太古。空は海であった。海は陸であった。陸は空であった。
 主が「別れよ」とおっしゃられるとそれらは三つに別れた。
 空には大気が満ち、海には水が集い、陸には土が盛られた。
 光が三つを照らした。光は主であった。第一日である。
──『レム』ヴィンター島の伝承より












PLUS.60

伝説の騎士







infernal abyss






「私たちの世界の代表者はサラ・カーソン。ごく普通の女性ですが、異界との扉を開くことができるという不思議な能力を秘めた少女です」
「異界との扉?」
「はい。私たちはアビスゲートと呼んでいます。アビスとは魔族の住む世界のこと。私たちはアビスに住む者たちと戦っていました」
 そのアビスについては後で詳しく聞くとして、今は『代表者』の情報が先だとカインは判断した。
「その女性の外見的特徴は?」
 モニカから丁寧に詳しく説明がされていく。だいたいの人物像を、意外なことにヴァルツが絵心があったらしく、紙に描いていく。話に聞いただけだというのに、サラの精巧な似絵が十分後には完成していた。
「一刻も早く、この女性を見つけ出してほしいのです。彼女自身のために」
「もちろんこの後すぐに各地に打診するが、急がなければならない理由とは?」
「命を狙われています」
 一気に緊張が会議室を包んだ。慎重にカインが尋ねる。
「それは、君たちの世界の人間か?」
「はい。私たちの世界の人物で、ハリードと言います。それから名前は分からないのですが私たちが『少年』と呼んでいた人物がサラを保護するためにこの世界に来ているはずです」
 その二人の肖像画をヴァルツが制作しおえた後でユリアンが発言した。
「実は、風神と雷神を殺したのはハリードです」
 少なくとも、ガーデンの人間たちに対してはその言葉が大きくのしかかった。
 セルフィは眉をしかめただけであったが、ゼルは大きく飛び上がっていた。キスティスとシュウも動揺を隠せないでいる。
「サイファーとは、この前問題になっていた人物だな」
 ブルーが確認して、キスティスは頷いた。
「詳しく話してくれる?」
 シュウがユリアンに尋ねると、その時の状況をユリアンが説明しだした。ガルバディアで生じた地震、そして『蛇龍』と呼ばれるものが放った崩壊のブレス、それを説明に来た男ワグナス。
「ワグナス? ワグナスも来ているのか?」
 ジェラールが確認を求めた。ユリアンは「そう名乗っていました」と丁寧に答える。
「ワグナスというのは、ジェラールを追いかけてきた七英雄の一人なんだな?」
 カインが尋ねるとジェラールは頷いて答えた。
 ジェラールの第二世界トレースを征服しようとたくらむ七英雄。リーダーのワグナス、狡猾なスービエ、剣士ノエル、魅惑のロックブーケ、人形使いのボクオーン、力自慢のダンターグ、陰者クジンシー。ジェラールは故郷でクジンシーを倒してからこの世界へとやってきた。そしてこの世界でノエルと戦い、ロックブーケを倒していた。
「少なくともワグナス、ノエル、ロックブーケの三人が確認できたわけだ」
「ええ。こうなると、残りの三人も来ている可能性が高いですね。七英雄の中で一、二を争うワグナスとノエルがやってきているのだから」
 ジェラールが確認を終えると、カインはユリアンに再びその時の状況を尋ね直した。
 ガルバディアの中心が崩壊した後、ユリアンたちはハリードを含めた黒ずくめの男たちに囲まれていた。そしてサイファーを狙って放たれた投げナイフから風神がかばうようにその背で受け止め、黒ずくめたちの攻撃によって雷神が倒れた。サイファーが雷神を、ユリアンが風神を背負ってガルバディアガーデンを目指したのだが、まず雷神が、そして風神が、到着するより早く亡くなった。
『死んでねえって言ってんだろっ!』
 サイファーの叫び声を、ユリアンとゼルは直接耳にしていたのだ。
「一つ確認したいことがある」
 ブルーが冷静に尋ねた。
「ナイフは間違いなくその、サイファー、という人物を狙っていたのだな?」
 このブルーの質問の意味を理解することができたのは、この時カインだけであった。
「まさか?」
「ああ、可能性はある」
