──我ら三名のみで、大丈夫なのか?
最も大きなものが尋ねる。
──前の戦いは終わったばかり。今力のあるものは少ない。
形態の違うものが答える。
──たとえ少数であろうとも、我々のなすべきことは一つです。
主格であるものが纏める。
彼らは、十六の世界のいずれにも属さぬものたち。
そして、十六の世界の全てを救うために戦うものたち。
PLUS.80
叶わぬ願い
claw of EarthDragon
その揺れは、まだエンジンをかけていないバイクにまたがった二人にも当然届いていた。
「地震?」
リディアがしっかりとサイファーに掴まる。
「いや、違うな」
地平線の向こうに土煙が見えている。
「モンスターだ」
「モンスター……」
土煙の見える方角──
「スコールさん!」
リディアはバイクから飛び降りる。
「おい、どこに行く!」
「スコールさんを助けないと!」
リディアは全力で駆け出す。やれやれ、とサイファーはエンジンをかけ、アクセルを回す。
ブロオオオオッ! とバイクが音を上げてリディアにせまる。
「乗れ」
「ですが」
「ヤツの所まで連れていってやるから乗れって言ってんだ!」
リディアは頷くと、サイファーの後ろに乗る。バイクは再び加速し、一気に最高速まで達する。
「世話のやける奴だぜ」
それはスコールのことか、リディアのことか。おそらくは両方であろう。
変革者。その名前は、たしかどこかで聞いた。
そうだ、ガーデン。ガーデンから飛び出してくる前、誰かが言っていた。
カインが死んだとされたとき、そう、あのとき。
『八人の代表者と、三人の変革者。誰か一人死ねば、全ては終わる』
確か、そのような話だった。
代表者はお互い会えば分かるという話だったが、変革者については全く知らされていない。カインが変革者だとは分かっているが、それ以外のことは全く不明だ。
「俺が変革者……」
(そう。混沌を封じる者だ)
カオス。八つの世界を滅ぼそうとするものたち。それを、倒す。
「何を言われているのか、分からない」
スコールは頭を押さえた。
状況がまず飲み込めていない。そして、言葉がはっきりと理解できない。
「詳しく説明してくれ」
(冷静だな。それに判断力がある。度胸もいい。過去しばらくこれほどの主に出会えたことはない。だが、一部不安定だ。喪失している。喪失が不安を生み、安定を求めている。だがその不安は永遠に埋まらない。何故なら……)
「そんな話をしたいわけじゃない」
苛立ったスコールは無理に言葉を封じる。ふっ、と異形が鼻で笑ったような気がした。
(その焦りが、不安定の証拠だ)
話を締めくくり、ウェポンは話をはじめた。
(そもそもの起源はF・Fにある)
「エフ・エフ?」
(そう。最後にして究極。現在はFだ。ここは死守しなければならない)
まるで話が通じない。スコールはただ眉をひそめるだけだ。
「もう少し分かりやすく説明してくれるとありがたい」
(主は現在の世界を守る者だということだ)
簡潔な説明に切り替わる。
(三人の変革者と、八人の代表者。代表者は道をつなげ、変革者は混沌を封じる。混沌はFFにいる。その世界への道をつなげるのが代表者で、FFへ向かい、世界を滅ぼすカオスを封じる者が変革者だ)
「俺が変革者だというのか?」
(そうだ。我が爪を操る者だ)
「俺がカオスと戦うというのか?」
(そうだ。それが主の使命だ)
「戦わなければどうなる?」
(易きこと。世界は滅びる)
「どうやって倒す?」
(戦いとは、所詮は力と力のぶつかりあいだ。とはいえ、方法はある。大地のクリスタルを起動させよ。その先に道は開けるだろう)
「大地のクリスタル?」
(それは主が見つけよ。我には何も言うことはできず)
スコールは目を細めた。
「何故、俺なんだ?」
ウェポンは言葉を止めた。しばらくの間があった。
(主よ、自分が今までに何をしてきたか、思い返してみるがいい。本来進むべき道を、主は変化させてきたはずだ。自分の運命に背こうとする意思。それこそが変革者としての資質)
「運命に背く……」
ということは。
自分が、ガーデンから逃げ出したことが理由、というわけか?
