「行くのかい?」
 声をかける。相手は声もなく頷く。
「まあ、君にとってはその方がいいかもしれないな……」
 やはり、真のリーダーというものはなかなか存在しないものらしい。
 例え信頼を受けることができる人材だとしても、その人物にやる気がないのでは意味がない。
 自分の存在価値を知らず、過去どれだけの人間が歴史に介入せず、名もなく散っていったことだろう。
「死ぬなよ」
 そんな言葉をかけた自分が信じられなかった。ただ、泣きそうな彼を見ていると、そんな言葉をかけたくなった。
 それが、彼を見送った日のこと。












PLUS.75

翳る大陸







his words,"I hope to..."






 ハオラーン探索は決して順調とはいえなかった。
 何しろセントラ大陸といっても、広い。ましてや何の手がかりもなく動き回ったところで結果が出るはずもない。
 そうこうしている間に、三日が過ぎてしまっていた。
 移動に一日費やされているから、順調に行けばあと三日でガーデンもセントラに着く。それまで何の成果もなかったというのではあまりにもおそまつだ。
 だがこれは、メンバーたちの方にも多分に問題があったといわざるをえない。
「いい加減にしやがれ!」
 初日からずっと緊張の糸が微妙なバランスを保ちつづけていたが、それも今日になってついに切れた。
 そもそも最初から、このメンバーの関係はぎくしゃくしていた。
 今回ハオラーン探索のメンバーとなったのは八人。ガーデン側からはキスティス、セルフィ、ゼル、ヴァルツ。異世界人はブルー、ジェラール、カタリナ、ティナだ。
 このうちゼル、ヴァルツの二人とブルーが事あるごとに対立していた。いや、探索が始まる前から、ブルーとゼルとは仲が悪かった。
 四日間表面化せず沈静を保っていたのは、キスティスとジェラールの尽力のおかげだ。ゼルはキスティスが相手となるとしぶしぶながらも引き下がる。おそらくは元教官であるという意識が強いのだろう。一方のブルーも温厚なジェラールが相手となるとそれ以上は強く言えないらしい。聡明な彼のこと、ジェラールが自分のお目付役であるということはとっくに察知しているのだろう。
 カタリナは基本的に何も口出しすることはない。決定に従って行動するのみであった。
 セルフィはといえば、そんな瑣末なことにこだわってなどいられないという様子であった。ずっと気をはりめぐらせている。そういう表現が一番正確であるように思えた。
 そしてティナは。
(このままじゃ、いけない)
 控えめに口を出さないようにしてはいたものの、いよいよ最悪の事態が訪れるということが彼女にも察知できた。
「いちいちてめえに指図されるいわれはねえんだよ!」
 もちろん、先ほどから怒鳴っているのはゼルだ。その傍でヴァルツがブルーを睨む。
 当のブルーはまるで表情を変えずに、二人を冷たく見ていた。
「では一つ聞くが、君は相手がスコールでもそういう態度を取るのか?」
「なんだと?」
「今のリーダーはスコールではない。全員一致でカインということに決まったんだ。そして君は反対しなかった。条件すらつけなかった。ならば、リーダーに反対する姿勢をとってはいけない」
 事の発端は、本当に些細なことであった。
 ゼルが今日も何も収穫がなかったことについて愚痴をもらしたのだ。
『何も手がかりがねえのに、あの野郎何考えてやがる』
 それがリーダー批判であることは明らかだった。これを聞いていたブルーが(ゼルが聞こえるように言ったのは目に見えていた)ゼルを叱責したのだ。
 ブルーは誰よりもリーダーという地位を重んじる人間である。
 それは彼が以前はリーダーであったという事実、それも仲間との関係がまるでうまくいっていなかったということに起因するものであるというのは明らかだ。
 だからリーダーという職務をカインに押し付けた彼は、リーダーに対する不満分子に対しては厳しい態度で臨むつもりだった。