 ブルーは極めて冷静だ。カインは驚いた様子を隠せないでいる。だが、まだ周りは二人が何を言おうとしているのかが分かっていない。
「どうなんだ?」
 ブルーのやや高圧的な言い方が癇に触ったが、ユリアンはそれでも丁寧に答えた。最初に狙われたのは間違いなくサイファーで、風神はサイファーに飛び掛かるようにしてその命を救ったのだ、と。
「キスティス。サイファーという人物について詳しく教えてほしい」
 ユリアンの説明を受けて、カインがキスティスに尋ねた。ここにきてようやくキスティスにも何を聞きたいのかが理解しかけていた。
「前の戦いで、私たちガーデンと魔女軍とが戦ったの。その時魔女軍を率いていたのが、サイファー。もともとはこのガーデンの出身者で、後で魔女に忠誠を誓ったわ」
「なるほど。前の戦いの中核にいた人物であるというわけだな」
 ブルーが頷いた。
「ちょ、ちょっと待てよ。まさか、だろ?」
 ゼルも気づいたらしい。少しずつ、全員がブルーの言いたいことを理解し始めていた。
「可能性の問題として言う。その、サイファー、という人物がこの世界の『代表者』だという確率は高い」
 ブルーの言葉が完全に浸透するには、しばしの時間を要した。他の世界の人間からみると「なるほど」と納得のいくものではあったが、ガーデンの人間にはその仮定を受け入れることは少々困難であった。
「そんなこと、あるわけねえだろ」
 その思いを口にしたのはやはりゼルであった。
「あくまで可能性、確率の問題だ」
「あのサイファーが? たとえそうだったとして、あの男が俺たちと一緒に世界を救うだなんて、絶対に考えられねえぜ!」
「サイファーは、そんな、悪い人ではないと思います」
 主張したのはユリアンであった。
「僕はしばらく彼と行動を共にしていた。彼は確かに人相は悪くてやることもいい加減ででたらめだけど、優しい心の持ち主です」
 それは褒めているのかけなしているのか、すぐには判断しかねる内容であった。
「でもよ!」
「やめなさい、ゼル」
 キスティスがたしなめる。ゼルは仕方なくその場に腰を下ろした。
「あくまで可能性の問題でしょう。それなら、確かめる方が早いわ」
 一理ある。そして確かめることができる人間は、ここに六人も揃っているのだ。
「サイファーがどこにいるか、ゼル、分かる?」
「三日前はまだガーデンにいたぜ。でも、それからどうしてるかは分からねえ」
 シュウが立ち上がって、通信室へと向かった。サイファーがいるかどうか、確認するためだろう。
「ところで、ガルバディアは今どうなっているの?」
 大地震と蛇龍によって崩壊した街は混乱するばかりで、いったいどうなっているのか情報を手に入れることもままならなかった。おそらく一番理解ができているのはガルバディア方面を統括していたゼルであろう。
「とりあえず自給自足ってわけにもいかねえから、ティンバーに物資の補給は頼んだんだ。それで、とりあえず街はガーデンのメンバーでどうにか持ちこたえてる。難民をガーデンで引き取るっていう話も出たんだけど、それはやめにした。半端じゃねえんだ、人数が。全員を収容するのはガーデンじゃ無理だし、今は街の外に難民用のキャンプ地を作って、仮の宿舎を建設中だ」
 まずは妥当な措置というべきだろう。というより、それ以上何もガーデンにできることはないはずだ。
「そういえば、ドールでも火災があったんだよね」
 セルフィが付け加えるように尋ねる。思えばセルフィとゼルは、ドールでの実地訓練でSeeD資格を手に入れたのだ。
「火災の原因は不明、ただ、それと平行してモンスターの闊歩が見られている。市街地はほぼ全焼。犠牲者はかなりの数らしい」
「トラビア、ガルバディア、ドール。世界規模で人口が減少しているわね」
 カインが、そしてキスティスが現状を説明したところでシュウが戻ってくる。どうだったかと尋ねると、シュウは首を振った。
「ゼルたちがガルバディアを離れてすぐにいなくなったみたい。どこに行ったかは誰も分からないって」
 カインはブルーを目を合わせた。
「仕方がないな。ガルバディアとトラビアに連絡して、サイファーの消息がつかめたら連絡をするように伝えておいてくれ。それから、先程のサラ・カーソンという人物についても同様だ。後でかまわない」
