『さ、すがだね……にいさん』
 左胸に穴があきながらも、双子の弟は途切れそうな声を出す。
『さい、ごに、ききたい、ことが……』
 紅い目をした男の顔色が白く変化していく。もはや、長くない。戦う力も残ってはいない。
 ゆっくりと、耳を近づける。
『にいさんは、なぜ……』












PLUS.44

望まぬ結末







the period is that he don't wish






 押し流されていく体。光の、力の奔流の中に消えゆく碧眼。
「やった」
 対照的に紅い瞳が輝く。ブルーを倒した。宿命の敵をついに倒した。
 自分は、勝ったのだ!
「ふ、ふふ、最後は意外とあっけなかったね、兄さん」
 光が消え、壁にたたきつけられて全く動かなくなったブルーに向かってゆっくりと歩いていく。
「あなたをどれだけ殺したかったか。あなたには分からないだろう。あの戦いで勝ち残ったあなたには。そして、本来あるべき姿に戻ろう、兄さん」
 そう。
 自分たちは二人で一人。最初から別れるはずのなかった双子。一つになることが自分たちの結末。
 もちろん、自分の意思が残るという形で。
「あなたには生きる意味がなかった」
 金色の髪をかきあげて、ゆっくりとブルーの前に膝をつく。
「僕は違う。あなたよりもずっと『生』に執着している。死ぬつもりなど、これっぽっちもあるものか。そしてあなたを吸収して、ずっと生き続けてみせる」
「悪いが、僕にも死ぬ理由はない」
「なっ」
 突然その口が動いた──と思うと、今まで倒れていたブルーの姿が消えた。
「なんだと!?」
 何が起こったのか分からず、ルージュは四方に気を張り巡らせる。
(どこだ……どこだ、どこだ)
 後ろで、気配を察した。
「そこか、ブルーッ!」
 ドラゴンズ・アークの魔法を放つ。が、それは途中でかき消された。
「よく、見破ったな」
 その炎の向こうからブルーの姿が現れた。
「うまく身代わりをたてたね……この僕が完全に騙されるなんて、驚いたよ」
 ルージュの背後にあったのは、ブルーの死体ではなかった。
 片手サイズの人形だ。しかもその人形は身体中がぼろぼろになっている。
「人形に命を与え、自分の身代わりとしてかわりにダメージを受けさせる──リバースドールか。本物を見たのは初めてだよ」
 危機一髪だった。
 彼のドラゴン・ブレスを避けられないと思った瞬間、懐から身代わりの人形を放って代わりにダメージを受けさせる。そして自らはルージュの背後へと回る。
 おそろしく危険な賭けだった。成功したのは運がよかった。それにつきる。
「ああ。そしてお前の術は全て見せてもらった」
 相手の魔法を知ること。それが最初からの目的だ。
「面白い魔法だ。龍を呼び出して『本物の』炎を放つ。そんな芸当ができるとは信じられん」
「修行の成果さ。でも、本物の炎なら兄さんには避けきれないよ」
「なら、その前にお前を倒すまでのことだ」
 ブルーは左手の人差し指を立てて魔法を唱えた。
「ディレイオーダー」
 ルージュは一瞬だが困惑したようであった。それも当然のことであっただろう。時術の中でももっとも容易に扱うことができる、相手の素早さを損なう魔法であったからだ。そのようなものが同じく魔力のエキスパートであるルージュに通用するはずもない。
 だからこそ、何のためにそのような魔法を唱えたのか、ということで困惑したのだ。
 続いてブルーは左手の指を鳴らす。
「タイムリープ!」
 同じく時術の魔法で、相手の行動を制限する魔法である。やはり安易な魔法であり、効果は望めない。
「何のつもりだい、兄さん」
「かかったな、ルージュ」
 ブルーは右手の、中指から小指までを手のひらが見えるように折り曲げ、腕ごとルージュへと突き出した。
「呪縛!」
「なっ」
 ルージュの体が、行動の自由を制限された。
 心術の基本だ。だが、相手の動揺を誘い、行動を封じる。相手の心が揺れてさえいれば成功するので、実用性は高い。
「ま、まさ、か、僕、が、こんな手、に……」
「さらばだ、ルージュ」
 そして魔法をとなえた。
「ヴェイパーブラスト!」
 空気の槍が、ルージュを貫こうとその胸元へせまる。
「くぅう……ぉぉおおおおおおおっ!」
 だが、ルージュは強引にその束縛から逃れようと気力を振り絞る。
「まさか」
 ブルーは目を見張った。自分の魔法が、気力だけで破れるとは思えなかった。信じられなかった。だが、
