戦いが起こる。
 前の戦いでは、まだ風を取り戻せなかった。
 今度は、どうなる?
 自分の力は、いつになったら戻るというのだろう。
 風を感じる能力は、いつになったら帰ってくるというのだろう。
 自分から逃げていく風。
 風をつかめないことが、何よりも、苦しい。












PLUS.96

戦闘開始







battle to death






 その少し前。『ガーデンを動かす男』ことニーダはシュウに対してぼやいていた。
「あーあ、どうして僕たちは除け者なんでしょうね」
 確かにシュウにしても会議に参加できないのは残念であったが、ガーデンの運営もまた大切な業務だ。おろそかにはできない。
「そう言うな。後で会議の結果は報告される」
 魔女戦を戦った六人と、シュウ、ニーダ。この辺りまでがガーデンのブレインである。自分たち抜きで事態が進行することはありえない。必ず自分たちには内容は全て伝えられる。それは違いない。
「そうですけどね。まあ確かに僕は前線に出てないからなあ……」
「戦いたいのか?」
 シュウがからかうように言うと、ニーダは「ええ」と答えた。
「これでもSeeDですからね。自分の職務はわきまえているとはいえ、少し物足りなさを感じます」
「なに、この戦いは総力戦になるし、ガーデンを動かすことがみんなの助けにもなっている。お前が不眠不休で働いていること、みんな知っているよ」
「シュウ先生に言われると嬉しいですね」
 ニーダは気をよくした。単純なものだ、とシュウはほくそえむ。
「まあ、僕としては会議に参加もしたかったですけど、今の状況も悪くはないと思ってるんです」
 ニーダは振り返って微笑む。その言葉が何を意味しているのかは、すぐには分からない。
「それは……」
 と、その時。
「シュウ先生、巨大な質量をもつ物体が接近中!」
 ニーダが血相を変えて言った。シュウは慌ててパネルを触る。
「これは」
 望遠レンズが捕らえたもの。
 それは、かつてこのガーデンに現れた『異形』であった。
「邪龍族!」
「くっ、また突っ込んでくるつもりか?」
 どうするか、という対応を練るより早く、邪龍の様子が変わった。
 大きく口を開き、その口の中に暗黒の炎がともっている。
「まさか……」
 シュウは顔を青ざめさせた。
「邪龍のブレスか!? まずいぞ、ニーダ!」
「全速で進路変更!」
「いや、間に合わん! 防御シールドを全開にしろ! 機関部と居住エリアだけはなんとしても守れ!」
「了解!」
 邪龍のブレスが放たれた。それより早く、シュウは放送マイクに向かって手を伸ばす。
「総員! 対ショック姿勢! 急げ!」
 何の理由もない放送だが、しないよりはましだ。
 直後、衝撃が来た。
 一撃でガーデンが爆発しなかったのは、防御シールドを全開にしたおかげか。
「被害状況は?」
「だ、駄目です……」
 ニーダが完全に蒼白な表情で答えた。
「何が駄目なんだ!」
「ふ、浮遊システムが完全に破壊されました……」
「な……」
 その意味するところは、ただ一つ。
「ガーデンが墜落する……」
 シュウはうめいた。だがすぐに頭を振ると、次の対応を取らなければならなかった。
 一分、一秒が住民の命を奪うことになりかねない。シュウはただちにマイクを握った。
「会議室メンバーはただちにブリッジに集合してください。ガーデン全住民はただちに避難準備を行ってください。年少組は指示に従って行動すること。五分以内に、もう一度放送を入れます」
 混乱を来たすことになりかねないが、ガーデンの住民であればいつでも危機管理はできているはずだ。脱出、避難とくれば何をすればいいのかは全員が分かっている。避難訓練は月に一度の割合で行っているのだ。
「手の空いている者はメインゲートでボートの準備をしてください。人数分は用意されているので、慌てずに、落ち着いて行動してください」
 必要事項だけを連絡すると再びニーダの方を向く。
「状況は?」
「残っている推進機関の動力を全て浮遊システムのバックアップに回せば、三十分は浮上していられます」
「たったの三十分か」
「いえ、充分ですよ。避難訓練では緊急時から十分以内に総員退避が完了していますからね。ただ」
「ただ?」
「これが敵の攻撃なら、第二次攻撃のことも考えなければいけません」
「そうか……ガーデンを墜落させること、そして代表者たちの抹殺が目的なら」
「直接、ここに来ますね」
 話をしながらもニーダは片手で舵を、片手でディスプレイを叩くという芸当を見せている。
 これだけの技術を手に入れるまでにかなりの時間がかかった。
 だが、その技術もガーデンが沈むのでは意味がない。
(……この場所ともお別れか)
 認めたくはないが、事実には逆らえない。
 だが、これが最後の仕事ならなおのこと手はぬけない。自分のできうる限りの能力でこの庭を維持しなければならない。
「シュウ!」
 全力でスコールとカインがブリッジに飛び込んでくる。会議室からそれほど距離が離れていなかったとはいえ、あまりに早い。それに続いて会議室メンバーが次々に到着する。
「何があった?」
「邪龍族。前にガーデンに襲い掛かってきたやつよ」
「あれか」
 望遠カメラが捕らえている邪龍。すぐに第二次のブレスを放つというわけではなく、ゆったりとこちらをうかがっている様子だ。
「邪龍の頭の上に誰かいるな」
 カインが目を凝らして言う。
「決まってる。あいつだ」
 ブルーが後を続けた。
「ルージュ……まさかここまでのことをするとはな」
 そしてブルーはカインに申し出る。
「カイン。申し訳ないが……」
「分かっている。他人の喧嘩に口を挟むほど野暮じゃない」
