戦い──
 今の俺には、戦いに参加することはできない。
 槍を握り、振るうことはできる。
 だが、それだけでは竜騎士ではない。
 風を感じ、風をとらえ、天高く舞い上がり、上空から槍を突き刺す。
 それができないとなると。
 もう、戦士としての俺には何も価値がない。












PLUS.42

放たれた嚆矢







the third battle






「エデン? 本当に?」
 シュウの問いにキスティスは頷く。
「人工のガーディアンフォース……何故こんなところに」
 だがカインとブルーにはそれがいったい何を意味するのかは分からない。
「戦いになるのか?」
「それもまだ不明ね。でも、このままだとそうなるかも」
「戦士を集めよう」
 カインがいい、ブルーが頷いた。
「異世界の人物は執務室へ集合。それからガーデン全体に戦闘体勢を取るように連絡してくれないか」
 カインの要望にキスティスが頷き、シュウが放送をかける。
『連絡します。これよりガーデンは第一種戦闘体勢に入ります。生徒は所定の指示にしたがって、それぞれの役割を果たすように。それから、ジェラール、リディア、エアリス、ティナ、カタリナの5人は至急執務室へ』
 その、瞬間であった。
「この感じは」
 ブルーに異変があった。
「どうした、ブルー」
 今までに見たこともない真剣な表情でカインを見つめかえしてきた。
「あいつだ」
 それだけでカインには何を言わんとしているかが分かった。
「ルージュが、近づいている」
「こんなときに」
 カインは口惜しげに言うが、ブルーは首を振る。
「いや、きっと狙っていたんだ。このガーデンが危険にさらされる時を狙って」
「では、あのエデンは」
「間違いなく、このガーデンの敵だろう。ルージュが操っているのか、それともルージュがあれに乗じたものかは分からないが」
「どうする?」
 迷いはなかった。彼にとって、最優先事項は決まっているのだから。
「すまないが」
「いや、理解した」
 カインは頷いて、手を差し出す。
「必ず生き残れ」
「分かった。約束しよう」
 握手を交わすと、ブルーは一人執務室を逆に出ていった。それと入れ代わりに、エアリスが飛び込んでくる。
「カイン! こんなところに」
「エアリス」
 誰よりも早くその胸に飛び込み、涙目でうったえる。
「まだ体だって元に戻ってないんでしょう?」
「動くだけなら問題はない。それよりも、まずい状況になった」
 ティナ、カタリナとやってきて『最後に』リディアがやってきた。
「何なの、あれは」
 リディアはやってくるなり窓にへばりついた。
「私が見たこともない召還獣。あれはいったい何?」
「説明するが、ジェラールがまだ来ないな」
「でもカイン、時間がないわよ。エデンは近づいてきているわ」
「ああ。仕方ないな、緊急会議を始める」
 新しくやってきた4人には、この場を指揮しているのがカインであるようなのを見て不思議そうな表情を浮かべた。カインはキスティスに目配せして、頷く。
「いろいろと話さなければならないことがある。だが今は時間がないから手短に行い、詳しい説明も質問も全て事後とすることを、まずは了承しておいてほしい」
 一同は頷いた。
「まず、リーダーのスコールだがある事情により現在このガーデンをリノアと共に降りている。これはガーデン側の事情によるものなので、詳しい理由を全員に伝えることはできない」
 キスティスとシュウは目を見合わせた。カインはスコールをかばおうとしている。
「この件については公表した時にガーデンが動揺すると思われるので極秘とする。なお、その間のリーダー代理にシュウが、そして『代表者』を含む異世界の人間たちをとりまとめる任を自分、カインが務めることとする。なおこの件について異議ある場合は事後、改めて行うこと。現在は当面の危機にのみ専念してほしい」
 こう言われては誰も何も言うことはできない。もっとも、いくらかの疑問はあるだろうが誰も反対はしないであろう。
「現在の状況を説明する。こちらに接近しているのはエデンという人工のガーディアンフォース、聞き慣れた言葉で言えば召還獣となる」
「人工の召還獣?」
 リディアが過敏に反応した。が、カインと目が合うとすぐに逸らす。
(リディア)
 あまりにも露骨な態度だった。
 リディア本人もそれは分かっていた。だが今はカインと目を合わせることができなかった。
 その理由がよく分かるカインには何も声をかけることができなかった。
 自分は彼女を傷つけた。
 だから、何も言うことはできない。
(……それでは、いけない)
 リーダーならば。
 リーダーならば、彼女ともっと積極的に向かい合わなければならない。
 だが、彼はそれをためらった。
 そうすることができなかった。
「それは、本当に敵なのか?」
 カタリナが続けて発問した。
「敵だと分かってからだと遅いのよ」
 言ったのはシュウである。
「人工GFエデンは、現在確認されているGFの中でも最大の力を持った存在なのよ。その力、島を一つ沈め、なお余りあるものなり。もしあのエデンに攻撃されたら」
「どうなる?」
