許さない。
 どんなことがあっても、許さない。
 俺を殺したいのであれば、俺だけを狙えばよかったのに。
 何故。
 何故、関係のない者まで巻き込むのか。
 絶対、絶対に許さない。












PLUS.52

修正される運命







I'm in beside you






 ラグナロク出発前に、セルフィは信じられない言葉をラグナから聞いた。
「どういうことですか?」
 ラグナは人懐こい笑顔でいつものように対応する。
「な〜に、ここに残るって言ってるだけだよ。早いとこ、このガーデンを建て直さなきゃならねえんだろ?」
 それはそうだし、セルフィも誰かがそれを行ってくれるのは嬉しいとは思う。だが、それがラグナである必要はない。彼には関係のないことであるし、何より自分たちにとってラグナは必要な人物なのだ。
「トラビア・ガーデンを復興させる。俺にはその方が性にあっているのさ。スコールとエルオーネにそう伝えてくれ」
「でも」
「大丈夫だって。誰かがやらなきゃなんねえんだろ? トラビアの方は任せてくれや」
 ラグナはごく気楽な様子で言う。だがそれがどれだけ大変な作業かはセルフィにはよく分かっていた。
 トラビアの学生たちが1年の時間をかけたにも関わらず、ほとんどその再興作業がはかどっていない。その上、学生同盟の事件が混乱に拍車をかけ、この先トラビアは衰亡の一途をたどるだろうということは簡単に推測がつく。
 それをくい止めることは並大抵のものではない。人心を取りまとめて組織化し、崩れ落ちた建物を再建して人が住めるようにし、そして離れていった人たちを呼び戻す。
 どれだけ、それが大変なことか。
「……お願いします。ラグナ様」
 だが最終的には、セルフィはそれを了承した。結局のところ、ラグナという人物にはこういうことがよく似合うのだ。苦境な立場こそ彼には相応しく、彼の性格に惹かれて人が集まり、それを克服していく。彼の人生はその連続であったのだ。
「おう、任せとけ。って、ガーデンのことに勝手にしゃしゃりでるみたいで、少し気がひけるんだけどな」
「アタシの友人たちにラグナ様のこと話しておきます。協力してくれるように」
「おう、助かるぜ」
「全く、ラグナ君はこういう時になるといきいきとするのだな」
 キロスは仕方がないというように苦笑した。
「キロス、ウォード」
「もちろん、我々もここに残るということでかまわないのだろうな」
「そりゃ、かまわねえけど。でもいいのか?」
「いまさら仲間はずれもあるまい。それに、私には君という娯楽がなかったらどうも生きている心地がしないのでな」
 娯楽。それを聞いてセルフィも苦笑した。
「んじゃ、また後でな。早速だけどいろいろやることあっからよ」
「はい。では出発前にまた」
「オーケー!」
 ラグナは楽しそうに駆け出していく。もう40をとっくに超えているはずなのに、彼の行動はいつまでも若々しい。
 セルフィは苦笑した。やっぱり、自分はラグナのファンなのだと思い直したからだ。
「セフィロス。それじゃあここはラグナ様たちに任せて、アタシたちはバラム・ガーデンに戻ろうか」
 振り返ったところで、セフィロスは黙って自分の傍に立っている。
 自分を守ってくれているかのように。
 それがセルフィにとっては一番嬉しい。
 だが、今は違った。答えたセフィロスの様子がおかしい。額にびっしょりと汗をかいて、苦しさをこらえているような様子だった。
「セフィロス?」
 はっ、と彼は見つめ返してくる。
「すごい汗」
 両方の手で、彼のはりついた前髪を優しく取り除く。かすかに触れた肌は、冷たさを持っていた。
「ああ、ありがとう」
「そうじゃなくて、どうしたのいったい?」
「気にしなくていい。いつものことだ」
「いつも……って」
「どうも、ふと気が緩むたびに罪悪感がこみあげる。病気だな、これは」
 セフィロスが大きく深呼吸する。
「大丈夫? 歩ける?」
「そんなにやわではないさ。さあ、行こう」
 セフィロスは優しく微笑んだ。
 彼は、自分に主体性がないことを自覚していた。彼本人の意識からすると、自らの指標となって行動してくれるセルフィの存在はありがたかった。それ以上にこの快活な少女の傍にあって、その身を守りたいと考えている自分がいることにも当然この冷静な頭脳は分かっていた。
 一方でセルフィの方はといえば彼のことをどう思っていたのだろうか。
 一眠りした後はアーヴァインのことを吹っ切れたかのように明るく振る舞っているが、それは無論ポーズでしかなかった。未だ悲しみはつきなかったし、考えればまた涙が出てきそうになる。だが立ち止まってはいられない。モニカとファリス。この二人を一刻も早くガーデンへ連れ帰らなければならないのだから。
 いや、正確にはこのセフィロスもそうだ、と銀髪の妖精を見上げた。
(セフィロス……)
 未だに彼の正体は分からない。異世界の人物かとも思われるが、はっきりしたことは言えない。
 そしてその彼に対する感情を、セルフィは少しずつ理解しはじめていた。
(……アタシ、セフィロスに頼ってる)
 いつも傍にいてほしいと思っている。そして力づけてほしいと頼っている。
 アーヴァインは亡くなった。ラグナもここで別れることになる。
 自分の傍には、誰もいなくなる。
(セフィロスは、ずっと傍にいてくれるの?)
 今のところ、彼は何も言わないでずっとセルフィの傍にいてくれている。余計なことは何も言わず、彼女の望むとおりの彼でいてくれている。
