『あなたはそれを、運命だとでもいって逃げるつもり?』
誰にも、分からないと思っていた。
弟を殺す。それがどれだけ罪深いことかは分かっていた。
だが、双子は駄目だ。
双子は呪われている。
その、自分を理解してくれた女性。
『そんなの、ブルーの勝手だろっ!』
そう言ってくれた女性。
僕はあの日から、ずっと君が大切だった。
だから。
だから、帰ってきて。
PLUS.50
崩壊楽園
We are the best partner
『エデンの姿が消えました!』
連絡を受けて、シュウは自分の目で確認した。たしかにあの人工のGFは姿形もなくなってしまっていた。
「いったい、どうなったというの」
「きっと、カインさんたちが何とかしてくれたのでしょう。カインさんというよりは、アセルスさんかもしれませんが」
ジェラールはその隣に並んで上空を見つめた。
「6人の反応は?」
『未だ、戻ってきません!』
連絡が入り、シュウは顔をしかめる。
「無事に戻って来られるのかしら……」
「大丈夫……だと思う」
声は、二人からでも、カタリナからでも発されたのではなかった。
「ブルーさん、もう大丈夫なんですか」
シュウが声をかけると、弱々しく頷く。まだ顔色は悪かったがどうやら意識はしっかりと戻ってきているようであった。
「僕がここにいる。アセルスが戻ってこないはずはないんだ」
ブルーは表情こそ変えなかったものの、温かみのある声でそう呟いた。
「ジェラール。僕を屋上へ連れていってくれ。僕の大切な仲間と、そして友人とを出迎えたい」
「分かった。でも、体の方は大丈夫かい?」
「ああ、何とかね。だいたいあいつが戻ってくるっていうのに僕が出迎えなかったとしたら、後で何を言われるか。そっちの方が僕には怖いよ」
ジェラールは頷いて、肩を貸した。そして思った。
(僕にもそれくらいに信じられる仲間や友人がいてくれたら)
自分は後を全て他人に任せてこの世界にやってきた人間だ。だから、自分のために後を追ってきてくれる者など、一人もいないのだ。
「う、あ、う」
白い楽園の各部でひび割れが生じ、その透明なタイルがはがれていく。その裏にあるのは、暗く何もない空間であった。
「ああああああああっ!」
だが、彼らがそこから脱出する術は今のところないようであった。最初の3人はエデンによって連れてこられたが、そのエデンは現在アセルスの支配下にあって自由意思を持たない。そして後の3人はアセルスがその血によって作った扉を通ってきたのだが、問題はそのアセルスであった。
「や、焼ける……熱い、くっ、ああ、あああああっ!」
自らの体を抱きしめ、膝をつき、苦痛に呻く。
「アセルス!」
カインは人身ならぬ少女の傍にかけより、抱き起こす。その体が焼けるように熱い。
「熱い、熱いよお……」
「どうした、アセルス。大丈夫か!」
「いやだ、こんなの、耐えられない!」
その叫びと同時に、ティナもまた叫んでいた。
「カインさん! 空間が!」
ついに、残っていた部分が全てはぎとられ、完全な暗黒空間と化した。だが、彼らの意識はなおも途切れなかった。そして、浮遊感を全員が味わう。
「くっ、いったい何だというんだ」
珍しいカインの愚痴であったが、それはすぐに納まった。しっかりとした大地の感触、そして陽の光がその目に届く。
(ここは)
そこが屋上であり、戻ってきたのだと判断するまでに少し時間がかかった。そして、
「アセルス!」
ブルーの声。彼は自分の手の中にあるアセルスをふんだくるようにして抱き上げた。よほどこの少女が大事だと見える。
「あう……ブルー、熱い、熱いよ……」
「制御するんだ。大丈夫、君にならできる」
「だめ……もう、耐えられない!」
「アセルス! 僕の期待を裏切るな! 僕の命だけを助けて君は死ぬというのか! そんなことは僕が許さない! 制御するんだ、アセルス!」
「ぶるー……ぶるー、ぶるー、ぶるー……」
アセルスは肩を揺するブルーにしっかりとしがみつく。ブルーもアセルスを抱きしめた。
「ぶるー……ぅああああああっ!」
ブルーはアセルスを力強く抱きしめた。その熱が、彼にも伝わる。
「人間に戻ると念じるんだ。大丈夫、君にならできる」
「ブルー……ブルー!」
そして、徐々にその妖魔としての特色が失われていった。
角や翼は消えていく。
肌に現れていた文様も消えた。
そして、髪の長さが自らの意思で変わるかのように、短く、そして色も元の緑色に戻っていく。
「アセルス……大丈夫かい?」
今までに聞いたこともないような優しい声であった。
「うん……ブルー、ブルーも、無事?」
虚ろな瞳でアセルスは美形の青年に語りかけた。
「君のおかげだよ、アセルス。もう……大丈夫」
アセルスはようやく微笑んだ。そして、気力を使い果たしたのか、気を失ってしまった。
「ふう……」
ブルーはそれが無事を示すものだと分かっていた。だが、それでもこの勇敢な少女の来援と無事に感極まって、その繊細な体をしっかりと抱きしめていた。
カインはそれを見届けてから仲間たちを見回した。
「全員、無事か」
エアリスとティナがカインのもとに駆け寄る。そしてキスティスも手を上げて無事を表明する。
「リディア。大丈夫か」
ただ一人、なかなか立ち上がらないリディアに手をさしのべた。だが、それが視界に入っているのは間違いないであろうに、リディアは首を振ってそれを拒絶した。
「……大丈夫、私は」
一人で立ち上がると回りを無視して単独、屋上から立ち去った。
(リディア……?)
