「なるほど。友と肩を並べて戦うのは悪くない」
 聖戦の名を持つ友人を身ながら、その騎士は言った。
「では」
「よろしいでしょう。ジハードの眼力に間違いのあるはずはないですし、私もまたあなたの力を認めざるをえません」
 ジハードと瓜二つの顔をした騎士は、安らぎに満ちた表情で答えた。
「いつでも我が名をお呼びくださいませ、マスター」












PLUS.69

契約の意味







triple






「さすがにバハムートだな。私とここまで五分にやりあえるとは」
 ミカエルが言う。口調にも様子にも余裕はない。
 それは当然、バハムートとて同じだ。この地域一帯で最強を争う二人が直接戦っているのだ。余裕などあるはずもない。
「ミカエル。お前では今の私には勝てない」
 だが、唯一バハムートが相手を上回っていることがある。
「私は十六ある人間界の中でも最高の力をもった召喚士と契約を結んだ。今の私の力は百年前の『大戦』のときよりはるかに力が増している」
 ミカエルはそれに応えて笑った。
「それは、私とて同じこと」
 懲罰の剣が焔を帯びる。
「私の力があがっていないとでも思うか」
「思わないな。だが、私自身もまた力が上がっている。そして、私は召喚士を得てさらに力が上がっている。おのずと、勝敗は明らかだ」
「世迷言を……」
 ミカエルが突進してくる。だが、バハムートは龍の杖を一振りする。

『灼熱の炎よ、来たれ』

 それは、バハムート最大の術。
「メガフレア!」
 ミカエルに向かって、全てを焼き尽くす紅蓮の業火が襲い掛かる。突進してくるみ返るはそれぞ真正面から受けた。
「くうううっ!」
 だが、ミカエルはそれを振り払う。そして、バハムートに向かって剣を振るう。
「無駄だ」
 バハムートはそれを杖で受け止めると、左手をミカエルに向かって差し出した。
「まさか、連発!?」
 ミカエルは急浮上する。が、遅い。
「メガフレア!」
 そのミカエルめがけて、再び業火が襲う。もはや回避することも防御することも、ミカエルにはできなかった。
「があああああああっ!」
 天使の体が炎上する。
「これが、力の差だ」
 バハムートが言って、ミカエルの姿を目で追う。
「く、く、くくくく……」
 だが。
 ミカエルは、笑った。
「……まさか、それほどの力を持っているとはな、バハムート……油断した」
 炎が、収束する。
 そして、振り払う。その下から現れた体には火傷一つ負った様子はない。
(……なんだと)
 さすがにまるで無傷のミカエルを見て、バハムートの心に不安がよぎる。
「だが、私にはまだ遠い」
 ミカエルの色のない瞳が光った。
(むっ)
 ミカエルが動いた。
 瞬間、ミカエルの姿は目の前にあった。
「なっ」
 その声を上げるだけで精一杯だった。
 ミカエルの剣を必死に回避するも、左腕に裂傷を負う。
「ぐうっ」
 距離を取る。だが、ミカエルはなおも追いすがってくる。横からの薙ぎ払い、そして袈裟懸け。いずれも紙一重でかわすが、剣圧で皮膚が切れる。
「よくかわしたな、バハムート」
「……」
「だが、もはや勝機がないことは理解できているようだな」
 バハムートはしっかりと龍の杖を握りなおす。
(まずいな)
 はっきりと、自覚していた。
(今の私では、勝てない)
 懲罰の剣が、ゆらめく。