 その槍玉にあげられているのがゼルだということだ。
 ゼルの方でも異世界人はあまり好いていなかった。女性陣は別だが、男性陣についてはすましたブルーもいい子ぶっているジェラールも好きにはなれなかった。
 そしてリーダーであるカインに対しても『スコールを追い出した人物』というふうにしか見えなかったのも仕方はない。
 そうした根本からの対立が、いよいよ表面化してきつつあったのだ。
「そんなことはお前らが勝手にきめたことじゃねえか!」
「君は反対しなかっただろう。それは認めたことと同義だ。なら君はリーダーに従い、そして批判めいたことは言ってはいけない義務がある。だいたいSeeDという組織は上の命令には忠実な傭兵ではなかったのか?」
「ぐっ」
 ゼルが詰まったが、すぐにヴァルツが助け舟を出した。
「待ってください。ブルーさんの言い方では、私たちは思っていることを口に出してはいけないことになるのではないですか。私たちは自由に考え、発言し、行動する権利がある。それを奪おうというのですか」
「そうだそうだ」
 ブルーはため息をついた。
「こと、組織に所属している以上は上司への批判は厳重に処罰される。そんなことはごく一般的な教養事項だと思ったが、ここでは違うのか」
「スコールは自分が非難されても何も言わなかったぜ。だから信頼できたし、どんなことでも言えたんだ」
「やれやれ。とことんお人よしだな、スコールは。そしてどこまでも浅はかだな、君たちは」
「ブルー、やめて」
 キスティスが間に入り込む。だがブルーの表情は険しい。
「んだと!? もう一度言ってみやがれ!」
「何度でも言ってあげるよ。浅はかだってね。スコールは非難されても言い返さなかったんじゃない。言い返せなかったんだ。それがリーダーの役割だからと自分に言い聞かせて、君たちから上がってくる非難を全部一人で背負いこんでいたんだよ。君たちは気楽に何でもスコールに不満をもらしていたのかもしれないが、その一つ一つが全部彼の体にのしかかってくるんだ。彼は何歳だ? 他人からの非難や不満に耐えられるような歳じゃないだろう。だいたい今まで一匹狼でやってきたのに突然リーダーに仕立て上げられて、右も左も分からない状態で要望や非難やらはひっきりなしに襲い掛かってくる。そんなものがうまくいくはずはない。リーダーというのは便利屋か? そうではないだろう。あくまでもリーダーというのは組織の方針を決める存在であり、そして誰からも敬われる存在でなければならない。君たちにその意識があったとはとうてい思えないな。僕らリーダーのすぐ下にいる者たちこそが、積極的にそうした非難や不満からリーダーを遠ざけて、リーダーには組織の方針だけを考えてもらうようにしなければならないんだ。だからこそスコールは逃げたんだよ、君たち浅はかなガーデンのメンバーからね! 君たちがもっとしっかりしていればスコールは今でもガーデンに残ってたんだよ!」
 ブルーは我慢などしなかった。それは性にあわなかった。むしろそうしたことをしっかりと相手に伝え、相手の意識を高めることこそ重要だと考えた。
 だがこのときばかりは、その事実の余波の方が強かったかもしれない。
「……本当ですか、スコールが逃げたというのは……」
 ヴァルツはブルーではなくキスティスに顔を向けた。そのキスティスは俯いて答える。
「……本当よ。リノアに一緒についていってもらったわ」
「なっ、何考えてるんだよキスティス先生! スコールがいなかったら俺たち……」
「全てはブルーが言ったとおりよ!……スコールは疲れていた。休息を取らなければ仕方が無い状態だったのよ」
「君たちがそれだけ彼を追い詰めていたんだよ」
 キスティスの後をブルーが続ける。
