差し込んでくる光に照らされた不毛の大地。
そこは生命の活動がまるで見られない場所。
彼女は、ふと視線を前方に向ける。
何かがそこで輝いていた。
心の奥で何かがざわめく。
それは、大いなる予感。
何かがあるという予感。
何かが起こるという予感。
PLUS.85
大いなる恨み
the king
風吹き抜ける荒野を二台のバイクが駆け抜けていく。この大地の上で動いているのはこのバイクだけ。あとは風が巻き起こす砂塵。それだけが『動くもの』であった。
暑さのピークが過ぎた正午過ぎ。少しずつ傾いていく太陽に向かって、二台のバイクはエンジン音を鳴らしていた。
前を行くバイクにはサイファーとリディア。そして後ろから続くバイクにはスコールとリノア。
イデアの家に行くために、四人はただひたすら西へ進んでいる。
白いSeeDの船がF・Hから出港したのはついこの間のこと。自分がエスタまで来る間に彼らはとっくにエスタを回って、イデアの家に向かって出港しているころだ。
あの船は一ヶ月周期で巡回している。うまくそれに乗ることができれば、F・Hに行くことができる。
F・Hにさえ行くことができれば、ガーデンと連絡を取る方法はいくらでもある。
「ねえ、スコール!」
横のりで自分にしっかりと掴まっているリノアが大きな声をあげた。そうしないとバイクの音で声がかきけされてしまうのだ。
「なんだ!」
「あれ、オーディンのいたところだよね!」
リノアが片手で前方の遺跡を指し示す。セントラ遺跡。百年前に滅びた文明の遺跡の中では最大級のものだ。
もっとも遺跡というほどにはまだ古びれてはいない。滅びた文明のものだから、遺跡、というふうに呼ばれている。
「たしかにそうだが、どうかしたのか!」
別に口調を荒げているわけではない。そうしないと聞こえないからだ。
「何か変な感じがするの!……何かがある、ってはっきり分かるわけじゃないんだけど」
「変な感じ?」
「わかんないのよ! でも、あそこは前とは別の場所になっちゃってるみたいな気がするの!」
スコールは顔をしかめたが、すぐにスピードを上げてサイファーのバイクに並び、減速するようにサインを出す。
二台のバイクはすぐに停止した。
「どうした」
四人はバイクから降りて、肩をほぐしながら話を始めた。
「サイファー、リディア。あれをどう思う」
止まった二人に、セントラ遺跡を指し示す。だがサイファーは首をひねるだけだったし、リディアの表情は変わらなかった。
「あれがどうかしたのか」
「リノアが、あそこに何かあるようなことを言った」
「知るかよ。それより急いでんだろ。そんなことに構ってる暇──」
「いえ、待ってください。ディオ──分かる?」
リディアが自分の胸元に向かって話し掛けると、そこにあったロケットから緑色の炎が生まれて、リディアの周囲を取り囲んだ。
「何か用かい、リディ」
炎の中に浮かんだ男の顔は、相変わらずとぼけた表情をしていた。
「あの遺跡なんだけど、何か感じる?」
「遺跡?」
ディオニュソスは「ふーむ」と唸ってじっとその遺跡を見つめた。
「何かあるのは間違いねえな」
「何か、とは?」
「そこまで分かるかい。だが、何となくは分かるぜ。ありゃお前さんと同質の力だ」
ディオニュソスはスコールを見ながら言う。
「同質?」
スコールは言われて顔をしかめる。
そして、唐突に思い至った。
「大地の力」
それは自分が属する、陸、という属性の力なのか。
「俺に分かるのはそこまでだな。あとは好きにしな。悪いが俺は眠たい。じゃ、おやすみリディ」
「ちょ、ディオ!」
召喚獣が眠たいなどということがあるはずがない。それなのにディオニュソスは嘘をついた。
非常に不機嫌だということは分かる。分かるのだが。
(もう少し説明してくれたって)
肝心なところでいつも頼りにならない相手である。
「どうするの、スコール」
リノアが尋ねる。スコールはサイファーとリディアを見つめた。
「俺はあの遺跡に行ってみる」
「やれやれ、時間がねえって言ってたのはお前だろ」
サイファーが予想通りの台詞に決まった回答で受ける。
「ああ。だからサイファーはリディアと一緒に先に行ってくれ。俺とリノアは後から合流する」
「りょーかい」
「いえ、待ってください。私も行きます」
が、サイファーの言葉を遮ってリディアが会話に割り込んできた。
「リディア」
「ディオニュソスの様子がおかしかったんです。あの遺跡、もしかしたら相当危険なのかもしれません。私もお手伝いします」
「おいおい、お前の所有権は俺にあるって分かってんのか?」
サイファーがからかうように言う。
「はい、分かっています。何故ならサイファーさんも一緒にあの遺跡に行くつもりだと思いましたから」
「はあ?」
「サイファーさんは戦うことが好きな人です。戦いの中で自分を見出すことができる人です。目の前に戦いがあるのに、それを無視して先に行くとは思えません」
明らかに、その言葉はサイファーの癇に障っていた。
