ここに二本の剣がある。
片方は刃がついていない役立たず。
片方はヒビが入っている不良品。
さあ、どちらを使う?
──『賢者による十の質問』
PLUS.98
二体の魔獣
the beasts
キスティスを先頭に、レノ、クライド、ヴァルツが続く。テラスへの道。途中でガーデン生たちが立ち止まっている。その脇をすり抜けるように四人は駆け抜ける。
シーサーペント。
海を行く魔獣の中でも最強に強い相手だ。
「さて、と。どうやって脱出路を確保すればいいかしら」
シーサーペントは完全に出口から入り込んで、その場に鎮座していた。水のブレスと雷撃で何人かの犠牲がSeeDに出てしまっている。
「要するにあいつをおびき出せばいいぞ、と」
「それができるなら苦労はしないわ」
「やるしかない」
クライドが投げナイフを握りながら通路の反対側へ向かう。
「誘導するとすれば、向こうの教室に連れていくしかないぞ、と」
レノもクライドも、既にこの建物の仕組みは頭の中に入っている。建物の構造を知るのは一流の戦士であれば必ず行うことだ。レノは以前来たときに既に頭の中に全構造が入っているし、クライドもこの数時間で全て把握していた。
「でも、あの教室までどうやって」
「先生は避難活動をしていればいいぞ、と」
倒すのではなく、誘導するだけなら容易いことだ。シーサーペントは本能で動く魔獣だ。だとすれば敵意を持たせることで簡単に移動させることができる。
「援護頼むぞ、と」
レノは単身、シーサーペントに近づいた。
「レノ!」
キスティスが叫ぶ。シーサーペントが近づいてくる標的に向けて、頭の角を差し出した。
その瞬間、クライドのナイフが飛ぶ。直後にシーサーペントの雷撃が放たれた。
「ナイスタイミングだぞ、と」
クライドの放ったナイフが避雷針の役割を示し、雷撃はレノとは違う方向へ曲がっていく。
「くらえっ!」
逆撃の電磁ロッドをシーサーペントに叩き込む。そしてショートガンブレードで敵を切り裂く。
剣と銃と電撃。三種類の攻撃を一度に味わったシーサーペントは大きな唸り声を上げて、レノを『敵』とみなした。
「やっぱり単純だぞ、と」
だが攻撃は思考ほど単純ではなかった。シーサーペントは長い尾で地面を、どん、と叩いた。周りが一瞬ぐらりと揺れ、レノもかすかに足を取られる。
そこに、シーサーペントが猛烈な勢いで突進してきた。蛇の体がうねりながら迫ってくる。その姿は驚異的だった。
「げえっ」
さすがに驚いたレノは全力で逃げ出す。だが、足を一瞬だけ取られていた分、出足が遅くなる。
「これはまずいぞ、と」
レノが応戦の体勢を整えようとするが、遅い。
シーサーペントは目前まで迫っていた。
「危ない!」
ヴァルツが割り込んでシーサーペントの胴体を切りつける。裂傷がはしり、咆哮があがった。動きが止まった瞬間、レノは大きく後方へ逃げ出した。
「先生、今だぞ、と!」
キスティスは頷くと避難活動を開始させた。まだシーサーペントは教室に入ったわけではないが、脱出路から随分離れたため、今のうちにテラスから一人でも多く脱出させなければならない。
「なんとかこの教室まで入れれば……」
レノは大きな扉を見つめながら言う。とにかく自分が先にこの部屋に入らなければならない。だが、その後を追ってきてくれなければ困るのだ。
「さっきみたいに突進してくれれば楽だぞ、と」
レノはそう言うと、懐から丸いボールを取り出した。
「こっちだぞ、と」
そのボールを軽く放り投げる。そのボールはシーサーペントの頭上で破裂し、中から液体が零れてシーサーペントに降り注ぐ。
「さあて、追いかけっこだぞ、と」
「……何をしたんですか、いったい」
ヴァルツは尋ねたが、あまり答を聞きたいとは思わなかった。
案の定、シーサーペントは怒り狂ってレノとヴァルツめがけて突進してきた。