「かあっ!」
 呪縛ごと空気の槍をかき消し、左手で印を組んだ。中指と薬指だけが折れ、胸の前に置かれる。
「アッシド・ブレス!」
 まずい、とバリアを張ろうともせずにその場から飛びのく。酸霧を直接受けてしまえばもはや戦うことはできないだろう。その威力いかんに関わらず、これは受け止めるよりも回避した方が安全であると判断したのだ。
「兄さん……兄さん!」
「ルージュ!」
 そして、同時に魔法を唱えた。魔力の塊を作りだし、ぶつけあう。
『くううううっ!』
 威力は互角であった。両者の中央で激しく弾け、消滅する。
「フラッシュ・ファイア!」
 先に行動したのはブルーであった。ルージュの目の前で光が爆発する。
「ドラゴンズ・アーク!」
 再び『その』魔法が発動する。光を切り裂いて、そのままブルーに襲いかかる。もちろんブルーがそれを正面から受けるはずもなく、回避して次の魔法を唱える。
「魔術師!」
 それは分身を作りだす魔法である。本来ならば一体だけ作られるのであるが、ブルーの魔力が強いため、複数のコピーを同時に作ることができる。この時、コピーはルージュを取り囲むように新たに3体、つまりこの場に4人のブルーが同時に存在することとなった。
「なに?」
 ルージュは戸惑った。それはもともと、彼の得意とする魔法であったからだ。だがその魔法で複数のコピーを作ることは、本来では不可能。それを知っているだけに戸惑ったのだ。
「ブレス!」
 そして行動を決した。コピーの1体が消失するが、残りの3体が同時に魔法を唱える。それは、ブルーが知る最高級のものであった。
「クリムゾン・フレア!」
 3体のブルーが頭上に火の玉を生じさせる。もちろんそのうち2体はコピーなのだから、そのうちの1つが本物なのだが、その1つを見誤って攻撃を受けたならば、ルージュは命を失うだろう。それほどの魔法だ。
「くっ、兄さん」
「ルージュ、身を持って知るがいい。これが僕たち二人の力だ!」
 右手でその火球を操り、体の正面へと移動させる。
「死ねっ、ルージュ!」
 その瞬間、かっ、とルージュは目を見開いた。
 3体のブルーたちの、足下。
「見切った!」
 一瞬、その火球によって生まれた影。
 他の2つにはない、自分の右手にいる『ブルー』にだけ影がある。
 影のあるものこそ、実体。
 影のあるものこそ、本体。
「兄さんっ!」
 放たれる3つの火球。だがルージュはそれらを全て回避してブルーの『本体』にせまる。
「デス・クロウ!」
 ルージュは右手を爪研ぎするかのごとくに構えて、腕を振り下ろす。
「ぐはっ!」
 その右手から生まれた真空の爪が、ブルーを斬り裂いた。
 左肩から右腰にかけて、平行に3本の傷痕が、その胸についた。
「ぐ……」
 がはっ、とブルーが吐血する。
「あ、る、ルージュ」
 虚ろな瞳で、ブルーはゆっくりと弟の名を呼んだ。
「なぜ、きづいた……」
「魔術師の魔法は僕の得意分野だよ。兄さんは気付いていなかったのかい? 自分の足下に生まれていた影を」
 にやりと笑って、ルージュは近づいていく。
 ついに、このときがきた
 胸が高鳴る。
 あの日、あの時と立場を逆転して、ついにブルーにとどめをさすときが来た。
「終わりだね、兄さん」
「ルージュ……さい、ごに……」
 もはや、ブルーに何かをする力は残っていない。ルージュは揚々とブルーに近づいていく。
「なんだい、兄さん。僕と同じように、僕に最後の言葉を残してくれるの?」
 ぱくぱく、とブルーの口が動く。ルージュは注意深く耳を口元へ移動させた。
「残念だったな」
 言葉とともに、衝撃が走る。
 背中に焼け付くような痛み。ルージュは顔をしかめて硬直した。
「……なっ……?」
 背中に突き刺さる衝撃の正体がルージュには分かっていた。
 最初にブルーが構えていたダガー。それが自らの背にもぐりこんでいるのだと。
「まだまだ、甘かったな。ルージュ」
 目の前にいたブルーの姿が消え、ルージュの背後に『別の』ブルーが現れた。
「兄さん……どうして」
 ルージュはばったりと床に倒れた。その過程で気付く。
「そ、そうか……魔術師、あの魔法……4つとも、全てが……ダミー、だったのか」
 ブルーはコピーを自分の『他に』3体作った。そのように見えた。だが違う。
 ブルーは初めからコピーを4体作り、自分は別の魔法で姿をくらませたのだ。
 そしてわざと一体に影をつけてルージュを騙し、密に背後を取る。