「SeeDのリーダーという地位から逃げ出したことが理由か」
(何があったかは知らぬ。主のみが知っていることだ)
「しがらみから逃れた先に、別のしがらみがあるということか!」
(そうだ。逃げたことを後悔しているのであれば、それを取り戻すラストチャンスだ。そして、主には運命を変えることができるという、すなわち混沌を封じることができる力がある)
スコールの心は揺れた。
誰かに必要とされたいなんて思ったことはない。何かをしたいとも思ったことはない。
自分が求めたものは、ただ安らぎだけ。
幼いころからずっと、自分の安息の地だけを求めてきた。
エルオーネ。それが自分の安息の地だと思っていた。
でもそれがなくなって、安らげる場所が見つからなくて。
それを求めて、自分はガーデンを出た。
その先に、別の、さらなる試練が待っていようとは……。
「皮肉だな」
だが、何かがふっきれたような気がする。
(どのみち俺は、戦う以外に生き方がないということか……)
滑稽だ。
思わず笑いがこみあげてきた。
(死ぬために、戦場という楽園で戦うのも悪くはないかもしれない)
逃げられないのだというのなら、せめて自分の思うとおりにやってみるのもいいかもしれない。
「爪、というのは?」
スコールが尋ねると、ウェポンの銀色の鱗が一枚取れて、スコールの目の前で浮遊する。
(我が爪の主となって戦うというのであれば、それを取るがよい)
瞬間、それが剣の形を取った。
自分のよく見知ったガンブレードタイプだ。ご丁寧に引き金もしっかりとついている。
(主の使いやすい剣にしておいた。我が爪を打ち出すことができる)
「なるほどな」
スコールは手を伸ばす。
(戦うのか?)
自問する。
これを取れば、今までの道に戻るだけ。
取らなければ、永遠に楽園を探し求める旅を続けるだけ。
どちらにしろ、安らげる場所はない。
(迷いがある)
自分でも分かっている。だが、
(後悔か……後悔なら、いくらでもしていいと思って出てきたんだけどな)
その剣を手にした。
“何を願う?”
声が聞こえた。
誰かが話し掛けているわけではない。直接頭の中に響いた。
(何を……そんなもの、決まっている)
スコールは答えた。
“その願いはかなう。汝自身で手に入れるがよい”
かなう?
俺の願いが、かなう、だと?
“だが、そのかわりにお前は願い以外の全てを捧げなければならない”
分かっている。
そんなことは、言われなくても。
“ならば、お前に力を与えよう”
掌から、体全体に力がみなぎる。
まるで手に吸い付いているかのようだ。剣と一体となって、離れようとしない。
エネルギーが伝わってくる。
(力だ……)
この剣に込められている力を感じる。
この力を使うのか。
この力で、混沌を封じるのか。
(戦うことを選んだようだな、我が主)
ウェポンは体を揺すらせた。
「お前は……」
(我が名は地竜。かつて、この世界で陸騎士に仕えしもの。新しき主よ、汝の旅に楽園があらんことを)
「待て、俺はまだ聞きたいことが──」
スコールは声をかけたが、ウェポンの体は徐々に大地に溶けていく。
(『地竜の爪』さえ手にしていれば、我らはいつでも同体だ。我が力を存分に使うがいい)
そして、跡形もなくウェポンの姿は消えた。
手に『地竜の爪』だけが残った。
「戦いの場に戻るのか……」
新たなガンブレードを手に呟く。
「スコール」
少し離れて様子をうかがっていたリノアが近づいてきて、そっと腕を絡める。
「……リノア」
「なに?」
「リノアにとって、幸せってなんだ?」
「え?」
まるで予期しない質問に、リノアはゆっくり息を吸い込んで、言った。
「スコールと一緒にいること」
それは予想できた答だった。
「そうか」
だが、その定義はスコール自身のものとは異なった。
(それなら、今までも同じだった)
幸せがほしい。
そう願ったとき、あの『声』は言った。
“その願いはかなう”と。
(幸せは、必ずどこかにある……)
それを信じることができるだけでも、この剣を手にとったことは意義あることなのかもしれない。
自分が具体的に何をすればいいのか、まだ分からない。
だが、今は道が見えたような気がする。
「ガーデンに戻る」
「え?」
「やることができた。ガーデンに戻る。戻って……それから先は、そこで考える」
「……うん」
リノアは頷いた。
スコールがどういう気持ちなのかは分からない。
自分がスコールにとって、もう必要のない人物と思われていることも薄々感じている。
でも。