「簡単なことだぞ、と」
レノはさっさと大教室に入った。ヴァルツも続く。クライドは先に中に入っていた。
「バッカスの酒をぶちまけただけだぞ、と」
「ばばっばっばっ」
あまりのことに、ヴァルツは二の句が言えなくなっている。
バッカスの酒。それは相手をバーサク状態とし、攻撃力をアップさせるかわりに攻撃しかできなくなるという魅惑の酒。
「これ以上強くしてどうするんですかっ!」
「そのかわり雷撃は来なくなるぞ、と」
「攻撃方法の問題じゃないでしょうっ!」
「ああ言えばこう言う。うるさいぞ、と」
軽口を終わらせ、レノは電磁ロッドを構えた。
「来るぞ、と」
シーサーペントが全力で室内に突進してきた。
クライドが投げナイフで応戦するが、その程度で止まるような相手ではない。別に効果を狙ったものではない。単なる一対応にすぎない。
レノとヴァルツが左右に飛ぶ。シーサーペントはどちらに標的をあわせたものか、と一瞬迷う。
それで充分だった。
「あいつの技は少々癪に障るぞ、と」
剣を上段に構えて氣を練る。
「凶斬り!」
レノが勢いよく剣を振り下ろす。練られた氣がシーサーペントの胴体に直撃する。
『凶』の字に、その体に傷がついた。そして血飛沫が舞う。
「やったか?」
「かすり傷だぞ、と」
やはり一朝一夕ではうまくいかないか、とレノは苦々しく思う。
だが、ダメージを与えていることには違いない。
(……まあ、当初の目的はこれでなんとか果たしてはいるぞ、と)
あとはこのシーサーペントを避難が完了するまでここに釘付けにしておく。それでひとまずは充分だった。
一方、メインゲート。入口からすぐのところにあるホールで三人と一匹は戦っていた。
このホールはメインゲートからの出入りを行うためのものだが、ここにキングベヒモスが来てくれたのは幸いだった。ここで足止めをすることができれば、他の生徒たちは別の通路からメインゲートへ向かうことができる。
「っだああああああっ!」
大声を張り上げたのはサイファー。だが、張り上げた理由は攻撃をしようとしたからではない。逆だ。キングベヒモスの攻撃から逃れるためだ。
「なんなんだよこいつは! デカイくせにやたらと速いじゃねえか!」
なんとか一息ついたところでサイファーが毒づく。アセルスもファリスもなんとか牽制してはいるものの、効果的なダメージを与えられないでいる。
「さすがはルージュが操る魔獣だね。一筋縄ではいかないとは思っていたけど……」
「冷静に分析してる場合じゃないぞ、アセルス。来る!」
ファリスの言葉で、二人は左右別々に跳んだ。そこへ彼女たちを合わせたより十倍の体重を持つキングベヒモスが飛び掛っていく。
「ったく、こっちの世界に来てから、どうも役不足と役者不足の両方を背負わされてるみたいだぜ」
「自分に見合う活躍の機会の場がほしいのか?」
ファリスの軽口にアセルスが応じる。
「ふん、役者不足だけは自分の力で解消してやる」
「その意気その意気」
猛スピードで迫るキングベヒモスの右前足の一撃を、アセルスは上に跳んでかわした。
「着地っ!」
妖魔の剣を、ベヒモスの額に突き刺す。が、かすり傷ができただけでアセルスの体ははじかれてしまった。
「わっ、とっと」
地面に着地すると同時にベヒモスが迫ってくるのですぐに回避行動を取る。ファリスが牽制をしてくれたおかげでなんとか逃げ切ることができた。
「これじゃ完全に役者不足じゃねえか」
体勢を立て直したサイファーがガンブレードでとんとんと自分の肩を叩く。
「うるせえっ! お前も見てねえで攻撃しろっ!」
ファリスの怒気を孕んだ声に、サイファーはガンブレードを構えた。
(にしても、エスタのどのモンスターよりも強いぜ、こいつは)
こんなモンスターが一匹でもいれば、エスタは間違いなく壊滅していた。
(……あいつなら、殺れるのか?)
