自分が何をしたいのかなんて、考えたことなかった。
 私はただ、大好きな人の傍にいたかっただけ。
 でもそれがかなわない夢なら、私はどうすればいいんだろう……。
 私はそれを見つけたい。












PLUS.54

届かない想い







memory keeper






 状況を知ったラグナとキロスは、まさに彼らには似合わない衝撃を露にしていた。状況を報告したのは専らファリスであり、セルフィは黙っているだけ、あるいは時に頷くだけであった。
『エクスデスを倒したセフィロスが、ウォードを殺して姿を消した』
 その事実の中でも彼らに衝撃を与えていたのは無論、後者の方であった。後者の中でもその前半、つまり『ウォードが死んだ』ということが彼らの衝撃の核であった。
「あー……んと、その、なんだ……」
 ラグナは自分も衝撃を受けているはずなのに、それをできるだけ表面に出さないようにして落ち込むセルフィの肩を叩いた。
「元気出せな」
 セルフィは全く動けなかった。ラグナたちが出ていって、彼女が一人になってから初めて、涙がこぼれ落ちてきた。
『セフィロスは、どこにも行かないよね』
 約束を、交わしたはずだった。
『約束しよう』
 彼はそう言ったのに。
 そう言ってくれたのに。
「どうしてっ……」
 セフィロスまで。
 セフィロスまで、自分を置いていってしまった。
「何で、どうして!」
 自分を励まし、力づけてくれる存在。
 自分の、心の拠り所。
「セフィロス……!」
 それはアーヴァインを失った時以上の、苦痛であった。






 この日の戦闘は、それで全て終わりであった。
 ロックブーケ、ルージュ、エデン、そしてエクスデス。いずれも手ごわい相手であり、ルージュは生き残ってしまったがそれ以外は全て倒したとなると、彼ら代表者たち、そしてガーデンに属するSEEDたちの力はかなり高いものだと言わざるをえまい。
 だがそこに、ガーデンの代表であり、世界に対して責任ある存在であるスコールの姿はなかった。
 そして、その日の朝からずっと、ただひたすら空を眺め続けていた彼は、ようやく身をゆっくりと起こした。
「……そうだな。それも、いいかもしれない」
 彼はリノアを呼ぶと、ゆっくりと港へと向かって歩きだした。






 深夜特急は昼になってようやくドールへ到着した。
 ここは一年以上も前に戦場となった場所ではあったが、その影響はほとんど見られなかった。
 起きている間中、ほとんどエルオーネの面倒を見ていたレノはさすがにげっそりとしていた。エルオーネはその年齢に似合わず、ほとんど幼児・児童と化していた。ただの子供だったのだ。
「レノ〜♪ 浜辺いってみよ、浜辺!」
 もう反抗する気力もなく、ただただエルオーネの後を追うだけであった。もちろん、走り回るエルオーネの後をゆっくりと歩いていくのだが。
(……もう限界だぞ、と……)
 だいたい自分はこんな女につきまとわれるためにガーデンを出たのではなかった。出来の悪い部下を見つけるために出てきたのだ。それがこんなことになるとは。
『……うん?』
 レノは戦士特有の勘のよさを発揮して、何者かの視線を感じて振り返った。
(……確かに、誰かに見られていたようだが……)
 だが、自分が気づいた時には既にその気配はなくなっていた。余程注意深い相手なのか、それとも単に異風の人間ということで見られていただけなのか。
(ま、無視してもかまわないだろうな、と……)
 レノは考え通りに無視してエルオーネの後を追った。だが、歩きだすとまた視線を感じた。
(つけられているぞ、と……)
 尾行されなければならない理由はないはずだ。ではいったいどういうことなのか。
(……よし)
 レノはエルオーネの傍まで近寄って、できるだけ離れないようにして先へ進んだ。
「次の道を右へ曲がれ」
 エルオーネは何があったのかは分からなかったようだがレノに従った。余計に騒がないあたりはさすがに戦士と共に育っただけのことはある。
 曲がり角を進むと、素早く木陰に身を潜ませた。そして追ってくる相手を確認する。
(……なんだ?)
 それを確認して、レノは間の抜けたような顔になった。
(……子供?)
 やや浅黒い肌をした、愛嬌のある顔をした子供であった。せいぜい10歳か、それより少し上というくらいだ。耳にピアスをしていて、歩くごとに軽く揺れている。
(子供に追われる理由はないぞ、と)
 レノはエルオーネに動かないよう指示して、その子供の背後に回り込んだ。
「何か用か、と」
 子供はびくっと跳ね上がった。そしてレノの顔をじっと見つめて、突如一目散に逃げだす。
「……いったい何なんだぞ、と」
 レノは追わなかった。別に追わなくても問題ないと判断したからだ。
「レノ? 誰だったの、あの子」
「俺にも分からないぞ、と」
 つくづくうんざりしてレノはため息をついた。
 いったい自分が何をしようとしているのか、このままでは忘れてしまいそうであった。






