今まで、何度迷惑をかけてきたか分からない。
 俺一人の軽率なミスで、一体何人が犠牲になったか。
 一度たりとも忘れたことはねえ。
 だから、任された以上は二度と間違わねえ。
 今度こそ、自分の任務はしっかりと果たす。
 それが、今の俺にできること。












PLUS.97

悪鬼の王







command responsibility






 三人が出ていくと、残ったメンバーはそう多くはなかった。ニーダ、シュウ。エアリスにイリーナ。そして、不満顔の男が一人。
「お、おいおい、俺はどうすんだよ?」
 ゼルであった。
「この場に待機」
「ふざけんな!」
「ふざけてなどいない。ここに残ったメンバーを見ろ」
 シュウとニーダは戦闘能力はあるが、ガーデンの運航で手一杯。イリーナとエアリスには戦闘能力は見込めない。通信・連絡員以上の役割を果たすことはできない。
「お前は遊撃兵だ。ここのメンバーを助ける最重要任務だ」
「……」
 そう言われると悪い気もしなくなってくるというのが人情というものだ。
「俺にも今は戦う力がない。代表者・変革者の中で戦えないのは俺とエアリスだ。お前は、俺たちを守ってほしい」
「で、でもよ。お前、俺のこと信用してるのかよ」
「している」
 カインは即答した。
「……どうしてだ?」
 一方のゼルは、カインのことを信用しきれていない。
「理由なんかない。リーダーが仲間を信頼しなくてどうする」
「お、おい……」
「話には聞いている。あまり、俺のことをよく思ってくれてはいないようだな」
 ゼルは言葉に詰まった。面と向かって──カインはディスプレイを眺めながら言っているのだが、こうして直接言われるとは思っていなかったからだ。
「それでいい」
「はあ?」
 素っ頓狂な声をあげる。
「俺は信頼されるような人間じゃない。その反応のほうが当然なんだ」
「どういう意味だよ」
「俺は裏切り者だという意味だ」
 全員の行動が一瞬止まる。
「俺にはリーダーの資質なんていうものはない。俺は本来リーダーであるべき人間を模倣しているにすぎないんだ。そんな俺を信じられないというのは、むしろ当然のことなんだ」
 エアリスが近づいてきて、きゅ、とその手を握る。
 カインは小さく微笑むと、再びディスプレイを見た。
「ゼル。お前は俺を疑え」
「ど、どういう……」
「俺が裏切って仲間を殺そうとしたりしないか、このガーデンから逃げ出そうとしないか、常に見張っていろ。俺は、俺自身を信用していない。俺を疑っているお前なら適任だ。もし俺が裏切りそうな素振りを見せたら、その時は俺を殺してくれ」
 このとき、ようやくゼルはこの人間の本性をかいま見たような気がしていた。
 この人間の中にあるのは激しい後悔と自責の念。そして生への執着など心の底からない。
(なんで……どうしたらこんな考えができるんだよ)
 自分は当然死にたくなどない。また、仲間を裏切るなんてことから考えられない。
 それはカインの過去を知らないということもあるが、ゼルが今まで私情に駆られて仲間を憎むような経験をしたことがないという、きわめて幸せな生活を送ってきたことに原因がある。
(若いな)
 カインはゼルを見て思う。自分は歳を取っている。もちろん実年齢はそれほど変わるわけではない。まだ二十二歳。老いるには若い歳といっていい。
 だが、あまりにも重い過去を背負っているカインは、回りから見たら三十歳、四十歳といっても通じるほどの達観した考えを持っている。
「俺がお前を信頼しているのは、このガーデンの中で一番俺を疑っているからだ。それが一番正常な反応だからだ」
「……」
「だから、ここにいるみんなを守ってくれ」
「答になってねえぜ、カイン」
 ゼルは頭をかいた。
 どうも、自分にはかなわない相手というのはどうしてもいるらしい。スコール、認めたくはないが、サイファーやブルーもそうだ。
 自分はどうしてかなわないのだろうか。それはつまり、自分がまだまだ子供だからに他ならない。
 分かってはいる。
 分かってはいるのだ。
「分かったよ。とにかく、俺の仕事はお前を守ることなんだな」
「そうだな……少なくとも今の俺は死ぬわけにはいかない。最低でもクリスタルを起動させるまでは。そして、代表者もだ」
