彼女がこの地へと去ってから、どれだけの月日が流れたのでしょうか。
 私は彼女を助けなければならない。
 身分に関わりなく、ただ一人の友人となってくれた少女。
 彼女がいたから、私は私でいられた。
 たとえ、恋人と離れても、一人になったとしても。
 私は彼女を助けたいと思った。
 それが、どんなに辛いことなのだとしても。












PLUS.58

力なき意思







another world






 ラグナロクは翌日、明け方に到着した。
 セルフィはほとんど寝ずにラグナロクを運転してきたが、それでもまだまだ元気な様子を見せた。もっとも、周りから見るとそれは、まだ空元気であるようであったが。
「まみむめも〜! たっだいま〜!」
 異世界の人間、そしてSeeDたちが全員降りて、最後にセルフィがラグナロクからを現した。出迎えたのは、ガーデン側からはキスティス、異世界組からはカインとティナであった。
「セルフィさん」
「ティナ! ひっさしぶり〜! 元気してた〜?」
 セルフィは真先にティナに近寄るとその頭を抱いた。はあーっ、と大きく息を吐く。
「……つかれたぁ」
 思わずティナは苦笑する。
「お疲れさまです」
「うん。でも、大丈夫。これからすぐに会議だしね」
 ぐっ、と両方の手で握り拳を作る。今度は逆に、ティナがセルフィを抱きしめた。
「ティナ?」
「お疲れさまです」
 意味ありげなその台詞に、思わず涙がこみ上げてきそうになった。
 だが泣いている場合ではない。それに、泣くのはもうやめたのだ。今は自分にできることをする、そしてセフィロスを見つける。
 必ず見つける。そのためにも、今は自分が持っている情報をみんなに伝えて、そしてみんなから情報を受け取らなければならない。
「お帰り、セルフィ」
「ただいま、キスティス」
 続いて声をかけてきたキスティスと、固く握手を交わす。
「みんなは元気にしてる?」
 キスティスは横に立つカインと素早く視線を交わす。
「セルフィ、その話は後で」
 素早く小声でささやかれた。何かこちらでもよくないことが起きたのだろうか。
 アーヴァインのように。セフィロスのように。
 悪寒が走った。
「どういうこと」
 やはり小声で尋ねる。キスティスが答えにくそうにした。
「お願い、今すぐ教えて。みんな、無事、なんでしょ?」
 それを聞いてキスティスはセルフィが何を懸念しているかに気づいた。大丈夫よ、と安心させるように言う。
「ただ、今ちょっとスコールとリノアがここにいないの」
「いない?」
「理由は後で説明するわ。それで、今このガーデンを指揮しているのは私とシュウ、それからカイン」
 セルフィは改めてカインを見つめた。
 セルフィがガーデンを出発する前日、カインはこのガーデンへとやってきている。その際に若干ではあるが会話を交わしてもいる。全く面識がないというわけではなかった。
「うーんと、とりあえずいろんなことがあったんだ」
 セルフィが言うとカインは「確かにそうだ」と苦笑しながら答えた。
「よろしく頼む」
 そしてその大きな手を差し出した。セルフィは一瞬何をしようとしているのか分からずに戸惑った。
「あ、よろしくお願いします」
 気づいて、自分も手を差し出す。こちらも固く握手が交わされた。
(おっきい手)
 セフィロスよりも大きい。
(セフィロス、今ごろどこで何してるのかな)
 外見は全く違うというのに、カインの存在は不思議とセフィロスを思い起こさせた。
 それに、スコール。リーダーとして紹介されたカインは、ガーデンのリーダーであったスコールともかすかに印象がかぶった。
「セルフィ」
 先に降りていたファリスが近寄ってくる。モニカとユリアンもだ。
「紹介するね。こっちがファリス。アーヴァインが見つけた女の子」
 颯爽とした青年、のように見えた人物は女性だと紹介された。カインは頷いて手を差し出す。
「異世界の人間の代表を任されているカインだ。よろしく頼む」
「こちらこそよろしく頼む」
 ファリスと握手を交わしてからさらに二人が紹介される。
「こっちがユリアン。こっちはモニカ姫。一応恋人同士なんだって」
 めちゃくちゃな紹介の仕方であった。カインは思わず吹き出してしまった。
「ユリアンです。よろしくお願いします」
「モニカと申します。よろしくお願いします」
 二人と握手をかわした後に、カインの方から説明する。
「カタリナは今会議室の方にいる。会いたいのであればすぐに案内するが」
「お願いします。そして、ここにいるみなさんにお話しなければならないことがあるのですが」
「分かっている。この後、すぐにというわけではないが早いうちに会議を開く。このガーデンの中核を担う人物たち、そして異世界の人間たち、全員を集めて」
 二人は頷いた。
「キスティス、朝食後に会議を開くから、連絡と準備を頼む」
「了解。カイン、あなたも少し休んだ方がいいんじゃない? 目の下にクマができてるわよ」
 複雑そうな表情を浮かべた。確かに疲れてはいる。昨日、いや一昨日からほとんど寝ずに動いていたことが原因だ。だが疲れを表に出しているつもりはなかったのだが。
「そうだな。だが会議が終わってからにしよう。今眠ると起きられなくなりそうだ」
「一流の戦士がそんなことを言うの?」
 カインは肩をすくめた。そのやり取りを見ながら、セルフィが「ほえ〜」と驚きの声をあげる。
「仲、いいんだね」
 言われてカインとキスティスは顔を見合った。
「悪くはないわね」
 カインは首をひねった。だが否定的な意味ではなさそうだ。