「全部、連絡済みよ」
 シュウがウインクをして言うと、カインは苦笑して頷いた。とりあえず話が一段落し、次にブルーが発言した。
「カインに確認しておきたい。土のカオス、リッチというものが話した内容について」
 それもまた確かに最重要事項の一つである。カインは頷いて説明を始めた。
 突然、そうそれは突然のことだった。ガーデンの中を歩いていたカインとティナは、何もない白い空間に閉じ込められたのだ。そしてそこに現れたのがリッチと名乗った存在。彼は八人の代表者と三人の変革者、一人でいい、一人が死ねば、それで全てが終わると言った。それはつまり、世界を救うには八人の代表者、3人の変革者、十一人全員が揃っていなければ不可能だということを意味している。
 リッチは自分のことをこう語った『我は混乱を司るもの。全てのものを混乱に戻すもの。その僕。この大地に眠る核を破壊するべく遣わされたもの』と。そして八つの世界を滅ぼそうとしている張本人かと尋ねると、いかにも、と答えた。
「混乱=カオス、か」
 ファリスが感慨深げに言う。
「『その僕』というところも気になる。つまりリッチはあくまで『遣わされたもの』であり、黒幕は他にいるということだな」
 ブルーが言うと、一同が頷く。
「では、大地に眠る核、というのは?」
 キスティスが尋ねる。
「それも何らかの比喩だろう。ただ、何を意味しているのかは分からない」
 結局、ブルーにもそれ以上のことは分からなかった。だが、カインの頭の中には、別の答も存在していた。
「クリスタル」
 ぼそり、と呟いた言葉はリディアとファリスを反応させた。
「カイン、心当たりがあるのか?」
 ブルーに尋ねられ、カインは首を振る。
「この世界にもあるのかどうかは分からない。ただ、俺たちの世界においてクリスタルと呼ばれる魔法の核は世界を司るものだった」
「俺のところも同じだ」
 ファリスが言う。
「俺たちの世界は、クリスタルが破壊されることで少しずつ崩壊していったんだ」
「クリスタルを破壊。もしこの世界にクリスタルがあって、それが破壊されたとすれば」
 カインはリディアを見つめる。彼女もまた同じことを考えていたようだ。
(八つの世界以前にこの世界が崩壊する?)
 最悪の結果がこの地上に生まれるかもしれない。
「物知りゼル。クリスタルっていう言葉で、何か知ってることある?」
 キスティスがカインの言葉を待たずに尋ねる。
「ん〜と、あれだな。陸、海、空、伝説の三騎士」
 ゼルが答えると、キスティスはシュウをちらっと見る。知ってる? という意味の問いかけだ。シュウは首を振って、知らない、と意思表示する。とにかく詳しく説明するように求めると、ゼルは一から順番に説明していった。
 魔女以前にもこの第十六世界フィールディは何度か崩壊の危機を迎えていたという。その中の一つに、大地と、海と、空とが1つに交わるという異変があったのだという。もちろん伝説上の話だ。
 それを防ぐために三人の騎士が登場したという。
 一人は空翔ける騎士。金の髪を持ち、天竜を従える。
 一人は海に潜む騎士。銀の髪を持ち、海竜を従える。
 一人は地を馳す騎士。黒の髪を持ち、黒竜を従える。
 三人がクリスタルを掲げると、再び空は天に戻り、水は海に戻り、土は陸に戻ったという。
「よく知ってるわね、物知りゼル」
 いやあ、とゼルは褒められて気をよくしたのか、頭をかいていた。だが、その話を聞いて表情をさらに険しくしたものもいる。ブルーだ。
「暗示的だな」
 その言葉に、周りの人間が敏感に反応した。
「どういうことだ?」
「変革者は三人。そして伝説の騎士も三人。つまりは、そういうことだ」
 なるほどな、と納得しつつカインは苦笑した。おかしな話だ。つまり、それは。
「カインが、伝説の騎士?」
 呟いたのはエアリス。その言葉に、一斉に全員がカインを見つめた。
『一人は空翔ける騎士。金の髪を持ち、天竜を従える』
「ありえない話じゃない。が、確証がない」
 カインは自らその議論に止めに入った。だが、ブルーはなおも抵抗する。
「ならば、確かめればいいだろう」