 姿を隠しているとはいえ、慌てて行動したのではルージュに見破られる。だからわざわざルージュが自分から背中をさらす場所まで誘導した。
 全ては巧妙に仕組まれたブルーの罠だったのだ。
「そういうことだ。お前はダミーの中から本体を探した。いもしない、僕を」
「くそぉ、ブルー……ブルー……」
「今度こそ、お別れだルージュ。さよなら」
 ブルーは右手をルージュの頭にあてた。体内で爆発を起こして、粉々にしようと考えたのだ。
 だが。
「くっ……くくくくっ……くくっく……」
 不気味な笑い声に、実行が瞬時の間ためらわれた。
「……僕の裏をかくとは思わなかったよ、兄さん……でも、でもね、でもでもでもでもでもでも」
 にやっ、と口元が大きく開いた。いや、裂けた。
「でもでもでもでもでもでもでもでもでもでもでもでもでもでもでもでもでもでもでもでもでもでもでもでもでもでもでもでもでもでもでもでもでもでもでもでもでもでもでもでもでもでもでもでもでもでもでもでもでも!」
 ルージュの姿が、消えた。
 ブルーは目を見張った。本能が、瞬間的に360度球状の全ての場所に注意を払っていた。だが、ルージュの気配はなかった。
 悪寒が走った。何が起こったのか理解できなかった。
(なにが、起こった?)
 ルージュの気配は全くない。
 だが、近くにいる。それが分かる。
(どこに──)
 目の前。
(たった今、ルージュが姿を消したこの場所に──)
 気付いたときには手遅れだった。
「……がふっ」
 力なく、血を吐き出す。
 穴が空いていた。
 自分の腹に、拳ほどの大きさの穴が開いていた。
 血が激しく流れだしていた。
 少しずつ霞み始めた目に、ようやくルージュの姿が映った。
「姿……隠しの術、か……」
 力つき、膝をついた。そして、ルージュの隣に倒れた。
「……ルージュ……貴様……」
「ふふ、でも……騙し合いは、互角……だったね、兄さん」
 ルージュは何もしていない。
 単に、自分の姿と気配を感じさせなくしただけだった。
 それだけで、何か別の魔法を使ったと見せかけてブルーの注意をそらす。
 そこに、一撃必殺の魔法を叩き込んだのだ。
「決着をつけられなかったのが、もったいないよ……あなたの力を、我がものにしたかった……」
 ルージュは震える足で立ち上がる。が、そこで限界だったらしい。
「さよなら、兄さん」
 そしてルージュは今度こそ姿を消した。魔力で移動したのだろう。自分にとどめをささなかったのは、もはや余計な魔力を破片すらも使えなかったからだろう。逃げるだけで精一杯だったのだ。
「……ふっ」
 ルージュがいなくなった場所を見つめて、苦笑した。
「残念だが、僕は逃げられるほど余力が残ってないみたいだ」
 震える左手で、穴の空いた場所を押さえた。意外なほどに血が流れ、傷口も大きかった。
(僕は……死ぬのか……?)
 ルージュには負けなかった。
 だが、このままだと先に死ぬのは自分の方だ。
(……負けるのか……?)
 死ぬのも、負けるのも同じこと。
 ルージュを生かし、自分が死ぬ。それが全て。
「……ふっ」
 もう一度笑った。
 死を前にして、初めて自分の心が安らいでいることを悟ったからだ。
(そうか)
 死ぬとは、こういうことか。
 成すことは成した。
 ルージュにいいところをもっていかれるのは非常に許しがたいことではあるが、それもこうなってはやむをえまい。死にゆく身にはどうでもいいことだ。
 疲れた。
 ……もう、どうにでもなればいい。
『ブルー……』
 ……ああ、そうだな。
『諦めちゃだめだよ、ブルー。最後まで』
 懐かしい声が聞こえる。
 そんなことも、昔には言われたことがあったような気もする。
『ほら、起きて』
 ……うん?
 霞む目で、自分を見つめる緑色の瞳を見つめ返した。
「……動ける?」
 ブルーは、目の前にいる人物の正体が現実のものであるかどうか、判断がつかなかった。
 ここにいるはずはない。
 だいたい、こんなタイミングで現れるはずはない。
(……どうして……ここにいるんだ?)
「……ほら……」
 ブルーは右手を伸ばした。
 その手に、しっかりとした温もりが生まれる。
(君……なのか……?)
 その少女は、にっこりと笑った。


















「……アセルス……」






45.誘惑の女王

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