守りたい人がいる。
 ずっと愛というものを知らずにすごしてきた私にとって、その事実は重く、辛い。
 私は1人の個人を愛することができない人間だと、ずっと信じていた。
 子どもたち、生きているもの、世界。そうした大きな枠の中でしか私は他を愛することができないのだと。
 それは、完全に違っていた。
 それを認識できることの喜び。
 そして。
 それを伝えることすらできない苦しみ。
 あの人は、どれくらいそれを分かってくれるのだろう。












PLUS.61

見えない道標







I want to guard your mind






 そして10分後に、会議は再開された。その時にはセルフィもなんとかいつも通り、立ち直って説明を始めていた。
 エスタでセルフィが医療の手伝いをしていた時、急患として運ばれてきたのがセフィロスであった。何よりもおかしいと思われたのは、胸の傷。左肩から右脇腹にかけてついたその傷は、左肩の部分はまだ乾きもせずに血が流れ出ているのに、脇腹に至るところまで来ると傷痕としてしか残っていなかったのだ。
 刀傷であることは間違いなかったが、通常の切り方では決してこのようにはならない。それが分かっているだけにこの人は「何か」が違うと最初から感じていた。
 その後、一緒に行動するようになり、トラビアで行動を別にすることになった。一方的に。彼は何も告げず、ただ一言『俺は俺の成すべきことをする』とだけ言い残して去っていったのだ。
 ラグナの親友、ウォードを殺害してまで。
 しばらく、誰も何も言えなかった。だがやはり、最初に口を開いたのはブルーであった。
「そのセフィロスという男、髪が銀色だったんだな?」
 確認である。セルフィは弱々しく頷いた。
「奇妙だな。何を成すつもりなのか……そして、その正体も」
 だが、現段階では何も言うことができない。おそらくその正体を知っているのはこの場にいない、エアリスただ一人。
 カインは沈滞した議論を進めるべく、言葉を発した。
「もし、伝説の三騎士の話が現実に起ころうとしていて、それが三人の変革者だというのならば、そのセフィロスという男が変革者である確率は高いと思う。もちろん、仮定の上に仮定を立てることにさほどの意味がないのは分かっている。だが」
「この場合は、仮定が真である確率が高い、ということだな?」
 ブルーが続ける。カインは頷いて答えた。
「だが今は、セフィロスの後を追うことは不可能だ。今は自分たちができることを考えよう」
 一同は頷く。
「とにかく、ハオラーンのもとへ行くことが急務だ。ガーデンは明日出発、ラグナロクで先行するのは、ガーデン側からはセルフィと、キスティス、頼めるか」
「当然ね。ハオラーンのことを知っているのはガーデンでは私1人だけですもの」
「俺も行くぜ。ここで黙ってるより、動いてる方がいいからな」
「自分も参加させてください」
 ゼルとヴァルツが名乗りを上げる。カインはそれを承諾した。
「分かった。それから、異世界の人間の中からは、まず俺が行く」
 ざわめきが起こる。すぐにブルーが反対した。
「お前はリーダーだろう。リーダーは本部にいなければ駄目だ」
「だが」
「焦る気持ちは分からないでもない。だがもし南の大陸が戦場になることがあれば、お前は邪魔になる」
 ブルーはカインが南の大陸へ行きたい理由を完全に正論で封じ込めた。もし南の大陸が戦場になることがあれば、それをきっかけに自分が風を思い出すことがあるかもしれない。だがそれは同時に仲間たちを危険に晒す行為でもあるのだ。
「……分かった」
「かわりに僕が行こう。ここにいるよりは何かの役に立つはずだ」
「よし。それでは異世界人はブルーと」
 見回し、適任者を探す。
「カタリナ、頼めるか」
 サラの件もある。ユリアンらの世界のうちの誰かが同行することが望ましかった。そして、それをわきまえていたカタリナはしっかりと頷く。
「微力をつくしましょう」
 カタリナからは、以前ほどの刺々しさが完全にとは言わないまでもかなり薄れていた。それは自分の主人であるモニカと再会を果たすことができたためであることは間違いなかった。そして、今度はモニカと離れることになるとはいえ、その居場所ははっきりしていてすぐにまた再会が可能だということが、容易に彼女を結論に導くことになった。
「よし。それからティナ、リディア、頼めるか」
 二人の返答には時間があった。
 ティナは行きたくなかった。その理由は信じられないことに、はっきりと自覚していた。
(カインさんと、離れたくない)
 それがたった数日のことであろうと、ティナはもう耐えられそうになかった。それだけ心の拠り所としている相手だと、はっきりと自分で認めていた。
 だが、ハオラーンと実際に会ったものは少ない。たったの3人だ。エデン戦ではカイン、アセルス、エアリスは後から合流したものの、ハオラーンとは顔を合わせていない。
「わか、りました……」
 血を吐くような答だった。顔を上げることができなかった。カインの顔が見られなかった。泣いているかもしれなかったから。
「リディアは?」
 それに気づいていながら、カインは話をリディアへと振る。
「……かまいません」
 こちらは冷たい答であった。だが、許可は取れた。これで合わせて8人。だが、このメンバーだとまとめ役に欠くだろう。ブルーは高圧的な態度を崩すことがないから、摩擦が生じるかもしれない。だとしたら、適任者は一人だけだ。
「ジェラール、頼めるか」
「いいとも。そう言われると思っていたよ」
 軽口で答える。彼は自分の役割がはっきりと分かっていた。すなわち、ブルーの目付役、という役目だ。
「あたしは?」
「俺は?」
 不満が上がったのは、アセルス及びファリスであった。だが、こと戦闘になることがはっきりしているのならばともかく、下調べという意味において彼女たちが必要となることはないだろう。今回は遠慮してもらうことにした。
 そして、すぐに準備することとなった。