かける言葉が見つからなかった。彼女が何を患っているのかは、自分には分かっているつもりだった。だからこそ、余計に自分には何も言えなかった。
(……セシル。お前なら、どうする?)
まだまだ自分はリーダーとしては実力が不足していると実感せざるをえなかった。
「ティナ、エアリス。お前たちも無事で良かった」
自分のことを気づかって傍にいてくれる二人の女性に、優しく微笑みかけた。とにかく今は、無事の生還を喜んだとしても悪いことではなかっただろう。
「……かくて楽園(エデン)に日は陰り、新たな勇者旅立たん……」
詩人は最後の音を掻き鳴らすと、ゆっくりと竪琴をその場に置いた。
「……さて、そろそろ彼女の様子を見に帰るとしようか……」
ブルーを保健室へ連れていき、カインの希望で先にアセルスを全員に紹介することになった。アセルスはブルーの傍についていたかったようだが、礼儀は大事だろうと了承したらしい。
「では改めて。私はアセルス。ブルーの友人で、彼に協力するためにやってきた。もちろん、それだけが目的というわけじゃないんだけどね」
そう前置きしてアセルスは説明を始めた。
彼女は元の世界の妖魔の君の一人であり、ブルーが協力を仰いだヴァジュイールに助けを借り、この世界へとやってきたということであった。
その目的は2つ。1つは彼女にとって最も大切な友人、親友であるブルーを助け、協力すること。
そしてもう1つは彼女の生きる目的を達成すること。すなわち、人間に戻ること。
もともと彼女は純粋な人間であった。それが妖魔の君の一人であるオルロワージュの気まぐれで妖魔の血を受けてしまい、半人半妖の体となってしまった。それを元の体に戻すことこそ、彼女の生きる目的であった。
アセルスとブルー、二人の関係は非常に友好的なものであった。
互いに生きる目的を理解しあい、その目的のためにその力を共有することとした。相手のために自分の能力の全てを捧げ、捧げられる。それだけの信頼関係を二人は保持していたのだ。
かつて元の世界にいた仲間たちの中でも、彼ら二人は最も仲がよかった。それは、お互いの目的を、お互いが理解したからに他ならない。
「私はブルーの目的を知っている。その目的を達成するための場を作りだすことが、私がアイツにしてあげられることだと思っている」
「それは、決闘の邪魔をする者を排除する、ということか。それがたとえ味方であったとしても」
「そうだよ。私は前の世界でも、決闘を止めなかった。止めようとする仲間を足止めだってした。アイツは決闘を望んでいるんだ。それは絶対に止めさせない。だから」
アセルスは真剣な表情を和ませ、カインに微笑んだ。
「アイツの目的を分かってくれて、それに協力してくれるという人は私にとっても仲間だ。カイン、私、あんたのこと気に入ったよ」
「それは嬉しいことだ」
カインもリップサービスに乗った。彼女とこういう会話をしていることは、非常に楽しいことであった。
「そしてアイツも私の目的を達するために協力してくれている。その知識、魔力。私が人間に戻るためにアイツはたくさん協力してくれた。私はアイツに何も返せないでいる。だから、今回ブルーが世界を救うための協力ができるなら、少しでも返すことができると思っているんだ」
「それは、少し違うのではないか」
カインは静かな言葉で続けた。
「友人とは、貸すとか返すとかではない。相手のために全てをかけることができる存在だ。例え裏切られたとしても信じることができる。そういうものだろう」
アセルスは微笑んだ。そして「ありがとう」と答える。
カインは一同を見回した。そのほとんどがカインに感心していた。だが、もしこの場にリディアがいたならばどう思っただろうか。
リディアは自分の悪行の全てを知っている。
自分の友人観は、セシルが自分に向けてくれたもの、それが全てだ。だから自分も友人と思う相手には同じようにしたいと思う。
ただ、自分は友人と思われるような人間ではない。セシルのような高潔な人物にとって、自分のような悪人が友人であるというのは、セシルに対して悪いと思う。もちろん、セシルはそんなくだらないことで思い患うことはないに違いないのだが。
(友人か……)
お互い、相手に対して無償の奉仕を行うことを当然と考えている二人。恋人、と言われても疑いないだろう。いや、恋人と言われた方がしっくりくる。美形の理解しあっている男女が恋人ではなく親友である、というのもおかしなものだ。
自分とセシルではこうはいくまい。セシルは自分に対してきっとそう考えてくれるに違いない。だが、自分はセシルに無償の奉仕など求めない。自分が無償の奉仕をしたい、とは考えているが。
つまり自分は従属されたがっているのだ。セシルに。相手が主君で、自分が部下でありたい。それが罪の償いであると考えていたいのだ。
(救われがたい。何より、セシルに失礼な考え方だな)
分かっていながら、変えることができない。
カインは頭を振った。自虐的になるのは、一人になってからで十分だ。
「事情は理解した。ブルー、及び代表者たちはこのガーデンを中心に今後行動することになっている。だからアセルスにもここに留まっていてほしい」
「それは私の方からもお願いするよ。部屋を一つ貸してもらえるかな?」
「すぐに用意しよう。シュウ、かまわないな?」
「もちろん」
「それでは、一人ずつアセルスに対して自己紹介を」
そう言いながらカインは立ち上がった。
「どこへ?」
「やり残したことがあるから少し出てくる。この場はシュウに任せた。それから、放送でリディアをここへ呼んでおいてくれ」
(もっとも、呼んで来るようならば今ここにいないということはないだろうが)
カインはそう言うと保健室へ向かった。アセルスの友人に話を聞いておく必要があったからだ。
51.魂の揺らぎ
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