数え切れないほどの罪を犯した。
 自分で数えることはもうしていない。
 だが、どんな罪も忘れたことはない。
 全ての罪は、心の中にある。
 百の罪。
 千の罪。
 万の罪。
 ……自分は、まだ一つも、贖ってはいない。












PLUS.90

再会の連鎖







rule of the man






 数刻の後、ガーデンはイデアの家に到着した。
 ゆっくりとガーデンから降りてきたカインを待っていたのは、リディアとキスティスの二人であった。
「リディア……」
「ただいま、カイン」
 にっこりと微笑む。もう、以前のような悔しさはどこにもない。
 かえってカインの方が、リディアに傷つけてしまったという後悔でいっぱいだった。
「カイン。この間はごめんなさい」
 先にリディアが謝った。
「カインだって傷ついてがんばっているのに、自分のことばかり見てほしくて、私、ローザに嫉妬してた。本当に、ごめんなさい」
「いや、悪かったのは俺だ」
 カインは首を振った。
 そう、悪いのは全て自分なのだ。
「俺が君の言葉を聞こうとする意思がなかったから」
「それは違うの、カイン。私は私の我儘をカインにぶつけていただけ。カインにはカインの事情がある。それを知っていたはずなのに、私はそれを無視して、一人で焦って、カインに嫌な思いをさせてしまった。本当にごめんなさい」
「謝らないでくれ、リディア」
 カインは謝られることに慣れていなかった。
 常に謝るのは自分だったから。
「俺は……君に、どんなに謝っても謝りきれないことを何度もしてしまった」
「気にしないで、と言っても聞くカインじゃないと思うけど」
 リディアは優しく笑った。そして、カインの胸に抱きついた。
「せめて仲間だと思っているのなら、私のことを少しは信用してほしい」
「信用……」
「だって、故郷からたった二人だけしかここにいないのに、お互い謝ってばかりっていうのも悲しいと思わない?」
「リディア」
「私はカインのことを信用してる。だからせめて、カインも私のことを信用してほしい。仲間だと思ってくれているのなら。そして仲間だと思って信用してくれているのなら、もう昔のことで後悔することは、やめてほしいと思う」
「だが……」
「もし罰せられたいと思うならね、カイン」
 意地悪そうに、リディアは笑った。
「カインはどんなことがあっても私のことを信用しなければならない、私のことで後悔してはならない、って罰を与えるからね」
 さすがにカインも閉口した。
 リディアが何を言いたいのか、何を考えているのかは分かるつもりだった。
 だがカインは、自分で自分を罰したい、自分で自分を許したくない。
 誰かに許されることは、セシルとローザのもとに還る資格を失う。それくらいに思っていた。
「カインの負けね」
 くすくす、とキスティスが笑った。
「あなたは少し、気負いすぎているのよ。間違いなんて誰でもやること。私だって、自分の手でどんなひどいことをしてきたか、逐一覚えてなんていないわ」
「……」
「それより、カイン。通信で伝えた件だけど」
「……ああ」
 話が変わって、カインの面持ちがさらに悪化した。

 イリーナの居場所が分かった。

 その通信は、カインの精神に大きなヒビを入れた。瞬間、カインの顔が凍りついたところを通信室にいたシュウとエアリスが目撃している。
「カイン。イリーナさんを助けてあげられるのはカインだけ……分かるよね」
「ああ」
「一日でも早くイリーナさんを助けてあげたい。眠っているだけだと体はどんどん衰弱しちゃうから」
「そうだな」
「ラグナロクはもう、ゼルさんに発進体制を整えてもらっているから、ガーデンには後で来てもらうことにすればいいから」
「ああ」
「カイン!」
 いつまでも『行く』と言わないカインに、リディアは怒鳴りつけた。
「罰せられたいとか色々言ってる割りには、臆病すぎるわよ! しっかりイリーナさんを助けて、真正面から謝りなさい!」
 はっきりと言い切ったリディアに、キスティスは正直驚きを隠せなかった。
 前に会ったときはここまではっきりと物を言う子ではなかった。
 誰かの影に隠れ、自分から積極的に発言することがほとんどなかった。
 それがどうだろう、この変わりようは。
(成長したのね)
『一度、幻獣界に戻って自分の力を伸ばしてこようと思います』
 その言葉の通り、しっかりと力をつけ、自信としてそれが現れている。
 たった数日のことだというのに、この変わりようはどうだろう。
「分かった」
 カインはようやく頷いた。
「君の言うとおりだ、リディア」
「じゃあ」
「ああ。どのみち避けられるものでもない。行こう……ただ」
「ただ?」
 カインはゆっくりと答えた。
「先に、スコールに会わせてくれ」






