舞台は、始まりの地に還る。
全ての資格ある者たちは、南のセントラ大陸を目指していた。
代表者たち、変革者たち、そして彼らをサポートするものたち。そして、彼らの敵に回った者たち。
鍵となる存在。それは、ハオラーン。
彼は今、来るべき船を出迎えるために海岸まで出向いていた。
「来たか」
ハオラーンは全速力でやってくる船を見て呟いた。
詩人はただ歌うだけ。
ハオラーンは竪琴を一度だけ鳴らした。
PLUS.89
星の導き
assembly place
「やれやれ。ようやっとついたぞ、と」
レノはその船の上からようやく見えてきた海岸線を見つめた。
ドールで手に入れた快速船。大火に見舞われたドールで家財を失った元豪商から二束三文で買い上げたものだ。
現在この船に乗っているのはレノの他、エルオーネ、ゼロ、クライド。そして眠ったままのサラ。この五名の他、腕のいい船員を何人か雇っている。
「ここは戦いになるな」
レノの背後で小さく呟く声がした。ぎょっとしたが、表面には出さずゆっくりと振り返る。
「あんたか。脅かすなよ、と」
黒装束の男、クライドは何も答えなかった。軽口に応じるような相手ではないことを、既にレノは理解していた。
「戦いになるってどういうことだぞ、と」
「言葉通りだ。どういう戦いになるかは分からん」
一流の戦士は戦いの気配を感じるという。レノも不穏な空気を感じてはいたが、明確に戦いが生じるとは思っていなかった。
(……この男の勘は当たるぞ、と)
確証のないことは口にしない男であることは分かっている。
戦いが起こるというのなら、それは間違いなく起こるのだろう。
「仕事でもないのに巻き込まれるのはごめんだぞ、と」
クライドは答えなかった。レノも別段答を求めてはいなかった。
しばらく二人は陸地を眺めていた。
「おはよーっ! レノ、クライド!」
パーティ一番の元気娘、エルオーネが甲板に上がってきて声をかける。
「……」
「……」
「もー、二人とも、少しは愛想よくできないの? ほら、笑顔笑顔!」
少なくともクライドには無理だろう、とレノは思うが口にはしない。
「ところで、眠り姫はどうしてるぞ、と」
「んー、ずっとゼロがつきっきり。別に変わりはないよ」
「だったら伝えてきてくれ。陸地が見えたと」
「え!?」
エルオーネは海岸線に目をやった。確かに、陸地が見える。
「到着!?」
「そう言っているぞ、と」
「たいへん! ゼロに知らせてこなきゃ!」
ぱたぱたぱた、と走り去るエルオーネ。
「……疲れるぞ、と」
どうして自分はこんなことをしているんだろうか、とときどき不思議に思うレノであった。
海岸まであと少しというところで錨を下ろし、小型のボートで陸まで移動する。
ここから先は五人だけの行動となる。レノ、クライド、ゼロの三人でボートを漕ぎ、サラはエルオーネがしっかりと抱きしめて保護する。
十分ほどもボートを漕げば陸地にたどりつく。ようやく地面に足がついてほっとしたのはレノ。
「やっぱり地上は落ち着くぞ、と」
クライドは特別答えない。ゼロも首を傾げるだけだ。エルオーネは船暮らしが長かったので特別何とも思わないらしい。
「さて、このだだっ広い大陸で、どこをどう探せばいいんだぞ、と」
考えてみれば行き当たりばったりでここまで来た。どうすればいいのかは全く考えていなかった。
「ハオラーンを探すといっても、こう一面の荒野だと情報の仕入れ先も見当たりませんね」
ゼロも四方を眺めて小さくため息をつく。
「向こうから出向いてきてくれるのが一番助かるぞ、と」
「お呼びになりましたか」
全員の右手から声がした。クライドすら、その気配に気付いていなかった。少なくとも、上陸したとき、自分たちの近くには誰もいなかった。そう、この男は突然自分たちのすぐ傍に出現したのだ。
吟遊詩人、ハオラーン。
「何者だぞ、と」
詩人は竪琴を鳴らす。
「我が名はハオラーン。あなたがたが探している人物です」
「うさんくさいぞ、と」
当たり前である。こうも都合よく現れるのであれば苦労はしない。
「あなたが私を探していたように、私もあなたを待っていたのです、レノ」
レノの視線が厳しくなる。
「何故俺の名を?」
「イリーナさんからうかがっています。彼女は今、ここにいますから」
「イリーナが」
「ただし、目覚めぬ眠りについています。精神を病み、現在は植物人間となって」
レノの目が驚愕で見開いた。
「……どういうことだぞ、と」
「詳しくは道々お話いたします。こちらへどうぞ」
ハオラーンは歩き出した。レノたちがついてきているか、まるで振り返りもせずに。
「……どうするの、レノ?」
レノは肩を竦めるばかりだ。
「行くしかないぞ、と。どのみちここにいても何も変わらないぞ、と」
「賢明だな」
「行きましょう。早くしないと、見失ってしまいそうだ」
ゼロがサラを背負い、小走りにハオラーンを追う。
「さて、行くぞ、と」
ゆっくりとレノがそれを追いかけた。
「ちょ、ちょっとレノ!……もう」
これほど胡散臭い相手に軽々しくついていく神経が信じられない。
