奥へ、奥へとただひたすら駆けていく。
 階段を降り、長い廊下を抜け、さらに奥へ。
 扉を開いても、まだ同じ光景の廊下がただ続いている。
 紺色の床、紺色の壁、紺色の天井。
 いけどもいけども同じ光景。
 それでも足を止めることはしない。
 この先に、きっといるのだ。
「セフィロス……」












PLUS.84

再会と別離







I love you.






 ただただ、彼女は走るだけ。
 自分の大切な人に会うために。
 何故、こんなにも彼に惹かれるのかは分からない。
 ただ彼を求めてやまない。
 大怪我をして、憔悴した体で目の前に現れた彼。
 一目見たときから、心が傾いていくのを感じていた。
 アーヴァインが亡くなったと聞いたときも支えてくれた。
 不安でいたたまれないときは優しく勇気づけてくれもした。
『俺は、俺の成すべきことをする』
 何をするつもりなのだろうか?
 あの様子は何かに精神を支配されているか、そうでなければ記憶を取り戻したのか、どちらかしかない。
 そして後者であることは間違いないはずだ。
(アタシのこともどうでもいいくらい……セフィロスにとっては大事なことなの?)
 どこにも行かないと約束した彼。
 だが、その直後に彼は自分の目の前から消えた。
(何をするつもりなの? アタシのことなんて、どうでもいいの?)
 通路の奥。
 ゆらめく影を見つけて、セルフィは叫んだ。
「セフィロス!」
 だが、その影は振り向くことなく奥に進んでいく。一層スピードを上げておいかけるセルフィ。だがどれだけ走っても、その影に追いつくことはない。
「待って、待ってセフィロス!」
 扉の向こうに影が消えていく。急いでその扉にとりついて、大きく開く。
「セフィロス!」
 そこもまだ通路であった。その向こうにまた彼の姿が見える。
「待って!」
 全力でまた駆け出していこうとしたとき。

 キィン!

 甲高い金属音が彼女の耳に届いた
「えっ──」
 その瞬間、周りの風景が変わっていた。
 先ほどまで長い廊下だった場所は、一転して広い部屋に変わっていた。
 壁自体が透明に光り輝いている。そして中央には台座。一際輝く水晶体が台座の上に浮かんでいる。
「これ……」
 クリスタル。
 間違いなく、これこそ海のクリスタル。
(これが、クリスタル……)
 呆然としたセルフィが一歩、足を踏み出そうとしたときであった。
 右手を引かれ、後方へ投げ飛ばされる。何がおこったのか、彼女には分からなかった。だがとにかくダメージを軽減するために受身を取る。
「なっ──」
 そこにいたのは、剣を交えていた二人の男。
 一人は見知らぬ男。剣士というのがまさに似合う男であった。だがその男がもつ邪悪な気配から、明らかに味方でないことが分かる。
 そして、もう一人は。
「セフィロス」
 銀色の妖精。
 会えた。
 妖精に、また、会えた。
「セフィ……」
 が、状況はセルフィに声をかけさせるほどの余裕はなかった。二人の戦いがそこで始まっていたからだ。
「ジェラールより先に来たか。予定外だったな」
 男がそう言い、セフィロスは鼻で笑う。
「ジェラールさえ倒せればよかったが、まあいい。この場でお前を殺せば世界の崩壊は成るのだ」
 いったい何が目の前で起こっているのか、セルフィには分からない。
 だがどうやら、セフィロスと、この目の前の男が戦っているということだけは確かなようだ。
「セフィロス……」
 セルフィは武器を取り出して構える。
 セフィロスが何を考えているのかは分からない。
 だが、自分の感情として間違いなく言えること。
 セフィロスの敵は、自分の敵。
「たあああああああっ!」
 セルフィは叫び声をあげて突進した。男はセフィロスから間を取って、セルフィを迎え撃つ。
「水鳥剣!」
 そのセルフィに向かって、頭上から霰のような剣撃が襲い掛かってくる。そのあまりのスピードに彼女は受けることも避けることもできなかった。
「邪魔だ」
 が、その剣撃が降り注ぐことはなかった。セフィロスが剣を一閃して、男に向かって衝撃波を放ったのだ。
「がはっ」
 男は胸に裂傷を受けて吹き飛ぶ。
「すごい」
 セルフィは純粋にそう思った。
「馬鹿な……この私は、七英雄のノエルだぞ。それが、それがこんな簡単に破れていいものなのか」
「雑魚め」
 セフィロスの剣が振り下ろされる。
 ノエルと名乗った男は、左右、真っ二つに別れて、その場に倒れた。
 彼は血糊を払うと、背中の鞘に剣を収める。
 そして、彼女のことなど目もくれずに真っ直ぐ台座へと向かった。
「ま……待って、セフィロス」
 セルフィは駆け出していた。そして、彼の腕に抱きつく。
「セフィロス」
「邪魔だ」
 彼はセルフィが抱きついてきた左腕を振り上げて、払う。それだけで彼女は軽く放り投げられてしまう。
「セフィロス!」
 腰を下ろしたまま、セフィロスに向かって叫ぶ。
 駄目なのか。
 自分の声は彼には届かないのだろうか。
(せっかく、せっかくここまで来たのに──)