 イデアの家は今でもシドとイデアが暮らしている場所だ。少し前までは廃屋となっていたが、ガーデンの援助金でイデアが穏やかに暮らせるように修築している。
 外には花畑。これは今でも変わらない。
 ここは約束の地。
 もし離れ離れになってしまった、ここで再会すると決めた場所だ。
「……リノア」
 その花畑の真ん中に、スコールは墓を立てた。
 今はもう、土の下に眠っている女性に向かって語りかける。
「俺は……罪深いな」
 あの瞬間。
 セフィロスが手にした血塗れの刀を見た瞬間。
 自分は。
「……お前には、どんなに償っても償い切れない過ちを犯した」
 守ることもできなかった。
 そればかりか。
「……いつか、償いに行くよ」
 だが今は、先にやることがある。
「セフィロスを殺す」
 スコールは墓の前で誓った。
「お前を殺した相手に、必ず復讐する。絶対に許さない」
 そして、この自分も。
 スコールは誓いと呪いを同時に唱え、踵を返した。
 その花畑の外で待っていた人物と目が合う。
 カインと、スコール。
 再会がこのような形になるとは二人とも思いもしなかったことだ。

 変革者。

 既にお互い、相手のことは理解していた。
 スコールは旅の途中で、カインが天騎士であることをリディアから聞いていた。
 カインはリディアからの通信の中でスコールが陸騎士であることを聞いていた。
 天騎士と陸騎士。
 そして、クリスタルを狙う海騎士。
 その海騎士こそは、陸騎士の復讐の相手。
 なんと数奇な運命だろうか、とカインはふと思う。
「久しぶりだな」
 スコールから先に声がかかった。
「ああ」
 短くカインも答える。
「戻ってきてくれて助かる。一時預かっていたリーダーの地位を正式に返す」
 カインが言う。だがスコールは首を振った。
「断る」
 半ば、予期していた答だった。
「今の俺は、セフィロスを倒すことしか頭にない。ガーデンのリーダーという立場に捕らわれて行動を制限されるのはごめんだ」
「そうか……分かった」
 カインはそれ以上、何も言わなかった。
 気持ちは痛いほどに伝わった。彼を止めるつもりなど毛頭なかった。
「セフィロスは海と大地のクリスタルを手にしている。あとは、空のクリスタル。俺は空のクリスタルがある場所で、奴を迎え撃つ」
「空のクリスタルがある場所?」
「おそらく場所はハオラーンが知っているから後で聞けばいい。そして、空のクリスタルを起動させることができるのは、カイン、お前だけだ」
「ああ」
「だから俺はお前についていく。どんなことがあってもな」
 強い決意の色が、瞳に現れていた。
「責任重大だな」
 戦うことすらできないこの身に、リーダーという地位は重すぎる。
「別に気負うことはないだろう。別に協力しないと言っているわけではない。遠慮なく、口出しはさせてもらう」
「ありがたい」
「お互い……苦労するな」
 スコールが感慨深げに言った。確かに彼の言うとおりだった。
 変革者などというものになったがために、必要のない責任まで負わなければならなくなった。
 世界を救う、という。
 二人とも、そんなことは一番に考えていたわけではないのに。
「ハオラーンにまずは会わなければならないな」
 スコールが言う。カインはしっかりと頷いた。
「同行するという話を聞いたが、本当なのか?」
「そうらしい。とにかくまずはカインがハオラーンの住みかに行ってからの話だ。セントラ遺跡の地下。そこにハオラーンがいる」
「いったい、何が分かるんだろうな」
「色々だ」
 スコールはぶっきらぼうに答えた。
「代表者は何をするのか……変革者は何をするのか……最後のクリスタルはどこにあるのか……」
 代表者は七人までが集まっている。あと一人。サラ・カーソンが見つかればそれで終わり。
 だが、変革者は。
「……世界を救うためだとして、セフィロスと手を組むつもりがあるのか?」
 スコールは初めて笑った。
 嘲笑、であった。
「ない」
 分かりやすすぎる答だった。