「どうやって? 現実的な話ではないな」
「あるわ」
 だが、二人の議論にさらに割って入ったのはキスティスであった。
「吟遊詩人のハオラーン。古き伝説を詩う彼なら知っていてもおかしくはない」
 ハオラーン。彼があのエデンで語った歌。それをキスティスは語った。
『古い世界は失われ、新たな世界呼び覚ます。
 黄金色の旋律と、同感せらる歌の中、
 月の光が降り注ぎ、眠れし竜の起きる時、
 神との契約果たされる。核となりしは──』
「クリスタル、か」
 カインが呟いた。『核となりしはクリスタル』と。そうこの歌は続こうとしているのだ。
「『眠れし竜』とはきっと、さきほどの伝説の三騎士が従えたという竜のことに違いないだろう」
 ブルーの言葉に逆らえるものはもはや誰もいなかった。カインですら。
「昨日トラビアのラグナ大統領から連絡があったの。ハオラーンは南の大陸にいるって」
「なるほど、それならこれからガーデンは南の大陸を目指すことになりそうだな。問題があるか、カイン?」
「いや。偶然は三つ重なるものではない。確かめにいくべきだろう、そこに世界を救う鍵があるのなら」
「よし、決まりだ」
 ブルーが宣言すると、カインが立ち上がった。
「ガーデンはこれから南の大陸へ向かうこととする。もちろん一日や二日で見つかるものではないだろう。南の大陸全土に渡って散策を行う必要がある。ガーデンの移動に先立ち、ラグナロクが先行して下調べに入る。キスティス、ガーデンの予想移動時間とラグナロクの予想移動時間はどれくらいだ?」
「ガーデンなら七日、ラグナロクなら一日といったところかしら」
「よし。先発はイデアの家を中心に散策を開始。このメンバーは、セルフィと……セルフィ?」
 カインが尋ねる。だが、セルフィはわなわなと震えて、答えられずにいた。
「セルフィ、どうしたの?」
 キスティスも尋ねる。するとようやく、キスティスは顔を上げて、答えた。
「アタシ、知ってる。銀色の髪をした、騎士」
 ヴァルツが「あっ」と声を上げ、ファリスが鋭い視線をあてた。
「あいつか?」
 セルフィはがくがくと震えて頷いた。
「きっと、そう。不思議な傷を負った人。銀色の髪をした、妖精みたいに綺麗だった人」
 ごくり、と誰かが息を呑む音が聞こえた。
「セフィロス」
 がたっ、と音がした。椅子が倒れた音だ。
 全員がその音がした方を見た。そこでは、エアリスが立ち上がって、右手を胸にあてて震えていた。
「……せふぃ……ろす?」
 その名前を聞いた瞬間、エアリスの頭の中にいくつもの場面と単語があふれかえった。
 星をめぐる争い。
 黒マテリア。
 白マテリア。
 そして、
 自分の胸を貫いた、セフィロスの、正宗。
「ひっ……」
 エアリスは、悲鳴を上げるのをこらえた。
 自分は、一度死んだ。
 それを、この時まで考えることをためらっていた。
 辛い過去は思い出したくなかった。
 だから、逃げていた。
 ずっと。
 考えることから。
 自分が死んだという事実から。
 あの時の痛みと、孤独から。
「…………」
 エアリスの体が、ぐらりと揺れる。
「エアリス!」
 カインが慌てて駆け寄る。何とか倒れるより早くその体を受け止めた。
「どうした?」
 ブルーも近づいてくる。カインは「大丈夫、気を失っただけのようだ」とだけ答えた。
(セフィロスという名前に反応したみたいだったが、様子がおかしかったな)
 エアリスが多少のことでは動じる人物ではないと分かっているだけに、カインは気を失うほどの衝撃とはいったい何だったのか、確かめたかった。だが、気を失ってしまっていては仕方がない。
(後で確かめてみるか)
 エアリスが苦しんでいるところなど見たくはない。自分で力になれるのならそうしたい。カインはエアリスを抱き上げると、まだ震えているセルフィを横目で見た。
「エアリスを医務室へ運んでくる。少しの間、待っていてくれ」
 セルフィも落ちついて話せるようになるまで、少し時間が必要だろうと判断したのである。






61.見えない道標

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