「モニカ様!」
 部屋の扉が開け放たれて、紫の髪の麗人が飛び込んでくる。そしてモニカの前に片膝をついた。
「どうぞ、どうぞよく、ご無事で」
「カタリナ」
 モニカもまた目にうっすらと涙を浮かべると、その麗人の前に膝をついてカタリナを抱きしめた。
「モニカ様」
「よく、よく来てくださいました。ありがとうございます」
 カタリナがこの地を訪れた理由は把握している。自分を助けるためだ。たった一人で。それがどれほど辛いことか、モニカには分かる。
 自分もまた、たった一人で人探しをしに来たのだから。
「そして申し訳ありません。あなたには随分と心配をかけてしまいました」
「もったいなきお言葉」
 珍しく冷静さが失われていたカタリナであったが、最初の興奮が冷めるとあとはいつもの通りであった。
「姫様がご無事なら私はそれにつきたるものはございません」
「ありがとう、カタリナ」
 二人が立ち上がったところを見計らって、後ろに控えていたユリアンが近づいてきた。
「カタリナも来ていたんだね。会えてよかった」
「お互いにな、ユリアン。また姫様を助けるため、共に戦うことになりそうだな」
 カタリナとユリアンはしっかりと握手をかわす。個人的な関係でいえば、二人の間には何もない。だが共に『モニカを守る』という意思だけは同じだ。それが二人に盟友のような関係を生じさせていた。
「まあ、僕は訳もわからずこの世界に巻き込まれてきたんだけど」
「すみません。多分、私がこの世界に来たときに、傍にいたユリアンまで一緒に」
「ああ、いえいえ! 僕はそれが嫌だって言ってるわけじゃないんですよ、勘違いしないでください」
「ふふ、相変わらずでございますね」
 カタリナは微笑んだ。まったく、いつまでたってもこの二人は恋人としては初々しすぎる。これでももう二年も一緒にいるというのに。
(でも、ミカエル様はお許しにはならないわね)
 王妹のモニカとプリンセスガードのユリアンとでは立場が違いすぎる。たとえアビスとの戦いをくぐりぬけた、世界を救った戦士であったとしてもだ。
「さて、再会の喜びはこれくらいにしておきましょう」
 カタリナが言うと二人も頷く。
「まず、私が何故この地に来たのか、ということからですね」
「そうです。私はこの世界に姫様がおいでになると聞き及び、ハオラーンの協力でここまでやってまいりました」
「ハオラーンの?」
 ユリアンが敏感に反応する。デリングシティでワグナスとかいう男もハオラーンの名前を出していた。
「彼が何故」
「それは分からない。だが、姫様を助けるには私の力が必要だと言われ、私はとにかくこの世界へやってきた」
「なるほど。では、モニカ姫がこちらへ来られたのは、いったい?」
 ユリアンが尋ねると、モニカははっきりと答えた。
「私の親友を助けるためです」
「サラを?」
「はい。サラは『代表者』です。そして彼女が命を狙われている。彼女がなくなれば世界が崩壊する」
 その話は既に二人とも聞いていた。『代表者』が世界を救う。だから世界を滅ぼそうとしている者たちが『代表者』を狙っている、と。