 ラグナロクはその日の夜にバラム・ガーデン跡地へとたどりついていた。
 ここで、シュウたちやゼルたちと合流することになっている。しばらくはラグナロクで寝泊まりするということになりそうであったが、シュウと連絡をとった時にまた新しい指示がくだっていた。
 つまり、ガーデンは進路を変更してティンバー方面へ向かっているので、ラグナロクはゼルたちを連れてティンバー・マンデービーチへ来るように、ということであった。
 セルフィは操縦室にこもって、誰とも会おうとはしなかった。
 ファリスはまたしてもセルフィに仲間を失わせるという事態を演出することとなったが、それを後悔してはいなかった。言うなれば自分も被害者なのである。もちろん、残念には思ったしセルフィに対して完全に冷静とはいえなかったが。
「まいったな」
 ファリスのぼやきは、その場にいたヴァルツやモニカが対応することとなった。
「何が、でしょうか」
「セルフィさ。俺が言うことかどうかは分からないが、朝から何も食べていない。誰にも会おうとしない。不健康だ」
 ヴァルツも頷く。
「セルフィさんにとって、大切な人が次々と失われたことになりますから」
「アーヴァインと、セフィロスか。いったいどういう関係だったんだ?」
「アーヴァインさんとは、前の戦いで行動を共にした仲間です。その中でも、とりわけ仲が良かったと聞いてはおりますが」
 それ以上の発言をヴァルツはしなかった。噂にすぎないことであったし、二人ともお互いの立場を公言したことはなかったからだ。
「セフィロスは?」
「そちらは何とも。エスタに向かう前まではおられませんでしたので、おそらくはエスタに滞在中に知り合ったものだと思いますが」
「私のところにラグナ様やセルフィ様たちが来られた時、既にセフィロス様もご一緒なされておりました」
 モニカがそう言うと、ファリスはまじまじと彼女を見つめた。
「何か?」
「ん、いや」
 ファリスはその言葉づかいから、ふと妹を思い出していたのだ。
「セフィロスか」
 自分たちがあれほどに苦労していた相手を、たったの一撃、いや二撃で完全に消滅させた。前の世界での自分たちの戦いはいったい何だったのか。いや、それほどにかの銀髪の青年の力は自分たちをはるかに凌駕している、ということなのだろう。
「セルフィですら正体がよく掴めていない人物のようだった。いったい、何をするつもりなのか」
 ファリスは携帯食料を取り上げると操縦室へと向かった。ヴァルツは止めようとしたが「強引に食わせる」と言われて引き下がった。
「セルフィ、入るぞ」
 何も返答がなかったので、ファリスは手動で扉を開けた。
「セルフィ。飯だ」
「…………」
 だが、彼女は操縦席につっぷして動かない。かすかに反応しているところを見ると、寝ているというわけでもないようだ。
「セルフィ」
 開いた椅子に食料を置くと、強引に彼女の体を起こす。
「放っておいて」
 真っ赤に腫れ上がった目で睨み付けられた。
「とにかく、食べるんだ。体がもたないぞ」
「今はいらない。明日になったらきちんと食べるから」
「ガキ」
 突然、侮辱的な言葉を投げつけられてセルフィは激怒した。
「な……んっ!」
 立ち上がって振り返る。握り締めた拳が震えている。
 だが、それが強がりであることは見ていて明らかであった。
「たかだか男に逃げられたくらいで何を泣いているんだ。だいたい、戦士が食わないで戦うことができると思っているのか」
「あんた……なんかに!」
 セルフィは素手でファリスに組みかかった。それを予期していたのか、ファリスはセルフィの両手首をがっしりと掴む。
「あんたなんかに分かるもんか!」
「分からないな。逃げられた男を追うでもない、ただ泣いて、うじうじして、あげくの果て回りに迷惑をかける。いっそのこといない方がマシだ」
 セルフィの腫れた目が見開かれた。
 歯をくいしばり、空いていた足でその脛を蹴り上げる。さすがにこれはファリスもまいったようで、手首を締めつけていた力が緩んだ。
「くうっ」
 さらにその細い腕がよく伸びた。鉄拳がファリスの顎を捕らえて、その体を二歩、後退させる。
「はあ、はあ」
 ファリスは息上がっているセルフィを見つめ、唇の端から流れ出た血を拭った。
(何をやっているんだろ、アタシ)
 ファリスはそのまま動かなかった。拭った血のあとが、その顔に残っている。
(セフィロス……セフィロス。どうして……)
 彼さえいてくれたなら、自分はこんなにも悩まなかったのに。
『逃げられた男を追うでもない、ただ泣いて、うじうじして、あげくの果てに回りに迷惑をかける』
 あの時。
 そう、自分はセフィロスを追うことができなかった。
 セフィロスの気迫に圧倒されたからではない。その変化が、自分との約束すら忘れてしまったかのような変わりように、自分がショックを受けてしまったからだ。
(……アタシ……)
 ファリスの言うとおりだ。
 自分では何もしようとしていない。回りに迷惑ばかりかけている。
 もっと、自分にできることはたくさんあるはずなのに。
「……落ちついたか?」
 ファリスがゆっくりと口を開いた。セルフィは頷く。
「ごめん、アタシ……」
「気にするな。ショック療法だ、副作用って奴だな」
「血が」
「こんなもん、ほっときゃ治る」
 ファリスは肩を竦めた。その長い前髪が揺れて、一瞬、その顔の全てが露になる。
「……?」
 セルフィはふと気にかかり、近づいて青年の顔をまじまじと見つめる。
「……なんだ?」
 さすがにファリスも不気味に思ったのか、半歩後退してセルフィを見つめ下ろす。
「ん〜……」
 ていっ、という掛け声と共にセルフィは両手をファリスの胸に当てた。
「…………」
 二人とも、しばし無言であった。
「ファリス……女、だったの?」
「気づいてなかったのか、と言いたいところだが……」
 再びファリスはその両手をねじりあげた。
「口で聞け、口で。突然人の胸を触るとは、なんて奴だ」
「だ、だって、今までずっと言わなかったなんて、隠してるのかなと思って──って、痛い痛い痛いっ!」
「隠してなんかないさ。どいつもこいつも誤解するから、そのままにしておいただけのことさ」
「誤解してるって気づいてるのに言わないのは隠してるのと同じだと思う」
 ファリスは笑った。
「そうかもな」