だが、彼らはおそらく何か事があれば自分たちで解決できる自信があるのだ。
力ない自分とは根本的に考え方が違う。
「もう……いやんなるなあ」
エルオーネはしぶしぶ、三人の後を追いかけた。
イデアの家。
海底神殿へ行くといったセルフィたちを見送ってから、既に三日が経っていた。
ここに残っていたのはラグナロクで移動してきた者たちのうち、四人。キスティス、ゼル、ヴァルツ、そしてカタリナ。
ハオラーン、及びセフィロス探索を四人に任せた一向は、ラグナロクでガーデンと連絡を取り合い、今後の協議を続けていたところだった。
イデアの家には常に誰かが残り、近くに止めてあるラグナロクの通信室には必ずキスティスが詰めていた。
ゼルはイデアの家とラグナロクをうろうろ往復していたが、それにも飽きるとモンスター退治を行ったり、トレーニングを行ったりしていた。
時にはヴァルツを伴うこともあったが、たいていは一人で行動していた。
(はあ〜あ、なんだか俺、無駄な時間を使ってるよなあ)
やることがない、というのは非常に辛いものだ。
(こんなことならガーデンに残ってればよかったぜ)
ブルーとの口論も、実は彼にとってはかなり堪えている内容だった。
自分たちのせいで、スコールは出ていった。
それはキスティスが言うところの、事実に他ならなかった。
(俺、そんなにあいつを追い詰めてたのかよ)
シャドウボクシングをしながら、スコールやブルーの顔が頭をちらつく。
(ちくしょう……それならそうと、言ってくれりゃいいのによ)
だが弱音を言うような男ではないこともまた分かっていた。
だからこそ、周りが気を使わなければならないということも。
全て、ブルーの言うとおりだった。
それを認めることもまた癪に障った。
(くそっ……くそっ、くそっ!)
最後に大きく足を振り、ふう、と一息つく。
(どこ行ったんだよ、スコール……)
と、そのとき。
遠くからバイクのエンジン音が聞こえてきた。
ゼルが不審に思って地平線を眺めると、土煙が二つ、こちらに向かってくるのが見えた。
(こんなところに、バイク?)
まさか、賊か何かだろうか。
こんなセントラの不毛の地にそれもありえない。
(誰だ?)
じっと目をこらす。
そのバイクがだんだん大きくなるにつれて、誰が乗っているのかが分かった。
「……スコール?」
前のバイクにまたがっている男。
まぎれもなく、自分たちのリーダー、スコールだった。
「スコール!」
大きく跳ね上がってアピールする。スコールはまっすぐこちらに向かってくる。
もう一台のバイクには見慣れた白いコートの男が乗っているような気がしたが、意図的に無視した。
「おーい、スコール! スコーーール!」
ずっと会いたかった。会って謝りたかった。
とにかく、話さないことにはどうにもならない。ずっとそう思っていた。
すぐ近くまでバイクがやってきたのを見て、ゼルは思わず駆け出していた。
「スコール、スコ……」
その歩みが、途中で止まった。
雰囲気が、おかしかった。
スコールの背。
そこに、人がいた。
「……」
ゼルは、言葉を失っていた。
そのバイクはゆっくりと減速し、ゼルの前で止まった。
スコールの後ろにまたがっていた赤いドレスの女性。
それを見て、ゼルは何も言えなくなっていた。
「……ゼル」
スコールが、重々しく口を開く。
「す、スコール……それ……」
確認するまでもなかった。
首のない、死体。
「……イデアの家に、埋葬してくる」
それだけを言い残すと、バイクはイデアの家に向かっていった。
もう一台のバイクは、それを追うこともなかった。
「チキン野郎か」
「……サイファー、か」
サイファーの言葉に、反論する気力すらゼルは失っていた。
「……どういうことだよ」
聞きたいことはいろいろあった。
何故スコールとサイファーが同行しているのか。
二人とも今まで何をしていたのか。
そして、そして……。
「リノア……どうしちまったんだよっ!」
やるせない思いが、低く吼えさせた。
「吼えるな。誰のせいでもねえ」
「誰のせいとかじゃねえ! 何があったかって聞いてんだよ!」
サイファーが舌打ちする。答えるつもりはないようだった。
「説明をするのは、後です」
サイファーの後ろにまたがっていたリディアが、バイクを降りて言う。
「まだガーデンは来ていないんですね?」
「あんた、確か……」
「リディアです。あまりお目にかかる機会は多くありませんでしたが、カインと同郷の者です」
「ああ」
「カインは今日にでもこちらに到着すると聞きました。まだカインは、ガーデンは到着していないんですね?」
「あ、ああ」
質問攻めに合い、ゼルも言葉をつぐむ。
「ラグナロクから、ガーデンに連絡することはできますか?」
「ああ、できるぜ」
「では至急、カインと話をさせてください」
リディアの顔は、真剣そのものであった。
90.再会の連鎖
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