俺を呼ぶのは誰だ……。
『……セフィ……ロス……』
意思のない瞳。
生気のない顔。
そして──
その瞳で俺を見るな……。
お前は……。
お前は……誰だ……。
PLUS.53
妖精の飛翔
We return to the promised land
『左様。いつ気づくかと思って待っていたのだがな。まさか最後まで気づかぬとは思わなかったよ』
エクスデス。
この異世界の敵は、自分からアーヴァインだけではなく、セフィロスまで奪おうとしている。
セルフィは怒りに身をたぎらせた。
「許さない」
セルフィは目を見開いた。
「お前だけは絶対に許さない!」
GFが、突然発動した。
「セルフィ、待て!」
「アレクサンダー!」
ファリスの制止も聞かず、セルフィはそのGFを操る。
『ジャッジメント!』
聖なる審判が襲いかかる。十六条の白銀の槍が、建物を貫いてアーヴァインの、エクスデスの体に降り注いだ。
「なんだ!?」
突如発動されたGFは、当然のことながら建物の中にいた人物はおろか、外にいた人物たちにまで影響を与えた。
ラグナは建物の外にいた方であったが、その光の槍によって建物が崩れさることを予見するなり、すぐに救助活動を始めた。
「いったいなんだってんだ?」
再建を行おうと思い、活動を始めた矢先のこの展開である。こちらの予想を裏切る事態で飽きさせないことこの上ないのではあるが、さすがにここまでの事態となるとその思考も正常には働かなかった。
「ま、いっか。あの建物は危ないから取り壊した方がよさそうだったしな」
だがそうなると、今あの中にいる人たちは非常に危険な状態と言わなければならない。救助活動は難航するだろう。
「まいったなあ」
アーヴァインの体に降り注いだ十六条の光の槍は、その体を粉々に砕いた。だが、その爆発の跡に魔導士のローブを身にまとった男が出現した。
「エクスデス!」
ファリスが過剰に反応した。まさにこれこそ、エクスデス本来の姿であった。
『くくく“着物”がぼろぼろになってしまった。残念なことだ』
その言葉の意味するところを悟って、さらに頭に血をたぎらせた。
「きっさまぁ!」
火炎の魔法ファイガをセルフィは放ったが、それはすりぬけて後ろの壁を爆破するだけのことであった。
『やれやれ、短慮だな』
「うるさい! お前なんか、お前なんかあああっ!」
その姿が実体を持たないということをファリスは心得ていた。今の魔法が届かなかったのもそのせいであろう。
(まずいな)
セフィロスの体が動かなくなった。おそらく毒が体中に回っているのだろう。早く治療しなければ命に関わる。だが、この状況ではどうにもならない。エクスデスを倒すか、引かせるかしなければ治療することはできない。
(セルフィは、そのことに気づいていない)
怒りに狂い、次々と魔法を放っている。だが、そのいずれもがエクスデスの虚像を通り抜けてその後方で効果を発動させていた。
『……ファリス。この男、助けたいか?』
エクスデスはセフィロスの腕を踏みつけて視線を送ってきた。
「エクスデス!」
反応するのは常にセルフィであった。この時彼女が持っていた武器はヌンチャクではなく小剣であったが、その鋭さはやはり非凡であった。ただこの場合は相手が悪かった。彼女の攻撃は全て相手をすり抜け、空を切るかのごとくに手応えがなかった。
『やれやれ』
黒い瘴気が渦巻き、セルフィの体を縛り上げて宙へと持ち上げた。
「あぐっ……」
特に首を強くしめられ、力を失って剣を取り落とす。
『この男と、この娘を助けたいか、ファリス』
ファリスは歯を強くかみしめたが、この状況で自分にどうすることもできないことは分かっていた。
「二人を解放しろ。狙いは、俺の命なんだろう」
『ならば、自らその命を絶て』
分かりやすすぎる命令であった。
(アーヴァイン)
彼が救ってくれた命、無駄にするわけにはいかない。
例え自分がこの命を捨てたとしても、本当に二人を解放するかどうかとは別の問題だ。だが、エクスデスの狙いはあくまで自分。であれば、無意味に人を殺すことは避けるかもしれない。
「分かった」
膝を着き、剣を首筋にあてた。
「二人を、必ず解放するんだな」
『二言はない』
ファリスは目を閉じた。そして、その手に力をこめた。
まさにその時であった。その長剣が虚空から現れ、ひび割れて歩くこともままならない床に突き刺さったのは。
「これは?」
その剣には見覚えがあった。わずかに背を逸らせた、妖刀。
『目覚めよ』
不気味にその剣が発光した。それと同時に変化が起こった。変化は、エクスデスの足元で発生していた。
「セフィロス!」
ファリスが叫ぶ。毒が回って完全に体が動かなかったはずの彼が、ゆっくりと立ち上がるなり、右手をその長剣に向かって差し出したのだ。
「俺を呼ぶのは、誰だ……」
セフィロスは視点が定まらぬままにその剣を取ろうと手を伸ばした。
「せふぃ……ろす……」
セルフィが残ったわずかな空気を使って彼の名を呼ぶ。だがそれも、彼の耳には届いていなかったようであった。
「俺を、呼ぶのは……」
右手が、その剣に触れた。
瞬間、過去の全ての記憶がセフィロスの中に蘇った。
忌まわしき記憶。
友と交えた刃。
世界の滅亡。
そして、『ジェノバ』。
腰まで長く垂れ下がっている髪が、下からの強風にあおられたかのように天に向かって吹き上げられた。
(そうだ)
それは彼の意識だったのか、それとも別の存在からだったのか。
(そうとも)
今度は間違いなくセフィロス本人の意識であった。
(俺はセフィロス、全てを変えるもの)
しっかりと、妖刀正宗を握りしめた。
「俺を呼ぶのはお前か、いや、お前たちか……」
彼を中心として爆発が生じた。ファリスは腕で顔を覆って爆風を防ぐ。
(何が起こった?)