 ティナはカインの部屋を訪れていた。出発前に大事な話がある、と言ってきたのだ。カインは彼女を部屋へ入れた。
「初めて会った時のことを覚えていますか?」
 ウィンヒルという村の傍、海岸。ティナの言葉からふと、あの日の記憶が蘇った。
「ああ、覚えている」
「あの時から、ずっと私は思っていたんです」
 いったい何のことなのか、カインには見当もつかない。
「あなたがいったい、何をそんなに苦しんでいるのか。私がそれを助けてあげることはできるのか」
 ティナは、背筋を伸ばして、カインを真っ直ぐ見据えた。
「好きです」
 カインは何も言えず、その瞳をただ黙って見つめた。
 髪と同じ、緑色の瞳。
「カインさんがローザさんのことをどれほど想っていたとしても、私はカインさんが好きです」
 人に好かれる資格のない自分。
 人を愛する資格のない自分。
 そんな自分に、エアリスもティナも、自分の心をぶつけてくる。
(光栄だな)
 カインは俯いた。
(俺には光栄すぎる)
 この女性の気持ちを受け取るわけにはいかない。
 そうすることは、自分の罪が許さない。
「カインさんが、私のことをどう考えてくださっても、かまいません。ただ、今日を逃すともう、言うことができなくなってしまうかもしれなかったから、言いました。迷惑でしたら、忘れてください」
 はっきりと言われたことがなかったにせよ、ティナの気持ちはとうに分かっていた。
 だが、それに応えることはできないのだ。
「ティナ」
 出ていこうとするティナを、カインは呼び止めた。
「また会える。だから、そんなことは言わないでくれ」
 そんなこと。会えなくなるという暗示を含んだ言葉。
「はい」
 もしかしたら。
 自分が何よりもまず南の大陸へ行きたかったのは、この少女と離れることをためらっていたからではないだろうか。
(我儘だな、俺は……)
 気持ちに応えることはできない、だが傍にはいてほしい。
 そんな我儘な気持ちを相手にぶつけるわけにはいかない。
(これで……よかったんだろうな)
 ゆっくりと閉じられる扉を見ながら、カインはそう思っていた。






「どういうこと?」
 キスティスは受け取った手紙を読み、呟く。
「私にも分かりません。ただ、部屋にはこれだけが残されていました」
 カタリナが言う。困惑した様子をうかがうことはできないが、理解ができないという点ではキスティスとかわらないようだ。



『このように手紙で伝えることをお許しください。
 私は、このままではおそらく皆さんの力になることはできません。
 一度、幻獣界に戻って自分の力を伸ばしてこようと思います。
 私の力が必要になる時までには必ず戻ります。
 ですから、今は私の我儘を許してください。
リディア』



「すぐにカインを呼んできてくれる?」
「分かりました」
 カタリナが出ていくと、キスティスは頭をかかえた。
「……それならそうと言ってくれればいいのに……何もこんな方法を取らなくたって」
 最近の彼女の様子を見ていると、たしかにどこか思い詰めているところがあった。相談する相手もなく、ずっと一人で考えこんでいたのだろう。
「やっぱり、教師には向いてないのね、私」






62.目覚めぬ少女

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