「別に君たち自身に限らない。この僕も含めて、彼の立場を考えてやれるものなど一人もいないのだからね。僕も彼には要求を出した。だがそれは方針についてじゃない。リーダーとしてどうあるべきかということを忠告したようなものだ。結局彼は、それに耐えられずに逃げ出してしまったが」
「さっきからうるせえんだよ! 逃げた逃げたとかって言っておきながら、てめえは弟をぶっ殺そうとしてる人非人じゃねえか!」
 ブルーの冷たい表情が固まる。
「……なんだと?」
「へん、さすがに顔色が変わったな。お前は実の弟を殺そうとしている犯罪者だって言ってんだよ!」
「そんなことはどうでもいい」
 ブルーは表情を変えずに言う。
「誰が、それをお前に言った?」
「な、なんだよ」
「答えろ。誰がお前に言った? カインがまさか言うとは思えないが」
「ガーデンの連中だったら誰でも知ってるぜ。弟殺しのブルーさんよ!」
 最後は虚勢に近かった。それほどにブルーに迫力があった。
(ガーデンの連中は誰でも知ってる……?)
 自分は口外したのは数度しかない。自分の記憶で二度。最初はリノアに。次にカインに。
 ゼルが来たときには既にリノアはガーデンを降りた後だった。だからリノアがゼルに伝えたとは考えづらい。またカインとゼルが個人的に接触して自分の話をするとも思えない。
 ゼルが帰ってきて、噂話程度で自分のことを知っているとなると──
(……リノアが言いふらしたか、そうでなければそのときの会話を誰かが聞いていたか、だな)
 リノアは言わないと言っていた。だとしたらやはり誰かがあの場にいたのだろう。
「弟殺しのブルーか……まあ、事実だから仕方がないな」
 ブルーは特段それで感情を表すことはなかった。
 だが、感情が乱れていなかったわけではない。目の前で虚勢を張る男に対して、八つ裂き程度では足りないほどの憎悪を煮えたぎらせていた。
「ならば、そういうお前は母親殺しか」
「んだと!」
 ゼルが逆上する。
「君たちSeeDのことは情報収集させてもらったよ。魔女イデアと戦い、殺そうとしたんだってな。それはつまり君たちを育ててくれた母親がわりの人物を殺そうとしたということだろう」
「殺してねえよ! 今でも──」
「なら僕もまだルージュは殺していない。殺そうとしていることには変わりないが、君もイデアを殺そうとしたことはあるんだろう。なら同罪だ。同罪の相手に何ら非難される覚えはない」
「黙れ! 俺はもう殺そうとしてなんかねえよ!」
「だが、殺そうとしたことにかわりはない」
「お前は現実に殺そうとしてるんだろうが!」
「それとこれと──」
「いい加減にして!」
 声を出したのは、キスティスではなかった。
 もちろんヴァルツでも、カタリナでも、ジェラールでも、そしてティナでもなかった。
 セルフィだ。
「……うるさい。うるさい、うるさい、うるさい!」
 セルフィは叫ぶと部屋から飛び出していく。
「ちょっと、セルフィ!」
 キスティスが呼び止めるが、セルフィは構わずに駆け去っていく。
「すまない、熱くなりすぎた」
 先にブルーが謝る。キスティスは肩を竦めた。
「ま、いいわよ。不満を言い合えばある程度はすっきりするでしょ? ゼル、この話はもうここまでにしてよね」
「あ、ああ」
 不満げにゼルが応答したそのときだ。
「あれを!」
 ティナが窓の外を見て叫ぶ。ラグナロクから一台、エアバイクが走り去っていく。
「セルフィ……なんてこと」
 キスティスは舌打ちした。セルフィは部屋に戻ったのではない。バイクで外に飛び出したのだ。
「追いかけましょう。三人一組で、ジープで追うわ」
「よっしゃ」
「ゼルは居残り」
「ええっ!? なんでだよ」
「決まってるでしょ。セルフィがもしもいなくなったらラグナロクを動かせるのはもうあなたしかいないのよ」
「う」
 完全にゼルは詰まった。そうしてからキスティスは全体を見回す。
「私はヴァルツ、ティナと一緒に行くわ。ブルーはジェラール、カタリナと一緒に」
「了解した」
「急ぎましょう。セルフィを見失う前に」






