑をもらした。
セシルとは違って、信義や感情ではなく、理屈で仲間と思える相手だった。
だがおそらくは、かなり似た感情を底に秘めているのだろう。
それは、罪の意識か。
ガーデンにスコールがいないという事実を知っているのは、キスティスにシュウ、ニーダと、カイン、ブルー。この5人だけであった。
「いつまでも秘密にしておけるものでもないが」
カインはリーダー代理に尋ねるが、シュウは首を振った。
「私たちは信じているの。スコールが帰ってきてくれることを」
「そのときにスコールの居場所がなくなっていると困る、ということか?」
「そう。だからこのことは他には漏らさないでほしいの」
「難しいかもしれないな」
特に自分たち異世界の人間にしてみると、スコールという人物の重要性は非常に高かった。自分よりもはるかに年若かったが、彼がここをまとめていると分かっていたからこそ、信じてみる気にもなれたのだ。
「エアリスやリディアはともかく、ティナにはどうかな。スコールとの付き合いを重くみていたところがある」
「そうね、たしかに」
「レノとエルオーネがいなくなったと言っていたな」
「ええ」
「だとすると、後はカタリナにジェラールだが」
「5人にも話しておいた方がいいだろうな。できれば」
カインの後をブルーが続けた。
このガーデンを中心に行動することに決めたのは、スコールという人物が信頼できることがその大きな理由であった。
他の人間にしてもそうに違いない。まあ、カタリナはここにいる方が都合がよいということであったが。
『緊急事態です! シュウさん、聞こえますか、緊急事態です!』
突然、執務室内に連絡が入った。放送を担当しているシュウが急いでマイクに飛びつく。
「どうしたの?」
『巨大な未確認飛行物体がこちらへ近づいています。まっすぐ、こちらにです!』
シュウはキスティスと目を見合わせた。
「この間のヤツ?」
ブルーは目を細めた。
『ち、違います。とにかく肉眼で見えるはずですから、確認してください!』
キスティスが慌てて窓に飛びつく。カインとブルーも同様に窓に近づいた。
「あれは」
キスティスはそれを見て、目を丸くした。
「あれは、まさか」
かつて、GFの秘密を知るために、GFを研究し、人工的に作られたという、バラム・ガーデンの中でも限られた人間にしか知らされていないガーディアンフォース──
「エデン……」
42.放たれた嚆矢
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