カオスとの戦いは避けられない。
 カオスは代表者を狙ってくる。八人の代表者が集まっているこのガーデンは、カオスにとって標的の集まる場所。
 代表者といえども、力のある者もいれば力のない者もいる。
 ならば、自分が止めるしかない。
 もはや変革者としての使命を終えたこの命には何の責任もない。
 ただ一つだけ。
 自分の盟約者の命を守る。それだけだ。












PLUS.99

血の盟約







the best partner






 二人は訓練施設まで来ていた。
 初めて言葉をかわしたのもここなら、契約をかわした場所でもある。
 二人にとっては、思い入れの深い場所だ。
 ──二人で戦うには、ふさわしい場所だ。
「スコールさん」
 リディアは隣を歩くスコールに声をかける。
「なんだ」
「まだ、ゆっくりと話をすることはできていませんが、先ほど言ったとおり、私はスコールさんの全てを知って、全てを受け止めたいと思っています」
「ああ」
「だから、このカオスとの戦いが終わって一息ついたら……リノアさんのこと、聞かせてください」
 スコールは顔をしかめた。
 どのような関係であれ、全てを知り合うということは不可能だ。人には話したくないということがいくらでもある。
 だが、リディアが相手に求めるのはそれではない。言うなれば自分と同じ考えを持ち、同じ感情を抱く『もう一人の自分』であること。
 それには、相手の全てを知る必要があるのだ。
「私も、私のことを話します。だから……」
「分かっている」
 スコールは剣を持たない左手をリディアの頭に置いた。
「俺の全ては、お前に捧げる」
「スコールさん」
「リノアのかわり……なのかもしれない。自分でもはっきり自分の気持ちがわからない。だが、お前を守りたいという気持ちは本当だし、お前が何を俺に求めているのかも分かっている。この戦いが終わったら、ゆっくりと話をしよう」
「はい」
 その相手は、訓練施設の奥で牙をむいて待っている。
 何人かのSeeDたちが倒れている。それは、カオスの暴走を止めるために命を落とした仲間たちだ。
「お前がカオスか」
 目の前にいるのは、スコールよりも頭一つ大きい、緋色の髪と褐色の肌を持った剣士であった。
「いかにも。我こそ火のカオス、マリリス」
「そのカオスがどうしてルージュの手先になっている?」
「手先?」
 スコールの質問に、マリリスは鼻で笑う。
「この庭が傾いていることと我がここに来たことは無関係だ」
「無関係だと?」
「大地の核が目覚めた。本来我は貴様がクリスタルを起動させる前に殺すはずだったのだ、貴様をな。だが、あの場には結界が張られていた。クリスタルが起動してからも結界が張られつづけていた。結界が消えた今こそが機会なのだ」
「結界?」
「ハオラーン。あの男の回りに近づくことは、我らカオスにはできないのだ。残念なことだがな」
「……ということは、お前は俺を殺すためだけに追いかけてきたということか?」
「もう、貴様など用済みよ。クリスタルを起動させた後の変革者など生きていようが死んでいようが我らには同じこと。それよりも」
 マリリスはもう一人の代表者を見つめた。
「その娘……代表者は殺さねばならぬ。一人でいい。一人死ねば、PLUSへの道は閉ざされる」
「殺させはしない」
 スコールは地竜の爪を構える。
「俺は、彼女の騎士だ。絶対に守る」
「スコール」
 リディアはスコールの背に隠れた。そして囁く。
「しばらくの間、私を守ってください」
「了解」
 リディアは素早く魔法の詠唱に入る。強力な獣を召喚するほど呪文は長くなる。
 一分一秒でも、時間は貴重だった。
「させぬわ」
「こっちもだ」
 スコールはフェイテッドサークル=衝撃波を放つ。だが、マリリスはそれを盾で受け止めた。
「なに?」
「甘いわ、貴様はその剣を使いこなすことができておらぬようだな」
 マリリスが駆け寄り、右手の剣を振るう。スコールはそれを地竜の爪で受けた。
「我をリッチやクラーケンと同列と思うな」
 マリリスは空いている左手にもう一本の剣を魔力によって生み出す。
「貴様など、葬るのに一分といらぬわ!」
 その剣でスコールの胴体を薙ぐ。スコールは後ろに跳んで回避した。
「ブリザガ!」
 だが、そこで間合いを取ったスコールは魔法を放って相手の行動を阻む。そして自らも攻撃に転じた。
「連続剣!」
「させぬわ!」
 その攻撃に入ろうとした一瞬の隙をついて、マリリスはスコールの手首を取った。
「もらったわ」
 マリリスは至近距離でファイガを放った。全身を焼かれ、スコールは後方へ吹き飛ばされる。
 だが、マリリスは完全に攻撃を誤っていた。
 先に攻撃するべきはスコールではない。リディアの方であった。
『出でよ、召喚獣』
 既にリディアの呪文は最終段階に入っていた。ここまで来てはもう止めることは誰にもできない。
「しまっ……」
『アルゴ!』
 ジハードと同じような銀甲冑の騎士が、時空のひずみから現れ出でる。
「イエス、マスター」
 アルゴが剣を構えると、その背後からいくつもの星が飛び出し、マリリスに降り注ぐ。
「ぐうううっ」
「英雄の力を知れ」
 アルゴの剣はところどころ緑とオレンジの点滅が起こっていた。発光ダイオードが埋め込まれているのだろうか。機械のような印象のあるその剣がマリリスの体に突き刺さると、マリリスの全身がショートするかのように白い煙を上げた。
「が、あ、あ、あ、ま、まさか、こんな……」
 マリリスはその攻撃をなんとか受けきるが、全身が焦げ付いていて既に攻撃力は失われていた。
「そこまでだな、マリリス」
 その背後に立っていたのは、スコール。
「とどめだ」
「ぐうっ」
 最後の力を振り絞って振り返るマリリス。だがスコールの攻撃の方が早かった。
「エンドオブハート!」
 地竜の爪を使った、八回連続攻撃がマリリスの急所を捉えた。
 マリリスの受けた傷口から黒い炎が空気中に広がり、そして消える。
 ゆっくりと、マリリスは倒れた。
「倒したのか」
 スコールは荒い息を吐きながら倒れた男を見つめた。あっけなかった、というほど無傷なわけではない。火傷で全身が痛む。だが、それでも割と簡単に倒せた感は拭えなかった。
 リッチにせよ、クラーケンにせよ、話を聞くかぎりではこれほど簡単に倒せてはいなかったはずだ。
「スコールさ……」
「まだだ、近づくな、リディア」
 スコールは用心深く、リディアとマリリスの間に割って入った。
「まだ生きているんですか?」
「その可能性が高い」
 スコールはそのままもう一度魔法を唱える。
「ブリザガ!」
 その魔法がマリリスに直撃すると思われた瞬間、魔法の軌道がそれて訓練施設に生えている木に直撃し、凍りつかせた。
「用心深いではないか。それに、強い」
 マリリスの死体から声が聞こえる。そしてゆっくりと起き上がった。
「まさか、これで倒せないというの……」
「いや、効いているさ。もう一度やれば確実に倒せるくらいには」
 だが、エンドオブハートを二度も放つだけの余力は既にスコールにはない。怪我の具合もいいというわけではない。
 だからといって持久戦になるわけではない。こちらにはリディアがいて、次の魔法を発動させることができればそれで勝利だ。
 問題は、スコールがそれまで持ちこたえられるか、ということだ。
「リディア、魔法を!」
「ええ!」
 すぐに魔法を唱えはじめる。今度は召喚魔法ではなく、黒魔法だ。
「させぬわ」
「こっちの台詞だ!」
 スコールは声を張り上げることで自分の体に檄を与える。マリリスが怪我をした両足でゆらゆらと近づいてくる。
 正直、気迫に満ち溢れていたマリリスよりも百倍迫力があった。
「はあっ!」
 スコールは渾身の一撃を放つ。が、相手に剣が届く前に眩暈がして体がよろけた。
(力を使いすぎたか)
 フェイテッドサークルにエンドオブハート。地竜の爪を一度振るうだけで相当な精神力を要するというのに、これまでスコールは手加減すらせずに全力で敵と戦っていた。
 その隙を見逃すほど、カオスは甘い相手ではなかった。
「フレア!」
 炎が、収束する。
 その魔法は禁断。黒魔法の奥義。
 その炎が、スコールを直撃した。

