私の戦いが始まる。
私は彼の心の支えにはなれなかった。でも、私の力はみんなのために使うことができる。
私の力で、みんなを助けてみせる。
必ず。
PLUS.47
失われた世界
Eden
「大きい」
数日前にこのガーデンに襲いかかってきた邪龍族に比べて1回りも2回りも大きい。
「あれが、エデン」
宇宙戦艦を思わせるスタイルに、巨大な白い2枚の羽。
その内に秘められた力により、対象を別星雲まで射出し、そこで無属性、防御力無視、回避不能の爆発を起こし、全ての物質を消滅させるというエターナル・ブレス。
「大丈夫でしょうか」
ティナが小声で尋ねる。リディアは首をかしげて「分からない」と答えた。
「とにかく、話してみないことには」
リディアはそう言うと、心話を発した。
『エデン、エデン。私の言葉を聞いて』
上空の天使がぴくりと動いた。
『……私ヲ呼ブノハオ前カ』
耳障りな機械音がリディアの脳に直接響く。
『私の声が、届いているの?』
『名乗ルガイイ、勇敢ナル乙女』
勇敢なる乙女。
その言葉の意味するところがリディアにはよく分かっていた。
『私はリディア。召還獣に愛されし者、の二つ名で呼ばれることもあるわ』
『ホウ』
エデンはその巨体を揺らめかせた。それだけで微風が3人のもとまで届く。
『我ヲ制御スル、トイウコトカ?』
『あなたはまだ誰の制御も受けていない。そうでしょう?』
『ソノ通リ』
『あなたがガーデンへ向かっているのは、契約に従っているにすぎないのでしょう』
『然リ』
『なら、私があなたの主人となるのであれば、あなたの契約は無効になるはず』
『左様。ダガ、貴様ニ其レガデキルカ?』
『できる、できないの問題じゃない。しなければならないのよ』
『ヨカロウ』
エデンは不気味な光を発した。妖しい紫、淡いアメジストの色。
『ナラバ、我ヲ倒シテミヨ!』
リディアは身構えて二人に指示を放った。
「来るわよ!」
それを聞いてティナもキスティスも身構える。が、エデンはその場で攻撃をしてくるというわけではなかった。
『来ルガヨイ、“楽園”ヘ』
次の瞬間、3人の体は無色透明の世界へと誘われていた。
「こ、これは」
キスティスが一瞬バランスを崩して膝をつくが、そこに『大地』があることを確認する。
「幻獣界……ではないみたいだけど」
ティナが回りを見て現状を確認しようとする。だが、前も後ろも、左も右も、上も下も、何もない。ただひたすら『何もない』空間が広がっている。
ただ足には大地の感触だけがある。
ひどく、落ち着かなかった。こんな不気味な世界があるものなのか。
「いったい、どこなのよ、ここ」
キスティスがリディアに向かって言う。
「ここは“エデン”。失われた楽園」
だが答えたのはリディアではなかった。聞いたことのない男の声だ。
「誰?」
リディアが振り返る。そこには怪しげな(こんなところにいるくらいだから、それは当然怪しいのだが)姿をした吟遊詩人。詩人のローブに身をつつみ、竪琴を持ち、魔導の帽子をかぶっている。
「あなたは」
「私は詩人。全ての世界に現れ、古い詩をつむぎ、新しい詩を作る存在」
ティナもキスティスも、彼の存在に気づいて振り返った。
「では、ここは」
「そう。かつて存在した世界。今は存在しなくなった世界」
「……伝説の、32世界の1つ……」
リディアの言葉に、二人が敏感に反応した。
「32?」
「ええ。かつて世界は16ではなく、32あった。そのうち半数が失われ、現在の世界が残った」
「ちょっと待って!」
ティナが大声をあげた。
「それって」
「そう、その通り。あなたの考えている通り」
詩人が答えた。
「世界が、半分ずつ失われていく。今の幻獣たちも32世界のことをすら伝説でしか知らされていない。だが、かつてはさらに多くの世界が存在した。当初、世界は256存在していたのだよ」
「256!」
「それが半分になり、また半分になり……と4回繰り返され、今では16となった。そしてまたその半数が失われ、8となろうとしている」
「では……」
「そう」
詩人は神の言葉を告げた。
「これは歴史の必然。世界の崩壊を止めることはできないのだよ」
『3人の反応消失!』
シュウはその連絡を受け、改めて窓の外を見渡した。
『エデン、活動停止しています!』
続けて来る報告に、シュウはだいたいの状況を察した。
(何かが起こっているということか……)
カインを呼んだ方がいいだろうか。それとも、このまま状況を静観していた方がいいだろうか。
(私、一人では)
一人では何も決められない。
スコールもいない。カインもいない。ブルーもいない。キスティスもいない。
ここには私一人しかいない。
(しっかりしなさい、シュウ)
自らを奮い立たせ、マイクに向かって叫んだ。
「ニーダ! 今のうちに全力で退避! 進路を西、ティンバー方面へ向けて!」
『了解ですっ!』
このままバラムに向かうのは好ましくない。
だとしたら、一度別の場所に避難して、セルフィにゼルたちを拾わせてこちらに向かってもらうようにした方がいい。
(これで、いいわよね)
だが、一抹の不安がシュウの心の中をよぎっていた。
「崩壊は止められない……」
キスティスが拳を握りしめた。
「そう。世界は1つになることを欲している。その1つ以外の世界は、少しずつ失われていく。篩にかけられるように」
詩人は歌うように言った。
「古い世界は失われ、新たな世界呼び覚ます。
黄金色の旋律と、同感せらる歌の中、
月の光が降り注ぎ、眠れし竜の起きる時、
神との契約果たされる、核となりしは──」
しかし透明な大地が揺れてその最後の言葉を聞くことはかなわなかった。何事か、と再び振り返った時、そこにはあの、エデンがいた。
『……ヌウ……?』
エデンは現世での巨大さを失い、せいぜい家一つ分くらいの大きさにまで縮まっていた。だが、その恐ろしさは少しも失われてはいない。相変わらず圧倒的な迫力で3人を押しつぶしにかかっていた。
『キサマ……はおらーん、カ……』
「エデンか、懐かしい。お前も滅びを免れたらしいな」
『既ニ滅ビタ。人間ガ伝承ヲ頼リニ、新タナ体ヲ植エツケタノダ』
ハオラーンと呼ばれた詩人は気さくに話しかける。だが、エデンはどこか緊張しているかのようでもあった。
『古キ神。キサマ、何ヲ成スツモリダ』
「私は歌うだけだ」
竪琴を軽くかきならした。
「世界の趨勢と、そして滅びを……」
『歌イ、ドウスル』
詩人は苦笑した。
「さあ。私はただ歌いたいだけだ。それ以上のことを考えたことはないよ」
『ナラバ、コノ戦イモ歌イツグカ?』
「そのために来た。何しろ、代表者の2人と、かつて滅びた世界との戦いだ。これほど題材として相応しいものはない」
『世界ノ崩壊ガ止マルノヲ願ッテイルノカ?』
「言ったはずだ、エデン」
綺麗な旋律が、耳に届いた。
「私は歌うだけだ」
『ナルホド。ナラバ、黙ッテ見テイルガイイ。古キ神ヨ。我ノ崇高ナ戦イヲ邪魔スルナ』
それが戦闘開始の合図であった。リディアも、キスティスも、ティナも、それが分かった。
48.協力か、支配か
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