覚えているのは静寂。
白い世界の中で、赤く染まった床。
冷たくなった肉体。
そして放心してしまった、私の心。
(絶対に……許さない)
私の決意。
PLUS.82
二度目の戦い
half
扉が完全に開ききって、彼らはその奥を見つめた。
長い回廊が続いている。この先にあるのは間違いなく、海のクリスタル。
そしてそこにいるのは、セフィロス。
「行こう」
と、ジェラールが声をかけた時である。
「いや、その先へ行かせるわけにはいかぬ」
聞きなれない声がした。
四人は一斉に緊張する。
「上だ!」
ブルーの声に全員が反応して飛びのく。その丁度中心に勢いよく落下してきた一つの影。
「何者だ!」
ジェラールが剣を抜きながら声を発する。セルフィとティナもおのおの武器を構える。
味方であるはずがない。
『それ』は、巨大なイカの姿をしていた。
「代表者が、三人……」
大きさは三メートルもあるだろうか。横幅も一メートルを軽くこえている。まさに巨大イカだ。
「よく避けた。さすがは『代表者』たち。我が同胞を倒しただけのことはある」
「まさか」
その波動を、ティナは知っていた。
隔離された空間。白く、何もない空間に、二人閉じ込められた場所で出会った敵と、全く同じ波動を発している。
「まさか!」
「然り」
イカの十本の足のうち、異様に長い二本の足が宙を泳ぐ。
「我はクラーケン。海に眠る核を破壊する混沌」
「カオスか!」
ブルーは改めてこの敵を凝視した。邪悪な波動を確かに感じる。だがそれ以上に感じるものは、禍禍しいまでの破壊への衝動。全てを無にしようとする意思であった。
「八人の代表者のうち、三人が揃っている……」
クラーケンは流暢な言葉づかいで口上する。
「一人でも死ねば、すべては終わるのだ」
二本の足が動いた。
「回避!」
ブルーの指示で四人が一斉に後方へ飛ぶ。いや、一人だけ前に突進した者がいた。
「ティナ!」
「お前だけは……」
ティナの瞳が、緑色に光っていた。
「お前だけは許さない!」
ティナにしてみれば、例え生き返ったとはいえ愛するカインを殺した憎き相手である。あのときの衝撃は今でも胸に強く残っている。
絶対に、許すことはできない。
アルテマウェポンが、クラーケンの足を切り裂く。一瞬、相手の動きが止まった瞬間であった。
「お父さん、力を貸して」
得物を持たない左手をクラーケンにかざす。ティナの必殺技、召喚魔法──マディン。
ブルーはそれを見て左右を確認した。ジェラールはすぐ傍にいる。セルフィは奥へとつながる扉の近く。
「セルフィ、先へ行け!」
ブルーは大声で叫んだ。
「でも」
「いいから行け! セフィロスが逃げるぞ!」
セルフィは三秒迷ったが、頷いて駆け出す。クラーケンはその動きを察知したようだが追いかけることはしなかった。修正者は世界の命運に直接影響を及ぼすことはしない。代表者さえ殺せればいいと考えているのだろう。
「ジェラール、力を合わせる」
「了解」
アルテマウェポンによる攻撃、そしてセルフィの姿を追うことによって、クラーケンは二瞬動作がにぶっていた。
無論、それを見逃すほどブルーは甘くない。
「月光!」
ブルーの魔法が場を支配する。
「ぬう?」
その気配を察してクラーケンが振り向く。が、もう遅い。
「太陽光!」
ジェラールが相反する属性の魔法を唱える。太陽と月。二つの力を合わせ、属性に関係なくダメージを与えることができる、無属性極大魔法が完成する。すなわち、
『コズミック・ライト!』
場が、光であふれた。クラーケンは光の直撃を受けて、体中が焼かれる。
「マディン!」
そして、反対からも無属性召喚魔法が発動した。マディン。相手に関係なく大ダメージを与える召喚獣。この双方からの攻撃魔法を受けては、さしものカオスとて、無傷ではいられまい。
「ぐっ、あああああああっ!」
案の定、クラーケンは叫び声をあげた。
だが、それで倒せる相手ではないということもティナは知っている。こんなにあっけなく倒せるのなら、あの時、悲劇はおこらなかった。
「許さない」
アルテマウェポンを大きく振りかぶる。
「お前たちは絶対に許さない!」
そのアルテマウェポンを槍ほども長く変化させて、クラーケンに投げつける。
魔力の槍は、クラーケンの左眼に突き刺さった。
「がっ!」
そして魔力が収縮し、爆発が起きる。
先手必勝。とにかく極大魔法で一気に決着をつける。戦法に全く間違いはない。ブルーもジェラールも満足できるだけの攻撃を放った。
だが、ティナだけは相変わらず苦い顔だ。
「……やるではないか、代表者よ」
声が聞こえてきた。
「我にここまで傷を負わせるとはな……不覚だ。だが、ここまでだ」
さすがに無傷ではなかった。クラーケンの表面は焼けただれ、左眼は完全に潰れている。