「オーケー。そうと決まれば腹はくくったぜ、隊長」
 ゼルが親指を立てて笑う。カインは頷いて応じた。
「……それに、ここが安全だというわけじゃないんだ」
 カインは言った。
「来る」
 その直後、一陣の風がブリッジをかけぬけた。
「どうやら、私の気配を感じていたようですね、カイン」
 聞き覚えのない声。だが、この相手を自分は知っている。
 元の世界で戦った相手と、非常に似ている。
「何者だ?」
 ゼルがファイティングポーズを取り、カインも槍を構える。エアリスとイリーナは後方に下がった。
「私は『悪しき者』マラコーダ」
 全身漆黒の肌に、淡い緑白色の髪。人間の容姿としてありえるものではなかった。そして胸板のみを追おう黒い甲冑にすね当て。それは騎士のスタイルだった。
「暗黒騎士か」
「いかにも。そしてあなたたちに殺されたルビカンテら四天王を従えていた悪鬼族のリーダーでもあります」
「悪鬼族?」
「左様。十二体の悪鬼族の王。それがこの私。そしてルビカンテは我が右腕。言うなれば私がここに来たのは、あなたとリディアの二人に対する復讐、というところでしょうか」
「部下の復讐か。随分と立派なリーダーだ」
「おや、ではあなたは回りの仲間が倒れたら復讐を考えないとでも?」
 この場合の言い分は完全に相手の方が正しい。カインは舌打ちした。
「私は確かにリーダーです。ですがそれ以前に、彼らの仲間であったのですよ。仲間を失う悲しみがどれほどのものか分かりますか? あなたには分からないでしょう、カイン。仲間を殺そうとしたあなたなら」
 これは挑発だ。挑発に応じるわけにはいかない。それは自分のペースを乱すこととなる。
「本音をつかれて言葉もありませんか? そうでしょうね。欲しいものがあれば仲間でも恋人でも容赦のない行動を取ることができる。それが──」
 それ以上、マラコーダは話すことができなかった。いや、強引に止められたといっていい。
 話を止めたのは、ゼルであった。
「うだうだうるせえんだよ」
 ゼルは相手の言葉を止めるのに言葉などは用いなかった。初めから実力行使だった。すなわち、殴り飛ばしたのだ。
 マラコーダは反対側の壁に激突して床に倒れる。
「ったく、お前もこんな奴に好きに言わせておくことないだろ」
 続いてカインに向かって言う。カインは肩をすくめた。
「おい、口だけは達者な騎士かぶれさんよ。立ちな。ここは俺が相手だ。仲間を守るって任務を負わされた以上、命にかえても他の誰も殺させやしねえぜ」
 マラコーダは頭を軽く振ると、ゆっくりと立ち上がった。
「やれやれ。話の最中に殴りかかるとは、野蛮きわまりますね」
「黙れよ。てめえのは話なんかじゃねえ。単なる悪口雑言じゃねえか」
「悪く言えばそうともいえるでしょう。ですが、あなただって悪口雑言を言いたくはなりませんか?」
「ああ?」
「仲間を殺され、二度と会えない悲しみ。その原因となったものを呪い殺したくなったりはしませんか?」
「聞くな、ゼル」
 カインは改めて相手の言葉を制した。
「どのみち、戦うしかない相手だ。話の必要はない」
「おう、お前の言うとおりだぜ、カイン」
「やれやれ。話し合いもせずに戦うことばかりですか」
 マラコーダはため息をつくと剥き出しの右腕を剣状に変化させた。
「私は争いごとは好きではない。だが、カインに対しては復讐の心しか持ち合わせてはおりません」
「上等だぜ。かかってこいよ」
「続きがあります。ですが、まだカインを殺すわけにはいきません。何故なら彼は変革者。まだクリスタルを起動させてもいません。このままでは世界は滅びを迎えてしまうでしょう。ですから今はまだ殺すわけにはいきません。代表者もです」
 カインは目を細めた。
「お前はルージュの部下ではなかったのか?」
「部下。確かに傍からはそう見えるかもしれません。ですが私は彼の部下になった覚えはありません。お互いの目的のため、協力関係にはなりましたけどね」
「その目的とはなんだ?」
「彼の目的ならはっきりしていますよ。双子の兄を殺すこと。そして私の目的はカイン、あなたを最終的に殺すこと。ですが私も自分の身がかわいいのです。世界が滅びることは望まないのです」
