失われた世界。失われつつある世界。
 私は今、どこにいるの?
 私は、何をすることができるの?
 私の存在意義は?
 私は、何?
 私は、誰?












PLUS.48

協力か、支配か







She came to his aid






「アルテマウェポン!」
 ティナが武器を手にして先頭に立つ。
「ディアボロス!」
 キスティスが召還獣で攻撃する。それに続いてティナが突撃した。
「たああああっ!」
 エデンの胴体に亀裂が走った。が、それは一瞬のことですぐに修復される。
「?」
「勇気アル娘ヨ。汝ノ心意気ハ褒メヨウ」
 だが、言葉以上に反撃は厳しかった。エデンは発光するとティナを軽々と吹き飛ばしたのだ。
「キャアッ!」
「ティナ!」
 リディアはエデンとティナとの間に割って入り、召還獣を生み出した。
「幻獣神バハムート!」
灰色の巨竜が、召還された。半ば機械的ともいえるその体、その頭。そして、その口にたまった炎が、一気に吐き出される。
『メガフレア!』
 爆炎がエデンを襲う。しかも、

「マディン!」

 背後で、ティナが同時に魔法を、召還獣を生み出した。それはティナの父親、召還獣マディンであった。
(マディン? 何故……)
 リディアはバハムートの制御に影響こそ与えなかったものの、その召還獣に動揺した。
(そうか。ティナが、あの、幻獣界で噂になっている)
 幻獣と人間との間に生まれた娘。
 幻獣王も彼女の身を案じていた。その妻もだ。まさかその人物にこの世界で会えるとは。
(いや、そうじゃない)
 だからこそ、ティナは世界の代表者だったのだ。世界に愛されたのだ。
 幻獣と人間との間に生まれた娘だったから、その身にいくつもの運命を背負わされていたから。
 会ってみたかった。
 いったいどういう人物だったのか、会って話をしてみたかった。
 だが、今はそうすることはできない。
(必ず、生き延びて)
 生きてこそそれがかなう。だからこそ、ここでエデンに負けるわけにはいかない。
「バハムート!」
 再度名を呼び、さらに爆発を起こす。マディンも同様にエデンに無属性の爆発によって攻撃を加えた。
 そして、大爆発が起きた。
 二人の緑色の髪の少女たちは、肩で息をしてその跡を見つめた。ゆっくりと煙が晴れ、そして。
「!」
 その動きが止まった。
 無傷であった。
『ばはむーとニまでぃんカ。ヨイ攻撃デアッタ』
 エデンは不敵に笑った。
(ばかな、これで倒せないのだとしたら)
 リディアは後ろを振り向く。ティナの顔は完全に色を失っていた。自分の顔も、そうなのだろうか。
(……どうやっても、倒すことはできない)
 おそらく今の攻撃こそ、考えうる最大のものであったに違いない。人間よりもはるかに力が上回る幻獣、それも最高度に力あるものが同時に召還されたのだ。
 もはや、倒す方法はない。
(いや、違う)
 リディアは頭を振った。
(力で倒せないのだとしても、必ず方法があるはず)
 諦めるわけにはいかなかった。
 自分は無力ではない。それを証明しなければならないのだから。
(私は負けない)
 リディアはエデンの次の攻撃を待ち受けた。