だが、戦闘力に変化があるような素振りは見受けられなかった。
「倒せないのか、これで」
「だが効いている。何度もやれば倒せるはずだ」
ジェラールとブルーの分析は正しい。だがそれは、相手が全く無防備で、反撃をしてこないという条件の下でのことだ。
ティナはそれをよく知っていた。そしてすぐに、敵は行動に移った。
大王イカの足が十本とも動き始めたのだ。
「なにっ」
標的は、三人全てであった。どれだけ後方に回避しても、クラーケンの足は伸びて襲い掛かってきた。
「くうっ!」
ジェラールが腹部に打撃を受ける。
「がっ!」
ブルーは側頭部を強く打ち、地面に倒れる。
「しまっ……」
アルテマウェポンのないティナはその足の打撃を回避しようとしたが、足はくるりと自分の周囲を一巡りし、彼女の体を締め付けてきた。
「キャアアアアアアアアアッ!」
丸太よりも太いイカの足が自分の体を締め付けてくる。骨はまだ折れていないが、このままでは圧死するのは時間の問題だ。
「威勢がなくなったではないか、代表者よ」
大王イカが、ぐふぅ、と声をあげて笑う。
「ティナ……」
ジェラールはなんとか立ち上がって援護しようとファイアボールの魔法を唱える。が、水のカオスはそれをあっけなく消し飛ばしてしまった。
「非力だな、代表者ども。これでかのリッチが破れたとは想像つかん」
さらにティナを締め付ける圧力が強まり、もはやティナは声すら出ない。ブルーは脳震盪を起こしていたのか、目の前が全く見えずにうずくまっている。
(どうすれば……)
打開する方策が残されているのはいまやジェラールだけだ。
だが、ジェラールは自分の力の限界をわきまえていた。ブルーと協力して魔法の力を増大させる、もしくは誰かの攻撃を武器で援護する、そうしたことはいくらでもできる。だが、自分単体での力となると、ブルーやティナのような力を持っているわけではない。
今、クラーケンはティナを圧死させてしまおうと力を使っているところだ。できるだけ注意をこちらにひきつけたとしても、時間を稼ぐだけで状況は好転しない。
だとしたら、起死回生の攻撃をしかけるしかないわけだが──
(あれは!)
ジェラールはクラーケンの足元に落ちている柄を見つけた。
さきほどティナが放ったアルテマウェポン。使用者の力に応じて剣の形を変えるという、魔法の武器。
(あれがあれば!)
彼はクラーケンに向かって突進した。
「ぬう?」
大王イカは当然ジェラールの行動に気付く。そして、三本の足で彼を迎撃しようとした。
「セルフバーニング!」
自らの回りに火炎をまとい、迫るクラーケンの足を焼き崩していく。
「こやつっ」
水のカオスは別の足で、彼の背後から急襲する。
「がはっ」
背中を痛打されたが、そのまま彼は前に倒れこんでアルテマウェポンを拾った。
「発動しろ、アルテマウェポン!」
だが、それを見ていたティナは最後に残った息を吐き出して止める。
「だ、め……」
しかし、既に遅い。
彼の手の中で、青白い光が生まれた。
(こ、これは)
体中が急激に脱力していく。
ほんの一瞬発動しただけだというのに、一秒と持たずにほぼ全ての力を吸い取られていた。
アルテマウェポン。それは、使用者の精神をそのまま反映する武器。
無限に近い精神力を持つ半獣であるティナだからこそ使える武器なのだ。
(こんなものを、君は使っているのか)
気が遠くなる。
もう、思考すらままならない。
(せめて……彼女を、助けて)
彼は最後の力で、青白い光をクラーケンに放った。
果物ナイフほどの、小さな光であった。
それはクラーケンの体にあたったが、かすり傷一つつけることすらなく地面に落ちた。
「ふはははは、こやつ、自滅しおったわ!」
クラーケンの声が響く。
ジェラールは完全に沈黙し、ブルーもまだ動けない。
もはや、ティナを救うものは誰一人いなくなった。
「さあ、お前からとどめをさしてやろう!」
気をよくしたのか、クラーケンは高らかに宣言すると、ティナをさらに締め上げにかかった。
「……最初に、言ったわ」
その、ティナの髪の毛が逆立っていた。
自分のせいで、ジェラールを危険にさらし、今まだこうして敵に捕らわれている自分。
ふがいない。
こんなことでは、いけない。
『私は、守る』
ティナの体が光輝いていく。
『私の大切な人を、命をかけて守る』
今までにどれほどの命が奪われただろう。
自分のせいで命を落とした親。
操られているとはいえ、自分が奪った数多の命。
大破壊。親をなくした子供たち。
そして、目の前で命を落とした、誰よりも大切な人。
『もう、誰も殺させはしない!』
エメラルドグリーンの光が、場を支配した。
83.死の息吹
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