「久しぶりね、ハオラーン」
 浅黒の肌の少女が声をかける。詩人は竪琴を鳴らした。
「お久しぶりです。今日は、どうされましたか」
「ん、まあ。知り合いを看取りにね」
 詩人は苦笑する。
「あなたでも感傷にひたることがあるのですか」
「まさか」
 少女は笑って、その手にしたものを見せる。
 両腕で抱え込めるくらいの大きさの白い袋。
「それをどうなさるおつもりですか」
「さあ。でも、ただ捨てておくのはもったいなくない? ハオラーンだって、私が何かしてる方が都合がいいんでしょ?」
「私は歌うだけですよ、レイラ」
 少女は笑った。
「アタシ、あなただけは敵にしたくないなあ」
「私は誰の敵でもありませんよ。しいていうなら……」
 詩人は穏やかな声で答えた。
「世界の敵です」












PLUS.88

大地と海







the earth and the sea






「まさか、リ──」
 はっ、とスコールはその先を言うことができなくなった。
「その通りだ」
 セフィロスは血塗れた剣を構えた。
「リノア。世界を歪ませる者を殺した」
 スコールは顔を歪ませた。
「……何故だ」
「理由が必要か」
「何故だ!」
 スコールは地竜の爪を大きく振った。
 衝撃波がセフィロスに迫る。が、海竜の角がそれを防ぐ。
「甘いな。まだ武器の使い方を心得ていないようだ」
「うるさい!」
 激情したスコールが闇雲に武器を振るうが、そんなものがセフィロスに通用するはずがない。
 スコールも一流の剣士であるが、セフィロスも一流である。たとえ腕前は互角だったとしても、激情に駆られたものと、冷静なまま戦うもの。どちらが有利かは目に見えていた。
「よくもリノアを!」
 衝撃波をたてつづけに放つ。クリスタルルームがその度にひずんだ。
 だが、セフィロスはそれをまるでそよ風ででもあるかのように剣で押さえ込んでいく。
 確かに、スコールは冷静さを完全に失っていた。
 リノアを殺されたという事実はそれほどまで彼に衝撃を与えたのか。
 サイファーが死んだと聞かされたとき、リノアが目覚めぬ眠りについたとき、アーヴァインが死んだとき。いずれもスコールは冷静さを失っていた。
 今までとは違う点があるとすれば、それは、怒りの対象が目の前に存在し、投げやりになるのではなくて怒りをぶつけることができるという点だ。
 だが。
 それでも、今までの彼の行動から考えると、激情にかられて我を見失って闇雲に攻撃するというのは彼らしからぬものであった。
 それほどに、リノアという存在を亡くしたことが彼の感情を乱していたのか。
 だが、そんなことを考えていられるほどスコールは冷静ではなかった。いや、考えたくなかっただけなのかもしれない。
 ただ今は、目の前にいるこの男を倒すこと。
 それしかスコールは考えられなかった。考えたくなかった。
「フェイテッドサークル!」
 闘気をこめてセフィロスに斬りかかる。だが、セフィロスがそんな攻撃を甘んじて受けるはずがない。
「甘いな」
 セフィロスは軽く指を鳴らした。それだけで突進してくるスコールが爆炎に巻き込まれる。
「ぐうっ」
「周りの状況も見ずに攻撃をしかけて勝ち目があると思っているとしたら……よほど、貴様の敵とやらは無能ぞろいだったようだな」
「必要もなく人殺しをするような奴が何を言うか!」
「必要? それならばあった。俺は、必ず約束の地へ行く。セトラは約束の地に帰る。そのためにはあの娘は邪魔だった」
「何を……」
「分かっているはずだ……貴様にもな」
「分かるものか!」
 剣を振るう。が、それは軽く受け流される。
「分かっているはずだ。あの娘の存在について、な。お前がどのようにあの娘を思い、考えていたのか、よく思い出してみるがいい」
「きっ……」
 スコールの剣を振るう速度がほんの少しにぶった。
「分からぬ振りをするのならそれもよかろう」
 その隙をついて、セフィロスはスコールの剣を弾いた。
「ぐっ」
「大地の核はもらいうける」
 左の拳が鳩尾にはいる。肺の中にあった全ての空気を吐き出し、力が抜けていく。
 手にしていた大地の核が、するりと抜け落ちる。
 それが大地に落ちるより早く、セフィロスの手の中に入った。
「ゆっくり眠るがいい。貴様の使命は既に終わった」
 大地に崩れ落ちたスコールを見て、セフィロスは笑った。
「……あと一つ」
 セフィロスは呟くと、来た道を戻っていった。