「先行くぜ」
サイファーはエンジンをかけると、一人で遺跡に向かって走り出した。
「ああ、ちょっとサイファー!」
リノアが大声で叫ぶが、サイファーのバイクは止まらない。
「やれやれ、サイファーの本音をついたようだな」
スコールが一台残ったバイクを見て頭を押さえた。三人で一台のバイクに乗る。それがどれだけ大変なことか、彼はよく知っている。
「すみません。もう少し表現を控えるべきでした」
「なに、気にはしてない。サイファーがもう少し大人になればいいだけのことだ」
その言葉を聞いて、リノアとリディアは一瞬目を丸くし、続いてぷっと吹き出した。
「確かにね」
「そうかもしれません」
「そうと決まれば、早速サイファーの後を追うとするか」
と、三人は一台のバイクにまたがった。
当然、場所は狭かった。
オーディンの遺跡は前と変わらず静まりかえっていた。
時折流れすぎていく風が砂塵を巻き起こし、遺跡にぶつかってちりちりと音を鳴らす。
太陽はまだ隠れるほど西に移動してはいない。つまり、暑い。
バイクを走らせているときは風のおかげでそれほど感じなかったものの、この日差しは冒険者たちにとっては毒であった。
「本当にこんなとこに何かあんのかよ」
リノアは自信がなさそうに「うーん……」と首をひねる。
(でも、本当に一瞬、遺跡が光輝いて見えたんだもん)
とは、口にはしない。スコールにも『変な感じがする』としか伝えていない。
どういう心の動きがあったのかは彼女にも分からなかったが、気になっていることには変わりない。
だが。
その感じは何か、不安を駆り立てられるものでもあった。
何かよくないことが起こりそうな、そんな気配だ。
(気にしてても仕方のないことだよね)
そう割り切ることにした。
「よく分からないけど、とにかく行ってみようよ」
「そうですね。ディオも何もないとは言いませんでしたし、私も興味あります」
リディアが一人、遺跡の階段を上っていく。
「リディア、一人は危険だ」
そのすぐ後をスコールが追いかけた。残されたリノアとサイファーは目を合わせてから、二人の後を追いかける。
「リディア。何か気配は感じるか?」
横に立ったスコールを見て、軽く頷く。
「不思議な気配。いるような、いないような、すごく曖昧」
「私、ここあんまり好きじゃないんだ」
リノアが後ろから声をかけた。
「だってここ……ちょっとかわいそうだったんだもん」
「はあ?」
隣にいたサイファーが意味が分からんと聞き返す。
「いや、ここにね、可愛いモンスターがいたの、たくさん」
「それが何の関係あるんだよ」
「だってその時オーディンの試練を受けてる最中だったから、殺して先に進まなきゃならなかったんだもん」
「くだらねえ」
けっ、と吐き捨てるサイファーだったが、スコールもそのときのことはよく覚えている。
オーディンの試練の最中、群れをなしておそいかかってきた敵。
身長は自分の半分ほどしかなく、緑色の体に土気色のコートを着て、左手にランタン、右手に包丁をもち、集団でゆっくりと近づいてくるモンスター。
スコールたちは全力でそのモンスターたちを蹴散らし、奥に進んだのだが。
『……我が下僕たちを倒した者ども……』
と、その時。四人の耳に不気味な声が聞こえてきた。
『我が下僕たちの恨み……晴らすときがきた。まさか、ノコノコと現れるとはな』
声だけが場に響いている。スコールたちは互いに背を向け合い、四方に注意を払う。
「おい、お前らの殺戮のこと言ってるみたいだぜ」
サイファーがガンブレードを抜いて楽しそうに言う。
「そのようだな……やれやれ」
「別に悪気があったわけじゃないのに」
「……来ます!」
リディアが言った瞬間、階段の上に今までに見た中でも最大級の大きさ、おそらくは人の3倍の大きさはあるであろう緑色の生物が現れた。
「大きさが……」
「冗談みたいに大きいね、スコール」
トンベリキング。
トンベリたちの恨みを晴らすべく現れた一族の王。
「あれほどの大きさのものは……見たことがありません」
リディアが目を丸くして言う。
「奇遇だな。俺もない」
スコールは軽口で答えるが、さすがにそのプレッシャーに逆らうことはできず、剣を握った手に汗がにじんでいた。
『下僕たちの恨み、思い知るがいい!』
トンベリキングはそう言うと、足を大きく踏み鳴らした。すると、空中に巨大な円形のゲートが開き、そこから──
「じ、冗談じゃねえっ!」
ヤカン、金ダライなど、ふざけた大きさの家庭道具一式が降り注いできた。
「冗談みたいな攻撃だな……」
スコールは階段を駆け上って攻撃を回避し、地竜の爪を一閃する。
が、トンベリキングは姿を消してその攻撃を回避する。
「どこへ──!」
空中。トンベリキングは浮遊していた。一瞬でそこまでテレポートしたのだ。
『くらえっ!』
トンベリキングは手にした包丁をリディアめがけて投げつけた。トンベリとは思えないほどの素早い動きだった。