 一旦スコールにガーデンを任せ、カインはリディアを伴って一路セントラ遺跡へと向かった。
 ハオラーンに指示された通り、イリーナとカインを引き合わせるという使命をもったリディアの行動力は目を見張った。
 イリーナが精神を病んだ一因として、リディアの力不足があったことは否めない。
 それもあってか、イリーナを助けるためにリディアは全力でカインを連れてこなければならなかったのだ。
 セントラ遺跡に到着し、そのまま地下へと潜っていく。
 その先。
「……カイン!」
 聞きなれた声と、見慣れた顔があった。
 そこには、何人かの見知った顔が揃い踏みをしていた。
 ブルー、ジェラール、セルフィ、そして。
「ティナ……また、会えたな」
 緑色の髪をした少女は瞳を潤ませ、何度も頷いた。
「状況はキスティスから聞いている。セフィロスに会うために海底神殿へ行ったと聞いていたが」
 カインは一番話が通じる相手として、ブルーに話しかけた。
「ああ。たった今ここに着いたばかりだ。セフィロスは海のクリスタルを起動させた。そして水のカオス、クラーケンを倒した」
「カオス……そうか。土のカオスに、水のカオス。となると、あとは火と風のカオスが残っている計算になるな」
「そして、見つけた」
 カインは言っている意味が分からず、眉をしかめた。
「代表者だ。そちらの部屋にいる」
 カインとリディアは目を見合わせた。そして、隣の部屋に移動する。
 そこにいたのは。
「レノ!」
 見慣れた相手だった。たった数日会っていなかっただけなのに、なんと懐かしいことか。
「静かにしろ、と」
 レノに、エルオーネ。それから見知らぬ黒装束と少年。
 そして、ベッドに横たわる少女。
「代表者……」
 緑色の髪をして眠り続ける少女、サラ。ヴァルツが描いた似顔絵通り。
「今はまだ起こすことはできないぞ、と」
 レノがサラの状況について詳しく説明をする。カインは状況を把握してから尋ねた。
「イリーナは?」
 レノは立ち上がると部屋を出、細い通路に入っていった。
「みんなはここで待っていてくれ」
 レノとカインの二人で通路を進んでいく。
「……イリーナのことは、すまない」
 前を行くレノに声をかける。
「まだ死んだわけじゃないぞ、と」
「ああ」
「それに、あのときあいつは勝手に行動した。精神世界でのことも勝手にやった結果だ。お前が気にやむようなことじゃないぞ、と」
 誰もがみな、自分のせいではない、と言う。
 そうなのかもしれない。
 だが、自分は「お前のせいだ」と罵られたい。
 そうしてくれた方がどれほど楽だろうか。
「ついたぞ」
 こじんまりとした部屋に出てレノが言う。
 少し大きめのベッドが一つ置いてあるだけの部屋。
 そのベッドに眠る女性と、傍らにいる吟遊詩人。
「……お前が、ハオラーンか」
 カインは声をかける。
「はい。ようやくお目にかかることができましたね、変革者」
 ハオラーンは竪琴を、ぽろん、と鳴らした。






91.幼き日の悪夢

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