「だからクリスタルが起動するまで俺を生かしておく、ということか……」
「左様。そして生かしておかなければならないのは、変革者と代表者。これだけでいい」
 さっ、と顔が青ざめる。
「そう、その通りですカイン。あなたの仲間を全て抹殺します。まずはこの部屋にいる者、代表者一人を除けば、金髪の女性、そちらで作業をしているSeeD二人、そして私を殴り飛ばしたこの男。全部で四人」
「けっ。俺を倒せるもんなら倒してみやがれ」
「そうさせていただきます。そして、カイン。あなたは仲間を助けることができない自分の無力さ加減を嘆いてください」
 マラコーダはすぐに動いた。
 あまりの早業に、カインは相手の動きを見失った。
 一瞬でゼルの懐に飛び込んだマラコーダは、生身の左手でゼルの顔面を殴り飛ばしたのだ。
 マラコーダが吹き飛んだ距離の倍も吹き飛ばされ、ゼルは壁に激突して倒れた。
「ゼル!」
「まずは一人。残念だけど、首の骨が折れております。もう助から──」
 マラコーダは目を見張った。
 完全にヒットさせたと思っていた相手が、立ち上がってきたのだ。
「いててて……ちくしょう、やりやがったな!」
 まるでゼルは元気だ。驚愕でマラコーダは瞬きすらできないでいた。
「無事か、ゼル」
「おう、なんとかな。さすがに今のはまずいと思ったけど」
 からくりはたいしたことではない。ゼルが殺気を感じて、ほんのわずかに上体を反らせたのだ。それが致命傷から救った。
 普段から素手での格闘を得意としているゼルにとっては、相手が殴りかかってくるのであればその気配を察知し、回避できるように体が覚えている。もしこれが右腕の暗黒剣であれば完全に心臓を貫かれていただろう。
 打撃だったからこそ、助かったのだ。
「……なるほど」
 そのことに思い至ったマラコーダが、ようやく平静を取り戻す。
「あなどっていたが、なかなかの相手のようですね」
「けっ。てめえのパンチなんか効くかよ。こっちはあの魔女戦をくぐりぬけてきたんだからな」
「ふむ」
 マラコーダは改めて剣を構えた。
「ならば、少しは本気でかからねばなりませんね」
「先手必勝!」
 マラコーダが動く前にゼルが動いた。ゼルは剣の間合いにさせてはいけないと思い、接近戦を選んだ。
 だが、これは安易すぎたことに気付く。マラコーダの剣は、手に持たれているのではない。腕そのものが剣なのだ。
 すなわち、打撃を中心とする間合いこそが、マラコーダの剣の間合いと同じなのだ。
「甘い」
 暗黒剣がゼルの皮膚を切り裂く。慌ててゼルは間合いを取るが、裂傷を防ぐことはできなかった。
「ゼル!」
「来るな、カイン!」
 ゼルは切られた左腕でカインを制する。
(戦えない奴が出張ってきたって、足手まといなんだよ)
 カインも分かっているのだ。
 このマラコーダという男は、強い。
 カインが万全の体調であったとしても、倒せるかどうか難しい。それくらいの相手だ。
(でも、退くわけにはいかないぜ)
 自分を信じてくれたリーダーのために。
「ここでやられるわけにはいかねえんだっ!」
 ゼルは再び突進した。
「無駄なことを」
「くらえっ、ドルフィンブロウ!」
 マラコーダが剣で迎撃しようとするより早く、ゼルの体が間合いに入った。
 そして、渾身の右ブロウがマラコーダの腹部に入る。
「がふっ!」
 マラコーダはまさしく天井まで跳ね飛ばされ、強化ガラスに当たってから落ちてきた。最後はなんとか体勢を立て直したものの、ダメージを受けたことは間違いない。
「……一度ならず、二度までも」
 マラコーダの瞳に怒りの炎がともる。
「もう、容赦はしません」
「上等だ。こいよ」
 マラコーダが動く。
 ゼルは攻撃の軌跡を読み、剣の間合いから遠ざかった。
 バックステップで、右腕の突きを回避し、逆撃をかける。
 はずだった。
「駄目だっ、ゼルッ!」
 が、後ろに飛んだその位置まで。
「なっ」
 マラコーダの剣が、伸びた。
 肉を貫く嫌な音が、ブリッジに響いた。
「ゼルーッ!」
 ゼルの左背から、暗黒剣が突き出ていた。






98.二体の魔獣

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