 ガブリエルの攻撃を、ひたすらかわしつづけていく。
 呪文を詠唱する暇などない。とにかく、ただ、相手の攻撃を避けるだけ。
 勝ち目など、最初からあるはずがない。
 自分にできることは、状況の変化を待つことだけだった。
「いつまで、そうやってかわしつづけているつもりですか?」
 また新たに水の槍を生み出し、ガブリエルは語りかける。
「勝ち目がないことは分かっているでしょうに」
 槍が放たれる。リディアはそれをかわす。背後から、左右側面から、上下から、執拗に襲いかかってくる槍を全て回避していく。
「勝ち目がないからといって、退くわけにはいかないもの」
 リディアは身を翻し、緑色のローブで水の槍を絡め取る。
「私は、あなたの信頼がほしいだけ」
 その槍を、ガブリエルに向かって放つ。
 リディアにしても余裕の体捌きであったが、無論ガブリエルにその攻撃が通用するはずもない。軽く、その槍を手で払って消滅させる。
「信頼……」
「あなたがたも幻獣なら分かるはず。力を合わせることが力を強くするということを。だからあなたたちも今までずっと四人で行動してきた」
「だからといって、あなたと契約を結ぶことにはなりません」
「そう、ならない。何故なら私はあなたの信頼を得ていないから。でも私に召喚士としての資質があると、あなたが思ってくれるなら……」
 そう。
 召喚士の資質は、自分で決めるものではない。幻獣によって決められるものなのだ。
「でも、防戦一方のあなたに資質があるかどうかなんて、見極めることはできません」
「そう。だから、私の力を見てほしい」
 リディアは、ぴたりと動きを止めた。そして、ガブリエルを見つめる。
 ガブリエルは手を動かして、水の槍を操る。
 リディアの正面から、その槍が襲いかかる。
 だが、リディアはよけない。
(死ぬ気──?)
 ガブリエルは、水の槍を止めた。
 リディアの鼻先、ほんの一、二センチといったところだった。
「……どういうつもりですか」
「あなたは私に興味を持ち始めている。私の力がどの程度なのか、知りたいと思っている。だから必ず槍は止まると思った。そしてそのとおりになった。それだけのこと」
 そして、リディアは目を閉じると呪文の詠唱に入った。
 敵の前で、自分を守る者もいないというのに、なんと言う大胆不敵さか。
(……確かに、大物ですね)
 いったい何を見せられるのか、ガブリエルは次を待った。
 そして、ようやくリディアの呪文詠唱が、終わる。
 右手を大きくふりかざし、『力ある言葉』をリディアは放った。
「アルテマ!」
 それは、禁断、とされる魔法。
 全てのものを破壊し、消滅させる最強最後の魔法。
「まさか」
 ガブリエルは目の前で見る魔法に驚愕を隠し切れない。
 まさか人間が、この魔法を使うとは。
 幻獣ですら使う者がいなくなったとされる、奥義に属する魔法を。
『人間が』使うことが信じられなかった。
「なるほど」
 ガブリエルは右手を伸ばして、その衝撃波を受け止めた。
「バハムートが契約を結ぶだけのことはある……」
「まだっ!」
 続いて左手を大地に向け、『力ある言葉』を放つ。
「メテオ!」
「連続魔!?」
 アルテマの衝撃波と、天から降り注ぐメテオの隕石とが同時にガブリエルに襲い掛かる。
「くっ!」
 さすがの召喚獣も、この二重攻撃を簡単に防げるはずはなかった。アルテマの衝撃波を防げばメテオからは無防備になる。メテオを防ごうとすればアルテマの衝撃波からは無傷ではいられない。
(この娘)
 アルテマに、メテオ。いずれも並の、いやかなり熟練した魔道士ですら使うことができない最高難易度の魔法をいとも簡単に繰り出せるとは。それも一発ずつというわけではない。連続して放つことができる術者がはたして十六世界のどこにいるだろうか。
 まさに人間世界では最高の術者と称しても過言ではない。
(でも……)
 ガブリエルは防護に全力を注いだ。
 体をその場で縮め、胎児のように丸まる。膝を抱えて、翼だけを広げる。
 そして、防御結界を築いた。
 さなぎのような光の膜がガブリエルを囲う。そして、アルテマとメテオが最大の爆発を起こす。
『集え、光よ』
 その爆発の中で、ガブリエルはさらなる呪文を聞いた。
(まさか?)
 この爆発が起こった上でさらに重ねて魔法をかけるというのか。
 不可能だ。
 そんなことができる術者が、人間世界にいるはずがない。
『そして、はじけよ』
 しかも、この爆発を利用して相乗効果を生むつもりか。
 ガブリエルは思考を停止させた。
 もてる全ての能力を、防御結界に集中させるためだ。
「フレア!」
 アルテマとメテオの爆発がガブリエルを中心に収束する。
 そして、はじけた。
 人間が生み出した最大級の爆発は、ガブリエルが作り出したこの世界にすら亀裂を与えた。
 そしてガブリエルの防御結界すら突き抜けて衝撃が伝う。
 服が切り裂かれていくのが分かった。
(なるほど)
 ガブリエルは納得した。
(これは、契約する価値があるかもしれない)
 過去、何千年、何万年と遡ってもこれほどの術を三つ同時に使いこなすことができた術者はいないだろう。
 契約するに相応しい相手だ。そう、ガブリエルには思えた。
 そして、爆発が収まる。全ての光と音が消え去る。
(やった?)
 リディアは慎重に相手をうかがう。
 その向こうに、ガブリエルの姿がある。さすがに今の攻撃で何箇所かダメージを受けているようだった。
「まさか、この私が手傷を負うとは……」
 左腕が完全に焼けただれていた。あの爆発で左腕一本ですむというのはさすがに召喚獣といったところか。
「驚きましたね。確かにあなたは人間の規格からは大きくずれている存在のようだ」
「今見せられる、私の最高の魔法を使いました。これであなたに認められないのなら、私はこれまでです。どうか、契約を」
 ガブリエルは首を振った。拒否、であった。
「まだ、力が足りませんか」
「そうではありません。私には契約する権限がないのです。全ては長兄が決めることゆえ」
「長兄?」
「ミカエル。私たち四人の中でも、最高の力を持った存在。彼の許しがなければ私たちは契約することができないのです」






70.遠い未来

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