「セフィロス」
 うん、とその美形をセルフィに向ける。真摯な瞳が、次の言葉を待っている。
「2人でいられる内に、聞いておきたいことがあるの」
「何だ?」
「セフィロスは、どこにも行かないよね」
 顔を顰める。その態度がセルフィに戸惑いを覚えさせた。
「そのつもりだ」
 返答は、セルフィの顔を太陽のように輝かせた。
「約束だよ。絶対、絶対だからね」
「約束しよう」
 ほーっ、と口を丸くして息を吐き出した。
(セフィロスに、ずっと力づけていてもらえたら……)
 自分は躓かずに前へ進んでいけるだろう、きっと。
 アーヴァインが亡くなったことを告げられたとき、セフィロスは自分をしっかりと支えてくれた。
 そして今も、自分の不安を包むかのようにほしい言葉を投げかけてくれる。
「それじゃ、行こうか」
 セルフィは気をよくしてファリスの部屋へと向かった。セフィロスはその後をゆっくりとついていった。
 その、途中であった。
 薄暗い通路。一歩、また一歩、ゆっくりと近づいてくる影があった。
 いや違う。ゆっくりと『後退してくる』影があった。
「ファリス……?」
 セルフィは、その紫色の髪を見て話しかける。肩ごしに振り返り、その姿を確認するなり「近づくな!」と警告を発する。
「来てはいけない」
 だが、ファリスがゆっくりと後退してくるにつれ、その理由が次第にはっきりとしてきた。と同時に、セルフィの顔色が少しずつ青ざめていった。
「うそ」
 逆に、セルフィの足は踏み出された。2歩目が出るまでに少し時間がかかった。
「……アーヴィン?」
 暗がりから出てきた男は、ニヒルな笑みをセルフィに向けた。
「生きて──」
「下がれ、セルフィ」
 ファリスがなおも前に出ようとしたセルフィを右腕で制する。
「こいつは、アーヴァインじゃない。アーヴァインの姿をした、化け物だ」
 そのままセルフィごと後退した。口ではそう言えども、やはりその姿に当惑しているようであった。
『……やあ、セルフィ』
 その口から出てきた言葉はまぎれもなく彼のものであった。
「アー……」
 アーヴァインのもとに足を踏み出そうとするセルフィを強引に止めたのはセフィロスであった。強引に腕を掴み、自分の後ろへと追いやる。
「下がれ、セルフィ」
「セフィロス」
「あれは邪悪だ」
 セフィロスは隣に立つファリスを見つめた。やはりまだ混乱から立ち直っているようではなかった。
「何者だ?」
 もともとアーヴァインの顔すら知らないセフィロスは動揺などしていなかった。どうやらこの姿をした人物は『アーヴァイン』だということだが、同一人物であるはずがない。死んだ、それも木っ端微塵になったということである。だとすればこの人物がアーヴァインであるはずがないのだ。
 しかもこのただならぬ妖気。これが人外のものでなくしていったいなんだというのか。
『……僕? 僕は、アーヴァイン』
「それだけ妖気を漂わせておいて、人間の、それも故人の名を語るな」
 アーヴァインはくつくつと笑い、両腕を広げて肩をすくめた。
『……それで?』
「妖魔の類ならば切り捨てる。もっとも、そうでなくてもそうするつもりだが」
 セフィロスは動いた。懐剣を取り出し、自分と同じほどの高さの男に近寄ってその剣を振るう。
『……おっと』
 口からではない、直接脳にその言葉が伝わった。
『……セルフィ、この男を何とかしてくれよ。このままだと、僕は殺されてしまう』
「アーヴィン……」
 セルフィにも分かっていた。それがアーヴァインなどではないことを。
 だが、体が動かない。死んだという事実と、目の前にいる存在。どちらが正しいかは、火を見るよりも明らかなことである、はずなのに。
(……アーヴィン……)
 あの小憎らしい笑顔、とぼけたような声、全てがセルフィの記憶のままだ。
「待って、セフィロス」
 思わず声が出ていた。だが、彼は止まらなかった。
「お願いっ!」
 かすれて、何とか絞り出したかのような声が届くと、さすがにセフィロスもためらいが生じた。
 そのわずかなためらいで充分であった。
 アーヴァインの姿がするりとセフィロスの懐に入る。防戦する間すらなく、セフィロスは後方に逃れようとする。
 だが、遅い。
「くっ」
 そのアーヴァインの左手に短刀が握られていた。その先にセフィロスの脇腹があった。
 刃渡りは短い。果物ナイフ程度だ。だからこそ服の袖に隠すこともできたのだろう。
 セフィロスは何も防具をつけていなかった。無防備な腹部に短刀が突き刺さる。
 それだけなら致命傷になるほどの怪我にはなるまい。だが、問題は別にあった。
(これは)
 刺さった瞬間、吐き気と目眩が生じた。当然、刺されたのだからそれは当然だ。だが、これは『違う』。そのことにセフィロスは気づいた。
(毒?)
 膝からがくりと崩れ落ちる。そのまま、意識を失った。
「セフィロス!」
 セルフィは叫んだ。だが、セフィロスは答えない。
「……アーヴィン」
 アーヴァインは抜いた短刀を床に投げ捨てた。そして、血で汚れた顔でにやりと笑う。
「何者だ?」
 今度はファリスが尋ねた。アーヴァインは喉の奥でいやらしく笑う。
『……まだ分からないかね、ファリス』
 はっとなって、腰の剣をようやく抜いた。
「きさま……きさま、エクスデス!」
 アーヴァインの顔が、にやりと歪んだ。






53.妖精の飛翔

もどる