「おい、お前いったい何の用だぞ、と」
 翌日になって、もはや姿を隠そうともせずに二人の後をついてくる子供に向かってレノはとうとう口を開いた。
「お前なんかに、用はない」
 男の子の恰好をしていたので分からなかったが、子供は女の子であった。
「なんかって……」
 レノはこの上子供にまで自分の行動にケチをつけられるのかと理解すると、さすがにげんなりとした。
「じゃあ、エルオーネに用があるのか?」
「そうだよ」
 そう言い、女の子はエルオーネに近づいた。
「エル姉ちゃんでしょ?」
 そうだけど、と答えてエルオーネはしゃがみこむ。どこかで見たような顔であった。
「ええっと……?」
「あたし、レイラ・シーゲル。分からない?」
「シーゲル?」
 ファーストネームよりもその方が気になった。その名は、彼女はよく知っていた。
「……本当に……?」
「本当に。あのね、お父さんに伝えてほしいことがあるの」
 エルオーネは目を瞬かせた。
「ハオラーンは、南の大陸のどこかにいるよって」
 エルオーネは首を傾げた。が、聞き返すよりも早く彼女は走り去ってしまった。
「……いったい、誰なんだぞ、と」
「私も、彼女のことは知らないんだけど……」
「父親を知っている、と」
 エルオーネは頷いた。確かに、彼の父親は自分がよく知っている人物であった。
 キロス・シーゲル。
 ラグナと行動を共にする、最も大切な友人の名であった。
 と言われても、レノがガーデンに来たのはF・Hからだ。その頃には既にラグナとキロスはエスタへ向かっていた。どんな人物なのかは全く分からない。
 子供がいなくなった方を見ながら、とりあえず声をかける。
「あの子供、放っておいていいのか?」
「う〜ん……」
 エルオーネは悩んだが、結局レイラを探すことはしなかった。
『ハオラーンは南の大陸にいる』
 それをキロスに伝えろという。それが意味しているものはいったい何なのか。
「どうする?」
「う〜ん……」
「悩んでばかりだぞ、と」
「だって、簡単に答が出るような問題じゃないもの」
 キロスに伝えるといっても、と言おうとしてすぐに気がついた。何故それに気づかなかったのか、馬鹿な話だ。
「そっか。呼べばいいんだ」
 エルオーネは人の意識を他者の過去へ送ることができる能力を持っている。両者ともエルオーネの知人であることが条件だが、その実用性は非常に高い。
「……それじゃあ、キロスおじさんにレノの中に入ってもらおう」
「はあ?」
「だいじょぶだいじょぶ。問題は何もないから」
「な、何のことだぞ、と」
 突然妙なことを言いはじめたエルオーネにびくつき、レノが顔をひきつらせる。
「大丈夫。もう過去の話だし」
 正体の知れないものに対する恐れをレノは見せていたわけだが、自分の能力を知っているエルオーネにとっては彼が怯えているのを見るのはなかなか面白いものがあった。含み笑いをもらし、レノの手を取る。
「それじゃ、始めようか」






55.世界を奏でる音色

もどる