「そして、サラを狙っているのが、私たちのよく知る人物です」
 よく知る人物?
 二人の頭の中をさまざまな人物が駆け巡る。
「それはいったい」
 モニカは一拍置いてから答えた。
「ハリード様」
「ハリードが!?」
 ユリアンが思わず声をあげていた。
 だが、それを聞いてもすぐに落ち着くことができたのは、彼に『前科』があるからだ。
「ハリードがサラを狙っている。その理由が分かりませんね」
 カタリナはそのような事実を知っても動揺を見せない。
「私も分かりません。ですが、狙っているのは間違いありません。あの日、サラがこの世界へと去った日、彼女の命を狙ってハリード様が私の前に現れた」
 二人は息をのんで次の言葉を待った。
「間一髪、彼女はこの世界へ逃れることができました。ですが」
 モニカの顔がくもる。
「どうか、なさいましたか」
「全て、憶測のことになりますが、彼女の精神にかなり大きな負担をかけてしまいました。彼女が無事にこの世界にたどりついているといいのだけれど」
 もし無事でないとすればどうだというのだろうか。
「ハリードが何か企んでいるのは間違いないと思う」
 話を切り替えて、ユリアンが話し始めた。
「僕も一度狙われた」
「ユリアンを?」
 モニカが驚いてユリアンを見上げた。
「よく、ご無事で」
「本当に」
 モニカの正直な感想に、ユリアンは苦笑せざるをえない。
「この世界で最初にできた友人たちを失ってしまいました」
「ユリアン」
 カタリナがユリアンの肩に手を置く。ユリアンも頷き返す。
「何を考えているのかは分からなかった。サラが狙われているなんて予想もできないことだったけど」
 一度会話が途切れて、三人はその場に立ち尽くした。
「サラもハリードも、この世界にいる。たとえ敵味方になったのだとしても」
「アビスとの戦いに赴いた者たちのうち、5人がこの世界にいるということか」
 他の世界から来た者たちに比べて、自分たちの世界から来た者の数の多いこと、カタリナは不思議に思わざるをえなかった。
「それだけではありません」
 モニカが最後にそのことを告げた。
「サラがこの世界に来たことを受けて、彼女の保護者であり親友であり、そして唯一の理解者もまたこの世界に来ているはずです」
「少年が」
「ただ、どこにいるのかは分かりません。少年は間違いなくサラの味方。つまり、我々の味方だということです」
 二人は頷いた。そして、モニカはゆっくりと話し出す。
「私は、サラを助けるためにこの世界に来ました。たとえ、元の世界に還れないとしても、私は彼女を助ける。私は」
「ご安心を、姫様。私たちは姫様がそうお思いであれば、同じように私たちもサラを助けるためにこの命、使いましょう」
「異議なし」
 二人がそう言うと、モニカは微笑んだ。
「ありがとう」
 この世界に来てようやく、モニカは安堵することができていた。






59.集いし者たち

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