僕は負けるわけにはいかない。
 ルージュにだけは。
 どんなことがあっても。
 それは僕がいなくなるということ。
 僕が生き残るためには、ルージュを殺すしかない。
 ルージュを殺すこと。
 それが僕の、存在意義。












PLUS.43

望んだ決闘







the duel is that he wish






 ブルーはガーデン地下へとやってきていた。マスタールームではない。MD層である。
(なかなかに、このガーデンも奥が深い)
 ガーデンが起動しているという事実の裏にどれほどのからくりが仕掛けられているかと思ったが、まさかこれほどのものだとは思いもしていなかった。
 細かい部品が壁一面にとりつけられている。さまざまなパイプが並んでおり、それぞれが熱を持って動いている。
(ルージュはこの奥か)
 このことについては説明も何もいらなかった。ブルーには分かっていることだ。ルージュがこの奥にいて、自分を待ち受けているということは。
 しかも、自分なら。
(来る!)
 二筋の閃光がブルーに向かってほとばしる。それを回避して、物陰に隠れた。
(やはり、罠か)
 自分でも同じことをするだろう。そして、この先に進むことをやめるとするならば。
(この動力を破壊する。破壊されたくなかったら罠の中に分け入ってこい、ということだな)
 おそらくこの間ガーデンに来ていたのは、この時の下準備だったのだろう。それは決して過大評価ではない。このガーデンを舞台として戦うことを、ルージュはあの時からずっと頭の中に入れていたのだ。
(相手を殺すこと)
 無論、戦闘の結果として相手を殺すことができるならば最上だ。だが、相手を殺すことができるのであれば、方法はどのようなものでもかまわないのだ。
 相手を殺すことさえ、できれば。
(ルージュには負けられない。殺す。必ず、何があっても)
 誰に非難されたとしても、それがどのような罪だとしても。
 自分にはルージュを殺すこと以上の生きる目的は存在しないのだ。
(行くぞ!)
 ブルーは駆けだした。その瞬間、複数の方向から一斉に光線が降り注ぐ。
「ふん」
 右手に生まれた魔力の鞭でそれらを絡めとると、念を送り込んで罠の元をそのまま大破させる。
「こんなもので」
 ブルーは怒鳴った。
「こんなもので僕を殺せると思っているのか、ルージュ!」
 颯爽と駆け抜け、広い場所にたどりつく。
『当然、思っていないよ』
 スピーカーから音声が流れる。
『でも、兄さんの力を奪うことくらいはできるかもね』
 今度は四方八方からブルーめがけて白銀の閃光が疾る。
(疲労させる気か)
 その戦略は正しい。同じ力を持っているのなら、その力を少しでも削いでから戦う。それが戦略家の戦い方だ。
 自分と、ルージュの戦い方だ。
(このままではまずいな)
 罠の出所を確認する。全部で五箇所。
 白銀の閃光が、疾った。
「ミラー!」
 右手に魔力の鏡を生み出し、白銀の閃光を受け止め、反射させる。白銀の閃光はそのまま別の罠の発生装置に襲い掛かり、爆破させる。
 同じように、三箇所の発生装置を爆破すると一気にその場をかけぬけた。
「下か」
 大きな穴が開いている。エナジーチェーンの魔法を使って天井のパイプに魔力の鎖を巻きつけると、彼はタラップを使わずに穴のそこへ向かって飛ぶ。魔力の鎖が身体を支え、一定のスピードで降下していく。
 その下は、広い空間になっていた。床まであと一メートルといったところで魔力を解き放ち、着地する。
「来たね。ブルー兄さん」
 自分と全く同じ顔をした男が、自分の前に悠然と立っている。
 二人はゆっくりと対峙する。二人の違いはただ、目の色だけ。
 鏡に映したかのように同じ姿の二人が、そこで対峙していた。
(お前を意識したのはいつのことだっただろう)
 一つ力を手に入れるたびに、相手も力を手に入れていることが分かった。
 それはルージュを殺すという使命を受ける前からそうだった。自分がキングダムで修行して力を手に入れたとき、双子の弟もまた力を手に入れていたのだ。
 そのことは、真実を告げられる前からおぼろげに分かっていた。
 そして洗脳はもうその時には既に終わっていたのだ。双子はキングダムを滅ぼす。だから必ず殺さなければならない。
 薄々自分に双子の兄弟がいることを感じながら、その弟と必ず勝敗をつけるときが来ると、幼いころからずっと洗脳されつづけてきたのだ。
 そして、自分はその呪いから逃れられない。逃れるつもりもない。
 お互い、相手を殺さないかぎりはもう、どうすることもできないのだ。
 この不快感──『自分の双子がいる』という現実を消すまでは、自分は思い通りに生きることができない。
(あの戦いが、もう随分前のことのようだ)
 ふと、懐古する。あれは今から半年ほど前のこと。
 最後の戦いの前に生じた、自分とルージュの宿命の対決──