(私、スコールの傍にずっといる)
この孤独な人を、少しでも孤独から解放してあげたい。
リノアの願いは純粋だった。
「あれは、なんだ」
突如、スコールが体をこわばらせる。
その視線の向こう、再び起こっている土煙。
「まさか」
「どうやら、そのまさかみたいだ」
今度こそ。
今度こそ、大量のモンスターが群れをなしてやってきた。
「どうするの、スコール」
リノアも顔を青ざめさせて聞いてくる。
「逃げるか……いや」
不思議だ。
負ける気がしなかった。この手にしている『地竜の爪』のおかげだろうか。どんな敵が来たとしても倒せる自信があった。いや、
(この力を使えば……)
そこへ、けたたましいバイクのエンジン音が聞こえる。
(あれは)
その音の方が、スコールにとっては衝撃的だった。
いなくなったはずの、希望。
「リディア!」
「スコールさん!」
まっすぐに向かってくるバイク。その後部座席から、リディアは飛んだ。
「ばっ……」
スコールはしっかりとリディアを抱きとめる。衝撃で後ろに倒れた。
「何をしてるんだ、いったい」
地面に背をつけながらリディアに尋ねた。
「あのモンスター、スコールさんたちを狙っているみたいだから」
少しずつ近づいてくるモンスターの群れ。
それを見て、スコールはゆっくりと起き上がり、リディアに手を差し伸べる。
「私が、モンスターを追い払います」
「いや、大丈夫だ」
スコールは剣を握りなおしていった。
「え?」
「俺も、少しは成長しているっていうところを君に見せておかないとな」
スコールはそう言うと、地竜の爪をくるくる回した。
「リディア。俺は案外、負けず嫌いなんだ。君が成長しているのに、俺だけが足踏みしているのは癪にさわるんだ」
彼は、笑った。
「スコールさん」
「だから、見ててくれ」
彼は仲間たちから離れると、モンスターの群れに向かって歩き出した。
「おいおい、あいつ何しでかす気だ?」
バイクに乗ったままのサイファーも呆れ顔でその後姿を見る。
「スコール」
リノアが心配そうに、胸の前で手を組む。
「スコールさん」
リディアもまた、その表情に不安の色が出ていた。
スコールだけが、心静かだった。
自分の力がどれくらいあるのか、理解ができていたからかもしれない。
「地竜。聞こえるか」
剣が黄白色の燐光を放つ。
「お前の力を貸してくれ」
スコールは剣を逆手に構えた。
その剣が次第に発光量を増していく。まぶしく、よりまぶしく。後ろにいる三人が目も開けられないほどに。
「フェイテッドサークル!」
今までにないほどの力。
闘気を剣に込め、迫り来るモンスターの群れに向かって、放つ。
爆発が生じた。
「きゃあああああああっ!」
リノアの悲鳴も爆音によって消される。サイファーは爆風に吹き飛ばされないように、バイクを捨てて地面に伏せた。リディアはディオニュソスの守りによってその光景を見た。
「す、すごい……」
「人間技じゃねえな。ありゃ、龍の力だ」
ディオニュソスが言う。
爆心地には、クレーターができていた。
迫り来るモンスターは全て消滅してしまった。
「これが、地竜の力……」
風が完全にやんで、スコールは目の前の荒野を見つめた。
今までにない力が、自分の中にあふれている。
だが、この力は諸刃の剣だった。
それを、今知った。
「ぐ……」
スコールは、その場にがっくりと崩れ落ちた。
「スコールさん!」
いち早くかけつけたのはリディアだ。地面に落ちる寸前で、スコールの体を抱きとめる。
完全に衰弱していた。
あまりにも強大な力を使ったために、昏睡状態となっているのだ。
「とんでもねえな、こりゃ」
サイファーが近づいてきて言う。
「はい……凄まじい破壊力です」
リディアが答える。
スコールが今倒したモンスターは、間違いなく先ほどリディアが消滅させたモンスターの群れよりも数が多かった。
それを、ほんの一瞬で消滅させた。
(……龍の力。龍の世界の使者……)
リディアは、スコールを抱きしめる腕に力を込めた。
(スコールさんも、戦う道を選ぶということですか)
顔が陰る。
「誰も戦わなくてすむようにするために、私が戦うつもりだったのに……」
その声には、リノアもサイファーも答えられなかった。
「とにかく、ずらかるぜ。また第二陣が来るかもしれねえからな」
サイファーがスコールを背負う。そして、リディアとリノアも動き始めた。
81.海底神殿
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