包丁は真っ直ぐに、リディアの心臓に向かって飛んでくる。魔法を唱えていたリディアは回避する術がなく、放たれた包丁を目の前にした。
「避けろ、馬鹿っ!」
サイファーがリディアを突き飛ばしてなんとか助けるが、そのサイファーの左腕に包丁が突き刺さる。
「ぐあっ!」
「サイファーさんっ!」
リディアはサイファーの傍にかがみ傷を見る。ぱっくりと綺麗に裂かれている。切り口が綺麗なら復元は早い。傷は大きいがこれなら大丈夫だ。
「リノアさん、手当てを! 私は──」
空中に浮遊しているトンベリキングを見上げて、リディアは残りの呪文を詠唱した。
「ジハード!」
名前を呼ばれた召喚獣がトンベリキングのさらに上空に現れた。
銀色の甲冑を着た騎士。聖戦の名を持つ英雄。
『我が姫のおんために』
ジハードは聖戦の剣をトンベリキングに振り下ろす。
『ぐっ……召喚士。まさか、ジハードを使うとは……ぐあああああっ!』
その剣を受けたトンベリキングはみるみるうちに小さくなり、地上にぽてっと落ちてくる。
普通のトンベリサイズとなったキングは、それでも戦う姿勢を解かず、包丁を構えてリディアに向き直った。
この状態になってしまっては、もはやキングといえどもスコールたちの敵ではない。スコールが地竜の爪を構えたが、それをリディアは手で制した。
『召喚士。何故、我ら一族を滅ぼさんとするか』
小さな体でもキングである。威厳のある声で語りかけてきた。
「滅ぼすつもりなどありません。あなたがここを通してくださるのであれば、私たちは何もしません」
『勝手な理屈を。ここにいる者どもは、かつて我が下僕たちを何十と殺戮した者どもぞ。黙って通すことができようか』
「戦わなければならないときに戦いを避けることはできません。スコールさんだって、無駄に殺したくはなかったはずです」
『信じられぬわ! 我が下僕は全て消滅した。残るは我一人のみ。かくなる上は、玉砕も覚悟の上──』
包丁を構えたキングがリディアに向かって突進してくる。
「リディア!」
が、その包丁が刺さることはなかった。
彼女を包んだ緑色の炎の前に、トンベリの突進が止まったからだ。
「やれやれ。あんたも相変わらずだな、キングのおっさんよ」
もちろん、その正体はディオニュソス。
『ディオニュソスか……まさか、お前ほどの男がこの娘に力を貸しているとはな』
「いろいろあってね。俺だけじゃないぜ、バハムートのおっさんも、あの四天使だって今じゃリディアの味方さ」
『なんと……!』
キングはその黄色いまん丸の瞳をじっとリディアに向けた。
「さて、キング。昔のなじみだ。ここはちと退いてくんないかな。リディアはそんな、あんたの部下たちを皆殺しにしたいなんて思うような悪い娘じゃねえよ」
『……むう』
「俺だって昔の戦友に手を上げるのはさらさら御免だぜ?」
それは、このまま戦いを続けるというのなら自分も攻撃するぞ、という脅しであった。
『……ぬしと戦って勝てるほど、余の力は強くない』
「分かってくれたなら、ありがたい」
『だが、このままでは余の気持ちがおさまらん……娘、余と契約せよ』
「はい?」
突然のことに、リディアは何を言われているのかが分からない。
『召喚獣は強き召喚士と契約するが最大の望み……汝が我と契約せば、我が力は格段に上がる。それをもって、今回のことを不問とする』
「……なんか、わけわかんねえこと言ってるぞ」
サイファーが隣にいるリノアに呟く。もちろんリノアにだってそんな召喚獣の心理など分かるはずがない。
「はい。それでは是非、よろしくお願いいたします」
『我が力を借りたくば、キングと呼びかけるがよい。いつでもお前の力となろう。そして我はお前と契約することで新たな力を得よう』
「やれやれ、キングのおっさんもまだまだ現役だねえ。まだ召喚獣全ての王になる夢、捨ててねえのかい?」
『うるさいわ! お前のような青二才に我が野望を理解できてたまるか!』
「へいへい。ま、何か機会があればまた協力してやるよ、キング」
『ふん! とにかく、これで契約は成立だ。さらばだ娘。またいつでも呼ぶがよい』
「あ、は、はい」
ふわり、とトンベリは浮いて宙に消えた。それを追うようにして「じゃ、またな」とディオニュソスの姿もまたリディアのローブの中に消えた。
「……いったい、何だったんだ?」
スコールが呆然として尋ねる。
「私にも、よく分からない」
リディアも肩を竦めた。
「何かいるって、このことだったのかよ」
サイファーがさらに尋ねるが、リノアは首を横に振る。
「違うよ。こんなのじゃない」
「そうですね。ディオの口ぶりだと、大地の力に関係があるようなことを……」
リディアがさらに続けると、スコールがもう一度階段の先を見つめた。
「まあ、とにかく一通り巡ってみるしかないってことだな。先に進んでみよう」
そうしめくくって、再び一行は階段を昇り始めた。
86.ただ一人の戦友
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