『さ、すがだね。にいさん』

 最後に残した言葉は今も耳に残っている。そして、自分は全ての力をルージュから奪った。
 そして、自分は自由に生きることができるはずだった。
 それなのに。
 この男は、まだ生き延びて戦おうとしている。
「ああ。決着の時だ」
 今度こそ殺す。
 これで、胸を貫いて。
 ブルーは腰に帯びていた短刀を抜いた。
「ダガー?」
 ルージュはそれを見て驚いたようであった。
「魔法じゃなくて、剣で戦うつもり? 僕に魔法で勝つ自信がないの?」
 だが、ブルーは挑発に乗らずに、笑った。
「そうかもしれんな」
「へえ」
 ルージュは魔力のオーラを身にまとわせた。無論、その色は紅。
 ブルーも同様に碧色のオーラを発する。二色のオーラが、MD層に満ち溢れた。
「行くよっ、兄さん!」
 ルージュの重ねた掌からブレスが放たれる。だがブルーはそれを右手を軽く振るだけで打ち消す。
「一度見た術を、僕が忘れるとでも思ったのか!」
 前回はこのブレスでブルーのマジック・チェーンが砕かれたのだ。だがもう同じ過ちをおかすことはない。手の内が分かっているのであれば、それを防ぐ手段はいくらでもできる。
「やるね、兄さん。でもこれはどう?」
 重ねた手を、今度はばらばらにする。そして、唱えた。
「ダブル!」
 すると両方の掌から紅の炎が生まれる。そしてブルーに放たれた。
「くだらない」
 ブルーは冷たい眼差しを弟に向けた。
「術の内容が同じなら、一つが二つになろうと同じだ」
 ブルーは再び右手を軽く振る。
 種明かしは非常に単純なものだ。炎は何かが燃えることによって生じる。魔力によって生じた炎ならば魔力そのものが燃えていると思っていい。要するに、魔力で生じたエーテル粒子を燃やして相手に放っているようなものだ。
 ならば同じ魔力で干渉してエーテル粒子を取り払ってしまえばいい。真空状態では炎は燃え上がることはない。まさに一つが二つだろうと十あろうと、エーテル粒子を取り払うだけで炎は全てかき消すことができるのである。
「くっ!」
 だがルージュはその魔法が破れてもなお攻撃を続ける。次は腕を伸ばして右の人差し指をブルーに向けた。
「クリムゾン・ショット!」
 赤い光弾がその指から放たれる。
「テトラ・シールド!」
 ブルーは魔力の壁を築いてその攻撃を防ぐ。
「くううううっ」
 魔力がぶつかりあい、その余波で爆発が起きる。
「遊びは終わりだよ、兄さんっ」
 爆風で目をくらませつつ、ルージュが背後に回り込んできた。だがそれをブルーは予期していた。
「フラッシュ・フラッド!」
 ブルーは振り返ると光の洪水を起こしてルージュの突進を防ごうとした。そのルージュは正面から魔法の直撃を受けつつも、その場に踏みとどまる。
「そうだね、兄さん。あなたは魔術よりも陽術の方がはるかに上手だった。僕が陰術を得意だったのと同じように。でも」
 ルージュは魔法を耐えきった。そして、その白い顔の内に潜む紅の瞳が、煌めく。
「兄さんが十の資質を全て使いこなしたとしても、僕のこの資質にはかなわないよ!」
 印を組んで呪文を素早く唱える。
「ドラゴンズ・アーク!」
 紅の光線が、恐るべき速度でブルーに達した。バリアを張る暇もなく、咄嗟に横に飛んで回避する。
(これは)
 ブルーの背後で爆発が起きた。
(自分が魔法障壁を張る暇もない程の速さ。つまり、一瞬)
 手ごわいな、と素直に驚嘆する。おそらくこの魔法は、いかなる資質からなるものかは分からないにせよ、自分の持つ魔法のどれよりも優れている。
(魔力のエキスパートである自分を凌駕するとはな。まあ、ルージュならばそれも不思議ではないが)
「くらえっ!」
 続けてルージュが同じ魔法を連発してくる。
 考えてから回避したのでは間に合わない。ブルーはその場を転げまわり、必死に回避していく。
「逃がさないよ、兄さん」
 いつの間にか、ルージュが目の前に立っていた。そして強烈にけりつけてくる。
「がふっ」
 胸を強打して、床に転がる。だがそのまま転がっているような馬鹿な真似はしない。すぐに魔法がやってくると感じた彼はすぐにその場を飛びのく。呼吸はできなかったが、それでも逃げなければ殺される。
「死ねっ、ブルーッ!」
 ルージュが頭上で腕を交差させる。そして強大な魔力がほとばしった。
「ドラゴン・ブレス!」
 ブルーは回避しつつ、バリアをはる。
 が、遅い──いや、弱い。
「があああああっ!」
 力の奔流に、ブルーは押し流された。






44.望まぬ結末

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