初めて意識したのは、一緒にティンバーから脱出しようとしたとき。
 仲間への無神経な言葉に心から怒った。
 次に意識したのは、ガルバディアで魔女と戦ったとき。
 命がけで自分を助けに来てくれて嬉しかった。
 あなたは感情を私にくれる人。
 周りはみんな、反対のことを言う。
 リノアがいるから、スコールが優しくなった、と。
 違う。
 彼はもともと優しい人だ。
 私はただ、彼の優しさに甘えていただけだ。
 そして、傷つきやすい彼の心を守ろうと思っただけだ。
 だから、私は傍にいる。
 二度とスコールを悲しませたりはしない。
 彼を悲しませないためだけに、傍にいる。
 そう、誓った。












PLUS.87

果たせぬ誓い







The lost






 スコールはただ一人、クリスタルルームへとやってきていた。
 そこは不思議な空間だった。天井も、床も、壁も、全てがブルークリスタルで埋め尽くされている。
 そして中央の台座には一際大きなクリスタルが浮遊している。
(これが大地の核、クリスタル)
 カオスを封じるための道具。
 そして、自分がこれから『幸せ』を手にするための道具。
 既に迷いはなかった。
 何があろうとも、この先の結果を全て自分は受け止められるだけの覚悟がある。
 たとえ何を失おうとも。
 たとえ何がおころうとも。
 自分はそれを乗り越え、そして自分が求めるものを手にする。
(さあ、起動しろ、クリスタル)
 スコールはゆっくりと台座に近づき、そして手を差し伸べた。
 ふわり、という一瞬の浮遊感。クリスタルとともに自分が浮き上がったかのような。だが実際にはしっかりと地に足がついている。
 ぴり、という一瞬の痺れ。体の中にほんのわずかな電流が走ったかのような。だがそれはすぐに失われて何も感じなくなる。
 そして、崩壊。
 クリスタルが割れ、その中から掌ほどの大きさの、わずかに黄色がかったクリスタルが現れる。
「大地のクリスタル」
 その本体を手にする。
 重い。
 それはクリスタルの重さではない。
 使命、という名の重み。
(これで、起動したのか?)
 クリスタルは輝いている。自分の手の中で鈍く発光している。
 これを起動というのであれば問題ないのだが、あまりにもあっけなくて納得がいかない。
「大地のクリスタルも、起動したか」
 その時。
 耳慣れない声が背後から聞こえてきた。
 地竜の爪を構えて振り返る。そこにいたのは。
 銀髪の妖精だった。
「そのクリスタルをもらいうける」
「何者だ」
「お前と、同じモノだ」
 妖精は長い刀を手にしていた。
 いや、あれは刀ではない。
「変革者か!」
 彼が手にしているのは自分が持つ武器と同じ『ウェポン』だ。
 そして、そのウェポンの刀身に──
(血?)
 スコールは目を見張った。
 まだ乾いていない、塗られたような血が付着している。
 最悪の展開を一瞬で予想した。
「貴様」
 スコールが徐々に戦闘体勢に入る。
「何をした!?」
 妖精は、唇の端を吊り上げた。






