あと、3つ。
 あと3つ揃えば、願いが叶う。
 私は、必ず手に入れて見せる。
 自分が、元の人間になるための『鍵』を。
 そして、人間に戻ったら──












PLUS.49

楽園と半妖







I want to return to the human body






 エデンとの戦いは膠着していた。
 3人は囲むようにして次々に攻撃を繰り出すが、そのどれもが通じてはいなかった。
 リディアは既に気力・魔力ともにつきようとしていた。ティナやキスティスの攻撃にあわせて加重的に魔法や召還獣を発していたが、それでも効果的なダメージを与えるにはいたっていなかった。
 ティナは武器と魔法とで確実に攻撃をヒットさせていたが、結局ダメージには至っていない。敵はまるで動じていなかった。
 キスティスは二人に比べて、武器攻撃においても魔法においても若干能力が劣っていることを自覚せざるをえなかった。何とか積極的に動くことでエデンの注意を逸らしたり、援護をしたりと繰り返していたが、しだいに息があがりはじめ、疲労がたまってきた。
「ミストドラゴン!」
 最後の頼み、とばかりにリディアは自らの母親を召還する。その霧の竜が放つミストブレスは、今までどのような敵にも痛烈なダメージを与えていた。今回もきっと、何らかの打開策になると信じたのである。
 呼応してティナも動いた。エデンの懐に飛び込んで、赤く輝く光球にアルテマウェポンを深く突き刺す。
 キスティスも頭部に向かってそのチェーンウィップを降り下ろす。
 だが。
『キャアアアアアアッ!』
 エデンはミストブレスを弾き返し、その余波でティナとキスティスを吹き飛ばした。体勢が不安定だったティナは頭から透明の大地に叩きつけられ、赤い血を流した。
「ティナ!」
「だい……じょうぶ、です」
 だが、その口調どおりに大丈夫とはとても見えなかった。額の少し上の辺りが切れたらしく、傷口の大小は確認できなかったが激しい出血が見られた。
 受け身を取ることすらかなわなかったことが、戦士としてのティナの自尊心を傷つけていた。たとえどのような状況であったとしても、自らへのダメージは最小をもってするべしという訓戒を果たせなかったのだ。
 出血と怒り。二つの事象が重なってティナは冷静さを失ってしまった。
「エデン!」
 誰の援護もなく、ティナは走り始めた。
「待って、ティナ!」
 リディアは体術としてはもちろん、魔法の援護を繰り出せるほどの余裕はなかった。一度魔法を放った直後であるから、もう一度精神を練り直さなければならない。援護もなく単独でエデンに立ち向かっても、逆撃をくらうだけだ。
「ティナアアアアアアアッ!」
 その悲鳴と共に、エデンの一部が触手となって閃いた。鋭くティナの腹部目指して伸びる。ティナは目を見開いたが、回避はできなかった。
 自らの前に影が生まれた。それは、自らの生命の終わりと同義ではなかった。
「下がれっ、ティナ!」
 その正体は、よく見知っている人物であった。
「……カイン、さん?」
 今度はきちんと、その触手の攻撃を槍で受け止めていた。
 決して、体ではなく。
「下がれ。また俺の体を盾にする気か?」
 二度目の叱責に、今度こそティナは従った。冷静さを取り戻すとエデンと距離を取る。それを確認してからカインも下がった。
「カインさん、何故」
「話は後だ。エアリス! アセルス!」
 その名が楽園に響き渡り、二人の姿が徐々に形を成した。カインに遅れてこの空間へと入り込んできたのだ。
「エアリス、ティナの手当てを」
「分かった」
「アセルスも、大丈夫か」
 アセルスの姿は、先ほどまでの緑色の髪から青色に変化していた。
 理由はカインには分からない。だがそれを尋ねることもない彼に向かってアセルスは悩ましい微笑を返し近づいて来る。
「心配してくれるの?」
 上目づかいで言う。本人も自覚しているのだろうが、おそらくこれは本人の性質というもので、計算してやっているわけではないのだろう。半分程度には。そのなれなれしい態度に、ティナとエアリスが全く同じ表情で睨んだ。
「腕を見せてみろ」
 カインは自ら手当てを行った。その綺麗な白い左腕に、長い傷がついてそこから血が流れ出ていた。
 見慣れない、紫色の血が。
「この紫の血がなければ、ここに来ることはできなかったのか?」
 カインは、決して見られたくはなかったであろうその血をできるだけ直視しないように手当てを行った。応急処置だが、十分に効果はある。
「ま、ね。こう見えてもさ、私、純粋な人間じゃないのよ」
 屋上に上がるなり、アセルスは人間の体から妖魔の体へと自らを変体させた。その髪の色、妖魔の青い血と同じ青い髪に変わった。
 そして自分の左腕を大きく切り裂いた。二の腕から手首にまで達する裂傷である。そして、その傷口から現れたのは人間の赤き血ではなく、紫色の液体であった。人間の赤と、妖魔の青。二つの色が混ざってできた色だ。
 そしてその血を用いて異空間への扉を作り上げた。出血量は傷口の大きさに比べればたいしたものではなかったが、それでもこの裂傷はどのような治療を行ったにせよ痕が残るであろう。
「すまない」
「いいって。どうせ私の体なんだから。彼女を心配した方がいいんじゃないの?」
 目線だけでティナを示すが、カインは振り向きもしなかった。
「すまない」
「あ……」
 アセルスは二度に渡って言葉をかけられ、今度は少し顔を赤らめて頷いた。
「あり、がと……」