『逃げられた男を追うでもない、ただ泣いて、うじうじして、あげくの果てに回りに迷惑をかける』

 ファリスの言葉が思い出された。
(いやだ)
 そうとも、せっかくここまで来たのだ。簡単に諦めてなるものか。セフィロスのことだけを考えてここまで来たのだ。
 絶対に、もう離れてなんかやるものか。
「待って、セフィロス」
 立ち上がり、凛とした声で話し掛ける。
 雰囲気が変わったことに妖精も気付いたのか、銀色の長髪が空を切って振り返る。
「セフィロス……セフィロスは、世界の崩壊を願っているの?」
 クリスタルの前にいた変革者の瞳がかすかに揺れる。
「お前には関係のないことだ」
「関係あるよ。アタシはセフィロスが好きだから」
 言った。
 この極限状態で神経が麻痺してしまったのか、伝えたからといって何の感慨もわかない。当たり前のことを当たり前のように言った。ただそれだけだった。
「だから、セフィロスが世界の崩壊を願うなら」
 セルフィは、ぐっ、と拳を握り締めた。
「アタシは、協力する」
 眉目が歪む。それは、セフィロスにとって非常に大きな動揺を示したものであった。
「セフィロスが望むのなら、アタシはそれを手伝う。セフィロスは約束してくれたよね。どんなことがあっても傍にいてくれるって。でも、もうそんな約束はいらない。アタシがずっとセフィロスの傍にいる。何があっても、どんなときでも。だから、アタシを見て。アタシから逃げないで、セフィロス」
「では……」
 背中の刀が再び抜かれる。
「俺が死ねといえば、お前は死ぬのか?」
 彼女の喉元に刀を突きつけて、彼は言った。
「いいよ。それがセフィロスのためになるなら、アタシは死んでもいい」
 一歩彼女は前に踏み出した。刀の先が、彼女の喉に刺さる。
「それだけの覚悟があるからここに来たんだもの」
 さらに踏み出そうとする彼女。だが、それより早く刀が引かれた。
「いい度胸だ」
 高く振り上げた刀がセルフィめがけて振り下ろされる。
 セルフィは避けなかった。
 それより早く、妖精の胸に飛び込んでいた。
「なっ」
「セフィロス、好き」
 喉から流れている赤い血が、セフィロスの黒いロングコートに染みを作る。
「ずっとセフィロスのことだけ考えてた。もう離さないから、覚悟して」
 彼女は両手でセフィロスの白い頬を捕らえると、その唇を奪った。
 閉じた瞳からは涙が流れていた。
 細い目でそれを見ていたセフィロスは、刀を握る手に再び力を込める。
「あうっ」
 側頭部に重い衝撃。
 だが、意識を失うほどではない。力が抜けて、がくりと床に崩れ落ちる程度。
 とはいえ、彼にとってはそれで充分だった。再び振り返ると彼は台座の前でその剣を高々とかかげる。
「セフィロス」
「俺の目的は世界の破滅ではない」
 セフィロスの剣が蒼く輝く。
「海竜の角よ、俺に力をよこせ」
『承知』
 彼女の耳に確かにその声が聞こえた。そして鈍く輝く刀が振り下ろされ、クリスタルに亀裂が走った。
「クリスタルが……」
「このクリスタルは不必要だ」
 人の頭ほどもあった大きさのクリスタルが粉々に砕かれ、その中から一際輝く拳サイズのクリスタルが姿をあらわす。
「きれい……」
 その輝きに、セルフィは思わず見とれる。
「これが海のクリスタル。海騎士が持つべき真の力の源」
 彼はゆっくりと左手を伸ばした。
 その動作はやけにスローモーションに見える。だが、実際にはそれほど長い時間ではなかったのかもしれない。彼女の目には、その動作があまりにも劇的で、全てのカットが重要な意味を持っていた。
 すらりと伸びるセフィロスの指。
 それを絡めとるかのようなクリスタルの光。
 ゆっくりと二つの距離が近づき、そして光が彼の手の中に収まる。
 その手の中で、輝きは強さを増し、目もくらむような閃光が場を支配する。
 そして、輝きは次第に収まっていく。
 彼は、それを見て笑顔を浮かべていた。
 大事なものを手に入れたその笑みは、今までで一番美しい、と正直に思った。
「目的の達成のためには、お前は邪魔だ」
 無造作に握られた左手を下ろし、彼は剣をしまう。
「そんなこと」
「お前は仲間に剣を向けることができるのか?」
「それは──」
 できる、と言おうとした。
 だが、一瞬躊躇った。
 そして彼には、その一瞬で充分だった。
「さらばだ。二度と会うことはないだろう」
「ま、待ってセフィロス!」
 立ち上がろうとするセルフィ。
 だが、彼の鋭い視線に射抜かれ、完全に行動の自由が奪われる。
「俺は変革者。全てを変える者」
 銀髪の妖精がふわりと浮き上がったかのように彼女には見えた。
「セフィロス」
 涙が止まらなかった。
 彼は行ってしまう。
 自分を置いて。
「行かないで。置いていかないで。アタシも連れていって!」
 だが。
 彼は、止まらない。
 全てのことが彼の障害にはならない。彼はただ、目的を達成するためだけの戦士。
 戦いに躊躇した自分は、戦場に出る資格がない。
「いやだああああああああああああっ!」
 彼女の悲鳴は、彼には通じず……。






85.大いなる恨み

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