顔を合わせるだけで腹立たしくなる相手。
自分にとって唯一のライバル。
(認めねえ)
サイファーは、ぐ、と足腰に力を溜める。
「俺は認めねえ!」
その場でサイファーは剣を振り回した。
ガンブレードを使いこなせるものだけができる技の一つ。
「フェイテッドサークル!」
衝撃波が、キングベヒモスを襲った。
それは剛毛を切り裂き、今までで一番の裂傷を負わせることとなった。
(ちっ、この程度かよ)
怪我を負わせることができたのは重畳としても、全力を出して傷一つでは割に合わない。このままでは体力負けするのは必至だ。
「おい女ども! 作戦変更だ!」
サイファーは怒鳴りつけた。その言い様にファリスもアセルスもカチンと来る。
「避難の間だけこいつをひきつける! 決してこのホールから中に入れるんじゃねえぞ!」
だが、そのサイファーの判断は正しいものであると二人は判断した。これだけ攻撃を行ってまともにダメージを与えられないのでは、勝機のあるはずもない。
「ひきつけるって言ったって、そんなに簡単にできるもんでもないぜ」
「とにかく時間をかせげりゃいいんだよ」
サイファーはガンブレードの弾をキングベヒモスに向かって撃つ。それは体毛によって弾かれるが、攻撃を仕掛けられたということで今度はサイファーが標的となる。
「さあ来やがれ、デカブツ」
まさかこれをガーデンの中で使うことになるとは思わなかったが、どうせ沈むのならいくら壊れても問題はないだろう。
「アセルス、引け! サイファーが何かしでかすつもりだ!」
それを敏感に察知したファリスがアセルスに向かって叫び、二人はキングベヒモスから距離をとった。
「GF起動……」
サイファーはジャンクションしているGFの名を読んだ。
「グラシャラボラス!」
すると、突進してきたキングベヒモスの行動が急に制止する。
魔力の遮断機。どのようなモンスターであろうと、グラシャラボラスの遮断機の前では前進することはできない。
そして、特急列車がやってくる。
魔界の果てしなき暴走列車が、キングベヒモスの横腹に直撃した。
その衝撃でキングベヒモスは横転して倒れた。
「やったか!?」
だが、キングベヒモスはすぐさま立ち上がると、ふーっ、と息を吐き出して大きく震えた。
「やべえ、反撃が来る!」
サイファーが言って回避行動に移った。
瞬間、サイファーに向かって魔法の隕石が降り注ぐ。いわゆる、メテオ、である。
もちろん実際の隕石を降らせるわけではない。そんなことをしていたら何年という単位で隕石を降らせなければならなくなる。
メテオとは、魔法の力によって擬似隕石を作り出し、それによって攻撃する魔法である。いわゆる黒マテリアを使用して行ったような、本物の隕石を降らせる魔法とは大きく異なる。
だが、万一当たれば死にはせずとも重傷を負うのは間違いない。
サイファーは五、六発ほどの隕石を回避して、ようやく正面を向き直る。
「くそっ。GFも効果なしかよ」
いや、そんなことはない。効果はあった。ただ致命傷に程遠いだけだ。
「やるな、サイファー」
アセルスが近づいてきて言う。
「けっ。倒せないなら意味ねえぜ」
「同感だ。というわけでお前の意見に賛成する。なんとか時間稼ぎをすることとしよう」
アセルスは妖魔の剣にキングベヒモスを捕らえるつもりは毛頭なかった。
この魔獣はまるで知能が足りない。エデンなどと比べてもまるで力が違いすぎる。
この程度では、自分が人間に戻るには、足りない。
「さあ、ショータイムの始まりだ」
アセルスは妖魔の剣を構えた。
99.血の盟約
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