 ……それでも、リディアの呪文は髪の毛ほども揺らぐことはなかった。

 目の前で愛しい人が炎に焼かれて倒れていく。
 それでも、リディアは呪文の詠唱をコンマ一秒すら遅くすることはなかった。
 信じているから。
 彼が自分を助けてくれると信じているから。
 だから自分は、安心して呪文を詠唱することができる。
「ぬう」
 マリリスがこちらを向いた。だが、もう遅い。
 自分の魔法は、既に完成してしまっている。
「これで……とどめよ、マリリス」
 マリリスが禁断の魔法を使うなら、自分はそれ以上の魔法を放つだけだ。
「アポカリプス!」
 リディアの頭上に巨大な黙示録砲が現れる。それを見た瞬間、マリリスの表情が固まった。
 それが何であるのか、彼には分かったのだ。
 黙示録砲が、マリリスの体を直撃する。
 マリリスは、断末魔の声をあげることすらかなわず、光の中に溶けて消えた。
「スコールさん」
 リディアは倒れた彼に駆け寄る。呼吸はある。
 すぐにリディアはアスラを召喚し、スコールを治癒した。完全にとはいかないまでも、ある程度の火傷はこれでおさえられる。
「……う」
「スコールさん」
 リディアは、意識が戻ったスコールに抱きついた。
「よかった」
「……リディア」
 スコールはゆっくりと起き上がった。
「ありがとう、助かった」
 抱きついて離れないリディアの髪を優しくなでる。
「助け合うのが、パートナーです」
「確かに」
「それに、私はスコールさんを失いたくない」
 スコールは手を解いてくれないリディアを抱きしめながら、ガーデンがゆっくりと沈んでいく感触を味わっていた。
 このまま、この場所で沈むのも悪いものではないかもしれない。
 そう思ったのは、一瞬のことだった。
「いきましょう」
 リディアが立ち上がった。
「私たちは、生きてこの世界を救わなければなりません」
 そうだ。
 その通りだ。
「ああ。行こう」
 スコールは先に立って訓練施設から引き返した。
 メインゲートではサイファーたちが戦っているはずだ。援護をして、隙を見て脱出にこじつけなければならない。
 ちらりと時計を見た。ガーデンが沈没するまで、あと十五分しかなかった。






100.目覚めの代償

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