 礼を言いおわったところでちょうど手当ても終わった。ティナの方もエアリスに手当てされて傷口は塞がっていた。リディアとキスティスも近づいてきた。
「カイン、どうして」
「このアセルスが協力してくれるというから、手伝いに来ただけのことだ」
 リディアは、自分よりも濃い緑色の髪を持った少女を見つめた。自分より1つか2つ、年若いといったところだろうか。だが、その正体に気づいてリディアは「あっ」と悲鳴を上げた。
「半妖!」
 アセルスは何も言わなかった。ただかすかに苦笑しただけである。
「アセルスは人と妖魔とのハーフだということだ。詳しいことはまだ俺も教えてもらってはいないが。そしてブルーの友人でもある。十分に信頼できる相手だ」
 過敏に反応したのはティナだ。まじまじとアセルスを見つめる。幻獣と人とのハーフである自分と、どこか共通したものを感じたのかもしれない。
「紹介は後にして、あのエデンだが」
 カインが言うと、5人ともその巨大な物体を見つめた。手当ての間、エデンは一切行動せずじっとただ待っていた。
「それで、アセルス。どうするつもりなんだ?」
 尋ねると、アセルスは首を振った。
「あれは単に反撃するシステムしか備えていないんだよ。下手に攻撃すれば逆撃を受けるだけ。だから、何もしないでいいんだよ」
「何もしないでどうするつもりなんだ?」
「だ・か・ら、私が何とかするって言ったんだよ。でも、もし私が失敗したら仇をとってね、カイン」
「必ず」
 アセルスは微笑みを残してエデンへと近づいた。
「カイン、一人で行かせるの?」
 リディアが当然のように止めようとするが、カインは手で制した。
「アセルスがやりたいと言っている。ここは見守ろう」
「でも、その、一人でそんな」
「アセルスはエデンを何とかすると言った」
 カインはじっとアセルスを見つめる。
「俺は信じる」
 リディアはもとより、ティナもエアリスもキスティスも、カインを見つめた。カインはじっとアセルスを見つめている。だが、どこかに不安があるのかその表情は険しい。
「カイン……」
 リディアは唇をかみしめた。
「大丈夫だ、リディア」
 カインは近づいてきたリディアの頭を軽くなでる。
「信じよう」
 信じられた方はといえば、両腕をいっぱいに広げてから、雨乞いをするかのようにそれを天高く突き出す。そして、その手の中に大型の剣が生まれた。
「金獅子、力を貸してくれ!」
 そのまま体勢を変えずに、剣をかざした。
「勝負だ、エデン!」
 そのまま、姿が変化した。短かった髪は大地に届かんばかりに長く伸び、翼と角が生え、白い肌に魔の文様が浮き上がる。
「妖魔の力……」
 リディアが声を上げる。だが、カインはなおもじっと見守った。
「エデン! お前の力を取り込んで、私は今以上の力を手に入れる!」
 アセルスは金色に輝く瞳で敵を睨み付けた。
「発動せよ、妖魔の剣! 敵を取り込み我が力となせ!」
 その大剣が輝くと、エデンの形が微妙に変質した。姿が歪んだ、といえばいいだろうか、3次元空間における歪み方ではなかった。異空間へと連れていかれるかのような変化の仕方であった。
『グ……ヌウ……キサマ、コレハ、妖魔ノ能力……』
「力が必要なんだ。あんたの力を手に入れることができれば」
『キサマ、神ニデモナルツモリカ』
「神?」
 アセルスは軽蔑するかのように吐き捨てた。
「そんなもの! 私は、私は人間に戻りたいだけだ!」
『ナラバ、我ヲ見事トラエテミヨ!』
 エデンの姿が安定を取り戻すかのように、再び実体化する。だがそうかと思うと再び歪み、薄れていく。その繰り返しが続いた。
「こんな、こんな戦い方があるものなの……」
 口にしていたのはエアリスだ。それは一同の気持ちを代弁していた。カインもまた同じことを考えていた。
「自らの武具に相手を封じ込め、それをもって自らの力と成す。妖魔の戦い方のさいたるもの、だけど」
 リディアはその戦い方が気に入らなかった。それは当然のことであった。相手と対話し、契約を結んで協調しつつその力を合わせていくというのが召還士の戦い方である。それに比べて相手を取り込み強制的に自らの力にしてしまうのが妖魔の戦い方である。協調と支配。全く性質の違う戦い方を認めることなど、不可能であった。
(でも)
 自らの力ではエデンには届かなかった。だが現に今、アセルスは妖魔の戦い方をもってエデンを封じ込めようとしている。
(自分は、なんと)
 リディアは頭を振ってよぎった思いを打ち消した。
「カイン。このまま私たちは見ているだけでいいの?」
 キスティスが尋ねてくるが、カインはただ「ああ」とだけ答えた。
「この戦いはもう彼女のものだ。下手に手出しをしようものなら、二人の妖力を全てその身に負うことになるだろう。そんなことになればおそらく助からない。今は黙って、見守るだけだ」
 だが、槍を握る力がさらに増すことになったのは仕方のないことであっただろう。例えその姿が異形だとしても、彼女は味方なのだ。その意味でカインは全く彼女を忌避してはいなかった。誰よりも忌避する者は、自分であったのだから。
「はああああああああっ!」
 アセルスはさらに力をふりしぼった。その力に引き込まれるかのように、エデンの姿が小さく、そしてアセルスの方に引き寄せられていく。
『汝、一体何者ダ……』
「私、は……」
 アセルスは叫んだ。
「私は人間だ!」
 その剣にエデンが吸い込まれていく。オオオオオオ、という悲鳴のような音と共にその姿が失われていった。
「エデン」
 エデンの姿が全て剣に吸収された時、この楽園が大きく揺れた。






50.崩壊楽園

もどる