「その話が事実だとしたら、ガーデンは消滅する」
 全員が息を詰まらせた。
「幻獣神でも、そのようなことはできないわ」
 バハムートならばせいぜい『町一つ』といったところだろうか。その下の大地まで破壊し、なお余りある力というのはいったいどれほどのものなのか。
「そこで、対策だが」
「倒す方法があるの?」
 カタリナが取り乱さずに尋ねる。
「ない」
「は?」
「エデンがそれほどのものだとすると、何をやってもかなうまい。エデンを倒すのは不可能だ」
「じゃあ、どうするの?」
 カインが落ちつき払っているのを見て他にまだ手があるのだろうと判断したのか、ティナも落ち着きを取り戻して尋ねた。
「リディア」
「うん。私の出番だね」
 リディアは決意をみなぎらせて言う。
「召還獣というのは、結局のところ主人に従うものだ。現在エデンが誰に従っているにせよ、そうでないにせよ、主人として相応しい人物に従うのが常だ。それはきっと人工であっても同じことだろう」
「人工だからこそ、そのあたりは余計にしっかりしているはずだわ」
「だとすれば、召還士としての能力が高い、また召還獣たちから慕われているリディアほど主人に相応しい人物もいないだろう」
「でも成功の可能性は低いです」
 しかしリディアは希望を打ち消すかのように言う。
「人工の召還獣という存在がどのようなものなのか、実際に会話してみないことにはどうしようもありませんし。それに、私の力では幻獣神を制御するのに精一杯ですから、それ以上の力となると私で抑えられるかどうか」
「期待している。もし無理でも気にしなくていい」
「そういうわけにはいかないわ。それに失敗したら私たちは」
「他に方法はない。エデンからの攻撃が開始されればもうガーデンは終わりだ。助かる可能性があるということで、リディアがいるというだけでも感謝すべきだろう」
 キスティスもシュウも、その言葉に黙り込んだ。
「リディア。もしもの時はかまわないから、お前だけでも逃げろ」
「カイン、でも」
「お前を死なせたくないんだ。これは、俺のエゴだがな」
 だが、リディアはその言葉を喜びはしなかった。
「……ありがとう。その、言葉だけは受け取っておく」
 リディアは立ち上がると、一人屋上へと向かった。
「キスティスは召還獣、GFが使えるんだな」
「ええ、もちろん」
「では、リディアの補佐を。それから」
「カインさん、私も」
 ティナが真剣な表情で見つめてくる。
「分かった、ティナにも頼む。ニーダはガーデンの操縦を、シュウはガーデン内部に指示、次は」
(エアリスには戦闘能力はない……それは俺にしても同じことだが)
「カタリナは戦うことは」
「私は戦士だが、魔法は使えない」
「了解した。ではエアリスと共にこの場に待機」
 キスティスとティナが出ていくと、執務室は少しだけ静けさを取り戻した。
「そういえば、ブルーとジェラールは?」
 エアリスが尋ねると、カインも顔をしかめた。
「ああ、ブルーはともかく、ジェラールは遅いな」
「ブルーはどうしたの?」
「あいつには別にやることがあるからいいんだ」
「秘密主義」
 エアリスは近づくとジト目でカインを睨んだ。
「ブルーから口止めされているんだ。すまないな」
「それなら仕方ないけど。でも、ジェラールは遅いね」
 カインが答えようとした時、音声通信が入ってシュウが応答する。
「こちらシュウ──ジェラール?」
 噂の主からの連絡ということで、カインたちもそちらに注目する。
『今、訓練施設にいるのですが、少し妙なんです』
「妙って、何が」
『それを見てほしいんです。何人かこちらに来てもらえませんか。あ、人が足りないようでしたらガーデンの関係者じゃなくてもかまいませんから』
「って言ってるけど、どうする?」
 シュウがそう言い、カインは頭を悩ませた。
 リーダーである自分は本来ここにいなければならない。どのみち現場に出ても今の自分では戦うこともできない。
 だが。
「妙、とはどういうことだ?」
 カインが直接通信に応じる。
『ここにいるモンスターのことです。凶暴化しているようなんです。いや、操られているような、何か得たいの知れない雰囲気があります』
「……誰か、敵がいる、ということか?」
『そう思います。何だか──なっ』
 突如、音声が途切れる。
「ジェラール?」
 応答はない。
「ジェラール!」
 完全に切れている。全く反応がない。
(敵がいる、か……放っておくわけにはいかないな。内部に敵がいるのに無視はできない。それにジェラールを見捨てることはできない)
 決断したら、あとは早かった。
「シュウ、ここは任せる」
「カイン」
「俺とエアリス、カタリナの3人で向かう。それでいいだろう」
「分かったわ。じゃあここは私の独断に任せてもらえるということね」
「ああ。何かあったら放送を」
「了解」
 そして、3人は訓練施設へと向かった。



 こうして、それぞれの場所で、それぞれの戦いが始まった。






43.望んだ決闘

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