「すまない」
「だが、相手は邪龍を従えている。勝ち目はあるのか?」
「邪龍と戦うわけじゃない。大丈夫」
「この間は、負けたな」
「……」
 ブルーはカインを睨みつけた。
「いいか、お前は代表者だ。お前の代わりはいない」
「分かっている」
「それだけじゃない。お前はブルーというかけがえのない仲間だ。お前の代わりはいない」
「……」
 ブルーはかすかに、顔を赤らめた。
「……こういうときに恥ずかしいことを言うのは、やめてくれないか」
「それだけ心得ておけ。今度こそ勝て。そして帰ってこい。必ずだ」
「了解した」
 ブルーはすぐにブリッジを出ていった。カインはすぐさま振り返りシュウに尋ねる。
「ガーデンの状況は?」
「ガーデンは航行不能。二十八分後に沈むわ」
「そうか。避難は?」
「今始まったばかり。パニックになっているところはないみたい。このまま何もなければ推測であと十二分後には避難完了」
「問題は、その十二分をルージュが与えてくれるかだな……どう思う、スコール」
「ありえないな。俺ならテラスとメインゲートの二箇所から攻める。実際、以前攻められたときはやはりその二箇所からだった。そこから敵が侵入してくるのなら、そこにこちらも兵力を配置しなければならない。テラスからの避難組は一部だ。だがメインゲートは、ホールを塞がれたら終わりだ」
 さすがに元リーダー。的確な判断だった。
「それからもう一つ問題があるぞ、と」
 レノが割り込んできた。
「なんだ?」
「眠り姫。サラをこのガーデンから避難させる必要があるぞ、と」
 その通りだ。彼女をこのままにしておくわけにはいかない。
「保健室と通信を」
 そこには主治医カドワキと、モニカ、ゼロ、エルオーネが詰めている。
『もしもし、こちら保健室』
「カインだ。そちらは無事か」
『薬品が随分と無駄になったよ』
 要するに怪我人はいない、という意味だ。
「どのみち無駄になる。ガーデンは沈む」
『そうみたいだね。進度が遅くなってるし、少しずつ降下しているね。あとどれくらいもつんだい?』
「二十五分といったところだ。着水してからもしばらくは持つと思うが、あまり時間がない。そこで、保健室メンバーはサラを連れて中庭へ集合。ラグナロクで脱出する」
『賢明な判断だね。身の回りのものだけもってすぐに行くよ』
「頼む」
 通信が切れる。
「中庭メンバーは、セルフィ、ジェラール、ティナ、ユリアン、カタリナ。すぐに行動に移れ」
『了解!』
 五人が一斉に行動を開始した。
「テラスは脱出路が確保さえできればいい。キスティス、現場の指示を頼む」
「任せて」
「随行メンバーはレノ、クライド、ヴァルツ。頼むぞ」
「了解!」
 四人がブリッジを出ていく。
「メインゲートは……」
 そこまで言ったときであった。
『ブリッジ、応答願います!』
 通信が入った。
「どうした」
『テラスに……テラスに魔獣が襲い掛かってきています!』
 すぐに映像が出る。
「これは」
 そこにいたのは、巨大な海蛇であった。
「……シーサーペント、か。魔獣使いの能力があるのだな、ルージュには」
 カインは冷静にマイクを握った。
「今応援を向かわせた。とにかく脱出路の確保だけ適宜行え」
『了解しました』
『ブリッジ、応答願います!』
 通信が切れた直後、別の回線から緊急連絡が入る。
「今度はどうした?」
『メインゲートから魔獣、キングベヒモスが入ってきました!』
 何人かの顔が青ざめた。
 キングベヒモス。最強の攻撃力と最強の魔法力をもった魔獣の中でも一、二を争う力を持つ。
「ここは、アタシの出番だね」
 アセルスが言った。
「頼む」
「任せといて」
「メインゲートはアセルスにリディア、サイファー、ファリス……」
『ブリッジ、応答願います!』
 その途中でさらに通信が入る。
『訓練施設に火災発生! 尋常ではありません! 火の回りが早すぎます!』
「どういうことだ?」
『何者かが……あぐっ!』
 通信者の声が途切れる。
「どうした?」
 カインがスピーカーに耳を傾ける。するとやがて、くっくっく、という笑い声が聞こえてきた。
『……八人の代表者に、死を』
 その言葉に、カインたちは敏感に反応した。
「カオスか」
『然り。我は火のカオス、マリリス』
 こんなときに。
 ぎりっ、とカインは歯を食いしばる。
『何人でもいい。かかってくるがいい。さもなくば、避難が完了する前にこのガーデンごと焼き払ってくれよう』
 ぷつ、と通信が途絶えた。
「くそっ!」
 カインは荒々しく機械を殴りつける。
「私が行くわ、カイン」
 そこへ、リディアが声をかけた。
「リディア」
「大丈夫。私は、カオスには負けないから」
 にっこりと微笑むと、スコールを振り返る。
「スコールさん。私を守ってください」
「了解した」
 リディアがスコールを連れて出ていこうとするのを、カインが止める。
「スコールはブリッジにいてくれないと困る」
「その願いは聞けない」
 スコールは首を振った。
「俺はリーダーじゃない。俺は俺自身のために戦うと決めた。そして、彼女を守ると誓った」
 スコールはリディアを見て頷く。
「……カイン。ここは任せる」
 そして、二人は出ていく。
「やれやれだ」
 カインは髪をかきあげた。
「メインゲート班。三人でも大丈夫か」
「けっ、俺一人だって充分なんだよ」
 サイファーがいきがる。
「俺とアセルスの力、まだ分かっていないのか?」
「そうそう、カインが出てくるより百倍役に立つって」
「では、任せる」
『了解!』






97.悪鬼の王

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