 そして、ジープで出陣となった。ティナは後部座席。運転席にはヴァルツ、そして助手席にはキスティスが座る。
「バイクの跡を追っていきましょう……セントラはずっと荒野が続いているから、いつかは追いつくと思うけど」
「そうですね。急ぎましょう」
 先にキスティスたちが出て、後からブルーたちも動く。
 でこぼこな荒野がずっと続いている。いくらバイクやジープだとしても速度を上げるのは危険だ。
「セルフィはバイクに乗れたのね」
 キスティスは知らなかったというふうに呟く。
「私も知りませんでしたが、セルフィさんは乗り物ならなんでもできそうですから」
「ま、そうよね。一応乗り物については実施で一通り教えてあるわけだし……」
「でもこの時間です。前の戦いの魔物の残党だってどこにいるか分かったものではない。一人では危険だ」
「そうね。確かに」
 運転席と助手席とで会話が行われている。ティナはそれを聞きながら、じっと前を見つめていた。
(セルフィさん)
 この世界ではじめてできた友人。
 彼女が悩みを抱えているのはティナには分かっていた。だが聞かなかった。友人とはいっても、そこまで親しいというわけでもない。深入りして嫌われるよりは、適度に距離をおいて付き合うことを選んだ。
 だが、それは失敗だったかもしれない。
 セフィロス、という男といったい何があったのか。
 彼女の悩みはまさにそこにあるのだろう。
「ヴァルツさん」
 ティナは意を決して尋ねる。
「セフィロスさんとセルフィさんの間には、どういう関係があったんですか?」
「……」
 ヴァルツはしばらく黙っていた。正直彼にもよくは分からないのだ。出会いの場面は聞いているし、ティナも知っている。だがそれ以上のことを知っているわけではない。
 現場にいたヴァルツならば知っているのではないかと思ったのだが。
「正直、私にも分からないところが多いですね。セフィロスさんは最初セルフィさんのすぐ傍にいた。彼女を守る騎士のように、私には見えました」
「騎士」
「銀色の長い髪に黒い服。そしてあの美形。失礼ながら、あれほどの美形を私は今まで見たことがありません」
 ヴァルツは言葉を選んでいるようだった。自分の見たものが、そして体験したことが非現実的で信じられないでいるのかもしれない。
「セフィロスさんは、異世界の敵と戦って倒れたんです」
「倒れた?」
「私も直接見てはいないのです。セフィロスさんは毒の攻撃を受けた後に立ち上がり、敵を倒した。そしてそのままセルフィさんのもとから去っていった。途中で、ラグナ大統領の仲間であるウォードさんを殺害して」
 セルフィはその話をしたがらない。ヴァルツはその話をファリスから聞いていた。
 だが結局のところセフィロスとセルフィとの関係は、本人に聞かなければ分からないということだ。
(セフィロス……エアリスさんの、同郷の人)
 胸が痛む。
 ガーデンでは、二人はどのような会話をしているのだろう。
(いけない。そんなことを考えている場合じゃない)
 ティナは頭を振って思いを打ち消す。
「ではやはり、セルフィはセフィロスさんのことを……」
「……だと思います」
 言葉少なめに会話を繰り返す。
(セルフィ)
 彼女が最近、まるで元気がない。
 いや、元気よく振舞ってはいる。それが空元気であるということがティナには分かる。以前のような天真爛漫な奔放さがなくなっている。それを振舞っているにすぎない。
(セフィロスさんとの間に何があったのか……)
 セルフィがあの調子だとこちらまで素直になることができない。
 だがとにかく今は、彼女を見つけるのが先だ。






76.運命の変化

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