「状況は?」
 カインは戻るなりシュウに尋ねる。その進行方向を見て、わずかに目を細める。
「西へ移動しているようだが?」
 シュウが自分の判断を伝えると、カインは少し悩んだようにしてからその旨を了解した。
「では3人は現在上にはいないということか?」
 素早く頭の中で状況を整理する。
「分かった。ジェラール、カタリナ。この場でシュウのサポートを。俺とエアリスは一度上に出て現状を確認する」
「分かった。ところでブルーは?」
「ブルーは」
 カインは答に詰まった。何と答えていいものか分からなかった。
「ブルーなら、ここだよ」
 と、入口の方から聞きなじみのない声がして、一同が振り返る。
「君は」
 そこには、ティナやリディアよりも若干濃いと思われる緑色の髪を短く刈り上げた、男装の麗人が立っていた。間違いなく、女性だ。その女性がブルーを担いでいる。
「私はアセルス。そうだね、ブルーの友達ってところかな」
 友達?
 カインは表面にこそ出さなかったが訝しく思った。アセルス自身を不審に思ったわけではない。
 ブルーに友人がいたということが信じられなかったのだ。
「ブルーの友人」
「くすっ、信じられない?」
 艶やかな微笑をカインに向けた。少女らしい、それでいて大人の女の魅力を兼ね備えた、不思議な笑みであった。
「ブルーはこういう奴だからね。ああ大丈夫、手当てはしておいたから。血が戻るまで少し休ませなきゃならないけど。ちょっとそこの椅子に寝かせてもよかったかな」
 ソファのことであろう。カタリナが慌ててクッションを置き、枕かわりにさせる。ブルーを寝かせると、ふう、とアセルスは一息ついた。
「全く、私より年上なのに世話のやける」
 随分と快活な少女だな、とカインは言葉の端々から感じていた。だが、悪い人物ではなさそうだ。
「ブルーを助けてくれたのか?」
「手当てだけね」
「決着はついたのか?」
 アセルスは意外そうな顔をカインに向ける。
「どうやらまたおあずけみたい」
「そうか」
 カインが頷くのを見て、アセルスは微笑みを浮かべた。
「知ってて、ブルーを一人にしてあげてくれたの?」
「ああ。止めるべきではないだろうと判断してのことだ」
 決闘に向かう男を止めるほど、自分は気のきかない男ではない。
「そう。ありがと」
 アセルスは軽くその頬に接吻した。あっ、とエアリスが声を上げたが、カインは苦笑して手を上げる。
「ブルーの友人ということは、彼に協力するためにこちらへ来たということか?」
「そんなところ。って言っても、それだけが理由じゃないんだけどね」
「というと?」
「ブルーを連れて帰ること」
 カインは感心したように、ほう、と頷いた。だが代表者たるジェラールは大いに反応した。エアリスもよい感情を生まなかったようだ。
「驚かないの?」
 カインはそれがこちらをからかっているのだと、当然のように理解していた。そしてそれに乗る必要はないということも。
「お前はまず協力することを認めた。だとすると、ブルーがこちらで目的を果たすまでは力を貸してくれるのだろう。連れて帰るのはその後のことのはずだ」
「理解のいい人は大好きだよ」
 くすくすと笑いながらアセルスは答える。カインにしてもこれくらい話しやすい相手だと気が楽でいい。
「ちょっと、カイン」
「大丈夫。彼女は信頼ができる」
 エアリスがなおも言いたそうにしていたが、カインはその頭を撫でてなだめた。
「大丈夫」
 こういう仕種もカインにしては珍しい。リーダー、とブルーに言われて以来、自然と自分が思い抱く者に似た行動を取ろうとしていたのだろう。本人は半ばそのことに気づいていたし、それを自ら実行しようともしていたのだ。
「あのブルーの友人だ。それはまあ、ある意味では信頼できないのかもしれないけど、逆に言えばこれほど信頼できる者もいないだろう」
 アセルスは喉の奥で笑った。年相応の仕種であり、誰の目にも好感の持てるものであった。
「俺はカイン。仮のリーダーを務めている」
「リーダー? ブルーがそう認めたの? へえ」
 アセルスは改めてカインの体をぐるりと回りながら、隅々までじろじろ見つめた。
「ブルーがねえ……よっぽど自分が気に入った相手じゃないと、そういうのは認めない性格なんだけどなあ」
「元の世界では彼がリーダーを?」
「うん。自分で全部指示してたよ。何人かコイツに協力した人の中にもリーダーシップある人けっこういたんだけどね」
「名誉なことだと受け取っておこう」
「どうかな。私から見るとカインもあまりリーダーっぽくないと思うんだけどな」
 カインは両手を上げて「自分もそう思う」と肯定した。全く、似合わない役所だとは自覚しているのだ。
「さあって、信用してもらったお礼に、カインに恩返ししようかな」
「恩返し?」
 カインは目を細めた。
「そう。あの空中にいるエデン。あれ、何とかしてほしくない?」
 話が突然元に戻り、カインは虚をつかれたものの、表情は真剣そのものに変わった。
「よろしく頼む。今、俺の仲間が3人──」
「大丈夫。状況は理解してるから」
 アセルスはにっこりと笑った。表情豊かな子だ。
「でもそうだな。私一人じゃちょっと辛いから、カインとそこの女の人」
「エアリスです」
「エアリス? よろしくね。ついてきてくれるかな」
 エアリスは明らかに自分よりも年少の女の子にこういう言葉づかいをされて、少し顔をしかめた。というよりもおそらく、カインに対してなれなれしすぎることが、敬遠する理由だったのだろう。
「いいけど」
「そんなに怒るなよ、エアリス」
 目を丸くしたのはカインであった。なにしろ、そう言ったのは当のアセルス本人であったのだ。しかも彼女はエアリスに近寄ると、その頬に接吻した。
「ちょ、ちょっと!」
「あはは、気に入らないか?」
 本人はあっけらかんとしたものだ。慌てているのはエアリス一人、いや、ある意味ではアセルス以外の全員であった。
「私は年上でも年下でも気にしないんだけどな」
「そ、そうじゃなくて、その」
「あ、女同士だってこと? それも私はあまり気にしないんだけど」
 エアリスはすっかりうろたえて助けを求めるようにカインを見つめた。この時にはカインも立ち直っており、苦笑して二人の間に割って入る。
「それはともかく、エデンをどうにかしてくれる、ということだったが?」
「彼女を取られて、悔しい?」
 カインは笑みを絶やさなかったが内心で、かなわないな、と思う。
「ま、冗談はともかくとして、あのエデンを倒すのは不可能だよ」
 この物言いにも、カインは動じない。この少女の言葉の使い方を既に覚えてしまっていた。
「倒すことはできない。では、どうすることができるのだろうか」
「やれやれ。張り合いがないなあ」
 これにはアセルスの方が『負け』を表明した。
「でも、たしかにリーダーだね。何を言っても動じないあたりはすごいよ。じゃあ、そろそろ本気で話をするとしようか」
 アセルスは指で二人についてくるように示して、自らは執務室を出た。
「屋上へ連れていってくれると嬉しいんだけど」
 カインが先に立って、その隣にアセルスが並んだ。エアリスは不承不承、二人の後ろにつく。
「それで、どうするつもりなんだ?」
「倒すことはできない。でも止めることくらいならできるよ。もっとも、今は止まってるみたいだけど、足止めしてる人たちが死んだら動きだすのは当たり前のことだからね」
「具体的には?」
「ん〜」
 アセルスは左手でその綺麗な顎を触り、少し悩んだポーズを見せる。
「やっぱり、楽園まで行くしかないでしょ」
「楽園?」
「そう。ただ、ちょっと問題があってね」
 初めて。
 アセルスの表情から笑顔が消えた。






49.楽園と半妖

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