ファリスは何事か予測のしえない事態が生じたことを理解していたが、実際に何が生じたかまでは当然分からなかった。とにかくこの状況を確認するため、必死に目を凝らして彼を見つめた。
「……くっ……くくくくくっ……」
その不気味な笑い声は、エクスデスではなくセフィロスのものであった。明らかに様子が変わっていた。無表情で誠実であった彼の以前の姿はもはやどこにもなかった。凶悪な笑みを浮かべ、その妖刀を両手で持っていた。
『きさま、何者だ?』
セフィロスは返答した。言葉ではなく、実力で。
『ぬうっ!?』
正宗はエクスデスの体を上下に二分割した。
『ばっ……ばかな……っ』
見ていたファリスにしても同じ思いであった。あのエクスデスに、これほど容易にダメージを与えるとは、いやあれは。
(致命傷、だ……)
正宗は虚像の奥に潜む本体ごと、エクスデスの体を両断していたのだ。もはやエクスデスは存在することができなくなってしまったのだ。
そして、瘴気が消えてセルフィが解放された。ごほごほっ、と咳き込むと共に新鮮な空気を肺に送り込む。
「大丈夫か、セルフィ」
ファリスが駆け寄り、背中をさする。大丈夫、とセルフィは答えてセフィロスを見つめた。
「いったい、何が……」
セルフィにしてもセフィロスの突然の変容は理解ができていなかった。いや、ずっと行動を共にしていたセルフィだからこそ、動揺は激しかった。
「せふぃろ──ごほっ」
まだ喉が痛む。激しく咳き込んで、ゆっくりと呼吸を整えた。
『きさま……いったい……』
「俺は……そう、俺は、セフィロス……」
エクスデスの問いに答えるというわけではなく、自分に言い聞かせるかのように呟く。
「……ふふ、ふふふ……そうか。そういうことだったのか……」
セフィロスはエクスデスを睨み付けると、一歩踏み込んで今度は片手で上から正宗を振り下ろした。それで全ては終わった。エクスデスの姿は消失し、セフィロスだけが残った。
「セフィロス……」
だが、セフィロスはその声に答えなかった。セルフィの方を振り向き、その凶悪な笑みを消さないままに正宗を振るった。
(セフィロス?)
動いたのはファリスであった。間一髪、ファリスの紫色の髪が宙に舞ったのでまさに文字通り、セルフィをその身を呈して庇ったのだ。
(いったい、これは?)
だがセフィロスはそれ以上二人を攻撃することはしなかった。そして凶悪な笑みを浮かべたまま、建物の奥へと歩いていった。
「セフィロス」
その後ろ姿を、セルフィは呆然と見送った。
「いったい、どういうこと……」
だが、その姿がいなくなった時にようやくセルフィは我を取り戻した。立ち上がるとその後を追う。
「セフィロス!」
だが、その角を曲がったところで彼は立ち止まっていた。
その正宗が、血を浴びていた。
(嘘)
彼の足元に、大柄の男が倒れていた。セルフィもよく見知っている人物であった。
(どうして……)
セルフィは一歩近づく。だがその時、建物が大きく揺れた。それはここが崩れ落ちる兆候に他ならなかった。
「セフィロス……どうして」
彼の足元に倒れていたのは、ウォードであった。もはや息はない。大量の血が床に流れ落ちている。
「……セルフィ、か……」
その口から自分の名前が聞こえてきた時、セルフィはわずかながら顔をほころばせた。
「セフィロス……」
「近づくな」
銀髪の妖精は、正宗をセルフィの鼻先に突きつけた。セルフィは右足を前に出した体勢のまま、完全に硬直した。
「……どうして……」
「俺は、俺の成すべきことをする」
セフィロスはそう言い残すと、再び歩み去っていった。
今度こそ、セルフィは後を終えなかった。
愕然としたまま、彼の姿が消えるのを見送った。
(どうして)
セルフィは角を曲がったその銀髪が完全に消え失せても、なおその場に固まっていた。
(どうして……)
後を追ってきたファリスがその状況を把握し、セルフィを担ぎ上げて建物から脱出を計ってもなお、セルフィは動くことができずにいた。
(……どうして……)
54.届かない想い
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