「リノア、リディア、逃げろーっ!」
 サイファーの声が響いた。二人は同時に身構える。
 自分たちがやってきた通路に人影があった。
 長い、銀色の髪。
 そして手には血塗られた長刀。
(銀色の髪)
 リディアは唐突に閃いた。そうだ、確かに言っていた。あの方舟の中の誰かが、彼のことをそう呼んでいた。
 セフィロス、と。
「早かったですね。海底神殿で戦ってきたのは昨日のことではなかったのですか?」
 ハオラーンが朗々と謳う。銀髪の妖精はかすかに微笑む。
「古き神か。この俺と戦うつもりか?」
「否」
 ハオラーンは枕もとの椅子に腰かける。
「何度も言う。私は歌うだけだ」
「では黙っていろ。俺が、使命を果たすまではな」
 そしてセフィロスは血塗られた長剣を向けた──リノア、に。
「私?」
 リノアは突きつけられた刀を見て震えが走る。
 刀を構えた死神の目は全く笑っていない。本気だ。この男は本気で自分を殺すつもりなのだということがはっきりと分かった。
「リノアさん、避けて!」
 リディアが覆い被さるようにリノアを突き飛ばす。直後、セフィロスの長剣が空を斬った。
「邪魔だ、代表者」
 彼は緑色のローブを着た女性に向かって言う。
「お前を殺すわけにはいかない。だから、邪魔をするな」
「くっ」
 リディアは立ち上がって構える。
「リノアさん、私が食い止めている間に逃げて」
「で、でも」
「よく分かりませんが、彼は私を殺すつもりはないみたいです。狙われているのはリノアさんだけ。だから──」
「できないよ、そんなこと」
 リノアが動けないでいるとセフィロスが峰打ちでリディアに長剣を振り下ろしてきた。
 避けるわけにはいかない。そんなことをしたらリノアが無防備になる。
 なんとか受け止めなければならない。
「俺の出番だな」
 緑色の炎がリディアの中から現れると、それは人の上半身をかたどってセフィロスの剣を片手で受け止めた。
「ディオ」
「こいつはまた、とんでもない奴と戦ってるな、リディア」
 セフィロスはひらりと後方に飛ぶ。そして正宗をゆらり、と動かす。
「とんでもない?」
「ああ。分かりやすく言えば、こいつは『変革者』だ」
 その可能性は最初から分かっていた。が、考えないようにしていた。
 では、この男性はいったい何を目的としているのか?
「あなたが、セフィロス、ですね」
 リディアは確認のための質問を行った。
「何故、私たちを? あなたはこの世界を守る変革者ではないのですか?」
「語る必要はない」
 セフィロスは刀を構える。
「代表者。お前に説明しても分かるまい」
「世界を守ろうとは思わないのですか!」
「語る必要はない、と言った」
 セフィロスが駆ける。そして、剣を振るった。
「懲りねえな」
 ディオニュソスがそれを炎の力で止めようとした。が、今度は正宗が炎を切り裂いた。
「なにっ」
「これが人の造ったものだと思ったか」
 正宗の刀身が、メタリックブルーの輝きを放つ。
「海竜の角!」
「気付くのが遅かったな」
 正宗はディオニュソスの体を切り裂き、緑色の炎が消失する。
「ディオ!」
「そこまでだ、代表者」
 目の前にそびえ立つセフィロス。その圧倒的な威圧感。
「くっ」
 魔法を放つにもこの至近距離で呪文を唱えるわけにはいかない。
 その隙に斬り殺されてしまう。
「お前は何も考えずに、道を開くがいい」
 セフィロスが言うなり腹部に衝撃が走った。
「うぐっ」
 当身。
 急速に薄れていく意識の中で、リディアはリノアに「逃げて」と伝えようとして口を開いた。
 が、その声が届くことはなくリディアはその場に倒れた。
「ここまでだな」
 セフィロスは改めてリノアに向き直る。
 リノアは震える足で立ち、セフィロスを睨みつけている。
「どうして、私を殺すの」
 手にした武器が小刻みに揺れている。
 この人物が本気で自分を殺そうとしていることが分かったからだ。
「お前は」
 セフィロスはゆっくりと近づいてくる。
「歴史を操る者。いや、歴史を歪ませる者」
「れ、歴史を、歪ませ……?」
「おそらく、前の戦いの時もお前がいなければもっと簡単に結論が出ていたのだろう。お前は戦乱を長引かせ、犠牲を大量に必要とする、呪われた存在だ」
「そんな、そんなこと」
 私が魔女だから?
 魔女である人間は生きてはいけないというの?
「お前は世界を救おうとする人間に近づいては、その足を引く。無意識に。そういう宿命を、いや、血を継いでいる」
「そんなことない!」
「本人が知らないからこそ、その罪は重い」
 ゆっくりと、セフィロスは剣を振りかぶった。
「これで歴史は正しく動く」
 リノアは動けなかった。
 その男が放つ圧迫感に押されたこともある。だが、それ以上に。
 自分がいったい、何者なのか。
 それが分からなくなっていた。
「避けろ、リノア!」
 剣が一閃する。リノアが今いたところを剣が過ぎ去る。
「サイファー」
「逃げろ。あいつはお前だけを狙ってやがる」
 突如現れたヒーローはガンブレードを構えて言った。
「でも、サイファー」
「さっさと行け! スコールと合流しろ!」
 リノアは、ぐっ、と手を握ると通路を逆に戻っていった。
 スコールと合流する。そうすれば、また別の展開がある。
 セフィロスという男を止めることができるかもしれない。
「邪魔だ」
 だが、セフィロスはリノアを追いかけるために前進をやめなかった。
「今度はやられねえぜ、長髪ヤロー」
「邪魔だ」
 サイファーが斬りかかる。が、セフィロスが打った手はサイファーの予測を超えていた。
 彼は、武器を投げつけたのだ。
 咄嗟にサイファーは正宗を弾き飛ばすが、その時既にセフィロスは間合いの中に入り込んでいた。
「しまっ──」
 強烈な裏拳がサイファーのこめかみに入った。
 脳が揺れ、立っていられなくなる。脳震盪を起こしてしまったのだ。
 そしてセフィロスは追いかけた。
 歴史を歪ませる娘を。
 リノアはただひたすら逃げた。
 自分を追いかけてくる人斬りから。
 元の場所まで戻ってきたとき、スコールを追いかけようとして壁の中の通路に入ろうとする。が、
「閉じてる」
 先ほどスコールが入っていったはずの通路が、今は閉じている。
 誰かが閉じたのだろうか。だとしたら誰が。
 当然それは、一人しかいない。
 カツ、カツ。
 その人物は、ゆっくりと足音を立ててやってきた。
 リノアは唾を飲み込んだ。
 そして、その姿が壁にかけられた松明によって照らし出された。
 銀髪の、悪魔。
「どうして」
 どうして、こんなことになったのだろう。
 一緒に旅していたはずのスコールはここにいない。
 リディアもサイファーも、悪魔を足止めすることが限界だった。
 自分はもう、一人だ。
「嫌だ」
 リノアは泣いていた。
「こんな死に方は、嫌だ」
「残念だが」
 セフィロスは珍しく剣を両手で構えた。
「お前が生きていては、そのスコールの命すら危うい」
 その言葉に、リノアの体は凍りついた。
「スコールの傍にいてはいけないの?」
「駄目だな」
「私は、生きてちゃ、駄目なの?」
「駄目だな」
「私は」
 リノアの体が崩れ落ちた。
「私は、スコールの──」
「駄目だな」
 剣が、ゆっくりと構えられる。
 悪魔の瞳の中に、泣いている自分の姿が映っていた。



 初めて出会った時に運命を感じた、などとは言わない。
 外見にほれ込んで追い掛け回した、などということもない。
 気がつくと、彼のことが気になっていた。
 何も言わず、ただ黙って行動する彼。
 強そうに見えて、その裏側でいつもたくさんのことを考えて、たくさんの悲しみを抱えて。
 助けたい、と思った。
 傍にいたい、と思った。
 そして、
『リノア!』
 あの声に抱かれたい──そう思った。



「ごめんね。スコール、傍にいられなくて、ごめんね──」
 剣が、水平に走った。






88.大地と海

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