『いつでも冷静な判断で仲間の希望を否定して楽しい?』
 ああ……なんか言われたな、そんなこと。
 いつだったかな……会ってから、そんなにたってないころだ。
 まだ目覚めない眠りにつく前。学園祭の前。
『ゆるしましょう、ゆるしましょう! さあ、コンサートへいざゆかん!』
 最初から、あんたは俺の傍にいた。
 俺の傍から離れようとしなかった。
 何故だ?
『でもさあ、同じ指輪してたらみんなに誤解されちゃうねえ』
 それがあんたの気持ちだっていうのは分かってる。
 ……でも、それだけか?
 そうじゃない。
 あんたは、何か、目に見えないものに操られていた。
 あんたは、何か、俺の傍にいることが義務であるかのように考えていた。
『未来なんか欲しくない。今が……ずっと続いて欲しい』
 何故未来から逃げていた?
 未来に何かがあることを知っていたのか?
 リノア……。
 あんたは、何者だ?
『私のこと、スキ?』
 好き?
 俺は、お前のことが好きだったのか?
『スコール』
 俺は……。
 あのとき、俺は……。

「スコールさん!」






 ゆっくりと瞼を開く。
 自分を見つめている四つの瞳。
 見慣れた顔。
「リディア……サイファー」
 痛む頭を振って上半身を起こす。
「ちっ、クリスタルも持ってかれちまったのか」
 サイファーが忌々しげにガンブレードで地面を殴りつける。
「頭を打ったみたいですね……内出血は、ない、みたいです」
 暖かい手でリディアがスコールの頭を触っていく。
 ぼんやりと、なされるままにされていたスコールだったが、やがて、口を開いた。

「リノアは?」

 ぴたり、とリディアの手が止まった。
 サイファーも、ゆっくりと手を止め、肩を振るわせる。
「……状況は理解している。リノアは、どこにいる?」
 言葉を間違えているのは理解していた。正確には、こう聞くべきだった。
『リノアの死体はどこにある?』
「見ない方がいい」
「サイファー」
「お前は見ない方がいい」
「どこにいる、サイファー」
「……向こうの、部屋に」
 答えたのはリディアだった。
 クリスタルルームに入ってくる前、最初にハオラーンと出会った場所。
 スコールは立ち上がると、わき目もふらず走り出した。
「スコールさん!」
 リディアが声をかけるが、スコールは聞かなかった。
 何も聞こえなかった。
 何も見えなかった。
 ただ、今は、全ての結果を見届けることが最優先だ。
「リノア……リノア!」
 もつれそうになる足をただ前へ差し出す。
 そして、リノアの体が見えるところまでやってきた。
「りの……」
 そこに、リノアの体があった。が、スコールはそれが最初、リノアだと判断できなかった。
 いつもの青いドレスが、血で真っ赤に染まっていた。
 そして。
 首が、なかった。
「……」
 スコールはゆっくりとその首のない死体に近づく。
 血で汚れたリノアの体を抱き締め、嗚咽を漏らす。
「りのあ……っ!」






 恋人の死体を抱きしめて嗚咽を漏らす後姿を見て、リディアは涙を流していた。
「やりきれねえぜ、ちくしょうっ!」
 スコールに聞こえないように、サイファーが毒づく。
 一度は恋愛関係を持った相手だ。何も思わないではいられない。
「……スコールさんは、立ち直れるでしょうか」
「んなもん、俺に聞くなよ」
 リディアは涙を拭いて、ゆっくりとスコールに近づいた。
 彼の背後に立ち、小さな嗚咽が耳に聞こえてくる。
(この人の魂は、なんと脆いのだろう)
 そして、自分にこの人の魂が救えるのだろうか。
(私は……)
『スコールのこと、好き?』
 好きだ。
 異性としてなんてことは考えたことがない。でも、好きな気持ちに偽りはない。
 戦友として、自分の背中を預けて安心できる相手。
 私は、この人を失いたくない。
「スコールさん」
 声をかける。が、スコールは全く振り返ろうとしない。
「スコールさん……」
 その場に膝をついて、その小さく振るえる背を抱きしめる。
「放って……」
「え?」
 スコールは小さな声で言った。
「放っておいてくれ」
 拒絶の声。
 それを聞いたとき、リディアは心に陰りを覚えた。
(私の声は、届かない)
 どうして。
 どうして、いつも自分の声は相手に届かないのだろう。
 恋人が亡くなったばかりなのだ。一人にしておいてほしいと思う気持ちは分かる。
 そして、人が亡くなるということに耐えられない人なのだということも。
 だからこそ、頼ってほしかった。
「もっと……」
 リディアは、離れなかった。
「もっと、頼ってください。私は、私はずっとスコールさんの傍にいます」
「リディア……」
 スコールはその声を聞いて、清々しさと苦々しさを同時に味わっていた。
(俺は……)
 その背の温かさを感じながらスコールは思った。
(俺は、君の信頼を得られるほどの人間じゃない)
 そう、自分はあのとき確かに思った。
 自分にとって、一番大切なものが誰なのか。
 それが、自分には分かってしまった。
「……リノア……」
 何故こんなことになってしまったのか。
 もう、彼女の声を聞くことはない。
 もう、彼女の顔を見ることはない。
「リノア……っ!」






89.星の導き

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